第46話 嘘だろ…

 『英雄殺し』だと?

 獣人の国で「英雄」と言ったら【イヨツ】の事だ。

 十数年前に獣人の国『ヨダモノケ』であった戦争にて、最前線で功績を上げ続けて付いた字名。

 そして獣人の国での恩人であり、恩師であり戦友である。間違ってもそんな人物を“殺す”なんて事は無い。


「俺はそんな事してない!」

「そうか、だが“千年獣国ヨダモノケ”から出されてる手配書は本物だ。お前が彼の国で何をしでかしたかなんて興味は無い。ギルドとしては依頼をこなすだけ、抗弁は引き渡した先でしろ」

「ふざけるな!こんなの『冤罪』だ。俺はやってない」

「冤罪だと?それは無い。ギルドの依頼は“世界意思を通す”過程で間違いや嘘は弾かれる。正式に依頼がまかり通るならば、お前は間違いなく英雄を殺している」

「なん、だ、と……」


 ギルドのシステムで説明された世界を認知してる何か「ルード」や「真理」とか言われてるモノ。そう言えばトームハバも「世界意識」云々言っていた。

 その世界の認識で俺がイヨツを殺した事になっている?


「無駄な抵抗はしないのだな?自分が無罪だと思うなら力尽くで抵抗してくると思ったが?」

「抵抗は無駄なんだろ。流石にこれだけ人数の中、地の利も無いのに暴れても逃げ切れるとは思えない」


 それに俺は逃げきれたとしてもンサヤイバリがどうなるかは分からない。無力な分体がやられてホイホイと本体が出てくるなんて事もあるかも知れない。それはそれで今後のことを考えれば良く無い。

 ある程度離れているからかンサヤイバリの声は聞こえない。脳に直接響くテレパシーの様な会話にも距離が関係するのだろうか。

 意思の疎通が出来ない限り変な行動は自分の首を絞めるだけだ。

 頼むからバレてくれるなよ。


「成る程、聡いな。おいっコイツをギルドの詰め所まで連れて行け」

「姉さん。アイツを捕まえた懸賞金は俺らが頂けるんで?」

「あー。少々ギルドにも収めてもらう事にもなるだろうが、払われるだろうな。だが、金が届くのは引き渡しが終わってからになるから、少々待て」

「よしよし、犯罪組織の船を引き渡し分は?」

「それは、どうかな?状況的には勝手に魔瘴に飲まれた連中が流れて来ただけで、お前らが何かした訳ではないのだろう?」

「え、ま、まぁね」

「だか、謝礼も少しは出るだろう」

「しゃーない。あのガキの分だけで充分か…」


 冒険者達の話し合いを横目にデカい冒険者らしき男に首根っこ掴まれて持ち上げられた。

 そのままの状態でギルドまで直行、体育館の様な何もない広い部屋の真ん中に放置された。

 冒険者達が少し離れた位置でぐるりと囲う感じで立っている。

 できるだけ不自然にならない様に辺りを見渡し、いざと言う時の為の脱出ルートを模索しているとギルド長の女が離れた場所から声をかけて来た。


「ルマニアのギルド長から、お前を生かして捕獲できた場合は、状況確認等を自ら行いたいとの事でな。繋げろ」


 足元に巨大な魔法陣が輝き半球状の空間に閉じ込められる。と同時にバンと目の前に半透明の画面が映し出された。

 そこにはルマニアで出会った。牛型獣人のシウが映っていた。


「ふぉふぅ、間違いない。トヒイ=ナエサだな…」

「シウさん…。ダっけ?」

「そうだ。トヒイ、まさかウソンセ国のギルドから捕縛連絡がくるとはな…」

「イヨツは死ンダのカ?」

「ああ、状況は理解しているか?」

「正直、全然…。俺ハ何もシテねーゾ…。俺はイヨツを殺してなンテ無イ」

「いや、お前が“其処に居る事”自体がイオツ殺害の犯人である証拠なんだが?」

「はぁ?俺がイヨツを殺シて逃ゲタとでモ言いたいノカ!確かニ、イオツが死んデ、俺ガ突然居なくナッテいたら疑わレルのは分カルが!でも俺はやってナイ!本当ダ!ココに居る事ダッて不可抗力デ…」

「まぁ、そうだろうな。“お前自身”はイヨツに何もして無いだろうさ。だが、お前は国外にって言うか、ルマニアの外に出てしまった事がイオツの死亡要因だからな」

「俺が外に…」

「分からんか?まぁ、自覚が無いと言うことは“分かってない”のだろうな」


 「分かってない」と言った時の言葉に憤りが聞いてとれる。俺がイヨツの死の要因を理解してない事が許せないのだろう。

 だが、本当にイヨツが何故、死んだのか分からない。エルフの転移魔具が間接的にイヨツの死に関わっていたりするのだろうか?


