第17話:対インシネレーター その3
「ヴィラ……なんだって?」
ロウブレイカーの残弾を増やすために放った一手。
それに予期せぬ付随があったことに、アキトは困惑するが……
「……って、うわああッ!! わ、忘れてた!!」
自分が危機の真っ只中であることを思い出して、またすぐに走り出す。
「なんなんだよ! 新しいスキルって!?」
【レベルが上がれば新スキルを習得できる。当然でしょう】
「御託はいいから効果を言え! 効果を! どんな効果のスキルなん――」
それを教わる前に、インシネレーターがアキトへと襲いかかった。
魔物が今度は前足を高々と掲げる。
自ら遠ざかったために、セツナの援護は間に合わない。
今際の際に、再び体感時間が引き伸ばされるが――
あれ? なんだ、これ……。
同時に、彼は妙な違和感を覚えた。
自分を踏み潰そうと、前足を上げて腹部を無防備に晒している支配種。
その一部に、何かがある。
視覚や聴覚――既存の五感ではなく、まるで天啓を受けたかのような第六感。
魔物の前足が振り下ろされるよりも先にアキトは銃を構え、引き金を引いた。
エーテル鋼製の9mm弾が、吸い込まれるように当該箇所へと撃ち込まれる。
支配種の巨体を比べれば、小指の爪よりも小さな一発の弾丸。
――――ッッ!?
それを受けた巨獣は苦悶の叫びを上げて、その攻撃行動を中断した。
これまでは何十何百と撃ち込まれても事ともしなかった弾丸が、アナの一撃やグレネードの爆炎と同等のダメージを与えた。
アキトがその事実に驚くよりも先に、彼の頭の中でもう一度声が響く。
【スキル『
「綻び……つまり、弱点を見抜く能力ってことか?」
彼は今しがた自らが得た経験から導いた答えを聞き返す。
【部分的にはYESですが、綻びは必ずしも自身によって有益な結果をもたらすとは限りません。その場を大きく転換させるのは間違いありませんが、時には不利益をもたらすこともあるでしょう】
「つまり、開けてみるまで何が起こるかわからないビックリ箱を見つける能力ってわけか……。なんで俺のスキルはこう抽象的というか……素直じゃないんだ?」
【本人の気質をよく反映しているのでしょう】
クロの言葉に眉を顰めながらも、アキトはもう一度眼前の巨獣を見据える。
どんな能力であれ、今は持てる全てを利用して戦うしかない。
意識を集中させて、この支配種との戦いのおける“綻び“をもう一度探す。
先のそれと同じ感覚が、再び魔物の身体に浮かび上がる。
……ん?
そこで彼は一つの異変に気がつく。
先刻は腹部にあったはずの“綻び”が、今度は魔物の背中部分に現れていた。
弱点が複数ある?
でも、そうだとしたら先にあった腹部の弱点が見えていないのはおかしい。
アキトがそう訝しんでいる間に、インシネレーターは体勢を立て直して攻撃を行おうとする。
四脚を全て地面に着け、敵へと晒す面積を極力少なくするように低く構えた。
これまでと同様に思考ではなく、本能的な行動。
それは攻撃のパターンが少なく、移動能力の高くない敵を相手取るには最善の行動であるはずだった。
これが一対一の戦いであれば――
――――ッッ!!
風切り音と共に飛来してきた質量の塊が魔物の背に直撃し、大爆発を起こす。
「命中~! た~まや~!」
高台に陣取り、円柱状の大筒を構えるセツナが声を弾ませる。
無防備な背後からの攻撃を受けた巨獣は大きくよろめき、たたらを踏む。
アキトは駆け付けてきてくれた彼女に礼を言うよりも先に、魔物へと意識を集中させる。
その目に捉える“綻び”が、今度は下腹部に現れている。
彼は先のセツナの攻撃を受けた直後に、それが背中から動く瞬間を目撃していた。
まるで攻撃を嫌がって、逃げるように。
弱点が古傷や重要な臓器であればそんなことが起こるわけがない。
だとすれば、こいつは……。
戦術的な観点を持たずに、同じ獲物をひたすら狙い続ける単純な行動。
頭部を吹き飛ばされても死なず、すぐに再生する強靭な生命力。
そして、身体の内部を自在に移動する弱点。
この戦いが始まってからずっと抱えていた違和感の正体に、アキトが辿り着く。
それに一瞬先立って、インシネレーターはセツナを攻撃目標へと変えた。
獲物を狩るために、邪魔な奴がいるなら先にそれを狩ればいい。
奇しくも元の規律が破壊され、それは単純な思考を脱する進化を遂げようとしていた。
「んしょ……っと、重たいなぁ……」
次弾の装填に手こずるセツナは、自分が狙われていることに気づいていない。
獣の口腔から漏れ出す炎が、全てを溶かす熱線へと変わろうとした瞬間だった。
――――ッ!?
