第10話:合否判定

 ワーグの群れを倒した後も、俺は少しでも成果を伸ばすために迷宮を奔走した。


 ただ切り札の残弾がないこともあって、あまり無茶なことは出来ずに思ったようにはいかなかった。


 そうして入場から二時間が経過し、入団試験は終了した。


 指定された入場地点へと戻ると、そこには既にアナの姿があった。


 疲労で汗だくになっている俺とは対照的に、汗一つかかずに涼しい顔で立っている。


「遅い……!」


 俺の姿を見るや否や、彼女が二時間前と変わらない棘のある口調で発した。


「はぁ……はぁ……も、もしかして間に合ってない……?」


 その疑問に、彼女は憮然とした表情で手元のデバイスを一瞥する。


「……まあ、ギリセーフだけど」


 良かった、と一息つく。


 ここまでやっておいて時間切れで失格なんて、悔やんでも悔やみきれない。


 膝に手をついて呼吸を整えていると、アナの足元にある物が目に入った。


 彼女の膝の高さ程まで積まれた、百以上はあろうかという大量の遺物。


 聞かなくとも、彼女がたった二時間で稼いできた戦果だと分かった。


「はは……すっげぇ量……」


 自分のそれとは比べるまでもない圧倒的な量に、もう笑うしかない。


 向こうはどんな表情をしているんだろうかと顔を上げると、彼女は俺に向かって手を突き出していた。


「ほら、あんたの分も出しなよ」

「あ、ああ……はい……」


 言われた通りに、インベントリから今回の試験中に得た遺物を全て取り出す。


 優勢種の二体から手に入れたそれなりの物が二つと、後は最低等級の物が多数。


「……まあ、こんなもんか」


 それらを確認したアナが、さして感慨もなさそうに言う。


 彼女の期待に及ばなかったという意味なのか、それともギリギリ達していたのか。


 未だにその心中が分からないまま、再びアナが俺に手を突き出してくる。


「次、記録も見せて」

「……え? 記録?」

「迷宮内での行動記録! 表でも探索者やってんなら取ってんでしょ!?」

「は、はい! ど、どうぞ!!」


 言われるがままに、今度は自分のデバイスを彼女に差し出す。


 他人のデバイスであることを気にも止めずに、アナはそれを受け取って操作し始める。


 行動記録というのは、探索者用デバイスに搭載されている機能の一つ。


 文字通り、所持者が迷宮内でどんなルートを辿って、どんな行動を取ったのかが記録されているものだ。


「ここでようやくミスに気づくって……遅すぎ……」


 今確認しているのは多分、俺が最初に足を止めたところ。


 冷静になってから改めて考えると、あれはパニック以外の何物でもなかった。


 それをこうして神の視点から指摘されるのは中々につらい。


「気づいてからの判断も遅いし……あー……ルート取りも間違ってる。見た目の最短距離に囚われすぎ、こういうのは地形による移動負荷も重み付けした上で選ぶんだよ……」


 ぐうの音も出ない正論に、針のむしろに立たされているような心地になる。


 DEA事務局で二級ライセンスを取得した時の面接よりも遥かに辛い。


「ワーグの巣……通路から中を伺ってる最中に急な方向転換……裏取りされてるのに気づかずに、不意打ちを受けたってところ? それで逃げられたのは単に運が良かっただけだね」


 ごもっともですと、内心で申し開きする。


「でも、狭い通路に逃げ込んでそこから各個撃破の形に持ち込んでたのは……まあ、よくやったんじゃない?」


 鞭で滅多打ちされている中で、唐突に放られた飴に頬が緩んでしまう。


 厳しいように見えて、実は意外と優しい――


「……と思ったら、今度は遺物の回収に時間かけすぎ。もっとテキパキできない? 一層だからこれでも通用してるけど、二層でこんなノロノロしてたら地形変動に巻き込まれてお陀仏だよ」


 ……わけでもなかった。


 それからも俺が迷宮内で取った行動の一つ一つに、つぶさにダメ出しをされた。


 彼女の繰り出す言葉は全てが的確且つ辛辣で、俺の胸の内を容赦なくえぐり取る。


 けれどそれは、俺をちゃんと一人の探索者として扱ってくれている証のようにも思えた。


 だから、刺々しい口調に反してそこまで嫌な気分はしなかった。


「……と、まあこんなところかな」

「た、大変勉強になりました……」


 体感時間的には、記録の二時間と同じくらいに感じた説教がようやく終わる。


 自分としてはよくやったつもりでいたが、上の人間から見るとまだまだ未熟なのをこれでもかと思い知らされた。


 もう泣きたいくらいにズタボロだ。


「総評に行く前に、もう一つだけ気になるところがあったから直接聞きたいんだけど」

「は、はい……何でしょうか?」


 すっかり上下関係を叩き込まれたせいか、自然と敬語で受け答えしてしまう。


「あんたは私に少しでも食らいつこうとして、巣にいるワーグの群れと戦うことを選んだ。結果的には全く届かなかったわけだけど……ここでは、それが最適な選択だったのは間違いない」


 一言多くないかと思いつつも、口を挟まずに続きの言葉を待つ。


「でも、そうするしかなかったはずなのに……なんで、こんなに悩んだの? 最初の選択が遅かっただけじゃなくて、近づくにつれて無意味に足を止める頻度も増えてる。他は出来ないなりに合理的な行動をしようとしてるのに、これだけは理解できないんだけど」

「それは……」


 考えてもいなかった質問に言い淀む。


「土壇場になって魔物の群れと対峙するのが怖くなった? それとも単に優柔不断なだけ?」


 俺の目を見据えながら、アナが強い口調で問い詰めてくる。


 その二つのどちらでもない明確な答えを俺は持っている。


 けれど、それは俺にとっては出来ればずっと封印しておきたい最悪の記憶。


「……特に理由がないならこれで終わるけど? いいの?」

「分かった。言うよ」


 話すべきかどうか悩むが、はじめて自分を一人の探索者として真摯に向き合ってくれた彼女には、包み隠さずに伝えるべきだと思った。


「その、実は前に同じ場所でちょっと嫌なことがあったのを思い出して……」

「嫌なこと?」

「前の仲間に騙されて殺されかけたっていうか……まあ、そんな感じのことが……」


 俺の答えに、アナはほんの一瞬だけ真顔になった。


「そう、なるほどね……」

「大した理由じゃなくて、何かすいません……」

「いや、大したことはあるでしょ。仲間に殺されかけたなんて……」


 まるで俺よりも怒っているような彼女の返答に面食らう。


「そうかな……個人的には情けない出来事だからあまり言いたくなかったことなんだけど……」

「情けないところなんてもう散々見せられた後でしょ。それに、ビビリながらもあんたはちゃんと挑んでその嫌な記憶に打ち勝ったんだから胸を張りなよ」


 ……やばい、何か泣きそう。


「でもまあ……そういうことなら根性だけは、どっかの誰かさんよりありそうか……」


 アナが、ぼそっと独り言のように呟く。


 色々と詰られるのを覚悟した上で答えたが、彼女はそれ以上何も聞いてこなかった。


「はい、返す」


 渡していたデバイスが、ぶっきらぼうに突き出される。


 手を伸ばしてそれを受け取ろうとした時――


「……それと、ごめん」


 彼女の口から何故か謝罪の言葉が紡がれた。


「えっと……何が?」


 理由の分からない謝罪に困惑する。


 もしかして、何か操作を間違って個人的なファイルでも見られた?


 そう思ってデバイスを確認するが、画面は依然として地図が開かれたままだった。


「その、言いたくないことを無理に言わせたんじゃないかって……」


 またもや意外な言葉に面食らう。


「だから、ごめん」


 視線こそ他所を向いているが、本気で申し訳なく思っているのは伝わってきた。


 やっぱり、この人って意外と……。


「い、いやそんなの全然! 謝るほどのことじゃないから!」

「あんたがどう思ってようが、ルールはルールだから」

「ルールって……?」

「クランルールその2『余計な詮索はしない』! あんたも仲間になるんだからちゃんと覚えとくように!」


 アナが発したのから一瞬遅れて、その言葉が意味するところに気がつく。


「仲間……ってことは……」

「滑り込みのギリギリ補欠合格だけどね」


 合格――その言葉に、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。


「あ、ありがとう……ございます! でも、俺……全然相手にもなってなかったみたいなんですけど……本当に?」


 もう一度、自分と彼女の回収した遺物の量を見比べる。


 少なく見積もっても五倍……いや、十倍くらいの差はある。


 正直に言えば、これだけの差を見せつけられた時点で力不足の不合格だと思っていた。


「相手に……って、まさかアタシに勝つつもりでいたの?」

「並走するってことは勝てば合格ってことかと……」

「そんなの無理に決まってんでしょ」


 歯に衣着せずに、力強く言い切られる。


「並走したのは、あんたがそれでどう動くのかを見ただけ。それに分かってるとは思うけど、表のライセンス持ちって分を加点した上でギリギリの合格だから。探索能力に関してはまだまだ下の下だし、使い物になるまで当分はビシバシ扱いていくから覚悟しておくこと! いい!?」

「それはむしろ願ったり叶ったりというか……とにかく、よろしくお願いします!」


 アナに向かって深々と頭を下げる。


「後、その敬語もキモいから禁止。次使ったら合格取り消すから」

「は……了解、以後気をつけま……つける」

「分かったんならさっさと帰るよ! 長居して面倒なのに見つかる前に!」

「は、はい! 今行きます!」


 既に開かれたポータルの前で待っているアナの方へと歩き出す。


「敬語!」

「す、すいま……ごめん!」


 怒鳴るアナからは見えない位置で、拳にグッと力を込める。


 迷宮の中で、はじめて独力で掴み取った成果を握りしめるように。


 こうして俺は、彼女たちのクランの一員となった。


 そして、社会通念上では“悪党”と呼ばれる者への第一歩を踏み出した。

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