第14話:作戦会議(前編)
その脅威度は同階層に出現する固有種を遥かに凌ぎ、迷宮内での安全が確保されつつある現代においても時に多くの死者を生み出す。
出現の周期は長ければ年単位で、短ければ数ヶ月。
その頻度は深層ほど短く、一層で出現が確認されたのは数年前にも遡る。
生態系の中で特殊な形質を得た優生種や固有種とは異なり、支配種はまるで無から湧き出したかのように突然現れるために出現の予測は困難を極める。
出現時が確認されると迷宮法に準じて同階層に入場規制が為され、ライセンスの等級とギアスコアによる制限が本来の値よりも大幅に引き上げられる。
一般探索者からすれば迷惑極まりない存在だが、もし討伐出来れば脅威度に見合うだけの報酬も得られる。
その階層で入手できる通常の基準を超えた大量の遺物。
更には、支配種のみが有する特殊な固有遺物。
しかし、それらは一般の探索者の手が届くようなものではない。
広大な迷宮で支配種の現在地を特定するのは難しく、仮に遭遇できたとしても今度は敵に関する情報がなければ討伐自体が困難。
結局はDEAから討伐依頼と共に情報提供を受けられる大手ギルドか、あるいは独自の情報網を構築している大企業の探索者によって討伐されるのが常。
俺も含む多くの探索者にとって支配種とは、通り過ぎるの待つ自然災害的な存在でしかなかった。
……これまでは。
「こいつ、俺たちで倒せたりしないかな?」
自分でも半ば無意識的に発したその言葉に、全員の視線が集中する。
アナだけでなく、セツナでさえも目を丸くして驚愕の感情を浮かべている。
実際の時間よりも、遥かに長く感じる沈黙。
テレビの画面では依然として緊張した面持ちのアナウンサーが、支配種出現による緊急のニュースを読み上げている。
「おいおい……何を言い出すかと思ったら、倒すって? 俺らで、支配種を?」
重たい沈黙の中、最初に口を開いたのはシンだった。
「……やっぱり無理かな?」
「無理かどうか以前に、無駄なリスクが多すぎんだよ。ただでさえ俺らは迷宮の中で目立てないってのに、支配種目当てでとんでもない数の連中が群がってくんだぞ? その中には当然、DEAの息がかかった連中もいる。下手に顔でも覚えられたらめんどくせぇだろ」
「あっ、そうか……」
「そうだよ。いきなり何を言い出すかと思ったら、少しは考えて――」
「でも、今ならまだそんなに人も多くないんじゃないの?」
俺とシンの問答に、セツナが割り込んでくる。
「支配種を倒しに行くような人たちなら普段は三層にいるだろうし、一度は外に出なきゃいけないよね。だったら一層に来るまでに、結構時間がかかるんじゃないの?」
彼女の顔には既に、面白い悪戯を思いついた子供のような笑みが浮かんでいた。
「確かに……企業やギルドだって動くにしても一度招集をかけて、パーティを編成する必要もあるから情報を得てもすぐには動けない。早くても今から二、三時間はかかるはず。だったら、それまでに何とか見つけて倒せば……」
そこに、今度はアナまで乗ってくる。
彼女も義足を取り付ける手を止め、真剣な表情で考え込んでいた。
俺が何気なしに発してしまった一言が、大事になろうとしている予感を覚える。
「おいおいおい……セツナはともかく、お前までどうしたんだよ」
「あんたがさっき言ったリスクは、やらない理由にはならないってこと」
「じゃあ、やるってのか? 支配種と? こんだけの人数で? せめてカス子がいるならまだしも……。それに、ジャックが留守の時にんなこと勝手に決めんのだって……」
「誰が居ようが居まいが関係ない。ちょうど次は私の手番だし、何をやるかは私が決めること。あんたらはそれに乗るか、乗らないかってだけ」
アナの心に火がついてしまったのか、完全にやる方向で話が進んでしまっている。
「だからって無謀だろ……たった三人で……」
一方、シンは怒りよりも呆れの感情を色濃くしている。
「三人……四人でしょ? いち、に、さん……よん」
