第15話:作戦会議(後編)

 ひどい寝癖でボサボサの髪の毛。


 こんな時間に寝ていたのか、寝巻き姿で寝ぼけ眼を擦っている。


 僅かに開かれた扉の向こうでは、人工的な色彩の光がチカチカと明転している。


「あんたに仕事……と、新入りの紹介。これ、アキト。名前は言ってもどうせ覚えないだろうけど、顔くらいは覚えときなよ」


 そう言ってアナが親指で俺を指し示す。


 少年の感情の測りづらい目が、俺に向けられる。


「ど、どうも……よろしく……」


 明らかに年下だが、一応は先輩ということで軽く頭を下げる。


 なんでこんな子供がクランに……と思うが、理由の詮索は当然出来なかった。


「あっそう……よろしく……。それで、仕事って?」

「ちょろっとDEAのサーバーから情報を盗ってきて欲しいんだけど」

「DEA……確か、前に仕込んだバックドアはあったと思うけど……何を盗ればいいの?」


 目の前で、不穏な単語がやり取りされているのを黙って聞き流す。


「直近で一層に出たって言う支配種の情報。報酬は……今、振り込んだ」


 アナの言葉に、トロイと呼ばれた少年はポケットからデバイスを取り出す。


 生気の希薄な目で画面をしばらく見つめると、彼は扉を閉じて部屋の中に戻っていった。


「さて、そんじゃ戻って準備するよ」

「え? い、今ので終わり? 返事も何もなかったけど……」

「そういう奴なんだよ。部屋の外にもほとんど出ないし、何考えてるのかもよく分からない。でも、仕事だけは確か……ほらね」


 アナがデバイスの画面を見せてくる。


 そこには、彼から届いたと思しき文書ファイルが表示されていた。


 談話室へと戻り、その情報が全員に共有される。


 一層に出現した支配種――識別名は『インシネレーター』。


 現時点での遭遇者は計八名で、五人が死亡、意識不明の重体が二人。


 命からがら逃げ延びた残りの一名によると、その全長は10m超の四脚獣。


 全身を炎で覆う姿や、遠距離での発火能力も確認されている。


 存在に気がついた瞬間には、周囲が火の海になっていたとのこと。


 生存者の証言と被害者の損害状況から、DEAは炎属性の魔獣系支配種と推定。


 当該支配種由来と思わしき火炎の周辺では、緊急脱出用ポータルの動作障害も確認。


 三層以降の階層と同じく、大気中の高濃度エーテルによるものと考えられる。


 脅威度は特例Cランクと定義。


 Bランク以上の認定探索者ギルドに、目標に関する情報と討伐依頼が送付済み。


「で、これが遭遇地点ね……」


 アナがタブレット端末を机上に置く。


 画面に表示された一層の地図には、被害が確認された場所に☓印が記されていた。


「一層のかなり深部だけど、この辺りまで行けるポータルはあったっけ?」

「大丈夫。すぐ近くってわけじゃないけど、そんなに時間はかからないところにはある。こいつの図体なら狭い一層の道を通って動ける範囲は限られてるし、表の連中が動き出す時間までには十分間に合うはず」


 時計を確認すると、支配種出現の緊急速報が流れてから二十分が経っていた。


 早ければ後二時間もしない内に上位ギルドが討伐に動き出す。


 移動時間を考えれば、猶予はそう多くない。


「それで……シンの準備待ちの間に、あんたに聞いときたいことがあるんだけど」


 焦りに気を逸らせていると、アナがそう切り出してきた。


「聞きたいこと?」

「前に聞いたあんたのスキル……名前はなんだっけ? ロウブレイカー? あれは使いものになるのかって話」

「う~ん……それに関しては俺も全く分かんないってのが正直なところかな……」


 ロウブレイカー――俺が初めて発現したスキルにして、現在使用可能な唯一のスキル。


 その能力は『対象の秩序を破壊する』という酷く抽象的で曖昧なもの。


 あれからクランの仕事で残弾数は一発だけ増えたが、結局ワーグの群れに使ったのを最後に一度も使っていない。


 ……というよりも、あの時が奇跡的に上手くいっただけで、何が起こるか分からない代物を軽々しく使えないというのが正しかった。


「じゃあ、今回は計算に入れない方がいいってことね」

「そういうことになるかな。申し訳ないけど……」

「別に、まだ新入りのあんたのそう多くは望んでないよ。やるべきことをやれれば、それで十分。そうすれば、絶対に……勝てる」


 身体の前で握っている拳にアナがギュっと強く力を込める。


 今回の作戦における主攻は当然、彼女が担う。


 既に複数の死者を出している支配種と真っ向からの戦い。


 あれだけ強い彼女でも流石に、多少の恐怖を感じているのかもしれない。


「あれ? アナってば、もしかして怖がっちゃってる感じ?」


 俺が思うだけで決して口に出そうとしなかった言葉を、セツナが平然と言ってのける。


 こいつだけは、本当の意味で怖いもの知らずだな……。


「怖がるわけないでしょ。たかが一層の魔物程度に」

「ふ~ん……でも、安心していいよ。なんたって、こっちにはアキトがいるんだから! ねー?」


 セツナが同意を求めるように身体を寄せてくる。


 一方、それを見たアナはこの上なく渋い表情をしていた。


「前からずっと気になってたんだけど……あんた、なんでこいつにそこまで全幅の信頼を寄せてんの? 本人を前に言うことじゃないけど……あんたのそれは明らかに過剰っていうか……。からかってるようにしか見えないっていうか……ねぇ?」


 若干申し訳無さそうな視線を送ってくるアナに、俺も同感だと無言で返答する。


「そう思うのは、アナがアキトの凄さにまだ気づいてないだけでしょ」

「私には今のところ、妙なクラスを持ってるだけのフツーの男にしか思えないけど……」

「まあ、アナにもきっといつか分かる時が来るよ。あっ、でもそうなったとしてもくれぐれも好きにはなっちゃダメだよ? アキトは私のなんだから」


 そうであると誇示するように、取られた腕が胸元に抱えられる。


 やっぱりからかってるだけだろと言いたくなるが、言っても暖簾に腕押しなのは分かっているので苦笑いで誤魔化す。


「わざわざ言われなくっても、それだけはないっての」

「は、はは……」


 あまりにも居心地が悪くて、内心でシンに早く戻ってきてくれと祈るしかなかった。


「ま、待たせたな……」


 必死の祈りが通じたのか、準備を終えたシンが装備庫から帰ってくる。


 助かったと振り返ると――


「いつでも行けるぜ……」


 アナの指示通りに全身を防具で固めた彼は、まるで宇宙飛行士か、あるいは核実験場の作業員のような格好になっていた。


 そのあまりにも珍妙な姿を見て、思わず言葉を失ってしまう。


「ぷっ……あっはっは! 防具で固めろとは言ったけど流石にそれはやりすぎでしょ!」

「にゃはは~! 写真撮っとこーっと!」

「う、うるせぇ! お前らの無茶に付き合ってやってんだから笑うなっての!」


 声を出して笑うセツナとアナに、ヘルメット越しのくぐもった声で憤るシン。


 それがおかしくて、思わず俺も声を出して笑ってしまう。


 これから死地に赴く前とは思えない気の抜けたやり取り。


 けれど、この四人ならどんな苦難も軽く乗り越えられるんじゃないか。


 根拠はないけれど、なんとなくそう思った。

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