第45話 その一言
「10」
カウントダウンが始まってしまったが、船を止める方法が分からない。
「9」
トームハバも止めてくれる様子は無い。
「8」
ここは素直に顔を出して状況を説明するのがベストだろう。
「7」
だが、こんな子供がひょっこり出ていって他の連中はラリってて、人攫いや奴隷の船ってどう思われるか…
「6」
門前払いの可能性は有る。どころか問答無用で攻撃される可能性だってある。
「5」
『ほーう。あんな弱そうな人族が近くに。私の瘴気はちゃんと収まってるようだのぉ』
「4」
ンサヤイバリが好奇心から物陰からひょっこり顔を出している。楽しそうで何よりだ。
「3」
いよいよ時間が無い。何はともあれ、相手に抵抗の意思がない事ぐらいは伝えなくては。
「2」
「ちょっと待ってくれ!!」
カウントギリギリで壁外警備隊に声をかける。
警備隊の連中は既に臨戦体制で杖や何らかの魔具的な物をこちらに向けていた。
「ん?何だ。ガキか?まぁいい。さっさと船を止めろ!あと他の者を呼べ」
「いやぁ。その…。今、この船で動けるのが自分だけで…。しかも船の操作とか出来なくて……」
「はぁ?何だぁ?他の乗組員はどうした?」
「その…みんな、魔瘴にやられて正気じゃ無くて…」
「何だと…」
『魔瘴』の単語を聞いた瞬間から壁外警備隊の警戒がより強まったのが分かる。
「魔瘴って事は、この船は「魔洋」から来たって事になるが?何でお前は無事なんだ?」
「ああ、多分この船は魔洋から流れて来たんだと思う。俺は遭難してたところに流れて来た。この船に勝手に乗っただけだから…」
「遭難?魔洋近くの海で?」
「ああ、俺は元々、獣人の国にいたんだけど、何故か海に投げ出されて…」
「はぁ?訳が分からん。そんな事が信じられる訳ねーだろ!」
嘘は言ってない。だか、全部本当でも無い。でもってこんな事が信用されるとも思って無い。
壁外警備隊の連中は更に警戒を強める。この船の人攫い同様に俺の事を海魔とか、それに準ずる“何か”で有る可能性に注意しているのだろう。
4隻中の2隻が船をぐるりと回って様子を探って、先ほどからこちらに話しかけて来ているリーダーらしき人物に報告をしている。
「現状、この魔導船に結界は張られてねー。船体も戦闘痕の様な跡が多数あった。少なくとも海上で“なんか”あったのは確かだと思う。まぁ、それはともかく、この規模の魔導船でギルドの登録に引っかかって来ないのは、おかしい」
「未登録船…ねぇ。おい!ガキ。お前はそこで動くな。おい」
おいの掛け声と同時にリーダー格の後ろにいた男か杖をこちらに向けて魔法を唱えてきた。
「クソコウ」
予想通りに“身動きが取れなくなる何か”を使って来た。だから前もって死角になる背中の服の下にショートソードを剥き身で持っている。
魔法だろうと魔具だろうと物理的な効力で捕らえてくるならショートソードで脱出できる。
麻痺系や洗脳系で来られたら諦めるしか無かったが、分かりやすく魔力で作った力場で拘束するタイプの魔法だ。コレならどうにかなりそうだ。
「海魔かもしれねーからな。ちゃんとふん縛っておけよ。行くぞ、船の中を確認する」
ぴょんとジャンプして数人が船に乗ってくる。人族だが冒険者なだけは有る、身体能力は高そうだ。人攫いの有象無象どもとは違う。まぁ、それでも獣人や海魔の連中に比べれば全然だ。
この程度の連中ならどうとでもなりそうだ。
だが、物陰に隠れている筈のンサヤイバリが興味津々で前に出て来て隠れきれてない。
どんなに「無害」だろうとモンスターはモンスターだ。見つかったら問答無用で殺される。今は俺の方に注意が向いてるから気づかれてないだけだ。だから出てくるな!引っ込んでろ!!馬鹿!!!
