第42話 ついていけんのよ
それは巨大な竜だった。
見た目は良くある「ドラゴン」だと思う。翼は6枚、長い首に2本の角と鱗の外殻。目の前のバケモノ程では無いが上空の竜もかなりデカい。
「ンサヤイバリ。貴公がその穴から出ると迷惑だ」
『バカ鳥がぁ。私の前に堂々と』
「なんだ!?なんだ!何なんだ!?」
「外に出ようとなど考えるな。貴公が外に出ても良い事など何も無い」
『何故、貴様の言う事を聞かねばならぬ。私の邪魔をするのなら、その体ズタズタに引き裂いて喰ろうてやろうかぇ』
「無駄な事を、海に浮かぶだけの貴公が、大空を翔ける我を捉えられる訳が無かろう?そんな事より貴公は、この穴で眠っておればよい」
『愚か…』
カッと光ったと思ったら極太のビームの様なモノがンサヤイバリの背中と思われる場所あたりから何発も同時に竜に放たれる。
1発、1発が高層ビルぐらいの太さはあるだろうビームを竜は避けもせず全て受け止めていた。
たじろぎもせず微動だにしていない。飛散したビームの一部が海面に触れると大爆発を起こした。飛散して威力が分散したにも関わらずとてつもない破壊力だ。それが雨の様に振り撒かれている。多分、ビーム1発で富士山を吹き飛ばすぐらいの威力はありそうだ。
そんなビームを何発も直撃してる筈なのに竜には、まるで効いてる様子がない。
「毎度の事だが、この程度の「魔光」でどうにか出来ると思っているのか?」
『ほざけぇ』
目の前のンサヤイバリが口を開く。
いや口だけではない目と目の間も開き、まるで顔が十時に引き裂かれはた様になる。
さらに、ペキピャキと気色悪い音を立てながら顔がどんどん分割されていく。さっきまで巨大な瞳だと思ってた部分も当たり前の様に分割されていく。
さっきまで顔だった部分は分割に分割を重ね大量の触手の束に変わっていった。その触手らの先端に一斉に光が灯る。同時に辺りの景色がぐにゃりと歪んだ。
ンサヤイバリの結界に守られてる状態だが、あの“歪み”に囚われたら簡単に死ぬと本能に突きつけられる。
歪みを広げる様にンサヤイバリの首だった触手が花弁の様に広がった。光景だけ見れば「大海に咲く巨大な花」で神秘的にすら見える。
その実は“海の大怪獣”が“空の大怪獣”に向けて攻撃を仕掛けようとしているだけだ。
ブワンと歪んだ空間が広がる。広がった空間が竜を捉える。
竜が歪む。歪んだ竜は上部から押さえつけられる様に空から【落ちてくる】
「なんと、コレは、少しは状況に対処できる様になっているではないか」
『愚かなバカ鳥よ。貴様はいつまでもチョロチョロ飛びよってからにぃ。そろそろ、這いつくばって沈みねぇ』
何が起きているのか分からない。分かるのは歪んだ空間が竜を捉えて引き摺り下ろそうとしてるという事だけ、重力なのか空間に干渉する何かなのか、見てる限りでは判別できない。
ただ、とんでもない“力”が働いているのだけが理解できる。
高度が落ち海に近づいて来た竜は、それでも余裕が見て取れる。
「ふむ、これほど地上に近づいたのも久しいか」
『そのまま、堕としてやろうえぇ』
落ちて来た竜を間近に見て改めてその巨体に息を呑む。
ンサヤイバリの様に島サイズとまでは行かないが、全長はドーム球場ぐらいはありそうだ。
穴の外の海面近くまで落ちて来た竜に極太ビームを至近距離でぶち当てる。海の穴をビームで削り爆散させつつ竜に何発も打ち当てる。
世界が砕けるのでは!と思うほどの光景が目の前で繰り広げられている。ンサヤイバリの結界で守られているから無事だが、結界が無ければ一瞬で塵も残らず消滅してるだろう。
「世界の終わりかよ…」
だが、そんな猛攻を受けても竜にダメージが入っている様子は無かった。
「だから無駄だと言っておるだろうに」
『そうだのぉ。魔光では駄目だろうねぇ。ならさぁ、直接ならどうだかねぇ』
突如竜の真下から触手が伸びて竜に絡まっていく。
「なんと」
更にンサヤイバリの極太の触手が伸びて竜に絡んでいく。
『“あの時”とは違うんえぇ』
「その様だな。だが、このまま海に引き摺り込まれる訳にもいかんのでな」
竜は全身を触手で雁字搦めにされ、謎の歪んだ力場に囚われながらもやはり余裕が見てとれた。
雁字搦めの竜が再び上空に上がり始めた。
『逃げるんえぇ?バカ鳥ぃ。逃す訳無いねぇ』
「逃げる?我が?何故?」
竜を中心に巨大な魔法陣が展開される。竜を包む歪んだ力場が魔法陣によって弾かれていく。
更に雁字搦めだった触手がブチリブチリと引き千切りつつ上空に上がっていく。
「この程度で我を制せると思ったか」
今度は竜から極太のビームが放たれる。放たれると同時に触手が吹き飛ぶ、見ればビームは竜の口から放たれていた。
「まさに大怪獣…」
竜から放たれたビームはンサヤイバリに直撃した。竜と違い直撃したンサヤイバリの身体は貫かれ血液や体液が爆発したかの様に撒き散らされた。
