第11話:初仕事
試験を終えたその翌日に、クランの一員として初めての仕事が俺に割り振られた。
仕事の内容は、このクランの主な収入源である商品の配達。
メンバーは商品の説明と交渉役のシン、運転手のスカルさん、護衛の俺とセツナ。
運んでいるのは、俺たちが迷宮で獲得した遺物とそれを元にシンが加工した種々の製品。
武器や防具、オーグメントなどの探索用装備から日用品まで。
それらを裏の販売網へと流すのが、このクランの主な収入源らしい。
「よし、そんじゃ……それとそれを運んで貰えればここは終わりだな」
「了解……っと、結構重いな」
「壊れ物だから落とすなよー」
シンの指示に従って、品物を所定の位置まで運んでいく。
「……おい、それはこっちだ」
運んでいる最中に取引相手の一人に指示される。
自分たちも含めて全員が顔を隠し、取引場所は人気のない雑居ビルの地下。
改めてこれが裏の仕事であることを強く意識する。
言われた通りの場所で荷を下ろし、皆の下へと戻る。
「ほら、代金だ。アンタらのとこの商品は質が高くて評判もいいからまた頼むわ。」
「だろ? 今度また注文してくれたら今度はサービスしてやるよ。代金も……確かに、受け取った。まいどあり~!」
最後にシンが代金を受け取り、これで三件目の取引が終わる。
護衛という役割を任されたが、今のところ揉め事は全く起こっていない。
次の目的地へと向かう為に、トラックのコンテナへと乗り込む。
「おつかれ~。はい、喉乾いたでしょ?」
中で待っていたもう一人の護衛――セツナが笑顔で水の入ったボトルを差し出してくる。
「ん、ああ……ありがと」
受け取って、中身を喉へと流し込む。
重い肉体労働を終えた後の身体に冷たい飲料がよく染み渡る。
「セツナ、俺の分はねーの?」
「ないよ」
「即答かよ! ちっ……しゃーねーな。スカル、ちょっと途中でコンビニか自販機見つけたら寄ってくんね?」
「あ、うん……分かった」
進行方向側に付いた小窓の向こうからシンとスカルさんの声が聞こえる。
エンジンがかけられ、トラックが次の目的地へと向かって発進する。
最初は崩れないように必死で支えていた荷物の山も、既に半分以上が無くなった。
この感じだと、後二箇所ほどで今日の仕事は終わりそうだ。
「んで、アキト。クランに入って初めての仕事の感想はどうよ?」
「感想か……一つは、こんな取引が特区の色んなところで行われてたなんて知らなかったっていう驚きかな」
「まあクランとか、それに類する組織ってのは特区に大体百くらいあるからな。表のルートじゃ審査だの税金だのって厳しくて、特に下層じゃ迷宮由来の素材や技術が使われたもんを買えない奴も多いし、需要はあんのよ。でも、そんな中でも何十兆だか何百兆って産業なんだから、俺らが抜いてる額なんてかわいいもんだぜ」
何か思うところがありそうな口ぶりでシンが言う。
「それからもちろんうちの商品がこんだけ売れてんのは、単に需要があるってわけだけじゃなくて俺の商品の質の良さもあるけどな!」
「ああ、うん。それは本当にそう思うよ。シンの腕は大企業のエンジニアにも全然負けてないんじゃないかって」
「おい、聞いたかスカル? こんなまともに褒めてくれたのアンタ以来だよ」
「いや、冗談抜きで本当にすごいって。例えばこれなんかジャンク品をここまで綺麗に修理するなんて、並の技術者じゃ絶対できないだろうし……」
壁のラックに掛けてあるサンプル品の一つを手に取る。
ジャンク品を修理したと思しき、AL社製のパルスライフル。
メーカーから直接仕入れた新品だと言われても違和感のない仕上がりだ。
「ん~……どれどれ?」
小窓からシンが覗き込んでくる。
「あー、それはジャンク品じゃなくて俺がゼロから作ったやつだな」
「ゼロから作ったって……どう見てもAL社のライフルだけど……」
「だから、元の製品の構造を解析して再現したんだよ。銃身の横のとこをよく見てみな」
言われて、銃身を確認してみる。
本来ならALの印章が付いているはずの場所に、STの印章があった。
彼が自分のオリジナル製品に付ける『Shin‘s Tech』の頭文字だ。
「……つまり、海賊版って――」
「おっと、その言い方は安っぽいから好きじゃねーな。せめてOEM品って呼んでくれよ……無許可の」
