第13話:支配種

「クロ! 次だ!」


 眼前の魔物を切り捨てて、左を向く。


 視界が強襲してくる三匹のジャイアントバットを捉える。


【左から3・1・2です】


 自分で考えるのではなく、言われた通りの順番に射撃を行う。


 中央、右、左。


 弾丸を撃ち込まれた巨大なコウモリが、一匹ずつ地面に落ちていく。


【お見事。まあ私の的確な指示ありきの結果ですが】

「くっちゃべってないで次だ!」


 倒した魔物から遺物を拾って、すぐに次の地点へと向かう。


 アナとの訓練が開始してから三週間。


 良き師を得て飛躍的な成長を遂げた俺は、遂に一層での訓練の最終段階に達していた。


『二時間で百匹』


 それが彼女から告げられた単純にして明確な最後の目標。


 単純計算で一匹を倒すのにかけられる時間は一分と少々。


 移動時間を考えれば実際にはもっと少ない。


 目標達成のために必要なのは、慎重さよりも大胆さ。


 迷宮内を走り回って、魔物をあえて引き寄せるような行動が必要になる。


 複数の魔物と同時に戦う場面も少なくなく、そういう時はこれまで培ってきた経験から一瞬で必要な情報を抜き出して対処に当たる必要がある。


 それを効率良く行うために考えたのが、俺の“深層意識”とのコミュニケーション。


 俺が知覚している情報以外はこいつも認識できないが、逆に考えれば俺が知覚さえしていれば二倍の情報を処理できるということでもある。


 とはいえ、この案を思いついたばかりの頃は全く上手くいかなかった。


 伝えられた言葉の内容を瞬時に判断するのは難しいし、五感を自分以外のために使うというのも難しい。


 少しでも理解を深める為に色々と対話したり、呼びやすいように“クロ”という名前を付けてやったり……。


【悪くないペースです。この調子なら今日こそはあの生意気なヤンキー女を分からせられるかもしれません】


 相変わらず無駄口は多いが、今では程度の存在にはなってきた。


「そんなことよりも次は!?」

【しばらく道なりに進んだ後、次の交差点を左折です。速度制限はないので突っ走りましょう】


 言われた通りに通路を全力で突っ走る。


 通常のセオリーを完全に無視した暴走とも取られかねない滅茶苦茶な探索。


 けれど、アナは口癖のようにこう言っていた。


『こんなんじゃ三層で通用しないよ』


 彼女にとっては二層ですら通過点、それ以下の一層でこの程度は出来ないと話にならないわけだ。


 なら俺もその流儀に倣うしかないと、持っているモノを総動員して目標へとひた進む。


 そうして、今日も制限時間となる二時間を極限まで走り抜けた。


「ぜぇ……ぜぇ……ど、どうだった……?」


 いつも通り、俺のデバイスを片手に行動記録を確認しているアナに成否を尋ねる。


 自分としては過去最高の出来栄えだった。


 制限時間は超えていないはずだが、必死すぎて倒した魔物を数える余裕はなかった。


 彼女の視線が、デバイスの画面から俺の方へと移動する。


 相変わらずムスっとしていて、表情からは真意を読み取りづらい。


 緊張しながら彼女の言葉を待っていると――


「少し早いけど今日は終わり。明日からは二層ね」


 アナは何の感慨もなさそうにそう言って、ポータルからアジトへと帰還する。


 二層到達――ほんの一月前まではあれだけ遠く感じていた場所へと辿り着いた。


 本当なら両手を突き上げて喜びたい場面だが、アナの素っ気ない反応のせいでそんな気もなくなってしまった。


「まあ、アナからすれば通過点だからそれも仕方ないか……」


 そのままポータルへと通ってアジトへ帰還する。


「ただいま」

「おかえり~! 今日はどうだった!?」


 アジトの床に降り立つと、真っ先にセツナが駆け寄ってきて今日の成果を尋ねてくる。


 訓練を初めてから三週間で、ほとんど毎日繰り返してきた光景。


 最初はその距離感にも戸惑ったが、流石に少しは慣れてきた。


「今日はやっと目標をクリアできたから――」

「じゃあ、次は二層ってこと!?」

「そうなるのかな。アナもさっきそう言ってたし」


 被せてきたセツナに、改めて答える。


「じゃあ、明日から私もついていこーっと! いいよね!?」

「そう言われても……それは俺じゃなくてアナが決めることだし……」


 助けを求めるように、一足先に戻っていたアナの方に目を向ける。


