第41話 以心伝心?
目の前のバケモノは俺を逃すつもりは無い。船の中の連中は頼めば逃してくれるだろうが、魔瘴に精神を侵食されてる状態で放り出されても助かるとも思えない。
だからと言って船ごと逃げる方法なんて考えつかない。
『あんねぇ、外に出ると面倒なんよぉ。だからさぁ、トヒイ。お前はここに残って私の話し相手になってもらうよぉ』
「そりゃ、無理だってって言うか話すならアンタの“眷属”と話せばいいんじゃねーの?」
『私の眷属で私と会話が成立する程の知性を持った者はおらんのよ。かと言って上で沸いてる連中は私を崇めるばかり会話などしようとせんし、大半は魔瘴に呑まれて正気を保っておらん』
確かにタコ野郎はイカれてたし、トド野郎は麻薬中毒者みたいな感じだったな。
『それにのぉ。“私の言葉を聞く事”が出来る者がそもそもおらんかったんよぉ』
「聞く事が出来ない?」
『そお、私の【声】って、そのままだと私以外は理解出来ないのよねぇ。私も他の声って聞いても分からないし』
「え?でも今、普通に話してるけど」
『普通は声を口から出して話すんでしょ?私はソレをしても相手に伝わらないから、「相手の魂に直接触れて」言葉をつたえてるんよぉ』
そうだ。色々ぶっ飛んで会話してたから意識から外れてたけど、テレパシーみたいに頭に言葉が響いてる状態は「普通」では無かった。
『魂を同調させるとねぇ。相手に合わせて考えた事や聞いた事が、勝手に理解出来る様に変換されるんよぉ。便利やろぉ。だからトヒイは私の話したい事が理解出来るし、私もトヒイの言葉が理解出来るんよぉ』
「魂を同調…」
『そぉ。でもねぇ、大半は魂を同調させるとねぇ。私の魂に飲まれて「魂魄が壊れちゃう」のよねぇ』
「は?」
『どんなに弱く同調しても駄目だったのよねぇ。普通の魂魄じゃ私の魂を受けきれないみたいでねぇ。大概は魂が壊れて死ぬか、狂ってしまうんよぉ』
魂の同調。それがどんな風に行われているのか分からんが『この会話方法』がライセンスを利用した遠距離通話と同様なら【魔力】を利用してる筈。ならば威圧の様に外側から伝播してくる訳ではなく内側に直接くるならば精神が受ける影響は外側からの比では無いだろう。
多分、ンサヤイバリの魔力が強大過ぎて矮小な他の生き物の魔力では釣り合わず呑まれてしまう訳だ。
浜辺に真水の水溜りを作っても一波で混ざって真水が分からなくなる様に。
圧倒的な質量の差に対抗出来るだけの『何か』が無ければ魂の同調による会話も成立しない訳だ。
俺の中には“謎の魔力100万”が存在してるからか、どうにか呑まれず会話が成立するらしい。
強者ゆえの悩みってヤツなんだろう。境遇に同情はするが、そんな事で俺の人生を明け渡す訳にはいかない。何とか逃げ出さなくては。
「アンタが“やりたい事”は分かった。だが、俺にも…。俺達にも“やりたい事”がある!ここで死ぬまで飼い殺されるつもりは無い」
『そうかぁ。それじゃ、死ぬまでとは言わん。三十年でどうだろう?それならば良かろう?』
「三十年だろうと一年だろうとここに残るつもりは無い。アンタが配慮してくれてんのは分かるが、それでも残る選択肢は無い」
『ふぅ。そんなに私の話し相手は嫌かえぇ?』
「別に話すのが嫌な訳じゃ無い。ここに拘束されるが嫌なんだよ」
『ふふ、でも残念だねぇ。お前さんがどんなに外に出たくとも、そのか弱き力では動く事もままならんえ』
正直、八方塞がりなのは確かだ。それでも何とか、どうにか逃げ出さなくてはならない。
「そう言えば、アンタには、友達とかはいねーのか?眷属と話せなくても“同等”の友達とかは…」