索敵系の魔具や魔法を使われたら即バレの可能性は高い。ンサヤイバリの事がバレたら即反応できる様にしとかなくては。
「甲板は無人だ。戦闘跡はあるが一応、罠等は見当たらないな」
「そうか。なら後は中を確認するか、お前は艦橋に迎え、止められるなら船を止めろ」
「分かった」
「俺たちは船内に向かう。罠があるなら“ここ”からだ」
索敵役が船内に向かう扉のノブを慎重に回して警戒しながら開けている。そんな事しなくても罠なんぞ仕掛けてはいないのだが。
だが普通に考えれば、警戒しない訳にはいかないだろう。何せ、彼らにとっては、得体の知れない船だ。
ガコンと不自然に船が揺れ、前に進んでいた船が止まった。どうやら、艦橋に行った男がちゃんと船を止められたようだ。
トームハバの魔力やら何やらで動かしていたのなら、船の仕組みなんて関係なく、動いていてどんな操作をしても止まらないなんて事も考えられたが、どうやら大丈夫だったらしい。
後は、船の中に向かった連中が、人攫い達と牢屋の中身を見てどう思うか、仲間では無いとは言ったが信用されるかどうかは半々だろう。
ンサヤイバリがワクワクソワソワしながら、物陰から姿を見せたり隠したりを繰り返している。ずっと孤独だったンサヤイバリにはこんな事ですら物珍しく心が躍っているのだろう。
艦橋にはタコ野郎の死骸が放置されてる。アレを見れば他の連中に報告する為に戻ってくる可能性が高い。
そうなれば、更に警戒を強めて来るだろう。もしかしたら、まだ海魔が潜んでいるかもしれないと考えるだろうからだ。
そういえば、トド野郎はどうなったっけ?何の処理もしてないから死骸が、そこら辺に転がってる筈なのに何処にも無い。トド野郎の死骸が見つかれば更に警戒が強まるだろう。
そんな中でンサヤイバリは、どんなに無害な存在になっていたとしても「モンスター」の括りになる。冒険者なんかに見つかった日には無作為に殺されてしまうだろう。
だから、ンサヤイバリが見つけられた時に即座に反応出来る場所にさりげなく移動しておかなくては。
「おい、動くな。お前への疑いは晴れてない」
「疑いって俺は、遭難してた普通の人族ですよ?」
「いや、普通は無いだろ?俺もソコソコ経験積んできてる冒険者なんだがよ。そんな俺から見て、“お前は異常”だよ」
「異常って…」
「ああ、これは、
「それに?」
「お前、「獣人の国」云々って言ってたよな。それで昨日にギルドで聞いた事を思い出してよ、さっき確認してみた」
冒険者ライセンスを取り出してスマホを操作するようにいじり出した。
「そしたら、獣人の国から破格の『捕縛依頼』が出回ってた。コレ、お前だろ?」
俺を監視してる男のライセンスから絵付きの手配書のビジョンが浮かび上がって来た。
ソレは確かに俺の顔だった。まぁ、この世界でまともな鏡なんて滅多に無いから、見たのはマッドサイエンティストの実験場と池とか川に映った姿だけで自身がどんな顔なのか曖昧な記憶なのだが、多分、間違い無い。
「何をやらかしたのか知らんが、かかってる懸賞金が異常だ。しかも“生死問わず”でだ。まぁ、死んでたら懸賞金は半額だが、それでも破格だ」
「は?懸賞金??なんで???」
「詳しい事は、この手配書には書かれてない。だが、お前が指名手配の賞金首ってのは確かだ」
「賞金首…俺が……」
「正直、お前が何をしたのか、何者なのかは興味は無い。だから、お前が人族だろうが海魔だろうが関係ない。お前をこのまま、ギルドに引き渡して大金を頂く。それだけだ」
獣人の国の連中が“突然消えた”俺を心配して捜索依頼を出してくれてるなら分かる。だが、生死問わずの捕縛依頼となると、俺を【犯罪者】として指名手配した事になる。
勝手にいなくなった事は悪いとは思うが、大金を出して捕縛を考える程の犯罪になるのだろうか?それとも知らない内に犯罪を犯していたのか?
