第12話:ネタバラシ
「お前……ッ!」
「ほっ……見事な着地! 十点満点!」
影が三階ほどの高さから飛び降り、目の前に着地する。
俺をあの事件に巻き込んだ張本人が再び姿を現した。
すぐにあの銃を出現させて、元凶の頭部へと突きつける。
「わあっ! もう使いこなしちゃってるじゃん! いいね~!」
「おかげさまでな」
この女の言ってた通り、俺は確かに無能力ではなかった。
それを引き出してくれた欠片程の恩は存在するが、当然事件の元凶に対する怒りが勝る。
「ん~……でも、弾の入ってない銃なんて向けても脅しになんないよ?」
「――っ!?」
セツナは自ら銃口に頭を押し当てながら、またクスクスと笑う。
「あっはっは! すっごい驚いた顔してる! でも、言ったでしょ? 私には君の心の声が聞こえてるんだって」
銃を構えた腕を掻い潜って、セツナが至近にまで寄ってくる。
底なし沼のような黒い瞳で見上げられる。
「でもほんとに前に会った時とは見違えたね。顔つきも随分と私好みになってきたし、そう見つめられると濡れちゃいそう……って、今はそんなことを言いに来たわけじゃなかった」
「じゃあ、何をしにきた。言っとくけど、俺はお前の思い通りには――」
「はい、これ!」
言葉を遮って、小さなクラッチバッグが押し付けられる。
「なんだよ、これは……」
「君の報酬。向こうに置いてきちゃった前金の分もサービスで入れといたから」
「報酬……? はっ、生憎だけど俺はお前の思い通りにはなってない。セラフィナは助けたし、お仲間のあいつらはきっと今頃騒ぎを聞きつけた特区警察に捕まってる」
「助け……仲間……?」
「呑気に報酬なんて持ってきたみたいだけど、残念だったな」
そう、こいつらの企みは全部ご破算にしてやった。
何を企んでたのかは知らないが、俺は思い通りになっていない。
良い気分だと嘲笑ってやろうとするが――
「ぷっ……あっはっはっは!!」
先に向こうが大きな声を上げて笑い出した。
「な、何がおかしいんだよ! お前らの企みは全部無駄になったんだぞ!?」
「だって……あはは……ごめんごめん……。じゃあ、そだね。全部終わったことだし、ネタバラシしてあげよっか」
「ネタバラシ……?」
「まずはこちらをご覧くださ~い」
訝しむ俺の眼前に、セツナがデバイスを掲げる。
『何者かに誘拐されていた迷宮配信者のセラフィナ=ホワイトさんですが、つい先程特区警察が保護したとの情報が入りました。これからセラフィナさんの母親で、所属事務所の社長でもあるセレナ=ホワイトさんの会見が行われます』
画面の中では、ニュース番組の映像が流れていた。
女性のレポーターが会見場らしき場所で、現場の様子を伝えている。
『あっ、今セレナさんが入ってきました! これからセラフィナさんの状況が我々に伝えられるのだと思います!』
間を置かずに、大量のフラッシュを浴びながらスーツ姿の数人が入場してくる。
髪の色と顔立ちで、その中のどれがセラフィナの母親なのかはすぐに分かった。
彼女は報道陣に大きく一礼すると、涙ながらにカメラへと向かって喋り始めた。
『先程、特区警察から……娘がロストゲート地域の警察署で……保護されたと連絡が、ありました。現状は大きな怪我などもなく……健康状態にも問題はないようです。本当に……本当に……良かった……うぅ……』
両手で顔を覆い、嗚咽混じりに母親のセレナが話す。
この光景を見ているだけで、自分のしたことに意味があったと思えて少し安心できた。
「これがどうした。さっき言った通り、彼女は無事に母親のところに帰れて……お前らの企みが全部無駄骨になったってことだろ」
「ん~……それは、このおばさんが今回の件をぜ~んぶ仕組んだ人だとしても?」
「……は?」
考えもしていなかった返答に、間抜けな声が漏れ出る。
「な、何を言い出すのかと思ったら……苦し紛れにそんなデタラメを……」
「デタラメ……? どうしてそう思うの?」
「どうしてって……当たり前だろ! 母親がそんな――」
「でも、この事件で一番得をしたのは誰だと思う? ほら、これ見て。すっごい伸びてる」
画面がニュース映像からセラフィナのチャンネルページへと切り替えられた。