『そんな“存在”がいるなら、お前さんに話し相手を頼んだりせえへんよぉ」
「マジか…。そうだよな。なんて言うか…スマン」
『ふふふ、えーよぉ。あぁ良いねぇ。こう言う会話するんも新鮮だねぇ』
目の前の巨大な瞳がグリグリ動く、嬉しそうな感じから笑っているのだろう。
どうやら今まで「普通」に話し合える相手がいなかったのだろう。何年間生きてるかは分からないが、数百年レベルで孤独だったコイツが普通に話せるだけでこれだけ喜んでる。
なら、他にも話し相手を用意するか。いつでも話せる状態を作り出せれば、外に帰れるかもしれない。
問題は、話し相手を用意する方法も、いつでも話せる状態を用意する方法も、皆目見当もつかない事だが。
だが先ずは、現状把握と環境確認を優先してできる事、できない事を割り出そう。ンサヤイバリの事、この穴の事、俺達がどう扱われるのかとか、知れば出来る事も出てくる可能性はある。
【知識は力で情報は武器】現状を打開できる算段をつける為にも先ずは情報収集に専念しよう。
「聞きたいんだが、ここで話し相手になるとして俺らの生活はどうなる?」
『ん?生活?別に一緒に居て話し相手になってくれてればええよぉ』
「いや、そう言う事じゃなくて“衣食住”的な問題。船の中にも食料はあるが、何日も持つ量じゃ無いし保存だっていつまで効くか分からん。そもそも中でラリってる連中を元に戻したい。このままだと“まとも”に戻れなくなるかも知れないし」
『衣食住?なんなのそれは…。それに、その中で人族の事かぇ?どうしよう無いのだから捨て置けばよかろう』
「いやいや、まぁ捨てても問題ない奴らも多いが、国に戻してやりたい奴らもいてさ」
『国と言うのもよく分かんないのよぇ。だいぶ前に吸った人族の脳味噌から知識だけは、有るのだけれど…。衣食住って言うのもそう。服?鎧?野菜?料理?家?城?理解できない事ばっかりなのよぉ』
【生物】として違い過ぎて【認識】が噛み合わないのだろう。
服を着る様な事は無いだろうし、鎧で身を守る事もない。この巨体で食料が人間やモンスターと同じだとも考えずらい、栄養を取る方法も根本的に違うだろう。国に属してる訳では無いし、この穴?は住処ではあるが、家と言うわけでは無いし、攻め込まれるのを防ぐ為の城塞なんて必要としない。
根本的な“基準”が違いすぎて、知識があっても人族の常識を理解出来てない。
かと言って聞いてる限り対等な話し相手も、物事を教えてくれる第三者もいない。
このままだと祭の金魚すくいで手に入れた金魚みたいに環境を整えないまま飼われて数日であの世行きだ。
「俺たちは飯を食わねえと数日持たずに死ぬぞ。そうなったら話す云々どころじゃねーよ」
『そうなのか?難儀だねぇ。私は食事というものを取らなくとも大丈夫だからねぇ』
「それは羨ましいな」
『うむ。相手の力を取り込む為に喰らう事はあっても空腹なるモノになった事は無いのぉ』
「え?じゃあ、その身体はどうやって維持してるんだ?」
『さぁの。今まで気にした事すら無かったねぇ』
「マジかぁ…」
島の様な巨体なのに食事無しで維持してるどころか成長しているとは、やはり根本的な部分で他の生物とは違う存在らしい。
実は生物では無くロボットだったり…。流石にソレは無いか。
「食事の件もそうだし、さっきも言ったが、中の連中をどうにかしたい。ここに居ても助からないのなら国に帰って治療を受けさせたい」
『何で中の連中を救いたいんぇ』
「なんでって…まぁ、国に帰すって約束したし…。袖擦り合うのも多生の縁的な……」
