第6話:クラン
扉が開かれた先には、本来あるはずの薄暗い廊下は無かった。
代わりあったのは、部屋と呼ぶには広すぎる空間。
隅々に様々な物品が散らばり、壁面の至るところにカラフルな落書きが描かれている。
それだけでいかがわしい場所であることは明らかだというのに、更には一区画で巨大な機械が駆動音を立てながら佇み、果てはバーカウンターのような場所まである。
一見すると、雑多で纏まりのない混沌とした空間。
しかし、長年この形で使われ続けた、ある種の完成した聖域であるようにも思えた。
そして、その中央――種類違いのソファや椅子などが不規則に並べられた所に四人の男女の姿があった。
彼らは何を発するでもなく、ただじっと俺たちを見据えている。
「それじゃクランの皆を紹介するね。あっちで横になってる大き――」
「ちょ、ちょっと待った! 今、ク……クランって言った?」
「うん、言ったけど……それがどうかしたの?」
首を傾げられる。
DEAから認可を受け、法人化された探索者グループを“ギルド”と呼ぶ。
より高みを目指して研鑽、人類を進歩させる新素材の発見、あるいは単純な自己利益。
そんな理念や目的を共有した集団が特区内には五百以上あると言われているが、それはあくまで表で活動している者たちだけの話。
物事には表があれば、当然裏もある。
政府機関の認可を受けたギルドとは別に、裏の世界で活動する探索者たちの集団を“クラン”と呼ぶ。
その正確な数は不明だが、一説には百以上存在しているという話も。
そして当然、それらは全て非合法の組織である。
「大丈夫、大丈夫! みんな犯罪者だから気にしないで! ほら、入って入って!」
気にしかならない言葉と共に手を掴まれて、扉の外に引っ張り出された。
セツナ曰く、“全員犯罪者“な四人の視線が俺一人に突き刺さる。
「ど、どうも……コンニチハ……」
どう振る舞えばいいのか分からず、とりあえず会釈する。
俺の困惑を他所に、セツナは平然と彼らの紹介を始めた。
「えっと、まずあそこで寝転がってる大っきいのがジャックね。このクランを作ったリーダー的な人だけど、最近はずっとああして寝てるだけでほとんど働いてないし、全然偉くないから畏まる必要は全く無し!」
「なんつー紹介の仕方だよ……。それとリーダーじゃなくて、ただの発起人の一人だ」
三人掛けのソファに横になって、一人で専有している大柄な男性。
年齢は俺よりも一回り上、三十過ぎだろうか。
筋肉質な褐色の身体に、真っ黒なサングラス。
まさに典型的な裏社会の人間という容貌をしている。
「その隣でデバイスを弄りながらムスっとしてるのがアナ。女子は私含めて三人いて、その中の一人。迷宮探索が主な仕事だけど、たまに作ってくれるご飯も美味しい。ちなみにアンナでもアナスタシアでもなくて、アナーキーのアナね」
次に紹介されたのは、ラウンジチェアに座っている金髪ショートカットの女性。
年は多分、俺やセツナと同年代くらいで、全身に金属アクセを纏ったロックな風貌。
未だ一言も発さずに、ただ猛禽類のような鋭い目つきで俺を睨んでいる。
アナーキーのアナ……セツナとは違う意味で、強そうな女性の雰囲気を漂わせている。
「あっちにいる別の大っきいのがスカル。仕事だと主に迷宮内外での運搬系の役割が多いかな。気弱そうに見えるけど、怒らせたらすっごく怖いから気をつけてね」
「そ、そんなことないよ……」
部屋の奥にあるバーカウンター区画にいる縦に長い痩身の男。
年齢は少し上で二十代半ば~後半くらいに見える。
物騒な名前に似合わず、どこか気の弱い印象を受ける見た目だ。
身長は先のジャックと同じくらいありそうだが、小さな椅子に縮こまって座っているせいか見た目よりも小さく見える。
「後は……」
セツナが次の人物の紹介に移ろうとした時だった。
「うおっ!」
横から誰かに、身体を強引に引き寄せられた。
「そんで俺がこのクランの稼ぎ頭! 迷宮世界が生んだ稀代の天才エンジニアのシンだ! よろしくな! 兄弟!」
耳元で調子の良い自己紹介が大声で行われる。
首を動かして目線を声の方に向けると、同年代の若い男が俺の肩に腕を回していた。
少しチャラい感じの容貌に反して、全身から強烈な工業用油の匂いを漂わせている。
「ど、どうも……」
