第8話:入団試験 その2
開始の合図と同時に走り出そうとした瞬間、凄まじい突風に襲われた。
それがアナの立っていた場所かのもの気づいた時には、もう彼女の姿は遥か前方へと遠ざかっていた。
「はっや……!!」
文字通り一陣の風の如き機動力に思わず、心からの感嘆の声が漏れ出る。
あの爆発的な瞬発力は彼女のスキルか、オーグメントに由来するものだろうか。
いや、それともあの義足自体が加速機能のついた探索用装備なのかもしれない。
何にせよ、それだけの能力を扱えるだけの実力を有しているのは明白だった。
「……って素直に感心して分析してる場合じゃないぞ!」
今度こそ地面を蹴って、彼女には到底及ばない速さで走り出す。
「アキト~! がんばれ~!」
後ろからセツナの声援を受けながら、洞窟の奥へと向かう。
開始から数分も経たない内に、普段の探索ではありえない違和感に気がつく。
魔物の姿が全く見当たらない。
普段の探索ならこれだけの距離を進めば、既に数体の魔物と戦闘になっているはず。
不運に不運が重なって、魔物が限りなく少ないルート取りをしてしまったのかもしれない。
そう考えたところで、ふと周辺のある異変に気がついた。
地面、壁面、天井――周囲の至るところに破壊の痕跡が残されている。
修復がまだ始まっていないところを見ると、直近に出来たもののようだ。
全てが同じように、鋭く的確な一撃によって深く刻まれている。
それを誰が為したのか。
心当たりは一人しか無かった。
「もしかして……これ、全部彼女が……?」
その事実に、ゾッと身の毛がよだつ。
同じ様な痕跡は進路上の先の先まで残っている。
にも拘わらず、本人の姿は影も形も見当たらない。
一体どんな速さで、どれだけ容易に、これだけのこと成しているのか。
物言わぬはずの痕跡が、このくらい出来ない奴は不要だと言っているように思えた。
「くそっ……まずいな……」
焦りが言葉となって漏れ出る。
俺と彼女の間には、天と地ほどの実力差がある。
そんな相手に自分の力を試せるなんて考えが甘すぎたことに今更気がついた。
「ルート取りから見直さないと……あっちはもう全部狩られてるだろうから……そうなると……いや、でもこのまま普通にやってもそもそも勝ち目が――」
【まずは一度、落ち着くべきでしょう】
思考が迷走し始める寸前に、頭の中で声が響く。
【彼我の実力に圧倒的な開きがあるのは元より明白です。その差はいくら慌てても縮まることはありません。冷静に、自分の出来る範囲で最も賢明な判断を行うべきでしょう】
「……そのくらいは分かってる」
【そうですか。焦りから選択を間違えて、自滅の道を進もうとしていたように見えたのでつい口を挟んでしまいましたが、余計なお世話だったようですね】
相変わらずイラっとさせてくるが、この慇懃無礼な深層意識の言う通りだ。
今更、何をしたところで俺の実力が飛躍的に伸びるわけじゃない。
なら俺がやるべきことは冷静に、これまで自分が積み重ねてきたものを発揮するだけ。
デバイスを開き、マップ画面を表示させる。
広大な一層の地図に、これまでの積み重ねが目に見える形でピン留めされている。
そのエリアで出現する魔物の種類や特性。
どう戦うべきか、何に気をつければいいのか。
役立たずは役立たずなりに、自分の出来ることを精一杯やろうと書き溜めてきたものだ。
結局、パーティで発言権の少ない内は禄に使わなかったけれど今なら多少は役に立つ。
「えーっと……まず、現在地は……よし、知らない場所じゃないぞ」
彼女の後を追うルートを選択してしまった運の悪さはあったが、一方で幸運もあった。
無作為に選ばれたであろうこの入場地点は、以前のパーティでよく探索していたエリアの近辺だった。
『小さな水源があり、スライム種の魔物と遭遇する可能性有り』
『曲がりくねった細い通路が続く。前方の視界が不明瞭なので奇襲に注意』
『蝙蝠型の魔物の糞と思しき物体が堆積。近くに巣があるかもしれない』