それってやっぱり海賊版じゃないか……と心の中でツッコむ。
「それに一応、俺のオリジナルとして出力とかにも色々と手を加えてあるしな。ALの正規品は動力のロスがひどくってよ。だから、エーテル伝導体を……うんたらかんたら……」
技術の話になると、元々多い口数が更に増えていく。
話の内容は専門的すぎて半分も理解できなかったけれど、彼が卓越した技術者であることはよく分かった。
上級ライセンス並の探索者に加えて、大企業にいてもおかしくないレベルの技術者。
ひょっとして自分は、すごい組織に入ったのではないかと思い始めた。
「んで、一つってことは他にも何か感想があんのか?」
「もう一つは、特に物騒な揉め事も無く終わりそうでホッとしてることかな」
「ははっ! 心配しなくても、揉め事なんて早々起きやしねえって。このご時世にわざわざそんなことしたって何の得にもなんねーからな」
「私は何かあった方が楽しくて好きだけどなー……」
自前の拳銃を弄りながら、隣のセツナが退屈そうに言う。
「そのトラブル上等の爆弾女みたいな奴以外はな。俺らの言うことなんて全く聞きやしねーから、ちゃんと見張っといてくれよ。まじで」
「ははは……」
シンの言葉に苦笑で返す。
会話が終わり、庫内は再び走行音だけの空間に戻った。
「ふんふんふ~ん♪」
身体を揺らしながら楽しげに鼻唄を歌っているセツナ。
荷物は随分と減り、座る場所はもういくらでもあるにも拘わらず、俺に引っ付くように座っている。
その理由以外にも、彼女には色々と聞きたいことがある。
……どうして、俺なのか。
ここまでの話を総括すると、彼女は最初から俺を目的に多くのことを仕組んでいた。
けれど、俺にはアナのような戦闘力もシンのような技術力もない。
そんな俺にどうしてセツナは興味を持ち、そこまで期待してくれているのか。
それがずっと気になって仕方がない。
この仕事中にも何度か聞こうとしたが、その度に思い留まった。
クランルールその2『余計な詮索はしない』
セツナのことだから聞けばすんなりと教えてくれるかもしれないが、藪を突いて蛇が出てくる可能性もある。
「ん? どったの? 私の顔に何かついてる?」
じっと見ていたのに気づかれたのか、セツナが鼻唄を中断してこっちに向き直る。
「いや……その……ちょっと聞きたいことがあって……」
「スリーサイズ? それとも今日の下着の色?」
相変わらずまともに取り合う気はなさそうに、ニヤリと笑いながら言われる。
毎回毎回、やられっぱなしなのは男としてどうなんだ……。
「……それ、教えてくれって言ったら本当に教えてくれるのか?」
と、つい本題から逸れて言い返してしまう。
「えーっと……スリーサイズは上から、はちじゅーは――」
「待った! 冗談! 冗談だから言わなくてもいい!」
平然と三種の数字を述べようとしたセツナを慌てて制止する。
「な~んだ……アキトになら全部教えてもいいのにな~……」
残念そうに口を尖らせているセツナ。
この手の化かし合いで、俺は一生彼女を上回れないと確信した瞬間だった。
結局、この問答のせいで本題についても聞くタイミングを掴めなかった。
その後、更に二箇所への配達を完了させて一日の仕事を終える。
始まった時は昼過ぎだったが、アジトへと戻る頃にはすっかりと日は沈んでいた。
「おーい、帰ったぜー」
扉を開けたシンに続いて、順番に室内へと入っていく。
「おー……ご苦労だったなー」
未だ見慣れぬ、物が溢れて雑然とした談話室。
出ていく前と同じ場所で寝ているジャックが、手を上げて俺たちを出迎える。
「やっと帰ってきた……。予定よりも十分遅れ」
同じく定位置に座りながら不機嫌そうな口調で出迎えてくれたアナ。
「ご、ごめん。検問を避けるのに手間取ったみたいで」
「謝る前に、さっさと準備」
続けてそう言った彼女の身体は既に、“次の仕事”に向けて準備を万全に整えていた。
ギリギリ補欠合格の見習いで新入りの俺に休んでいる暇はない。
外の世界での仕事を終えれば、次は迷宮の中でやることが待っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます