第7話:入団試験 その1

「ここにあるもんは全部、好きに使っていいぜ」


 シンがそう言って案内してくれたのは、大量の装備が保管された倉庫だった。


 壁一面に掛けられた様々な種類の銃火器や近接装備。


 その全てが彼の手によって製造、あるいはジャンク品を修繕した探索用装備らしい。


 界隈の事情は知らないが、これだけの能力を持った技師がいるってことはかなり上位のクランなのかもしれない。


「それじゃあ……これと……後、これも借りようかな……ん?」


 違法品であることは一旦置いといて装備を物色していると、気になるものを見つけた。


「これって、オーグメント?」


 棚に並べられている手のひらサイズのカートリッジを手に取る。


「んあ? そうだけど、どうかしたか?」

「いや、これも君の自作ならすごいなって……」


 事もなげに答えられたが、実物を目にするのも初めてなくらいの代物だった。


 オーグメント――正式名称は拡張異能機構と呼ばれるもので、通常であればクラスの特性でしか得られない超常の異能力を人為的に発現させる装備だ。


 表の世界でも、三大企業をはじめとした一部の企業だけが取り扱っていて、購入には大金に加えて上位のライセンスも必要になる特別な代物。


「なっはっは! すげーだろ! 褒めろ褒めろ! もっと褒めろ! ここの連中は俺の有難みってのが全然分かってねーんだよな! その点、お前は分かってる! 偉い!」


 バンバンと背中を強く叩かれる。


「使いたいならそれも好きに使っていいぜ。えーっと……確かこいつが――」

「あっ、いや……俺が使うには多分、容量が足りないかな」


 迷宮探索用装備は使用者の生命力を元に、通常の装備とは一線を画した性能を発揮している。


 しかし、個人の生命力には当然限りがあり、それを超えるだけの装備を同時に扱うことはできない。


 その限界は“装備容量ギアキヤパシティ”と呼ばれ、現代では定量化の手法も確立している。


 ちなみに現在の俺の装備容量は約50GC。


 最低限のメイン武器とサブ武器、シールドユニットを装備するのが精一杯の低数値だ。


「あっ、そう。セツナが連れてきたからどんなバケモンかと思ってたけど……意外と普通なんだな」

「そりゃあ……まあ、普通だよ……」


 実際に探索者として見れば、三級に毛が生えた程度の二級探索者。


 まだまだ普通以下でしかないので、かなり言葉を選んでくれたのが分かる。


「実はキレると超やべーとか?」

「いや、全然そんなことも……というか、彼女がどうして俺に興味を持ってるのかも正直全く分かってないし」

「ふ~ん……でも、さっきも言ったけどがご執心ってこたぁ自分でも分かってない何かがお前にゃあるんだろ」

「そうかな……」

「とにかく、まずはあの暴力女の試練を乗り越えねーとな! さっきも言った通り、俺はお前の加入を歓迎してっから頑張れよ!」

「ありがとう。装備も貸してもらったし、精一杯頑張るよ」


 もう一度、背中を強く叩かれて送り出される。


 倉庫から出て元の部屋へと戻ると、既に準備を終えたアナが先に待っていた。


「……やっと来た」

「す、すいません……数が多くて探すのが大変で……」

「言い訳はいいから、さっさと行くよ」


 そう言って、アナは部屋の一区画を専有している大きな機械を操作し始める。


 課される入団試験の内容はまだ明らかにされていないが、迷宮内で行われるとだけは先に聞いていた。


 となるとここからダンジョンセンターまで移動して、迷宮に入場するのを最初は想像していた。


 しかし、クランの人間がそんな真っ当な入場方法を使うわけがなかった。


 アナが細長い指で、手際よくタッチパネルを操作していく。


 機械が駆動音を立て、俺たちの前によく見知った青白い空間の歪みを生み出した。


 まさか私設の入場ポータルまであるなんて……と、またもや驚かされる。


 表の社会では、DEAによる厳格な審査を通過しないと設置できない代物。


 所持しているのは、一部の大企業や有名なギルドに限られる。


 一方で、特区の至るところにダンジョンセンターが乱立しているのからも分かるように、低層への移動であれば技術的にもコスト的にもそう高いものではないらしい。