自ら書き留めた近隣エリアの情報を見比べていく。
アナは『迷宮でどれだけ出来るかを見せてもらうだけ』と言っていた。
合否の具体的な判断基準は示されていないが、短時間でどれだけ多くの魔物を効率よく狩れるかを見られていると考えるべきだろう。
「そうなると……ここしかないか……」
画面をスワイプさせて、広々とした空間の真ん中に刺されたピンを選択する。
ただ短く『ワーグの巣』とだけ書かれたそこは、俺にとってまだ記憶に新しい因縁のある場所だった。
――――――
――――
――
ワーグ――魔犬種に分類される魔物の中で最も基本的な種。
非常に獰猛で高い攻撃性を持ち、同じ魔物や同種であっても捕食の対象とする。
鋭い牙と爪、そして四脚による優れた敏捷性を持つ一方で防御力は著しく低い。
多少のダメージさえ覚悟すれば、駆け出しの探索者でも容易に狩れる魔物。
得られる経験値や遺物の質に対して、美味しい敵として知られているが……それは、あくまで単独で見た時の話。
強個体の統率下で群れを為すワーグは、一層において最も厄介な魔物とされている。
それが巣を作るほどの大きな群れであれば尚更だ。
「やっぱり……また巣を作ってるな」
気配を潜めながら視線の先を確認する。
開けた空間の向こう側に数匹のワーグが群れを成して徘徊している。
その足元には、あの時の焦げ跡がまだ微かに残っていた。
『じゃあな、カス野郎。才能も無いんだからこれに懲りたら二度と顔を見せるなよ』
仲間だと思っていた連中にハメられて、地に伏した記憶が蘇ってくる。
屈辱、憤怒、悲観、無力。
諸々の感情が複雑に絡み合い、トラウマとなって心を蝕んでいく。
全身の汗腺から嫌な汗が吹き出し、動悸が激しくなる。
「……落ち着け。大丈夫だ。冷静になれ」
言葉を口に出して、昂ぶる感情を抑える。
今は俺の他に誰もいない。
もうあんなことは起こらないと。
荒れていた呼吸を整えて、もう一度前方へと視線を向け直す。
あの時、鳴神の攻撃によってここにいた群れは一掃された。
しかし、以前にワーグの習性の一つとして他の群れが巣の再利用を行う事例を何度か耳にしたことがあった。
今回も、もしかしたらと思って来てみたら……その推測は的中していた。
空間の奥で群れている魔物の群れを見据えながら、内心でほくそ笑む。
その数は目視できる分だけで八匹と、あの時よりも多い。
中央で座している群れのリーダーと思しき一匹も、前に相対した優生種よりも大きい。
倒せば質の良い遺物のドロップが見込めそうだが、数と質ともに向こうが上回っている。
正面からまともに戦っても俺の勝ち目は薄い。
しかし、こっちにも切り札はある。
意識を手に集中させて、
あの時に確認したこいつの威力。
意識外からあれをリーダーに叩き込めば、反撃の機会を与えずに倒せるはず。
頭さえ叩き潰せば、残りの群れはただの有象無象と化す。
気配を潜めたまま、手を真っ直ぐに伸ばして群れの中央へと銃口を向ける。
残弾は一発。
外せば一巻の終わりだ。
――フー……フー……。
緊張からか呼吸の音がうるさいくらいに聞こえる。
呑気にあくびをしている大きなワーグに照準を合わせて、引き金に指をかける。
もしも外せば、あの数が一挙に襲いかかってくる。
大丈夫……嗅覚に優れたワーグでも風下にいる俺の存在にはまだ気づいていない。
外しはしない。
ドクンドクンと心臓の鼓動が鼓膜を震わせる。
――グルル……。
緊張しすぎているのか、まるで唸り声のような呼吸の音まで……。
ん? グルル?
その明らかに自分のものではない妙な音が聞こえた方に振り返ると――
――グルルル……。
一匹のワーグが、真後ろで俺を見据えて唸っていた。
銃口を向けているやつと全く同じ姿をした優生種の個体。
群れのリーダーが二匹もいるなんて、流石に聞いてないんだけど……。
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