魔物の頭部に、覚えのある強烈な衝撃が走った。
身体の芯まで響く嫌な衝撃。
その実行者の姿を目撃したインシネレーターは、もはや獲物が増えたとは喜ばなかった。
邪魔な存在が増えていく煩わしさに、魔物の怒りは最高潮に達する。
「ッ……! ごめん、遅くなった!」
着地したアナが苦痛に顔を顰めながら謝罪の言葉を紡ぐ。
「アナ! もう大丈夫なのか!?」
「大丈夫……とは正直言えない。足は死ぬほど痛いし、ほんとに簡易な修理をしただけだから長期戦は厳しいし。でも、やられっぱなしで終わるわけにはいかないでしょ!」
調整も禄にされないまま、簡易な応急修理だけが施された右義足。
衝撃吸収機構はまともに機能しておらず、与えたダメージはそのまま自らの苦痛となって返ってきていた。
しかし、そんな苦痛の最中でもアナは、アキトが自分の復帰まで持ちこたえてくれた事実にほくそ笑む。
「なら、今度こそ一緒に倒そう」
「当然……! でも、そのためにはこいつの再生能力をまずはどうにかしないとね……」
「それに関して、一つ分かったことあるかもしれない。確証があるわけじゃないんだけど」
「分かったこと……?」
「もしかしたらこいつは、魔獣系じゃなくて
「元素系……? この見た目で……?」
アキトの言葉に、アナは意外そうな顔をする。
元素系の魔物は粘性魔系の魔物と同じように、特定の形を持たない不定形質を持っている。
時折、何らかの形状を模倣した種も存在しているが、それでも一目見れば分かる程度の単純な擬態でしかない。
このような巨獣の形状を取り、あまつさえその姿のままでこれだけの戦闘が行える元素系の魔物は彼女はこれまでに見たことも聞いたこともなかった。
「詳しく話してる時間はないけど、妙な部位があいつの身体の中を移動してるのが分かったんだ。魔獣系だとしたら重要な臓器が体内を自在に動くなんておかしいし、もしかしたらあれは元素系の核なんじゃないかって。あの尋常じゃない再生能力と、馬鹿みたいに単純な行動も元が不定形質の魔物だとしたら説明が尽くし」
「なるほど……。こんな見た目で元素型ってのは信じがたいけど、そうだとすれば辻褄が合うのも確かだね……。クソDEAの奴ら……よくも適当な情報掴ませやがって」
ここまで自分を信じて耐えてくれたアキトが掴んだ情報を、彼女は信じることにした。
「で、その核ってのはどこにあるの?」
「それは……」
アキトがスキル『悪党の眼力』を発動させて魔物を見る。
核と思しき“綻び”の位置は、目まぐるしく移動し続けていた。
「ちょっと、口で説明するのは難しいかな」
「そっか……なら、それはあんたに任せた。私はあんたがそれを狙い撃てるように、あいつをノックアウトしてやればいいってわけね」
「うん、任された……それと、任せた」
互いが合意し、主攻と助攻の立場が入れ替わる。
同時にインシネレーターが咆哮を上げ、周囲の空気がビリビリと揺れる。
「さあ、ファイナルラウンドだよ……このブサイク犬モグラ……!」
どのような結末を迎えるとしても、次の攻防が最後になると誰もが予感していた。
アナとインシネレーターが、ほぼ同じタイミングで地面を蹴る。
「ぐっ……!」
テイルウィンドとギャザリングウィンド――二種のオーグメントを発動させたアナの身体に強烈な負荷がかかる。
耐え難い苦痛に、彼女はほんの僅かに空中での制動を乱す。
相対するインシネレーターは、その僅かな瑕疵を見逃さなかった。
まるで空中を飛び回る羽虫を叩き落とすように、巨大な腕が振るわれる。
「一発くらいなら……!」
相打ち覚悟で、自らも不安定なまま攻撃体勢に入ったアナだったが――
直後、彼女の真横を通り抜けていった何かが魔物の腕を捕らえた。
それはまるで花火のように綺羅びやかな爆発を起こし、腕を木っ端微塵に粉砕する。
「か~ぎや~! これでさっきの分の貸し借りは無しねー!」
「別に貸したつもりもないっての!」
背中にセツナの声を受けながら、アナはオーグメントを再発動して体勢を立て直す。
狙いは無防備に空いた顎下。
自分が持てる最大火力を叩き込む。
「……いくよ!」
そう決意した彼女は訪れる最大級の苦痛を予期して、歯を強く噛みしめた。
自らのシールドユニットの残量を消費して、次の攻撃の威力を倍増させるスキル『フレンジーストライク』。
シールドの残量を全て注ぎ込んだ一撃が、魔物の顎を蹴り上げる。
