第40話 本気ですか?

『ふふふ、驚いているのかねぇ。人の子が私の前で正気を保っているなんてねぇ。“魔族の小僧っ子”以来かねぇ』


 テレパシーのような物なのか、頭にどんどん言葉が響いてくる。トド野郎やタコ野郎が使っていた言語じゃない。

 いや、それはさておき…。ヤバい。『おぞっ気』が止まらない。目の前にいる奴は“何なのか”なんて分からない。

 巨大過ぎて全体像はよく分からない。目の前に見えるのは『瞳』だ。純白の壁の様な肌から迫り出した様な真紅の瞳がこちらを見ている。

 「直感」で「本能」で理解してしまう。

 コイツは存在からして俺等とは違う。全く違う何か…。

 バケモノなんて言葉では言い表せない圧倒的存在感。

 ビビって声も出せねぇ……。


『面白い奴だねぇ。心と表情が一致してないなんて。何だい?その顔は?私に会えて嬉しいのかぇ?』


 心?表情??何言ってんだ?


『自分でも意識してないんだねぇ。不思議な子やねぇ』

「なん…だと……」

『魂と身体のズレかねぇ。これはこれは』


 ズレ?なに言ってんだ。そもそも俺は今、どんな表情なんだ?鏡なんてないから、見て表情を確認する事はできない。指で直接触れて確認してみた。

 表情を触れて確認してみた事など無いから正直、目元がどうなってるかとかは分からなかった。だが口は分かりやすかった。口角が上がって歯も剥き出しで笑っていた。

 自分がどんな表情をしているのかを知って驚く。俺は目の前のバケモノにビビってたんじゃ無いのか?

 萎縮して声も出せないんじゃ無いのか?

 何で俺は笑ってる?


『何だい?自分でも認識と身体のズレに困惑してるのかい。コレは本当に面白い奴だねぇ』


 本能で目の前のバケモノに屈したと思っていたが、自分でも分かっていなかった【本音】の部分で俺はこの状況を楽しんでいるのか?喜んでいるのか?


稀子まれごよ』


 あまりにも強大な存在を前にに心がバグってしまったのだろうか?


『稀子よ』


 以前から『脅威』に対して感情が昂る事はあった。

 ジジイに威圧を打たれた時、境界戦妖と対峙した時、自分が追い詰められた時に自然と笑顔が出ていた。

 でも、何で笑顔になってたか、ちゃんと考えた事は無かった。


『稀子よ。私と話せる者は久しいての、ちょいと話そうぇ』


 再び、とてつもないおぞっ気が襲ってきた。コレは、ジジイとかが使う「威圧」とかそんなレベルじゃない。

 息をするのも苦しいと感じる程の「何か」を叩きつけられる感じだ。

 だが、それでも…。


「マレゴ??こ、話す…。何を…」

『稀子よ。そんなに怯えなくても良いぇ。稀子よ、何をしたくてココに来たんだい?』

「何をしたいって…別に何も……ってか、ココに落ちてきたのは、海魔の連中…、えっと何だっけ。ンサ何とかだかの眷属だっけか?に投げ込まれたからで、あ、貴方に会いたくてきた訳じゃねーんだ…です」

『上の有象無象共か、たまに供物だ何だと人族やら何やら放り込んでくるんだがねぇ。私は別に求めてはいないのだけどねぇ』

「やっぱり、あん、貴方が、ンサ何とか、なんだな…ですか?」

『ふふふ、稀子よ。無理に言葉を直そうとしなくても良いぇ。そう、私が【ンサヤイバリ】だねぇ』

「そ、そうか…正直、どんな風に話したら良いのか分からなくなってたんだ。俺はトヒイ、トヒイ=ナエサって言うんだ。あんたが、アイツらに命令して俺たちを供物として捧げさせてたんじゃ無いのか…」

『はぁ、違うねぇ。上の有象無象は勝手に集まって来た連中さね。私の眷属は“上には存在しない”私の力に群がって崇めてるだけの弱者共さねぇ』

「えっ?じゃあ、俺らは海魔共の無意味な行動に巻き込まれただけなの…か……」

『そうさねぇ。正直、今更人族を投げ込まれても「どうしようも無い」からねぇ。ただの人族なんぞ食ろうても『力』にはならんしのぉ。その入れ物にどれぐらい人族が入っているのかは知らぬが、満足出来る量でもあるまいし』


 なるほど、ヤツから見れば俺らは餌にすらならない存在って訳だ。それなのにそれを理解できて無い連中が勝手にゴミを投げ込まれてる感覚だったりするのかな。


『私の香りがあやつ等を拐かしてしまっているのは、理解しているのだけどねぇ。コレ自体は私でも止められる物でも無くてねぇ』

「そうだ、船の連中があんたの出してるソレにやられて、おかしくなっちまった!どうにか出来ないか?」

『私にはどうしようも無いねぇ。どうにかする必要も無いしねぇ』

「さいですか…」


 聞いた感じ、『魔瘴』は才能タレント技能スキルでは無く『体質』らしい。実は天性ギフトだったりするこだろうか?