嵐の様に撒き散らされた体液は海面や自身の身体に触れるとバシュと音を立てて触れた部分を焼かれた。
自らの体液で自身すら焼くとは恐ろしい。結界に守られて無かったら、強化細胞が有ったとて瞬殺だろう。
見てみれば触手を引きちぎった竜からも湯気が上がっている。触手から出た体液で身を焼いたのか、高出力ビームを放った反動で体内が超高温にでもなって温度差がでてるのか。
ボコボコっと音が聞こえて来たので振り向くとビームを打たれたンサヤイバリの傷口から何本かの巨大な触手がぐちゃぐちゃ生まれてきて傷口自体は埋まって行く。
新たに出現した巨大な触手が再び竜に向かって動きだす。素早く一本が竜の足を捉えた。
更に再び歪んだ力場が竜を包み込む、同時に他の触手が素早く竜を捉えるのでは無く、打ちつけにいく。鞭の様に触手を叩きつける攻撃。
バチン、バチンと轟音を轟かせながら巨大な鞭が竜を叩く、打ちつける度に衝撃が海まで広がり爆発でも起きているかの様だ。
竜の表情などはよく分からないが、流石の竜にもダメージが入り始めている様だ。
『どうした?辛いかえぇ』
「うむ。コレは思いの外、効く“彼奴”の言っていた通りか」
『あの時とは違う。貴様等に押し戻された私では無い。今度は貴様がすり潰される番えぇ』
ンサヤイバリの身体が海老反る様に立ち上がって行く。そり上がった胴体が真っ二つに裂かれた。裂かれた胴体の断面は大小様々な突起がギラついている。
「マジかよ…」
巨大な『すりおろし器』となった胴体で竜を挟み込む。巨大な胴体は竜の全身を完全に捉えられた。
『グチャグチャになれ!バカ鳥がぁ!!』
ガチャリグチャリと刃や肉が擦り合わされる様な不快な異音が響き渡る。
圧倒的質量による逃げ場の無い攻撃繰り出され、見た限りは竜の敗北に思える。だが、竜が“この程度”でやられるとは思えなかった。
異音が突然止んだかと思うと光の柱が発生し挟んでいた胴体すりおろし器がこじ開けられる。更に光の柱に魔法陣が重なって発現して行く。
「『ナロコウヨイタ』」
光の柱は閃光となり辺り全てを染める。
あまりの光に目を瞑る。すると結界が何かに覆われてのか影となり光が遮られた。
何が起きたのか分からずオドオドしていると覆っていた何かが、結界から剥がれ出して辺りが見える様になった。
まず、目に入ったのは壁だった。そして焼き爛れた巨大な肉の塊と成り果てているンサヤイバリだった。
竜は空に浮かんでコチラを見据えている様子だ。気持ち疲れているのか、肩で息をしている風に見えなくも無い気がする。
状況の認識が追いつかないが、どうやら目の前に広がる壁は魔洋の巨穴の側面らしい。多分、竜の放った魔法か何かで、辺り一面を超高熱でぶっ飛ばし海の水が蒸発して無くなったと言う事らしい。
バキリバキリと焼けたンサヤイバリにヒビが全体に入り、そこから不気味な七色がかった紫色の液体が溢れ出し全身を覆って行く。
更に肉塊の真ん中辺りから巨大な触手が一本伸びた。触手の先端辺りに赤い瞳がギョロっと出てくる。
『やはりこの“魔閃”とやらは、面倒だねぇ』
「この様な場所でしか使えぬ魔法だ。それに以前と違い然程効いてる様には見えぬが」
『あの時とは違うと言っただろぉ』
ンサヤイバリから更に数本の極太触手が生えて臨戦体制に入る。
竜も自身の周りに多数の魔法陣が浮かび上がらせ、更にそれらが繋がり一回り巨大な魔法陣となって行く。
ンサヤイバリから伸びた触手の数本が花の様に開き再び歪んだ力場を構成する。しかも今度は数本あるからか先ほどよりも歪みが酷い。
だが、竜はその力場を自身が発生させた別の力場で押し返す。
衝突する2つの力場によって大地が砕け、重力を無視するかの様に形を変えて歪に突き出したり、浮き出したりし始める。どこからとも無く竜巻や稲妻が発生し荒れ狂っている。
正にこの世の終わりの様な光景だ。
次元が違いすぎて最早、笑うしか無い。このまま目の前の2体が争い続けたら世界が終わると確信できる程に。
【魔王】やら【勇者】やらがどんなに凄い存在だろうと目の前のバケモノに対応できるとは思えない。
俺はどうすれば良いのだろう?大怪獣バトルを見せられて、自身の矮小さだけを叩きつけられて、静観する事しか出来ない。
ってか、コレ決着付いたらどうなるんだ?竜が勝ったとして、竜が俺等をどうにかしてくれるだろうか?無視されて放置されたらどうしようも無い。
かと言ってンサヤイバリが勝ったとしても一緒に穴の外に連れてかれるだけで自由など無いし、外の連中と「つなぎ役」を上手くこなせる自信など無い。今度は世界と戦いづける羽目になる可能性は高いのではなかろうか。
竜にどうにかコンタクトを取って助け出してもらうのはどうか?自由になれる可能性はあるかも知れないが…。それだと……。
待てよ。『逆』に考えてみるのはどうだろう。
外に出るとヤバいから外に出させる訳には行かない。ならどうなれば『外に出れる』?