『何と、アレか!仲間とか友達と言うやつだなぁ。私には眷属はおっても仲間や友達と呼べるモノは居ないからのぉ』
「あれ?父親とか母親とかは?」
『うむ、“ソレ”も居ないねぇ。人族食らって親と言う存在を知った後にさぁ、思い出そうとしたけれど、ソレらがいた記憶はないんよねぇ』
意識した時には『一個体』として存在していたって事か?ンサヤイバリは、どの様に生まれたのだろうか?実は意識する前に親を食って力に変えてる可能性とかもあり得そうだ。前世にそんな虫がいた様な気がする。
親も友も居らず、対等な存在もいないし作る事もままならない。その上、何年生きてるのか、生き続けるのかも不明な程に長寿な個体。
余りにも孤独な存在だなと思う。
そんな中で孤独や退屈を凌げる“モノ”が目の前に現れたのならば、逃したく無いのは理解出来る。
だが、やはり哀れみで人生捧げてやる訳には行かない。申し訳ない気もしないでも無いが、どうにか逃げる方法を考えよう。
「そう言えば、魔王には何人か会ってんだよな。小僧っ子って奴以外は、どんな奴だったんだ?」
『そうだねぇ。あと2人ぐらいあったかねぇ。確か…1人は丸くて、もう1人は白かったねぇ』
「丸い?白い?」
『ああ、でもねぇ。丸い方とは会った時は、私が食ってしまったからよく覚えてないねぇ。白い方は軍門に降れとか抜かして来たから殺してしまったねぇ』
「魔王を食ったり、殺したりしてるのか?」
『仕方ない。ここに来てしまったなら生きるか死ぬかしか無い。【ここはそう言う場所】なんだからさぁ』
「そう言う場所?」
『そう。ここは勝者のみが生きる場所、物心ついた時からずっとそうやって生きてきたんよ。流れ着くモノを殺して食って取り込んで、強者のみが生き続ける場所。小僧っ子について来た奴が言ってたっけねぇ。確か【魔洋の坩堝】って言ってたかねぇ』
坩堝ねぇ。なるほど。聞いた感じ、ここは超巨大な「天然の蠱毒」って訳だ。
あらゆる毒虫を1つの壺の中に入れ共食いをさせて生き残った1匹が強靭の生命力と最悪の毒素を両立させる最強の虫を生み出す儀式だか手法が『蠱毒』と言うらしい。そんな話を前世で先輩から聞いた様な気がする。
この海に開く大穴に流れつくあらゆる存在が、弱肉強食の生存競争を強いられる。そんな中で千年単位で生き続けた海の生態系の頂点みたいな存在が、目の前のバケモノ『ンサヤイバリ』なのだろう。
「強者しか生き残れないなら俺らは死ぬしか道はないって事か」
『ううん。トヒイは私が生かすから大丈夫だよぉ。それに私の眷属達はそんなに強くないけどこの場所で生きてるしねぇ』
「眷属ってのはどんな奴らなんだ?」
『んん?どんなと言われてもねぇ。こんな奴らさぁ』
ふわっと何体かのモンスターが目の前に浮かんで来た。
大小さまざまで同じ形態が存在しないと言うか、そもそも形状がぐちゃぐちゃで統一感も無く、どれが頭でどれが腕なのかすらよく分からない。眷属と言われる“コレら”も一般的な生物とは根本的に違うらしい。
『コイツらはねぇ、私の体から生まれてくるんよねぇ。だけどほら、人族の子供?ってのとは違うんよねぇ。勝手に生えてくる感じでねぇ』
「勝手に生えてくる…」
『そそ、いつの間にかいるんよねぇ。でも私から出て来たってのは分かるんよ。「魂が私と同じ」だからさぁ。でも別に意識がある訳じゃないんよぉ。ただ生きてるだけの奴らさぁ』
「生まれるって言うか、分離、分裂した分身って感じだな」