生身と義足の接合部が千切れそうになる程の激痛を感じながらも――
「ブッ飛べぇえええええッッ!!」
彼女は右足を天高く振り抜いた。
魔物の巨体が跳ね上がり、接地していた脚部も宙へと浮き上がる。
その直前からアキトは、魔物へと向かって全速力で駆け出していた。
核を破壊するには、至近距離からロウブレイカーの一撃を叩き込むしかない。
そう考えた彼は『オーグメント:幻惑の帳』を発動させて、魔物の真下へと滑り込む。
核を確実に狙い撃つために、投影面積を最大にする。
それを阻もうと、魔物の身体を包み込む炎は更に火勢を増す。
インシネレーター――与えられた名が表すように、全てを焼却する炎が彼を取り囲む。
全身に纏わせた煙幕が多少の耐火効果を発揮しているが、それでもシールドの残量はたちどころに減少していく。
視界は不明瞭、呼吸をするだけで肺が燃えるように熱い。
それでも任された以上は、自分の役目をやり遂げる。
アキトはロウブレイカーを魔物の腹部へと突きつける。
核は場所を特定されまいと、体内を目まぐるしく移動している。
チャンスは一度、タイミングは一瞬。
これを外せば、自分にもアナにも余力は残っていない。
アキトはこれまでの人生で最高の集中力を発揮し――
「……ここだ!」
引き金を振り絞った。
発射された弾丸は表皮を突き破り、体内で炸裂する。
魔物の巨体が一瞬、更に大きくなったように何度も膨張する。
断末魔の叫びも上げずに、巨体が力なく地面に倒れ伏す。
ズンと大きな振動が洞窟を揺らし、天井から細かな破片が一帯に降り注ぐ。
二度目の光景に、今度は誰もまだ終わったとは思わない。
また再生し、立ち上がられれば次こそ為す術もなくなる。
全員が固唾を呑んで見守る中――
――バシャッ。
倒れた魔物の身体がまるで割れた水風船のように液状化し、洞窟の地面に溶け落ちた。
大空洞地帯を囲っていた炎も消え、薄紫の光に包まれた普段の光景が戻ってくる。
それは紛れもなく、核を失った元素系支配種の最期の瞬間だった。
「やった……やったんだよな……?」
その中心部で、魔物の体液に塗れたアキトが身体を起こす。
「アキト、生きてる?」
あらぬ方向へとねじ曲がった義足を引きずりながら、アナが彼の下へとやってくる。
「ああ、なんとか。そっちは?」
「こっちもなんとか。ここからポータルのとこまで歩くのを考えたら死にたくなるけど」
「同じく……お互い満身創痍だ……」
「流石にこれで復活されたら、もう打つ手無しだけど……」
二人が一帯を見回す。
液状化した支配種の死体は遺物となり、苔むした洞窟の地面に散らばっている。
全て取得し、裏の流通経路に流せば一人数百万の取り分になる量。
「俺たち……勝ったんだ……」
「……みたいだね」
平時なら諸手を挙げて喜ぶ状況。
しかし、二人共に持てる全てを出し切った疲労感に、今はそんな気にもなれず静かに喜ぶ。
「さて、大丈夫そうなら他の連中が来る前にさっさと遺物を回収しないと」
「そうだね……って、あれ? な、何か身体に力が……」
立ち上がろうとしたアキトが、その場で膝から崩れ落ちる。
「何してんの……大勝負の後で気が抜けた言うなら肩くらいは貸してあげてもいいけど?」
「い、いや……そういうんじゃなくて……あ、あれ……変だな……」
言葉とは裏腹に、今度は手も地面に付く。
身体に力は入らず、視界はグルグルと回転し、吐き気まで催してきていた。
その症状を彼はほんの少し前、二級ライセンスの学科試験で回答していた。
スキルやオーグメントの過剰使用によるエーテル欠乏症。
【ああ、言い忘れてました。『悪党の眼力』は消費エーテル量が尋常ではないので、濫用による欠乏症にはくれぐれも気をつけてください】
答え合わせをするように、混濁する頭の中で声が響く。
またそういう重要なことを……と思いながら、アキトの意識は暗闇の中に落ちていく。
「ちょ、ちょっと! アキト! 大丈夫!?」
心配したアナが彼の下へと駆け寄る。
天を仰いで気を失っている彼の顔には、どこか満足げな表情が浮かんでいた。
こうして、三年ぶりに一層で出現した支配種は人知れずに討伐された。
【獲得:特C級固有遺物『焼却獣の残火』】
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