竜はンサヤイバリが外に出るのは『迷惑』だと言った。
あらゆる生物を狂わせる魔瘴を広範囲に振りまき、島サイズの巨体が動く事で起きる物理的大災害。更には、勝手に生まれてくという災害指定モンスター級の眷属は、何をするかは分からない。
確かに『迷惑』の塊だろう。だが、迷惑ってだけなら「ムレーゴイカデの巨人」や「魔王」だって世界にとっては迷惑なのでは無いのか。
でも竜は、それらには何もしてないのか?してないなら何故しない。それらは竜にとって迷惑に値しないから?
なら、ンサヤイバリをそのレベルにまで落とせば見逃されるかも…。
でもどうすればいい?どうすればンサヤイバリの“迷惑度数”を下げられる。
ンサヤイバリを「無害な存在」に変える事は出来ない。でもンサヤイバリ自体から『無害な存在を創る』事は出来るかも。
「ンサヤイバリ。聞きたい事がある」
『困ったねぇ。お喋りしたいけど、今はバカ鳥の相手をしなきゃならないのよねぇ』
ンサヤイバリと竜の戦いは続いている。
竜の羽ばたきが衝撃波となり、触手を吹き飛ばす。同時に斬撃を飛ばしているのか、触手を切り裂き胴体を抉っていた。
引きちぎられたと同時に再生を始め崩れ落ちる前に触手同士が繋がり直し再び竜を襲う。先端を高質化させ鋭い槍の様にして貫こうと迫る。
迫り来る触手を咆哮と口からのビームの様な何かで一瞬で溶解させて吹き飛ばす。
大地を削り、海を巻き上げ蒸発させつつとてつもないスケールの攻防が続いていた。
こんな中に、たかが人間の俺が割り込む事など普通は出来ないだろう。だが今の俺はンサヤイバリとパスを繋いだ状態、竜には届かなくともンサヤイバリには俺の声が確実に届く。
「ンサヤイバリ、アンタから生まれる眷属は“任意”で生み出す事は出来るか?」
『ん?やった事が無いから分からないねぇ。何だか面白い事を言い出してるみたいだけれど、後でねぇ。バカ鳥を殺した後でねぇいくらでも話をしようねぇ』
「それもだ。アンタが守ってくれてんのは分かっちゃいるが、この戦いが続けば多分巻き込まれて俺は死ぬぜ」
『そんな事はさせないねぇ』
「アンタは外に出てみたい。俺も船の中の連中と国に戻りたい。竜が邪魔だが、このまま戦い続けてもどうなるか分からん。俺は巻き込まれて死ぬのはゴメンだ。だから聞いて欲しい。戦うだけじゃ駄目だ。竜に勝てたとしてもきっとその先も戦い続ける羽目になる。アンタは俺の交渉に期待してくれてんだろうが、所詮、俺はガキだし頭も良く無い。そんな状況で交渉が上手くできるとは思えない。」
『トヒイ…』
「だけど“ネタ”が有れば交渉が出来ない訳じゃ無い。アンタは「眷属を自信の分身の様なもん」だと言った。「魂」が同じだと、ならその眷属に意識を移して眷属を通して外に出る事が出来るんじゃないのか?アンタの本体はこのままで、分身で外に出る。コレならアンタが外に出る事で起きる面倒を抑える事が出来る」
『眷属に意識を…』
「ほう、面白い事を考えるモノだ」
激しい攻防を繰り返していた筈の竜が突然話しかけてきた。
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