登録者数を示す数字が、凄まじい勢いで増え続けている。
もう少しで、『登録者五千万人超えの人気迷宮配信者』という肩書が更新されそうなくらいに。
「しばらくはトップニュースだろうし、きっと復帰配信はすごい同接を記録するだろうねー。投げ銭も何億円……いや、もしかしたら何十億っていったりしてさ」
「ど、同接とか投げ銭とか……たったそれだけのことのために、母親が娘をあんな危険な目に遭わせるわけがないだろ! ふざけるのも大概にしろよ!」
荒唐無稽なデタラメに、思わず声を荒らげてしまう。
「そりゃあ私もそう思うけど、あの人にとっては“たったそれだけのこと”じゃないんでしょ」
「どういうことだよ……」
「えーっと……確か、二十何年かくらい前だったかな? 私たちがまだ生まれる前だけど、テレビで迷宮探索のリアリティショーが流行ったの知らない? 今の迷宮配信の前身に当たるようなやつ。その中で特に有名だったのが、視聴者投票で勝ち残りを決める方式の番組でね。セラフィナ=ホワイトの母親、セレナ=ホワイトはその第一期メンバーの一人だったの」
あの倉庫での時と同じように、セツナはどこか楽しげな口調で語り始める。
「結構人気もあったみたいなんだけど、同期の中に探索能力でも視聴者人気でも、どうしても勝てない相手がいてね。順位だけで見れば一位と二位でほんの少しの差なのに、番組で目立つのも企業がスポンサーにつくのも全部向こう。結局、最後の最後まで勝てず仕舞いで……人気も名誉も何もかも全部持っていかれちゃったみたい。その人は今、三大企業の重役と結婚して最上層区に住んでるんだって。それが憎くて悔しくて仕方なかったんだろうね。だって、自分の代わりに娘を使って二十年越しの敗者復活戦をやってるくらいなんだから」
ケタケタと笑うセツナの言葉の理解を脳が拒む。
「意味が……意味が分からない……。だって、母親だろ……たった一人の家族だって……」
父親の存在も知らず、ずっと二人三脚でやってきた唯一の家族だと言っていた。
彼女はきっと、他に何も寄辺を持っていない。
なのに、その母親は娘のことを……。
「すっごい情念だよね。勝ち組になりたい。敗者のままで終わりたくない。そのためには利用できるものはなんだって利用するってくらいに」
言葉が出てこなかった。
嘘に決まっていると否定したかったが――
『物心ついた時にはもうパパはいなくて、ずっと二人きりの家族で……。今のお仕事のことも全部ママが決めてくれたの。私はただ……』
あの時に見たセラフィナの悲しげな表情が、それを妨げる。
「依頼は絶対に足がつかないように色んな人や場所を経由されてるし、何も知らない本人の証言からも真実は発覚はしない。セラフィナ=ホワイト誘拐事件という名の大舞台は、その舞台裏を誰にも気づかれることなく幕を閉じたってわけ」
いや、彼女はきっと薄々と勘づいていた。
別れる間際、俺に向かって何を言おうとしていたのか。
セツナの言葉が全て事実だとすれば、俺のしたことは……。
「主演のお人形ちゃんと助演の道化たちの見事な熱演に、盛大な拍手を……って感じ?」
俺も彼女も、あの連中すらもが何も知らずにただ舞台上で踊らされていた。
「まるで、自分は無関係みたいな口ぶりだな……。お前も雇われてた立場なんだろ?」
「ん~……雇われてたっていうか、私は私でそれを利用させてもらっただけかな」
「利用……?」
「うん、君に知って欲しかったの……このどうしようもない世界の一端を」
そう言って、セツナは少し悲しげに笑った。
「さて……それじゃ、私はこの辺りでバイバイしようかな。じゃあね、アキト。君が今日のことを忘れないなら……きっと、またすぐに会うことになると思うから」
彼女はその場で翻り、俺に背を向ける。
鼻歌交じりの浮かれた足取りで、混沌の権化たる女が暗闇の奥へと消えていく。
その背を見送りながら俺は、自分の無力感に打ちひしがれる。
この世界にとって俺の行動は、自分たちを取り囲むあの壁の表面を引っ掻いた程度にも影響を及ぼしていなかった。
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