「その手配書には罪状は書かれて無いのか?」
「あー、そうだな。こんだけの懸賞金の割に情報開示は、ねーな」
「何が…」
「動くな!さっきも言ったがお前の身の上なんぞ興味はねー。このまま、何もせずに捕まっとけ」
グッと俺を拘束する魔法が強まった。勿論、それでもショートソードに魔力を流せば、問題なく斬れそうだが、今拘束を解いて逃げ出したところで何にもならない。
周りは海だし、船は動かせない。手配書の謎も解けないし、中の連中がどうなるかも分からない。今は、このまま拘束されていた方が良さそうだ。自然と俺に意識が向いているからか物陰を出たり入ったりしてるンサヤイバリに気づかないでいてくれているし。
そうしてると小走りで艦橋に向かった男が戻って来た。
「おい、他の奴らは?」
「ん?隊長達は中を調べに行ってる」
「くそっ、艦橋には海魔の死骸が転がってた!そのガキの言ってた通り魔洋方面から流れて来たってのは本当かもしれねー。ってかソイツは本当に人族か?」
「さーな、だけど、コレ見てみろ」
「あん?何だ?ん?この手配書が何よ…おっコイツか?コレって、え?ウソンセ大通貨1024枚だと、マジか!!」
「マジだ。正直、こんな船は見なかった事にでもして、さっさとコイツだけ引き渡して大金せしめたいところ」
「だが、そう言うわけにも行かねーよ。海魔が関わってるのが確定してる船を簡単に受け入れる訳にも放置する訳にもいかねーかんな」
なんやかんや話している間に中に入って行った連中が戻って来た。
「戻ったか?中の様子は?」
「あー、そのガキの言ってた通りだ。中の連中は全員、魔瘴の毒気にやられてた。だが、問題は“そこ”じゃ無い。下層に牢があって、モンスターや『管理外奴隷』が繋がれていた」
「マジか…未登録船舶な上に管理外の…『違法奴隷』と来たか…。つまりアレか…。この船って」
「あぁ、かの有名な『犯罪組織』の船っぽいな。そんな連中なら正規でない海路で危険な魔洋を通るのも頷ける」
「こりゃ、大捕物になるな」
「船員が全員、魔瘴で動けねーから捕縛は楽に行きそうだ」
中から出て来た連中は、自分達の置かれた状況に一喜一憂して盛り上がっている。聞いた感じだと、この人攫いの連中はこの国では有名な連中の様だ。多分、懸賞金も高いのだろう。
「隊長、この船の件もそうなんだ。このガキもとんでもねーぜ。コレ見てくれ」
「あん?手配書…。ってオイ!マジか?このガキが?」
先程と同じような会話と反応を見せつけられる。犯罪組織云々が判明した上で、同じ様な反応をするって事は俺にかけられている懸賞金・通貨1024枚は相当な値段なのだろうか?
「この金額、当分で山分けしたとしても当分は遊んで暮らせるな!」
「かったりー、壁外警備隊でのチマチマ小銭稼ぎで、こんな大儲けに繋がるなんてなぁ」
「全くだな!んじゃ、さっさと船とこのガキ引き渡して金貰おーぜ」
「あっそうだ!艦橋に海魔の死骸が転がってたんだが、中には居なかったんだよな?」
「ところどころ戦闘の後はあったが、海魔の類はいなかったな。死体も無し。ただ1人だけ顔面に殴られたみたいにボッコリいかれてた男がいたぐらいだな…。おい、『モンスター感知器』の反応は?」
モンスター感知器だと!そんな物使われたらンサヤイバリの事がバレる!