 彼女は定位置の椅子に座り、探索用の義足を外しているところだった。


「えぇ……あんたも来んの……?」

「だって、私もそろそろアキトと一緒に遊びたいし~……ねっ? いいでしょ?」


 露骨に嫌そうな顔をしているアナの方へと駆け寄り、椅子の後ろから腕を絡みつかせている。


「遊びじゃないし、来られても邪魔なんだけど」

「お~ね~が~い~!」

「あー……もう、鬱陶しいなあ……」


 義足を付け替えながら煩わしそうにしているアナ。


 つい助けを求めてしまったのが、申し訳なく思ってしまう。


「来たけりゃ来ればいいけど、邪魔したらすぐに突っ返すから」

「やった! アナってうわべはツンツンしてるけどほんとは優しいよね~。そういうとこは好き」

「アタシはあんたのそういうところが嫌いだけどね」


 一応の了承を得たセツナが、自分の席へと戻っていく。


 微妙に居心地が悪くなってきたが、このまま帰ると逃げるみたいで嫌だな……。


 とりあえず、まだ時間も早いし少しここで時間を潰そう。


 そう思って探索装備を下ろして、自分も三人掛けソファの定位置に座る。


「そう言えば、ジャックとスカルさんは? 自分の部屋?」

「二人で外出中。特区の外に行くから明日まで帰ってこないだって」

「特区の外……そうなんだ」


 何の用事なのか気にはなるが、もしプライベートの事なら申し訳ないと話を切り上げる。


 テーブルに視線を移すと、自分の名前が書かれた封筒が置かれているのに気づいた。


「……これは?」

「この前の仕事の取り分だって」

「ああ……そっか」


 封筒を手にとって、中身を確かめる。


 一万の紙幣が七、八十枚ほど。


 これで来月の入院費も支払えると、カバンの中に仕舞っていると――


「すっくないよね~!」


 隣からセツナがケラケラと笑いながら言ってきた。


「いやいや、新入りの俺にこれだけ出るなら十分だって」

「えー……そうかなー……? もっとドッカーンって稼ぎたくない? 前の仕事みたいに」

「それは……」


 前の仕事――その言葉でクラッチバッグに詰め込まれた札束を思い出す。


 確かに、あの時の報酬に比べれば今の仕事は低リスクな分だけ報酬もそれなりだ。


 入院費用を払うには十分だが、そろそろ紗奈が転院してから初めての診断結果が出る。


 そこで何か進展があれば、掛かる費用は大幅に増える。


 今の稼ぎでは、自分の生活を切り詰めてもまた厳しくなるかもしれない。


 そんなことを考えていると、垂れ流されていたテレビの画面が突如として切り替わった。


『番組の途中ですが、ここで緊急のニュースが入りました』


 バラエティ番組から一転して、緊迫の表情をしたアナウンサーの女性が映し出される。


『本日十五時頃、東京大迷宮第一層に支配種ルーラー個体の出現が確認されました』


「ははっ! まじで!? あんた、出くわさなくて良かったね」


 ニュースの内容を聞いたアナが声を上げて笑う。


『迷宮法第45条に則り、これより東京大迷宮への立ち入り制限が為されます。諸条件を満たさない二級以下の探索者は迷宮への立ち入りが禁じられます。既に入場中の方々は今すぐに退去してください。繰り返します。本日十五時頃、東京大迷宮一層に――』


 アナウンサーの女性が、機械的に同じ文言を繰り返す。


『既に死者五名を含む、多くの犠牲者が確認されています。区より討伐報告が出されるまでは、くれぐれも危険な行動は控えてください』


「んあ、何かあったのか?」


 部屋の端にいたシンも、作業を中断して談話スペースにやってくる。


「一層に支配種が出たってさ」

「まじかよ。出くわしたのがお前らじゃなくて良かったな」


 先のアナと同じことをシンにも言われる。


 支配種……確かに俺が一人で出くわせば、死んでいたかもしれない。


 その事実にゾッとすると共に、何故か全く別の考えも浮かんでいた。


 支配種って倒せれば一体、どれだけの金になるんだろう。


「一層の立ち入り制限か……まっ、アタシらには関係ない話だけどね」

「なあ、みんな……」


 自分でも想像していなかった欲が心の底から湧き出し――


「こいつ、俺たちで倒せたりしないかな?」


 言葉となって紡がれた。

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