ガッチリと組まれた首を、微かに動かして会釈する。
「どうもって、堅苦しい堅苦しい! もっと肩の力を抜けよ! ブラザー!」
「それはただのアホだから挨拶とかしなくてもいいよ」
自分の役割を取られたからか、セツナが不機嫌そうに言う。
「アホって言うなアホって! そんなこというならもう弾とか作ってやんねーぞ!」
「それならそれで他から買うだけだし~。それで困るのはどっちかな~」
「嘘です。ごめんなさい。セツナさんがいつも雨霰のように銃弾をバラ撒いてくれるおかげで俺の生計は成り立ってます……今後ともご贔屓に……」
シンと名乗った彼は、そう言いながらそそくさと引いていく。
どんな曲者が揃っているのか不安だったが、彼は比較的親しみやすそうに感じた。
「で、これがアキトね! 前にも言ったと思うけど、私の運命の人!」
「は? う、運命……?」
「今日から私たちの仲間になるから、みんな仲良くしてあげてね! 以上!」
俺の言葉を無視して、セツナは盛大な拍手をと言わんばかりに紹介を終える。
当然、拍手など巻き起こるわけもなく、四人の刺すような視線が俺に集中する。
俺も何か言わなければならないような空気。
けど、急に連れて来られて、初対面の犯罪者相手に一体何を言えばいいのか……。
【ここは後々舐められないように、ドデカイのを一発ブチかましてやりましょう。ロウブレイカーの残弾数は1です】
お前は少し黙ってろ。
心の中で、もう一人の自分を制していると――
「ちょっと待った」
アナと呼ばれていた女性が、初めて口を開いた。
「何か勝手に話が進んでるけど、そもそもアタシはまだそいつの加入を認めてないんだけど」
彼女は俺を指差しながら、あからさまに敵意を剥き出しにした口調でそう言った。
「何それ。今回は私の順番なんだからアナが認めるも何もないでしょ」
「アンタの番は、あの配信者ちゃん関連の仕事まで。そいつの加入は明らかに越権行為」
「えっけんこうい? アナにそんなこと決める権利こそあるの? それに私は最初から言ってたよね。あの仕事の本命はアキトの加入だって」
「だから、アタシは最初からそれを認めてないって話だっての!」
アナがセツナへと向かって更に声を荒げる。
女性二人の間で、目には見えない火花がバチバチと激しく散る。
そもそも俺も加入するなんてまだ一言も言ってないんだけど……とは言い出せない剣呑な空気。
「俺は賛成だけどな。こいつの加入」
そんな二人の諍いに、シンが物怖じせずに割って入る。
「まず同年代の仲間が増えるのは歓迎だし、正規のライセンス持ってて表で動けるやつってのはウチ的にもかなりありがたいだろ。仕事の幅も増えるし、資金洗浄とか情報集めにも使える。なにより、あのセツナが気に入った男ってのが一番おもしれー」
「そのセツナが連れてきたってのが一番の問題なんでしょ……」
興味深そうに笑うシンと、大きなため息を吐き出すアナ。
その反応は、セツナがこの場においても異質な存在であると暗に表していた。
「スカルは!? 何か言うことないの!?」
振り返ったアナが、今度は奥のスカルへと尋ねる。
「ええ!? ぼ、僕!?」
「アンタはこんなわがままをこのまま許していいの!?」
「ん、ん~……セツナの奇行は今に始まったことじゃないけど……でも確かに、加入させるのはもう少し慎重になった方がいいとは思うかなあ……あっ、いや別に彼個人に特別な悪感情があるわけじゃなくて新規加入という行為自体に――」
「はい、これで二対二だね。過半数にも満たないなら見送るべきだと思うけど?」
味方を増やしたアナが、セツナに向かってほくそ笑む。
「多数決って……まるで上の世界でつまんないルールを作ってる狭量な年寄り連中みたいだね。アナーキーの名前が泣いちゃうよ?」
「あ? お前、もしかしてアタシに喧嘩売ってんの?」
「それはそっちの解釈次第かな~」
一触即発の張り詰めた雰囲気。
原因の自分が何か言うべきなんだろうが、蚊帳の外すぎて言葉が全く見つからない。
まるで針のむしろに座らされたような気分でいると――
「いい加減にしろ、お前ら。仲間内でのガチ喧嘩はルール違反だ。お前らが自分の手番に何をしようが自由だけどな。ここのルールだけは絶対に守れって約束しただろ」
これまで静観していたジャックの声が、室内に重く響き渡る。