だからと言って感知器を使わせない様にするには、この束縛を解除して冒険者相手に大立ち回り、その後にンサヤイバリと共に逃走するか?いやいや逃げ場が無い。
だが、今のンサヤイバリは普通の人族の子供ですら、殺せるのではと思うぐらい弱い。見つかれば確殺必至。
どうする…。どうする……。
「海魔の反応は無いな。もっぱら微弱な反応がチラホラ映るが、鳥とか魚だけだな」
「そうか、どんな状態だろうと海魔ならそれなりの反応がある筈だからな。それなら大丈夫か」
探知機を使わせないどころか、既に使われた後だった。
普通に考えれば、乗り込む前に使用して、ある程度の安全性を担保してから乗り込んでくるのが当たり前だろう。その為の道具なのだから当然だ。
むしろ、それに気づかなかった事が恥ずかしい。
だがコレでンサヤイバリを隠しておけば、ある程度は誤魔化せるという事が分かったのは幸いである。
隊長と呼ばれてた男がライセンスを使って通信を取り始めた。
「おい、船を動かしてくれ。港で「駐在兵」と「ギルドの連中」総がかりでお出迎えだそうだ」
「まぁ、そうなるな」
「ああ。この船の件にこのガキの件と、いきなりの大事件だ。騒がしくなるぞ」
暫くして船が再び動き出した。先程よりもゆっくりだが、確実に海門に向かって進む。
「なぁ。ちょっと聞きたいんだけど」
「黙ってろガキ。こちとら話す事なんざ何もねーよ」
「中で捕まってた連中はどうなるんだ?助かるのか?」
「知らねーよ。お前はともかく、違法奴隷は解放されるんじゃねーの?」
「そうか…」
俺自身がウヨジィを解放してやれなかったのは、少し引っかかる物もあるが、何はともあれどうにかなるなら安心だ。
外壁が近づいてくる。獣人の国の首都程では無いが、かなり大きく頑丈そうな外壁だった。
30mクラスの船でも余裕で通れそうな扉の前まで来ると、扉の上に外灯よ様な球がピカっと光る。同時に何やら結界の様な力場が発生して船を覆った。
同時に船の周りにいた鳥のモンスターや魚のモンスターが弾かれる。多分、門が空いた時にモンスターや不審者等が紛れ込まない様にする為の結界なのだろう。一瞬、ンサヤイバリが弾かれてしまうかと心配になったが、コソコソしてるが弾かれてはいないようで安心した。
何を基準に弾いているのかは分からないが、ンサヤイバリはどうやらそこらの鳥や魚より無害と認定されてるらしい。
門が開く。ゆっくりと進み、門をくぐった先の港には、兵士らしき連中と冒険者らしき連中がひしめいていた。
後ろでンサヤイバリがピヨピヨと浮ついついているのを感じる。騒ぎ過ぎて冒険者にバレるだろ!
波止場らしき場所で船が止まると兵士や冒険者に囲まれた。ヒョイっと冒険者らしき女と男が船に飛び乗って来た。
「姉さん。このガキが…」
「ああ、分かってる。手配書通りの面だね」
冒険者の女が腰を屈めてまじまじと俺の顔を確認し、何か納得した感じで姿勢を戻した。
「名前はトヒイ=ナエサで間違いないかい?」
「あー。間違いない」
「そうか、私はこの街のギルド長を任されてる【ナン=オレクラア】隣のが兵長の」
「【コトオタキ=テレサバト】だ。すまんがコチラは組織の連中の確保が優先だ。行かせてもらう」
「詳しい話はまた後でな。ではコチラはキミをギルド支部館まで連れて行くとしようか」
「連れて行くのは良い。ただ、分かるなら俺の罪状を教えてくれ」
ギルド長の女は少し悩んで、周りを確認した後に俺だけに聞こえるぐらいの声量で一言だけ告げた。
「『英雄殺し』」
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