第16話:対インシネレーター その2

「シン! アナは任せた!」


 自分が標的になったのを理解したアキトが、二人から離れるように駆け出す。


 インシネレーターも手負いのアナにとどめを刺さずに、その背を猛然と追い出した。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 シンはすぐに倒れたアナの方へと駆け寄り、その安否を確認する。


 攻撃は寸前に中断されたおかげで、彼女の身体には傷一つない。


 しかし彼が作った専用の義足は、熱線による溶解で右脛の部分が完全に切断されていた。


「ほら、肩を貸してやるからさっさと立て! あいつに気づかれる前にさっさとずらか――」


 どう見ても、これ以上の戦闘は不可能。


 そう判断したシンはアナに肩を貸して立ち上がらせようとするが――


「……修理して!」


 アナはシンの腕を掴んで縋るような声で言った。


「修理って……お前、まだ戦うつもりかよ! んな状態じゃ、もう無理だっての! 大人しくあいつが時間を稼いでる間に――」

「いいから早く!!」


 自らが失態で招いた危機は、自分で拭わなければならない。


 シンに向かって怒鳴るアナの目は、まだ戦いを全く諦めていなかった。


「っかしいだろ……お前ら……」


 自分は冷静になって無謀を止めなければならない立場。


 アキトが敵を引き付けている内に、アナをここから避難させてアジトに連れて帰る。


 それが最も聡い選択だとシンは当然、理解していた。


 後で散々文句を言われることなったとしても、自分はそうしなければならない。


「……くそっ! わーったよ!! 直してやる!!」


 しなければならないはずだったが、短くない付き合いで彼女の意固地な性格を嫌というくらいに知っていた。


「でも言っとくけど、神経繋げたままで修理とか死ぬほど痛ぇから覚悟しとけよ!!」

「上等……!」


 有無を言わさない口調のアナに、説得は無理だと判断したシンは工具を取り出す。


 自分たちを取り囲む炎が更に火勢を増す中、彼は義足の修理に取り掛かった。


 一方、インシネレーターの敵意を一身に引き受けたアキトは全力で疾走する。


「クロ! 敵との距離は!?」

【足音と地面の振動から推定できる距離は約30m……今20mになりました】


 両者の間にある歴然とした体格差。


 加えて、一帯で燃え盛る炎の壁。


 アナと違って移動系の能力を持たない彼が、このまま逃げ続けられる道理はなかった。


 背後から襲われる前に、振り返って対峙しなければならない。


 あの圧倒的な暴虐と。


 自分にそれが出来るのかとアキトは自問する。


 唯一、切り札となる可能性を秘めているロウブレイカーにはもう残弾がない


 それ以外の手持ちの武器は近接用のブレードと遠距離用のハンドガン。


 補助装備には使い切りのハンドグレネードが二つと、撹乱効果のある煙幕を発生させる『オーグメント:幻惑の帳』だけ。


 シールドの耐久度はアナとの訓練で【500】まで増えはしたが、この敵が相手では心許ない。


 耐えられて二、三発……まともに受ければ一撃で破壊される可能性もある。


 改めて自分の状態を確認しても、そこに好転の材料はなかった。


【もう10m後方まで迫っています。覚悟は出来ましたか?】


 出来てはいなかったが、彼には振り返る選択肢しかなかった。


 ――――ッッ!!!!


 自分よりも遥かに巨大な怪物が、すぐ目の前まで迫ってきていた。


 まるで野球のサイドスローのように、魔物が腕を横薙ぎにする。


 その動作の一つ一つが、アキトにとっては恐ろしくゆっくりと感じられた。


 しかし、その体感時間の中で動けるわけではない。


 もしかして、これって……走馬灯ってやつ?


