第4話:自問自答

 迷宮が出現してから現在に至るまでの四十年間。


 世界では数多くのクラスが確認され、それに由来するスキルは無数にある。


 DEA(迷宮探索者協会)では、過去に確認されたそれらがデータベース化されており、ライセンスを持っていれば誰でも参照できる。


 しかし、俺が発現したクラス『無法者アウトロー』に関しては一切の情報が見つからなかった。


 他にもネットや文献で色々と調べたが、同じ様に全て空振りの結果に終わった。


 先人の知恵には頼れず、俺は一人でゼロからこのクラスについて学ばなければならない。


「そういえば……前は妙な声が聞こえたんだよな……」


 実際に使ってみる前に、前回の事件の最中に起こった出来事を思い返す。


 どんな事を言っていたかははっきりと覚えていないが、声が聞こえたのは覚えている。


 あれがクラスに由来するものだとすれば、一度試してみる価値はあるかもしれない。


「おい、何か喋ってみろよ。前の時みたいに」


 若干馬鹿馬鹿しいと思いながらも、ダメ元で銃に話しかけてみると――


【何かご用命でしょうか?】

「うおっ!? ほ、本当に喋った……!?」


 危うく地面に落としそうになってしまう。


【自分で話しかけておいて驚くとは、おかしな人ですね】

「い、意思があるのか……?」


 まだ治まらない動揺に声が上ずる。


 何かの本で、擬似的な生命を生み出すスキルの話は読んだことがある。


 しかし、それはあくまでプログラムのようなものでしかない。


 こんな風に、術者の想定を超えた問答が出来るスキルの存在は聞いたことがない。


【意思がある……というのは適切な表現ではありません。私は貴方の深層意識を表層に伝える案内人のようなものです。言うなれば貴方の無意識の一部が発露しているものにすぎません】

「無意識の一部……? よく分からないけど、俺の人格の一部ってこと……?」

【はい、今の貴方は高度な自問自答を繰り広げているだけとも言えます。周囲から見ると奇人変人の類なのでくれぐれもご注意を】

「なんとなくは分かったけど……何か微妙にイラつく物言いをするな……」

【人であるならば自分自身に苛立つことは珍しくもないでしょう】


 こんな会話を続けていると、余計なストレスが溜まりそうだ。


 これが俺の人格の一側面だとは信じたくないが、今はそうだとして話を先に進めよう。


「俺の深層意識の一部だって言うなら……当然、こいつのことも分かるんだよな?」


 改めて、手にしている銃へと視線を落とす。


 クラスやスキルとは、その人間が持つ性質や心象など反映したものだと言う説もある。


 だとすれば、深層意識の一部だと言うこいつにはその能力が分かっているはず。


【ロウブレイカーは悪名レベル1で解放された拳銃型攻撃スキルです。銃弾は命中すると炸裂し、対象周辺の秩序を破壊する特異点を生成します。特異点の規模は現在の悪名レベルに応じて変動。最大装填数は7。悪名値を1000獲得する毎に追加の銃弾が補充されます】