アナは自分から順番に、俺、セツナと続けて最後にシンを指差した。
「は、はぁあああ!? なんで俺を頭数に入れてんだよ! 行くわけねーだろ! 戦闘員じゃねーし!」
「防具でガチガチに固めれば前線くらいは張れるでしょ」
「そもそも乗り気じゃねーっての! やるとしてもお前らだけでやれよ! 俺は絶対ごめんだね!!」
「ふ~ん……じゃあ、要らないってことね」
必死に拒絶しているシンに対して、アナが意味深な口調で言う。
「い、要らないって何がだよ……」
「支配種の固有遺物」
「そ、それは……要らなくはねーけど……」
ニヤリと不敵に笑ったアナに、シンが初めて悩む様子を見せる。
「技士のあんたからしたら最高の玩具でしょ。喉から手が三本は出るくらいに。それが目の前に転がってるってのに、こんなチャンスを逃したら次はいつ回ってくる?」
「こんなもんチャンスでもなんでもねーよ……ただの無謀だろ……」
「支配種って言っても所詮は一層。その程度で無謀だなんて言ってて四層に行ける? もうずっと三層で停滞してる状況を打破するには、このくらいやらないはやらないといけないんじゃないの?」
アナの決意は固いと見たのか、シンは彼女にそれ以上の反論はしなかった。
「……お前は本気でやるつもりなのか?」
その代わりに、俺へと尋ねてきた。
「まあ、言い出したのは俺だし……アナがやるっていうなら付き合うつもりだけど……」
「はあ……まじかよ……」
俺の返答を受けて、シンは頭をガシガシと掻く。
「前に言ったこと、訂正させてもらうわ……お前ってやっぱり、セツナが連れて来ただけあるわ……」
「それって、褒められてる?」
「どっちかというと褒めてねーかな……」
「で? やるのかやんないのかどっち?」
「わーったわーったよ! やりゃいいんだろ! やりゃあ!」
半ば自棄になったように、シンが声を張り上げる。
「ただし、手に入った遺物の使い道は俺が決めっからな! それとやばくなったら迷わずにすぐ逃げっから! そこんとこよろしく!」
「よし、決まり! それじゃあ、さっさと準備するよ!」
アナが手を叩いて、換装したばかりの義足をもう一度外し始める。
「そういえば、支配種の場所はどうやって見つける? 自分で言い出してなんだけど、そこらへんは全く考えてなかったから……」
今更、その根本的な話を全く詰めていないのに気がつく。
ただ単純に歩き回って探すだけなら三時間なんてあっという間に過ぎる。
かと言って、非合法組織の俺たちが区や他の探索者から情報提供が受けられるわけもない。
妙に盛り上がってしまっていたが、そこをクリアしなければそもそも話にならない。
「ああ、そっか。あんたはまだあいつのこと知らないのか」
「あいつ……?」
「ちょうど良い機会だし、ついでに紹介してあげる。ついて来なよ」
義足を換装し終えたアナが立ち上がり、アジトの奥へと向かって進む。
言われた通りに後を追い、談話室を出て廊下を歩く。
そうして着いた先は、俺が初めて足を踏み入れる区画だった。
「確かここって……皆の部屋があるところだっけ?」
「そうだね」
表に住居がある俺と違い、他のメンバーはこのアジトで寝泊まりしている。
並んだ扉には、どれが誰の部屋なのかを示す表札が掲げられている。
セツナ、アナ、シンなどの知った名前が並ぶ中、彼女が足を止めたのは『トロイ』と書かれた扉の前だった。
「おーい、トロイー! 起きてるー!?」
アナが猛烈な勢いで、その扉をガンガンと叩く。
大体二十回くらい叩いたところで、扉の向こう側でもぞもぞと何かが動く気配がした。
「もぉ……なんだよ……うるさいなあ……」
眠たげな声と共に、扉がゆっくりと開かれる。
ほんの30cm程だけ開かれた隙間から顔を覗かせたのは、まだ紗奈と同じくらいの年頃の少年だった。
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