 自分はただ、迫りくる死を呆然と眺められる権利を得ただけ。


 そう認識しながらも、持ち得る全てを使って攻撃を回避しようとした時――


 魔物の片足が真っ白な粘性の物質で覆われ、鳥黐とりもちのようにその動きを一瞬だけ阻害した。


 体勢を崩した攻撃は僅かに浮き、アキトは咄嗟に屈んで回避に成功する。


「ネバネバ弾、命中~! アキト、大丈夫~!?」

「セツナ!? ああ、助かった!」


 魔物を挟んで向こう側、視界の端に映る銃を構えたセツナに向かってアキトが叫ぶ。


「けっこーやばそうな感じだけど、どうする? 上手く撒いて逃げる? それとも――」

「倒す!!」


 アキトは間髪入れずに即答する。


 勝つための展望があるわけではなく、半ば自棄になったとしか思えないような判断。


 それでも彼は思う。


 ここまで来て、他の連中に掠め取られてたまるか。


「おっけー! じゃあ、二人で初めての共同作業やっちゃおっか!」


 そして、セツナは当然のようにそれを受け入れる。


「セツナ! さっきの感じで、向こうの攻撃に合わせて援護してくれ!」

【私からも逐次状況を伝えます。三人と一匹でダンスと洒落込みましょう】

「おっけー!」


 インシネレーターは自らの動きを封じる粘着物質を焼却し、再びアキトへと襲いかかる。


【セツナ、今度は左足を】

「あいさー!」


 再度、攻撃に合わせる形でセツナが射撃を行う。


 粘着物質が左足を包み、一瞬で燃やされるが今度は体勢がより大きく崩れる。


 アキトはその機を逃さずに、すかさず敵の側面に回り込む。


 足にダメージを与えれば、動きを抑制できるはず。


 そう考えてブレードで脚部を斬りつけようとするが、寸でのところで発生した熱波に吹き飛ばされる。


「熱っつ! あ、あぶねぇ……」


 炎に飲まれるのこそ避けられたが、それだけでシールド残量は100も減少していた。


 自分では近づくことすら困難。


 アキトは改めて、これと互角以上に戦っていたアナの凄さを思い知る。


【無理に攻撃するのは得策ではありませんね】

「そうみたいだな……。とにかく、今は時間を稼ぐことに徹するしかないな」


 接近は厳しく、遠距離攻撃では碌なダメージを与えられない。


 そうなれば取れる方法は一つしかなかった。


 時間を稼いで、アナの復活を待つ。


 シンなら、きっとこんな場所でもアナの義足を治せるはず。


 アナが戦線に復帰してくれれば、今度こそこいつを倒せる。


 天からぶら下がった蜘蛛の糸のように、か細い希望。


 それでも彼は決して諦めることなく、それを手繰り寄せて登っていく。


 セツナの援護を受けながら、敵の猛攻をひたすら凌ぎ続ける。


 決して完璧ではなく、泥に塗れ、時に多少のダメージを受けながらも。


「アキト、ごめーん! ネバネバ切れちゃったかもー!」

「まじかよ……! それなら!」


 セツナからの報告に、アキトは咄嗟に腰のハンドグレネードを敵に向かって投げた。


 腕を振りかぶろうとしたインシネレーターの足元で爆炎が上がり、巨体が大きくグラつく。


「やった! ……って、もう再生すんのかよ!」


 自分の攻撃がはじめて通じた喜びに沸くのも束の間。


 アナの時と同じように、焼けただれた表皮はすぐに修復を始める。


「セツナ! 他に動きを妨害できるような武器は!?」

「えーっと……ちょっと待ってね……あったかなぁ……」


 携帯拡張空間インベントリからおもちゃ箱をひっくり返すように装備を探すセツナ。


 対して、インシネレーターは既に損壊部位の修復を完了させつつあった。


 最低でも次の攻撃は、独力で切り抜けなければならないとアキトは判断する。


 もう一度、グレネードを使って切り抜けるべきか。


 唯一の有効な攻撃手段をここで使い切ってもいいのか。


 しかし、使わずに真っ向から援護も無しに挑むのはあまりにも分が悪い。


 せめてロウブレイカーの残弾があればと悔やんだ瞬間に、彼はある作戦を閃いた。


 今にも自分へと飛びかかってきてもおかしくない魔物から視線を離し、周囲を見回す。


「くそっ……ここからじゃよく見えないな」


 大きな賭けになるが、勝つにはもうこれしかない。


 彼はセツナを置いて、戦闘地帯の外周へと向かって駆け出した。


 当然、彼に目標を定めているインシネレーターもそれを追いかける。


「どこだ……どこにある!?」


 巨大な空洞地帯を取り囲む炎に沿って、走り続けるアキト。


 その後ろからインシネレーターが猛烈な速度で迫る。


 咄嗟の行動にセツナは追いついておらず、捉えられれば援護は確実に望めない。


 そうして両者の距離が再び、近接戦闘の間合いへと近づこうとした時――


「見つけたッ!!」


 アキトが最後のハンドグレネードを投擲した。


 背後から迫る魔物ではなく、炎の壁……その向こうにある洞窟の通路へと向かって。


 通路の暗闇に吸い込まれたそれが、一拍の間を空けて炸裂する。


 支配種をよろめかせられる威力の爆発は岩盤を粉砕し、轟音を立てて一帯を崩落させる。


 大小様々な瓦礫が通路を塞いだのと同時に、彼の頭に声が響いた。


【悪名値の上昇を確認。スキル『ロウブレイカー』の残弾数が増加】


 迷宮法第58条により、迷宮内の通路や構造物を意図的且つ大規模に損壊させることは禁じられている。


【累計悪名値が規定値に到達。悪名レベルが『2』に上昇。スキル『悪党の眼力ヴィランズ サイト』が解放されました】

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