第4話:運命の女

 負傷した身体を何とか動かして緊急脱出用のポータルを開き、地上へと帰還した。


 シールドがギリギリ持ちこたえてくれて軽症で済んだが、まともに動けるようになるまではしばらく時間を要した。


 しかし身体の痛みが引くと、次は浴びせられた屈辱が何倍にもなって蘇ってきた。


 あっさりと同行を許した時点で嫌な予感はしていたが、あれは流石に度を越している。


 一歩間違えれば死んでいたし、そもそも迷宮内でも人間に向かって攻撃するのは明確な違法行為だ。


 然るべき機関に通報すれば、何らかの処罰を与えられるかもしれないと考えるが――


「いや、口裏を合わせて証言されたらそれも厳しいか……」


 数的には一対五と圧倒的に不利で、記録は取っていない。


 本気で争うとなれば腕の良い弁護士が必要になるが、俺にはそんなことをしている余裕は金銭的にも時間的にもない。


 まずは残量が無くなったシールドの補充に、使ってしまった緊急脱出用のポータルも買い直す必要がある。


 それだけで想定外の大出費だが、何よりも探索パーティから外されてしまったのが一番の痛手だ。


 ただの屈辱は俺が耐えればそれで済むが、失ってしまった仕事は代わりが利かない。


 下層地区の住民でしかない俺にとって、低層周回とはいえ探索の稼ぎは大きかった。


 それがいきなりゼロになれば、明日以降の金回りは一気に悪化する。


 家賃に生活費、そして一番大事な紗奈の入院費。


 今月分は支払い済みだが、普通の仕事だけでは来月からはとても払いきれない。


 一刻も早く他のパーティを探す必要があるが、実績に乏しい三級探索者を入れてくれるところなんて簡単には見つからない。


 悩んでも悩んでも新たな心労がのしかかってくるだけで、解決策は見つからない。


 そうして気がつくと、下層地区を当てもなく彷徨っていた。


「はぁ……何やってんだ、俺は……」


 天を仰ぎながら自嘲気味に呟く。


 今日は早めに紗奈の見舞いに行くべきかと考えたが、今の状態で行けばきっと余計な心配をかけてしまう。


 何もやる気になれずに、今の心象を表すような退廃的光景の中をトボトボと歩いていると――


「ねぇねぇ、そこの君」


 不意に、聞き覚えのない女の声に呼び止められた。


「なんです……――っ!?」


 振り返って声の主の姿を見た瞬間、思わず絶句してしまう。


 ヘソ出しのクロップトップに、着崩したジャケットを羽織っているだけのパンクな装い。


 下半身も、膝丈より遥かに上のショートパンツとブーツでしか覆われていない。


 透明感のある白い肌が、脚も腹も胸元も惜しげなく露出させられている。


 しかし何よりも目を引いたのは、頭部で煌めく豊かな色彩に彩られた奇抜な毛髪だった。


「そう、君だよ。きーみ。今にも死にそうな顔でお爺ちゃんみたいにトボトボと歩いてる黒い髪の」

「お、俺に何か……?」

「うん、君のことを探してたの。ずーっと前から」


 スキップするように軽やかな足取りで、おかしな女が一歩一歩近づいてくる。


 挑発的な印象を受ける少し吊り気味の目に、しゅっと一本筋の通った鼻。


 言葉を発する度に、まるでゼリーのように震える潤った唇。


 身なりはこの上なく奇抜だが、顔立ちは恐ろしいくらいに整っている。


 少女的な愛らしさと妖艶な色気を兼ね備えたアンバランスな魅力。


 そのせいで年齢は分かりづらいが、多分同年代か少し下だろうか。


「ずっと前から俺を探してたって、どういうこと……? 人違いじゃなくて……?」


 こんな特徴的な人物と過去に縁があったなら間違いなく覚えているはず。


 記憶の糸をいくら手繰り寄せても心当たりが見つからないのは、初対面ということだ。


「も~……そんな怖がんなくても大丈夫だって。ちょっと、君にお願いしたいことがあるだけだからさ」

「お、お願い……?」


 日常に突如として現れたその異物に、後退りしながら聞き返す。


 彼女はそんな俺を嘲笑うかのように、口角を吊り上げて言った。


「私と一緒に……イケナイコト、しない?」

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