 規制はあくまでも、迷宮への入退場を厳密に管理するためのもの。


 クランのように、法を気にしない集団であれば意外と所持率は高いのかもしれない。


「ほら、早く入りな」

「は、はい……! それじゃあ、失礼します……」


 迷宮への非正規入場……当然、迷宮法に違反する行為だ。


 既に破った身であっても、その一歩を踏み出すのはまだ少し躊躇した。


 目眩のような感覚が一瞬起こった直後には、よく知る光景が目の前に広がっていた。


 東京大迷宮第一層『黎明の洞窟』。


 それから数秒もしない内に、同じポータルからアナも続いて入ってきた。


 そこでふと、彼女の足元から響く金属音に気がつく。


 何の音だろうと視線を下に落とすと、ズボンの裾からはみ出した金属が目に入った。


 脛の部分が、まるで刃のように尖ったシャープな造形の二対の脚甲。


 彼女の戦闘用装備だろうかと観察するが、すぐに大きな間違いに気がついた。


「何? 義足がそんなに珍しい?」

「す、すいません! そういうつもりじゃ……」


 まさか義足とは気づかずにガン見してしまった。


 ただでさえ好印象を抱かれてなさそうなのに、やらかした……。


「別に隠してるわけじゃないからいいけど」

「本当にすいませんでした……」

「だから別にいいって……てかアンタ、本当にセツナが連れてきた男なの? すいませんすいませんって謝ってばっかで覇気が全然感じられないんだけど……」


 怒りというよりも、少し怪訝な表情でまじまじと顔を見られる。


 そんなことを俺に言われても……と口に出しかけたところで、開きっぱなしのポータルから当のセツナが姿を現した。


「やっほー、準備してたら遅れちゃった。まだ始まってないよね?」

「なんでアンタまで来んのよ」

「そりゃあ私にはアキトの応援をしてあげる義務があるもん。それにアナと二人きりにして浮気されたら困るし」


 いつも通りニヤニヤと笑いながら、本気なのか冗談なのか掴みづらい口調で言う。


 ただ、彼女のその雰囲気のおかげで剣呑な空気が少し和らいだようでほっとする。


「あっそ……邪魔しないならなんでもいいけど」

「それで試験って何するの?」


 本来なら俺が聞くべきことを、セツナが代わってアナに尋ねる。


「別に特別なことはしない。こいつが迷宮でどれだけ出来るかを見せてもらうだけ」

「ふ~ん……なんかアナにしては普通だね。一層だし」

「不満なら、もっときついのにするけど?」

「いや、全然問題ないです! それで大丈夫です!」


 話が俺を置いてあらぬ方向に進み始めたのを慌てて制止する。


 奇しくもアナが俺の加入に反対する理由が分かってきた気がする。


 このセツナという女は、放っておくと場をどこまでもかき乱す存在らしい。


「ならさっさとやるよ。あんまり長居して表の連中と出くわしたら面倒だからね」


 アナがそう言いながら、手足のストレッチを始める。


「あれ? アナもやるんだ」

「比較対象があった方が分かりやすいでしょ?」


 その言葉に緊張が増す。


 先のセツナの紹介で、彼女はこのクランの戦闘要員だと言っていた。


 一層とはいえ、迷宮内でこの余裕。


 これまでの言動も合わせて、かなりの実力者であるのは推測できた。


【それは都合がいいですね。この生意気な女に私たちの力を分からせてやりましょう】

「おっ、アキトってば言うねぇ~!」

「だから、俺は何も言ってないっての……」


 声が聞こえていないアナだけが、俺たちの不可解なやり取りに首を傾げている。


「それじゃあ、開始の合図は私が鳴らしたげる」


 セツナがジャケットの内側から拳銃を取り出して、スターターピストルのように真上に構える。


「用意できたら言ってね~。派手に鳴らしちゃうから」

「アタシはいつでもいいよ」

「……俺も、大丈夫」


 試験とは別に、今の自分がその実力者を相手にどこまで食らいつけるか。


「それじゃあ……位置について、よーい……」


 それが試される状況に、何故だか不安よりも愉しみが勝っていた。


「ばっきゅ~ん!!」


 可愛げな言葉とは真逆の銃声と共に、俺の入団試験が開始された。

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