それだけで、二人の間にあった緊張が瞬く間に霧散していくのが分かった。
「……ごめん、ジャック」
「私は一方的に絡まれただけで何も悪くないし~……」
素直に謝罪するアナと、口では軽んじながらも彼を尊重して矛は収めているセツナ。
リーダーではなくただの発起人だと自分で言っていたが、中心的な人物であるのは間違いないようだ。
「えーっと……確か、アキトって言ったか? とりあえず座ってくれ」
「は、はい。失礼します……」
助けられたという気持ちが強かったからか、その指示を素直に受け入れる。
部屋の中央に並べられたソファの一つに座ると、そうするのが当然と言うようにセツナも隣に座ってきた。
「さて……お前もどうせ、こいつに無理矢理巻き込まれた感じなんだろ?」
「まあ半分はそんな感じです……」
「えー……ひどーい! さっきは私に会いたくて来てくれたって言ったのにー!」
頬を膨らまして抗議してくるセツナ。
一方、ジャックはそんな彼女の扱いに慣れているのか取り合わずに続けていく。
「見ての通りこんな奴だ。無理に巻き込んじまったことには俺が代わって謝罪する。悪かったな」
身体を起こしたジャックが頭を下げる。
「いえ、確かに最初は巻き込まれただけでしたけど、今は自分の意思でここにいるんで」
理性的な話し合いができる人がいるというだけで、かなり心も落ち着いてきた。
「つまり、お前の本心でもうちに入りたいって思ってるわけだな?」
「それは……はい、出来ればそうしたいと思ってます」
「……目的は金か?」
「金です」
サングラス越しに彼の目を見据えながら、自分の意思をはっきりと伝える。
最初は他にもいること、それがクランであることに困惑した。
自分が裏の世界に関わることを、多くに知られればそれだけリスクは増える。
しかし、こうした集団が成り立っているのは信頼と実績が構築されているということでもある。
裏社会という暗中を何も知らずに模索するよりは、セツナをはじめとした彼らに付いていく方が賢明だと判断した。
「なるほどな……。下手な理由を捏ねくり回す奴よりは、率直に金が目的だって言うのは分かりやすい。俺としてもセツナの珍しい頼みだから聞いてやりたいと思ってたんだが、アナの言うことにも一理はあると思うわけだ」
まるで、二人の妹に板挟みされている兄のように言う。
「それは分かります。現状、俺はいきなりやって来た怪しい奴でしかないですから」
拒絶されているのは自分だけれど、理解はできる。
裏社会の非合法な探索者組織。
安易に加入させた人物がただの無能であればまだいい。
もしも、それが敵対勢力や特査の内通者であれば崩壊は免れない。
セツナが向こう見ずなだけで、アナのように慎重な考えが普通だろう。
「そうだな。セツナの目利きを疑うわけじゃねーが、素性も実力も分からないやつをそう簡単に引き入れるわけにもいかねぇ……ってことで、俺から折衷案だ。アナ、お前がこいつに試してやれ」
「試す? アタシが?」
「まあ、有り体に言えば入団試験ってやつだな。こいつがどんな奴で、俺らにとってどう役に立つのか。お前が自分の目で確認してやればいい」
「……その結果、全く役に立ちそうもないってアタシが判断すれば?」
「そん時は諦めてもらうだけだ」
ジャックが重みのある口調で言う。
諦めてもらうだけとは言っているが、アジトの存在を知っている人間をただで帰してくれるとは思えない。
全て覚悟の上で足を踏み入れているが、改めて突きつけられると身が引き締まる。
「セツナもそれでいいか? お前がそこまで入れ込んでる男なら……こんくらいは乗り越えてくれるだろ?」
「もちろん。アキトならそのくらい余裕だもんね~?」
身体を寄せながら、俺の身の丈を超えた期待をかけてくるセツナ。
彼女の了承を受けて、ジャックが『お前もそれでいいか?』と目配せしてくる。
「余裕かどうかは分からないけど……全力は尽くすよ」
セツナが俺にとって福音を授けてくれる女神なのか、それとも地獄へと誘おうとしている悪魔なのかは分からない。
ただ、ここでその期待に応えて、自分の価値を証明しなければいけないのだけは確かだ。
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