第12話:充実の日々

 初仕事を終え、帰還した俺は待っていたのはアナによる探索者としての訓練だった。


『使い物になるまで当分はビシバシ扱いていくから覚悟しておくこと』


 先日、そう宣言した通りに彼女の指導は苛烈を極めていた。


 具体的に何があったのかは言葉にするのも辛くて言えないが、谷底に落とされる獅子の子の気分を味わったとだけは言える。


 けれど、無茶を言いはするが無理をさせようとはしてこなかった。


「判断が遅い! 行動の一つ一つをいちいち考えてる内は三流! 考えずに自然とできるようになって二流! 一流になれるのは何百年後!?」


 物言いこそ厳しいが、立てる目標は全て俺の実力を理解した上で実現可能な範囲に収められている。


 仮にそれを達成できなくても、怒りに任せて罵倒されたりなんてこともない。


「遠隔攻撃がウザいのは分かるけど、だからって近くの敵への意識を削いでたら元も子もないでしょ」


 俺がそこで何を考えて、どう選択したのか。


「あの状況ならある程度はシールドで受けた方が結果的に被害は減らせたね。次に似たような状況があった時の為に覚えとくように」


 丁寧なフィードバックで、問題点を一つ一つ洗い出し、解決法を探ってくれる。


 まあ、その数が多すぎて下手に怒られるのよりきつくはあったけど……。


 ともかく、そうして新参メンバーとしての仕事と特訓の日々が続いた。



 *****



「お兄ちゃん、最近何か楽しそうだね」


 見舞いに買ってきたリンゴを剥いていると、不意にそう言われる。


「ん? そうか?」

「うん、今も若干半笑いでリンゴ剥いてたし。もしかして、彼女でも出来た?」


 そう言って、自らが下世話な半笑いを浮かべている紗奈。


「彼女なんて出来てるわけないだろ。どこにそんな暇があるんだよ」

「ほんとに~……?」

「ほんとだよ。仕事が忙しくてそれどころじゃないって」

「なーんだ……でもお兄ちゃんって、結構モテそうだと思うんだけどなー……。仕事中に出会いとかないの? 同僚に女の人は?」

「いるには、いるけど……」

「いるんだ! どんな人なの!? 美人!? やっぱり強いの!?」


 興奮気味で食いついてきた紗奈に、某二人の姿を思い浮かべる。


 一人は、ところ構わず銃をぶっ放すパンクファッションの危険人物。


 もう一人は、蹴りの一撃で大岩を砕く全身金属アクセの超武闘派。


「まあ……美人で、すごく強いな。俺なんかよりも全然」


 ……とは、流石に言えなかったので適当にはぐらかす。


「へぇ~……やっぱり、探索者になれるような女の人ってすごいんだなぁ」


 紗奈はこうして時々、探索者に興味があるような素振りを見せる。


 病気が治れば、俺と同じようにその道に進みたいと実は思っているのかもしれない。


 俺としては正直あまり危険な道には進んで欲しくないけれど、その夢で辛い闘病を少し前向きに頑張れるようになれるなら余計なことも言いたくはない。


 そう考えていると、ポケットの中でデバイスが振動する。


 取り出して通知を確認すると、新着のメッセージが二件届いていた。


 送り主は、ちょうど話題の渦中にいた二人。


 一件目はアナから。


『今日は17時。遅れるな』


 彼女らしい、余計な文言のない簡潔な伝言。


 俺からも短く、『了解』と返答しておく。


「もしかして、その同僚の人?」

「ん? ああ、次の仕事の連絡」


 紗奈に応えながら、続いてセツナからのメッセージを開く。


『見て見て! 新しい服買っちゃった! これヤバくない? アキトはこういうの好き?』


 アナとは対照的に軽快な文章と共に、写真が一枚添付されていた。


 やや斜め上から見下ろした構図の自撮り。


 片手でピースしているセツナの上半身は、いつものジャケットを脱いで頼りないチューブトップ一枚だけで覆われていた。


 当然のようなヘソ出しルックに加えて、胸の北半球もギリギリまで露出されている。


 何の目的でこんなモノをいきなり送ってくるんだとか。


 こんな裸みたいな格好で恥ずかしくないのかこいつはとか。


 でも正直言って、男としてはつい見入ってしまう身体だよなとか。


 色んな感情が脳内で交錯して、文字通り言葉を失ってしまう。


「……どうしたの?」

「な、何でもない!」


 覗き込もうとしてきた紗奈から、慌ててデバイスの画面を隠す。


 こんなものを見られたら言い訳のしようがないし、教育にも悪い。


「怪しい……やっぱり、本当に彼女が出来たのに隠してるんじゃ……?」


 ジトっと半ば睨むように怪訝な視線を向けられる。


「だから、違うって……本当に出来てたらわざわざ隠すわけないだろ……。ちゃんと報告するって……」

「ふ~ん……そこまで言うなら信じてあげるけど。あっ、それじゃあ真宵ちゃんはどう?」

「どうって、何がだよ」

「もちろん、お兄ちゃんの彼女候補!」

「ばか……それこそありえないっての」


 興奮気味の紗奈に、呆れながら言う。


「なんで? 優しいし、綺麗だし、真宵ちゃんがお姉ちゃんになるなら私も大歓迎!」

「その評価には同意するけど、向こうは上層住まいのお嬢様だぞ? 俺みたいな一般庶民と釣り合うわけないだろ」

「あっ、そっか」


 その事実を今の今まで忘れてたかのように、紗奈が言う。


 一等区民と三等区民。


 庶民的過ぎて忘れがちだが、本来なら俺たちは知り合えるような立場ですら無い。


 ましてや彼氏彼女の関係だなんて、考えることすら烏滸がましい。


「だったら釣り合うようにお兄ちゃんももっと頑張らないと」

「なんで、そういう話になるんだよ……。そんなことより、お前の方はどうなんだ? 新しい病室で慣れないことはあったりしないか?」

「ん~……」


 紗奈が三日前に転院してきたばかりの新しい病室を見回す。


 明るすぎず、目に優しい白を基調にした清涼感のある配色。


 車椅子で出入りするのに十分な広さがあり、大きなベッドには乗り降りを補助する機構も備えられている。


「前の病院よりも部屋も綺麗で、ご飯も美味しいけど……」


 紗奈が申し訳無さそうに俺を一瞥する。


「こら、余計な心配はするなって前にも言っただろ?」


 子供らしからぬ心配をする紗奈を嗜める。


 確かに中層区の総合病院で長期入院用の個室となれば、かかる費用はそれなりのホテルに毎日宿泊するような額に匹敵する。


 クランの仕事は実入りが良いとはいえ、毎月の支払いを継続するのは楽とは言えない。


「でも……彼女を作る暇もないくらい忙しいのだって……」

「だから、大丈夫だって。お前が元気に過ごしてくれるのが俺には一番なんだから。それに最近、探索の仕事がかなり順調で報酬もいっぱい貰ってるしな」


 けれど、それが妹の病状回復に少しでも繋がるなら苦にはならない。


「そうなの……?」

「ああ、そろそろ二層……って言っても分かんないか。とにかく、本当に大丈夫だから、お前は自分の身体のことだけを一番に考えろ。いいな?」

「うん……」


 不安そうな顔をしている紗奈の頭を撫でてやる。


 より設備の良い病院であれば、新しい治療法が見つかるかもしれない。


 だが、そうなればかかる費用も当然膨れ上がっていくだろう。


 その時に自分の稼ぎが悪くて出来ませんでしたでは後悔してもしきれない。


 訓練を積んで、もっと強くなって、もっともっと稼げるようにならないと……。

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