第3話:単独入場

 二級ライセンスの取得は、覚悟を決めてから僅か一週間で完了した。


 必要だったのは迷宮探索者協会(DEA)の審査官による面接と筆記試験。


 そして、優先的な審査を受けるための高額な保証金だけ。


 どれだけ努力しても全く手の届かなかったそれは、金の力によって容易く手に入った。


 あの金に手をつける葛藤がなかったと言えば嘘になるが、長くは悩まなかった。


 二級ライセンスを得れば、自動的に三等区民として病院も含めた中層区の施設利用権が得られる。


 妹の命が懸かっている状況で、最も有効的な選択を排する余裕は俺にはなかった。


 このクソみたいな世界から金を抜いて、それで紗奈を救えるならそうする。


 既に転院の手続きも進めて、後は毎月の入院費を支払える収入基盤を作るだけ。


 そうしてDEA事務局で正式にライセンスを交付してもらった足で、今度は初めて迷宮への単独入場を試みることにした。


「えーっと……確か、この辺りの入場口は……おっ、あったあった」


 あまり土地勘のない場所だったが、少し歩いた先で迷宮の入場口ダンジヨンセンターを見つけられた。


 特区には、こうして至るところに迷宮の入場口が点在している。


 ――と言っても、そこに迷宮へと直接通じる入り口があるわけではない。


 ここからポータルと呼ばれる空間転移技術を利用し、迷宮内の任意地点へと移動する。


 迷宮が出現して間もない頃は、わざわざ大元の入り口から入場していたらしいが、今となっては信じられない。


 その大元の入り口は今も特区の中心部にあるらしいが、今は魔物が地上へと湧き出さないようにと厳重に封鎖されている。


 現在は探索者の中で迷宮の入場口と言えば、基本的にこの施設を指す。


「なんか……随分と久しぶりに来た感じがするな……」


 下層地区に似つかわしくない近未来的な建物を見上げながら、僅かに感慨深い心地に浸る。


 時間にすると僅か十日程度のはずだが、間の出来事があまりにも濃密だったせいでもうずっと来ていなかったような気分だ。


【迷宮探索者ライセンスを提示してください】


 施設の入り口で、機械音声に足を止められる。


 デバイスの画面にライセンスを表示させ、読み取り端末へと掲げる。


【二級ライセンスを確認。三番入場口へとお進みください】


 しっかりと更新出来ていたようで安心すると同時に、これでもう後戻り出来ない境界線を踏み越えた感覚を覚えた。


 深くは考えるなと己を律しつつ、案内に従って指定の入場口まで向かう。


 ランプが点滅している扉を開いて待機室に入る。


 初めて目の当たりにする無人の室内。


 これから一人で迷宮に潜るのだと実感し、緊張と不安が高まる。


 荷物を降ろし、準備を整えていく。


 まずは装備倉庫ギアアーモリーのサービスに登録してある自分の装備ギアを一つずつ手元に転送する。


 これも以前までは上の許可が必要な作業だったが、今は自分だけで行える。


 二級探索者からが本物の探索者であると、世間的に言われてる意味を強く実感した。


 メイン武器に、サブ武器、シールドユニットとその他補助道具を身につけていく。


 そうして準備を終えると、次はいよいよ迷宮への入場。


 入場ポータルの操作端末に触れると、モニター上に細かくエリア分けされた広大な迷宮のマップが表示された。


【入場地点を選択してください】


 俺の権限で利用可能な入場地点が白い光で点滅している。


 迷宮法によって、立ち入り可能なエリアは各基準で細かく制限されている。


 ライセンスの等級、ギアスコア、過去の探索実績、同行者の人数と質。


 二級に成り立てで、装備の質も低い俺がソロで探索できるのは第一層の下級エリアのみ。


 それでも夢にまで見た独力での入場に胸は高鳴る。


 何度か使ったことのある入場地点を選択し、決定のボタンを押す。


 ――ブゥン……。


 空気が震えるような音と共に、目の前に青白い色のポータルが出現する。


「……よし、行くか」


 深く息を吐きだし、俺にとって大きな一歩を踏み出した。



 *****



 ――――ッ!!


 胴体を両断された魔物が断末魔の叫びを上げて地に倒れ伏す。


「流石にすごい切れ味だな……」


 先日購入したばかりの武器を手に感嘆する。


 MHB-537――ムゲンテック社の第五世代製高周波ブレードのミドルレンジモデル。


 流動エーテル技術によって刃を微細に振動させ、通常の刃物を遥かに凌ぐ性能を実現した探索用装備。


 二世代前の新古品でも二百万円近くしたが、実際に使ってみると三大企業の製品には確かにそれだけの価値がある。


 あの時は為す術もなかったワーグを一撃で斬り伏せられたのが、何よりの証拠だ。


 ギアスコアはこれ一つで200以上増加し、二級探索者の最低ラインと言われている300の大台も超えた。


 それが権力による搾取の上で生み出されたものだとしても、性能は本物だと言わざるを得ない。


「これで五体目。初めての単独入場にしては結構順調だよな……多分」


 両断された死骸が光の粒子となり、俺の身体に吸収されていく。


 魔物を倒すことで、トドメを指した者はその生命力ライフフォースを得ることが出来る。


 生命力は探索者の身体及び装備許容量、更にはクラスの強度レベルを増強させる。


 俺たちの二世代前、つまり迷宮黎明期の探索者たちはそれを『まるでゲームみたいだ』と言っていたらしい。


 現世代の俺たちにとっては普通のことだけど、その頃の影響で生命力は探索者の間では未だに『経験値』とも呼ばれている。


「一人だと経験値も遺物も総取りだしな」


 消失した魔物が残した遺物を拾い上げる。


 これまでは迷宮内での戦果は全てパーティ内で分配されていた。


 それも俺の取り分は、同行費を取られた上で更に単純な頭割りの半分以下だった。


 あの時と比べれば、探索効率が落ちることを加味しても収入は数倍に増える。


 それでも、より高み……上層区の大病院に身内を入院させられる立場になるにはまだまだ足りない。


 紗奈のために、こんなところで満足はできない。


 もっと……もっと上を目指さないと……。


「そのために、次はの検証といくか……」


 手のひらに意識を集中させると、あの黒い拳銃が音もなく現れた。


 次は“これがどんなスキルなのか”を調べる必要がある。

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