第1話:再会
「ほん……っとに、ごめん!!」
地面に額を擦り付けるくらいに勢いで頭を下げる。
「急に泊まりの仕事が入って……ちょうどデバイスも壊れて連絡も出来なかったって?」
「そう! 本当に悪かったと思ってる! この通り!」
頭の上から聞こえてきた紗奈の不機嫌な声に、ただただ平謝りする。
「事情は分かったけど……でも、本当に心配したんだから……。もしかしたら迷宮で怪我して、帰れなくなっちゃったのかもって……」
顔を上げると、紗奈が目に涙を溜めて声を震わせていた。
「ごめん……。今度からは何があっても絶対に連絡が出来るようにするから」
「言葉だけじゃ信用できない……具体的にどうするか言って……」
「そうだな……じゃあ例えば、どっちが壊れてもいいようにデバイスを二台持ちするとか? いや、二台だと同時に壊れた時に困るから三台は必要かな?」
「そんなの、もったいない……」
目に溜まった涙を拭いながら紗奈が微笑する。
「大丈夫、金のことなら心配――」
自ら紡ごうとした言葉を飲み込む。
「……どうかした?」
「い、いや……なんでもない。そう言えば先月分の電気代をまだ払ってなかったなーって……」
「もう……ちゃんと払わないとダメだよ?」
「すまんすまん……」
謝りながら、足元に置いていたクラッチバッグを紗奈から見えない位置に動かす。
あの時、セツナが俺の取り分だと言って渡してきたもの。
中にはぎっしりと札束が詰め込まれていた。
厳密には数えていないが、1cmほどの分厚さのものが十束。
家に帰って中を確認した時には、驚愕のあまりに腰を抜かしかけた。
使うわけにもいかないが、当然警察に届けるわけにもいかない。
出処を問われた時、紗奈に嘘を吐くのとは訳が違ってくる。
結局自宅に置いておくわけにもいかず、こうして肌身離さずに持ち歩いている。
『セラフィナ=ホワイトさんの誘拐事件に関する続報です』
付けっぱなしのテレビから、ニュースを読み上げるキャスターの声が聞こえてきた。
『特区警察は未明、ロストゲート地区の旧港跡の捜査を始めたと発表しました。セラフィナさんは、この一角にある倉庫の中に監禁されていたと見られているようです』
マイクを片手に立つキャスターの後ろに張られた規制線。
その更に向こう側には、大規模に崩壊した港の倉庫が映っている。
「誘拐だって……怖いね……」
「あ、ああ……そうだな……怖いな……」
紗奈は俺がこの事件に関わっているなんて夢にも思っていないだろう。
俺自身でさえ、自分があの現場に居たことが未だに信じられない。
『現場では残留エーテルが検出されており、犯人による探索用装備かクラス由来異能力の使用も疑われているようです。また警察は、セラフィナさんの容態が安定してから詳しい事情を尋ねる意向だそうです』
警察は一体どこまで掴んでいるのか、これからどれだけ掴むのか。
あのピエロマスクの連中はどうなったのか、セラフィナは本当に俺のことを黙っていてくれるのか。
これまで考えないようにしていた情報が頭の中に溢れて、ぐるぐると渦を巻き始める。
テレビの画面が、視界が歪んでいく。
「――ん、――ちゃん」
その場に倒れ込みそうな程の目眩に、吐き気まで催してくる。
「お兄ちゃん?」
紗奈の声で、現実に引き戻される。
「大丈夫? 顔色、悪いけど……」
歪んでいた景色が元に戻ると、心配そうに俺の顔を覗き込む紗奈の顔があった。
「な、なんでもない……。長い仕事だったから、まだ少し疲れが残ってるんだと思う」
「そうなの……? 無理しないでね……?」
「もちろん。無理して身体を壊したら元も子もないからな」
深呼吸して落ち着きを取り戻す。
あの事件に関しては、今はとにかくセラフィナが何も言わないのを信じるしかない。
俺に出来るのは、紗奈にこれ以上の余計な心配をかけさせないことだけだ。
「そういえば、お兄ちゃんがいない間に良いことも一つあったんだよね」
「良いこと?」
「実はね。新しい友達ができたの」
「友達? この病院でか?」
不意の報告に首を傾げる。
紗奈の病室は個室で、病状の都合もあって外に出る機会も多くない。
そうなると必然的に、同年代の人間と接触する機会が少なくなるはずなのだが……。
「うん、ボランティアで来てる人なんだけど。すごく優しくて、お兄ちゃんと連絡がつかないって言ったらずっと側にいてお話してくれてたの」
「へぇ……それはお礼しないとな」
「確か、今日も来てくれるって言ってたけど……多分、またお昼過ぎかな」
時計を見ると、時刻は十一時半を示していた。
「じゃあ、俺はそろそろ先生のところに行くから帰ってきたら紹介してもらおうかな」
「うん、すごく良い人だからお兄ちゃんも絶対仲良くなれると思う」
笑顔でそう言う紗奈の病室を後にして、担当医の待つ診断室へと向かう。
今回こそは紗奈の病状に関して、何か良い報告を聞けるかもしれない。
毎回、そう思いながら部屋の扉を開くが希望はいつも打ち砕かれてきた。
治療法はおろか、原因すらも分からない。
出来るのは、衰弱していく身体をほんの少し長持ちさせる対症療法だけ。
それでもまた一縷の望みにかけて扉を開くが、やはりそこに希望はなかった。
三十分程の時間をかけて、もう何度聞いたかも分からない話に相槌を打つだけの面談。
最先端医療が行える上層区の大病院への紹介状を書いてくれないかと懇願しても、困ったように受け流されるところまでいつもと同じ。
一礼して退出し、重たい足取りで病室まで歩いて戻る。
「はぁ……」
病室の前まで辿り着くが、入り口の取っ手を掴んだところで立ち止まる。
自分でもひどい顔をしているのが分かるくらいの精神状況。
こんな状態で会うわけにはいかないと、一旦引き返そうとするが――
「あはは……ちゃんって、ほんとに……だよね」
中から誰かと話している紗奈の弾んだ声が聞こえてきた。
どうやら、例の新しくできた友達が来ているらしい。
一旦、休憩所で落ち着こうと思ったがそうとなれば話は変わってくる。
いつまでいるかも分からないし、紗奈が世話になった挨拶だけでもしておこう。
そう考えて、なんとか表情を取り繕う。
扉を開いて部屋に入ると、入り口に背を向ける形で長い茶髪の女性が座っていた。
「あっ、
少し心配になるくらいに大きな紗奈の声に反応して、女性が俺の方に振り返る。
「あっ……はじめまして、
「こちらこそ、はじめまして。紗奈の兄の
俺に向かって姿勢正しく頭を下げる女性の姿には見覚えがあった。
「い、いえ! そんなお世話だなんて……あれ? 貴方は、確か……」
向こうも俺のことを覚えていたのか、驚いたように手を口に当てている。
ゆるいウェーブがかった茶髪に、素朴ながらも整った顔立ち。
品のあるタータンスカートに、上もシンプルに纏めてある清楚な装い。
紗奈の新しい友達は、以前に迷宮で俺にハンカチを貸してくれた女の子だった。
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