「……なんだって?」

【ロウブレイカーは悪名レベル1で解放された拳銃型攻撃スキルです。銃弾は命中すると炸裂し、対象周辺の秩序を破壊する特異点を――】

「待て待て待て! 繰り返さなくていい!」


 早口で聞き慣れない用語を捲し立てる声を制止する。


「とりあえず……使ってみれば分かるってことだな」

【その理解力の高さに感服いたします】


 本当にイラつくな……。


「普通の銃と同じように使えばいいんだよな……?」


 まずは一度使ってみるかと、腕を真っ直ぐ伸ばして構える。


 引き金に指をかけて、力を込めようとしたところで気がついた。


「そういえば、弾が無いのか。最初の一発はあの時に使ってしまってるし……」

【いえ、残弾数は『2』です。銃身の側面を見てください】

「側面……?」


 言われたままに側面を見ると、そこには複数の溝が刻まれていた。


【そちらが残弾数の表示となります】


 溝の数は七つで、端の二つが仄かに光っている。


「なるほど……でも、いつの間に増えたんだ?」

【ロウブレイカーは悪名値1000毎に追加の銃弾を得られます】

「よく分からないけど、その悪名値ってのを知らない内に稼いでたってことか?」

【はい、悪名値は主に社会規範を破ることによって増加します】


 あっさりと発されたその言葉に、心臓がドクンと大きな鼓動を鳴らす。


 そのクラス名から何となくは分かっていたことではあるが、改めて言葉にされると受け入れがたいものがあった。


【どうされました?】

「いや、別に……」

【そうですか。てっきり、今更怖気づいてしまったのかと思いました】

「……そんなわけないだろ。もう決めたんだよ。紗奈を守るためならなんだってやるって」


 何度も何度も繰り返した決心を、改めて言葉にする。


 自分がどうしてそんなクラスを発現してしまったのか。


 思うことがないと言えば嘘になるが、これが紗奈を救える力であるならば俺には受け入れる以外の選択肢はない。


「それで……俺は具体的に何をやって、どのくらいのその悪名値ってのを稼いでたんだ?」

【迷宮法違反が一件で1000、更に違法行為で稼いだ金銭の使用で1000。合計2000の悪名値を獲得しています】


 そのどちらにも身に覚えがあった。


 一つ目は、拡張空間に捕われた時に、この銃を魔物に向かって放った時のこと。


 どんな状況であれ、地上でのスキル使用は迷宮法違反だ。


 上層住民ならいざ知らず、下層住民同士の揉め事に正当防衛という言葉は存在しない。


 逮捕されれば執行猶予無し、思想教育プログラム付きの懲役刑が確定する。


 二つ目は、セツナから受け取った金を使ったことだろう。


 俺に対する報酬として渡された一千万円もの大金。


 あれがどういう意図で渡されたものにせよ、綺麗な金ではないのは確かだ。


 それに手を付けたのは、紛れもなく社会規範から逸脱している。


「あの金は全部綺麗に使い切ったから、不法に取得した金を1000万使えば1000増加するってことか。つまり、違法行為で稼いだ金を使っていくのが一番効率の良い悪名値の稼ぎ方ってことか……?」


 どうしてこのクラスがDEAのデータベースに載っていなかったのか。


 クラスの特性を理解した上で改めて考えると、容易に分かった。


 絶対の規律である迷宮法を破ることが前提のクラスの存在を、そもそもこの世界が認めるわけがないのだと。


【その通りです。これで私の域に半歩程近づけましたね】

「しかし、一発一千万って考えると試し撃ちするのは少し躊躇うな……」


 実際に金で買ったわけではないが、感覚的には等価のように思えてしまう。


【貧乏性に付ける薬はありません】

「本当にいちいちうるさいな、お前は……」

【私を煩わしいと思うのは、貴方がまだ自分の深層意識を受け入れ――】

「いいから黙ってろ。それに、誰も試し撃ちしないとは言ってないだろ」


 いざという時に不発でしたでは話にならない。


 一発一千万は確かに躊躇するが、試し打ちはしておくべきだろう。


 そう考えて周辺をしばらく探索すると、ちょうど良さそうな標的が見つかった。


「よし……今度こそやるぞ……」


 両手で銃を持ち、目標に向けて真っ直ぐに構える。


 照準の先には、50cm程度の巨大な液体の塊。


 粘魔種――いわゆるスライムと呼ばれる魔物の一種だ。


 向こうは俺の存在に気づかず、半透明の粘体を蠕動させて渓流から水分を補給している。


 引き金を絞れば、このまま一方的に攻撃ができる検証には絶好の状況。


「撃つぞ……撃つからな……」


 敢えて声に出して、覚悟を決める。


 ゆっくりと深呼吸して、意識を指先に集中させる。


 狙いを定めて、絶対外さないように――引き金を引いた。


 火薬とは違った炸裂音が響き、銃口から黒い一条の光が放出された。


 反動に後方へと倒れ込みそうになるのを必死に堪えて、目を離さずに見届ける。


 光の先端――発射された銃弾がスライムの胴体へと直撃した。


「当たった!」


 俺が声を上げられる程の間を置いて、銃弾を受けたスライムの中心部が黒く染まった。


 直後、それは一気に膨張し周囲の全てを飲み込んだ。


 爆発と呼ぶよりは、まるでブラックホールにでも吸い込まれていくような光景だった。


 数瞬の後、一帯には何も残されていなかった。


 スライムも、一緒に飲み込まれた洞窟の一部も、死んだ魔物が落とすはずの遺物すらも。


 ただ、抉り取られた地面に渓流から水が流れ込んでいるの光景だけがそこにあった。


「と、とんでもない威力だな……そりゃあの倉庫もあんなことになるって……」


 思わず感嘆の声が漏れ出る。


 明らかに一匹のスライムに対して使うには過剰すぎる威力。


 最新世代の装備に匹敵……いや、凌駕する程かもしれない。


 これを使いこなせるようになれば、きっと探索者として更に高みへと到達できる。


 あらゆる悩みや雑念が消え、高揚だけが胸中を支配する。


【さあ、これが貴方の力です! この力で世界の秩序を破壊し、金も悪名も稼いで稼いで稼ぎまくりましょう!】


 今の俺の感情を表すように、昂ぶる深層意識の声が響く。


 金も悪名も稼いで稼いで稼ぎまくる。


 そのために何をすればいいのか、ツテも無ければ方法も俺には分からない。


 ただ、それを知っている人間には一人だけ心当たりがあった。


 だからもう一度、あの底無し沼へと足を踏み入れる決意をした。

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