『それそれぇ。出来損ないの自分って感じぃ。人族の子供ってこんな感じじゃないんでしょ?“愛おしい”って感覚?よく分かんないだけど、そう言う存在が子供なんでしょ?』
「そうだな。愛おしいか…。父さんも母さんも俺を愛してくれていた……」
『うーん。トヒイ“愛”ってさぁ、どう言うモノなんだい?こんな勝手に生えて死んでく様な出来損ないの分身なんて、そこらに流れ着く有象無象と然程変わらないんよぉ。“特別な何か”になんてならないんよねぇ』
「愛…」
【愛】が何なのかなんて哲学的な聞かれたって困る。
俺を愛してくれたのは、この世界での父と母だけだし、俺が愛したのも父と母だけだろう。
前世の記憶は未だ曖昧だが、愛だの恋だのとは程遠い生活をしていた気がする。
だが、それとは違う『大切なモノ』はあったと思う。そして『それを守れなかった』と胸を焦がす思いが自分の中で渦巻いている。
何だかンサヤイバリの食いつき方がまるで子供のソレの様に感じる。
会話が成立するのが相当楽しいのだろう。
それはさて置き、眷属と言われる奴らもンサヤイバリにとっては劣化した分身でしかないのだろうが、多分、この眷属の一体一体が穴の外なら「災害指定モンスター」レベルの能力はありそうだ。
何体いるのか知れないが、10や20程度の数では無いだろう。このバケモノ自体が外に出なくても眷属が外に出ていくだけで世界的大惨事に繋がりそうだ。
『ねぇ、トヒイ。その中に居るモノ達は家族ってモノでは無くて友達と言うやつなのだろう?その友達を愛しているのかぇ?』
「は?何、言ってんだ?」
『外の生き物は別個体と友となって愛し合って家族になるのだろう?その中にいるモノを愛しているから一緒にいたいのではないのかい』
「違う!違う!!そんなんじゃ無い!!」
『そうなんえぇ?くぅー。人族とは難しいねぇ。理解したいのにねぇ」
誰かと話す事で今まで知れなかった事を知れると言う事が楽しくて仕方ないと言うのが、ビンビン伝わってくる。
『楽しいねぇ。外って言うのは知らない事ばかりだよねぇ』
「ああ、俺だって知らない事だらけだよ」
『そうかぁ。良いねえ。もう一度外に出るのもありかもねぇ』
「へっ…えっ!」
あれ?コレは危険な流れでは?外に興味を無くしていた筈のバケモノが再び興味を持ち始めている。
面倒が表立っていた感情を興味の感情が上回り始めてる。
俺との会話でンサヤイバリの中の興味を刺激し過ぎてしまったって事か…。
前回、外に出たのがいつ頃なのか分からないが最近でこんなバケモノが世界で暴れたなんて話は聞いた事が無い。多分数百年単位で過去の事だとは思うが、そこから数百年生き続けてるコイツは、その頃より更に驚異度が上がっている筈だ。
外に出たコイツが何をするのかは知れないが、その余波だけで世界崩壊レベルの大惨事が起こりかねない。
ヤバい。俺のせいで世界が終わるかも…。
『そうだ。トヒイ、お前さんがココに入れないなら一緒に外に出れば良いのではなかろうかぁ』
「外、一緒に…」
『そうだ。私だけでは外のモノ達と話す事は出来ないが、トヒイが間に入ればどうにかできるんじゃ無い?アレだ。ほら!そう言うの「通訳」って言うやつさぁ』
ヤバい!ヤバい!!ヤバい!!!巻き込まれている!俺を矢面に立たせて“穴”から出るつもりになってる!
『良い考えだろぉ!そうだ!そうしよう!そうすれば外に出ていける』
ーそんな事させる訳無かろうー
空から『声』が響いて来た。見上げればそこには【巨大な竜】がいた。
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