「トヒイ=ナエサ。よく聞け、我が国の英雄の死因は『呪印発動による斬首』だ」

「呪印…」

「そうだ。その呪印の発動条件は『入都仮承認の印を持つ者の未解除出都』だ。思い出したか?お前の右手の甲には、その印が付いていた筈なんだがな」


 すぐに確認しようと思ったが、拘束魔法で縛られていて手の甲を見れる状態では無かった。


「お前が何故、国外に居るのか?どうやって其処に至ったか?そんな事は“どうでも良い”。お前が仮承認の印を解除しないで王都の外に出てしまった為に印が効力を発揮して保証人だったイヨツの首が飛んだ。それが事実だ」

「俺が王都から飛ばされたから…」

「呪印の発動時には、警告も含めて印から激痛を発生させ、印を焼き付ける。発動には、印自体に練り込まれたマナを使うから距離や場所は関係なく条件さえ揃えば発動する筈だ。気が付かなかったのか?」


 気が付かなかった。聞いた条件通りなら空に放り出された段階で仮承認の魔法陣が起動していた筈だ。

 だがあの時は突然の環境変化と状況把握・対応で精一杯だったので、その時の状況や状態を細かく覚えていない。


「まぁ。気付いていようといまいと、もはや関係ない。呪印は発動し我が国の英雄は死んだ。その事実は変わらない」

「蘇生ノ魔法とかハ…」

「そんな高等魔法を使える者は、我が国にはおらんし、同等の魔具も無い」

「んな…」

「トヒイ。お前には英雄暗殺の容疑がかかっている。理由は分かるな」

「あ、ああ…。デモ俺はイヨツを殺そうト何テ思ってナかっタ!ココに来たのダッテ、エルフの魔具ノ暴発デ…」

「ああ、それは知っている。その場にいた商業ギルドの親方の『証言』と『証映』も確認済みだ。その上で上層部は、お前が「他国に通じ英雄を亡き者にしに来た」と断定した」

「んな!横暴ナ」

「そうさ。うちの王族は横暴で有名だからな」


 獣人の王は英雄の死の結末を俺に押し付ける事で手早く終息させたいのだろう。


「でだ。ギルドとしては、お前を英雄暗殺のお題目で裁く気は無い。と言うか裁け無い。ルードは『お前が罪を犯したと判定していない』からな。あくまで今回の依頼は王族から『英雄を殺した原因の確保』であって、ギルド自体は、お前に何らかの罰則を与える為では無い」

「あ、アァ?」

「さて、ここからが“本題”だ。俺らとしては、このまま、お前をヨダモノケ王族に引き渡すつもりは無い」

「ど、どう言ウ事だ?」

「ギルドは、お前を『犯罪者』として認定はしてない。つまり一般人と変わらない判定な訳だ。犯罪者ならば問答無用で搬送もするが、一般人を強制的に搬送なんぞ出来んだろ?」

「一般人って…」

「ギルドとしては、依頼を達成させて最低限のスジは通した。これ以上、王族の為に何かをする必要は無いと考える。勿論、個人的に英雄の死の原因であるお前に思うところが無い訳ではないが…。まぁ、それはそれだ。あんな王族の為にギルドが必要以上に働く必要は無い」

「王族ガ俺の搬送ヲ依頼してきたら?」

「さっきも言ったが、お前は一般人の認識だ。一般人を強制的に捕縛して移送するなんぞ「誘拐」と変わらん。そんな事はルードが認定しない。ルードが認定しない事をギルドは、依頼として受諾は出来ない。我々としては、お前を此処に留めておく事ぐらいしか出来ん」

「留めて…」

「ギルドで運搬を断られれば、ヨダモノケ王国の使いが直接引き取りに来るだろう。だがお前を拘束する事ははギルドには無い。故にお前に去られない様に説得するぐらいしか出来んと言う訳だ」

「いや、ギルドの権限ガ有れバ、俺を拘束スルぐらいどうとデモなるんジャ…」

「ま、実際はどうとでも出来るだろうな。だがする気は無い。お前だっておとなしく捕まってヨダモノケで英雄殺しの罪で裁かれたい訳では無いだろう?」

「それはソウだが」

「なら話は早い。冒険者ギルドが後押ししてやるから、どこかの国に亡命しろ。でもってヨダモノケ王族の思い通りになるな。逃げきれ」

「亡命っテ…」

「お前にだってやりたい事はあるのだろう?それが犯罪行為でも無い限り、お前をギルドが止める権限は無い。ああ、だが一応、お前の発言や行為に間違いが無いのか、そちらのギルドで調査されるだろうから2、3日は拘束されるだろうがな。それで問題無いなら終了でお前は自由の身と言う訳だ。後は何処にでも行けばいい」

「それデ良いノか?」


 シウは背もたれにぐっと寄りかかって、画面越しの俺から目を離し天井を見上げる形で続けた。


「それで良いさ。ギルドとしては出来うる限りのスジは通している。コレで良い…」

「でモ英雄を殺しタ俺を許せルのか?」

「許す?許せる訳ねーだろ!もし、お前が目の前にいたらその首、掻き切ってぶち殺してる。だが、それはあくまで俺個人の私怨に過ぎない。だから“シンセ”の事も止めない!この先にお前がどうなろうと構わない!」


 天井を向いていた顔は再びこちらに向けられ、普段ならよく分からない獣人の表情が怒りに染まっているのがよく分かってしまう。

 言葉に態度に雰囲気に俺に対する『怒り』が伝わってくる。

 親を殺されたシンセの事だって…シンセ……だと。

「シンセ、シンセは…」

「アイツはお前を探しに王都を飛び出ていったらしい。少なくともまだ実家のある村には戻ってはいない。近い内にお前がウソンセで捕まった事を知る事になるだろう。そうなれば確実にお前を追ってウソンセに渡るだろう。アイツがお前を探し出して『どうしたいのか』は分からんが、だいたい想像はできるだろう」


 どうしたいのか、そんなのは確実に「俺を殺したい」に決まってる。なんだかんだ言ってシンセは親父の事を尊敬してたし、目標としていた。

 その親父を間接的とはいえ殺した相手をシンセが許す訳が無い。


「お前がアイツが来るまで其処で止まるのは勝手だし、そうなってくれた方がコチラとしては、スッキリしない訳でも無いが、其処で待つならアイツ等より王国の使いの方が先に着く事になるだろう。ソレはコチラとしては好ましい結果では無い。だから選べ!その場に止まって我が国で死ぬか。我が国より逃げて英雄の息子に殺されるかだ」


 どちらにしろ逃げ場は無い。どう転んでも最終的には死んでくれという事か。

 「償い」は、したい。だが、まだ死ぬ訳には行かない。

 だから…。


「この会話自体は周りの連中には聞かれてはいない。まぁ、聞かれては困る内容でも無いが、念には念をな。後はお前次第だ。冒険者ライセンスの再発行許可は出している。欲しいなら、そこのギルドで出してもらえ。ちゃんと境界戦妖討伐の報奨金も得られる様にしているから旅の路銀には困らない筈だ」

「ありがトウ」

「礼など要らんよ。ギルドとしての業務を全うしてるだけに過ぎん。お前とは長い付き合いになるとも思っていたんだがな…。こうなっては、流石にもう会う事は無いだろうな。知りたい事も知れたし、伝えたい事も伝えた。さっきも言ったが、後はお前次第だ…。精々、英雄の分まで生きろ」


 バツンと映像が消える。だが足元の魔法陣と周りを包む半透明の半球の空間は消えずに残っていた。多分、俺を逃さない様にする為の結界であり、音声を外に出さない様にする仕掛けでもあるのだろう。

 外で待っていた女ギルド長が結界に腕をかざすと別の魔法陣が浮かび上がり、結界に穴が空いて入ってきた。


「ルマニアのギルド長との話は終わったな。では今度は、コチラでのお前の取り調べを始める。お前の行動、発言は『世界意識』を通して認知はしているが、実際を確認しない訳にはいかんのでな」

「確認ってどのように?」

「『覗き見屋』を使うに決まってるだろう?」

「覗き見屋…」

「ギルド長ぉ、その通称は勘弁してくださいよぉ」


 女ギルド長の後ろから冴えない感じの男が現れて愚痴っていた。

 しゃがみ込んで目線を合わせた男と目が合う。瞳には魔法陣が浮かんでいた。


「これから、お前の意識を取っ掛かりに世界意識に繋げて記憶を掬い上げる。コレは世界意識に蓄積された真実だ。誤魔化しは効かない。お前の見たもの聞いたもの全てを詳らかになる。んじゃ、見るぞ。【ルミヲコカ】」


 瞳の魔法陣が光って浮かぶ。


「【クンリンワ】」


 追加の呪文を唱えた男の頭上に新しい魔法陣が浮かび、そこからパヨンパヨンと気の抜けた音を鳴らしながら光の粒子が広がっていき、粒子がぶつかった女ギルド長の頭部にも魔法陣が浮かぶ。


「ふむ。世界意識が提示した状況と同じ様だな」

「そうっすね。悪意の行為や計画的行動では無いみたいですね」

「俺の記憶を見たのか?」

「ああ、お前の見たものは魔力を通して世界意識に蓄積されている。ソレを引き出したんだ」

「成る程、人の記憶を覗き見るから『覗き見屋』か…」

「この家業の連中は、全員がその通称を良く思って無いからね。言わんでくれんかね」

「さて、こうなるとギルドとしては対応が面倒になるな」

「ギルド長、ルマニアの連中に引き渡して終わりじゃ無いんすかい?」

「終わりにしたいのだがね。“この国”ではソレは難しいのさ」

「あぁ〜!成る程ぉ」

「ウソンセの手前勝手な【正義】は無実な者を引き渡す行為を認めんだろうからな…」

「下手すると…」

「ああ、【勇者】の介入もあり得るだろうな」


 は?勇者だと……。

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