 ここらへんもステータスを見れたら確認できるのだろうか?まぁ、このバケモノがギルドに登録するとも出来るとも思えんが。


『トヒイ、お前は正気を保ってるよねぇ。何故なんだい?』

「魔王の部下に身体をイジられてね。こういうのに耐性が出来てるみたいなんだよね」

『魔王?あー、確かにあの魔族の小僧っ子も私の前で平然としてたっけねぇ』

「あんた、魔王に会った事あるのか?」

『何人か会ってるねぇ』

「え?魔王って何人もいるのか?」

『さてねぇ?上の事はよく知らんしねぇ。会ってはいるが時期は離れてるからねぇ』

「時期が離れてる…」

『十数年から百年ぐらいは離れてるじゃないかねぇ』

「ほぉ…」


 そう言えば、この世界の魔王とか勇者って1人ずつなのだろうか?それともポコポコ存在してるのだろうか?

 そこへんのところはよく知らんなぁ。ま、いま考える事でも無いか。


『そう言えば、小僧っ子が言ってたっけねぇ。「結界で魔瘴が防げるなら、この【世界】は魔瘴を【他を害する物】と認定してる。ならば魔王である俺ならば、どうとでもなる」ってさぁ。本当に失礼なヤツだったよ』


 魔瘴が結界に反応するって事は、魔法で対処可能と言う事、ならば魔法で後遺症無しで元に戻せる可能性も充分ある。

 なら問題は、このバケモノに生殺与奪を握られてる状態からどう抜け出すか。


『トヒイ。お前は彼奴と違って素直でよろしいぇ』

「は、はぁ…。その魔王ってのは何しに来たんだ?」

『全く持って苛立たしい。彼奴は“力試し”などとぬかしおってなぁ。私に挑んできおったんぇ」


 ンサヤイバリの気配が変わる。嫌な事を思い出したからだろうか、苛立ちがそのままプレッシャーとなって襲ってくる。

 それだけで意識が飛びそうになる。何とか耐えたが息ができない。

 イラっとして出てくる。ちょっとした負の感情、この世界では『感情に魔力が乗って相手に伝播する』魔力を帯びた感情は、他人の魔力と干渉し影響を及ぼすのだ。

 ジジイに貰ったメモ帳に書かれていたが【威圧】と呼ばれる行為は「殺気」「殺意」と言われる感情が魔力により伝播し、受け止めた側がぶつけられた感情に飲まれ、圧倒されてしまい萎縮し行動が取れなくなる現象との事。

 この世界のあらゆる生物は、魔力を保有してるし無意識に微量の魔力を出し入れしてるらしい。

 その微量の魔力に感情が乗るわけだが、人間の微量と目の前の推定全長島サイズのバケモノの微量が同じ訳も無く、人間にとってはとんでもない質量の魔力が放出され、伝播する感情もより強くなる。

 単なる存在感ですら圧倒的だったのに、そこに魔力が乗った感情なんてぶつけられた日にゃ、意識を失いかけ、息も絶え絶えになる。


『おんや、すまないねぇ。誰かと話すなんて久しぶり過ぎて配慮が欠けちまったねぇ。稀子とは言え人の子だもんねぇ。弱いんは変わらんもんねぇ』


 ふわっと体が軽くなったと思ったら押しつぶされるかと思う程のプレッシャーが消え、楽になった。


『コレで大丈夫。楽になったろ?でも良えねぇ。他の人族だったら発狂しとるよぉ』


 自分自身に何か変わった様子は無い。周りを見渡すとうっすら船の周りにシャボン玉の様な膜が張られてるいる事に気づく。

 結界の様なものだろうか?楽にはなったが今の一瞬だけで身体に支障が出る程のダメージが残っているのが分かる。俺で“コレ”なら船の中の連中がどうなってしまっているのか不安だ。

 ウヨジィ達が死んでなければ良いが…。


「ま…魔王と戦ったんですか?」

『あの無礼者が勝手に仕掛けて来たんえぇ。私の片腕吹き飛ばしてくれてねぇ』


 ボサァンと下の方で音がしたと思ったら巨大な塔の様な触手が何本か迫り上がって来た。遠目で確かな大きさは分からないが触手の一本一本がスカイツリーサイズだと思うのだが、その内の一本が明らかに途中で吹き飛ばされた様に千切れていた。


『この通りさねぇ…。この程度の傷自体は、治そうと思えば直ぐに治せるんだけどねぇ。こんな事になったんわぁ“バカ鳥”以外には久しかったからねぇ。屈辱を忘れない為にも残してるんぇ』

「バカ鳥…」


 正直、目の前のバケモノに傷を付けられるとは思えない。全身全霊全力で仕掛けたとしても薄皮1枚斬れるかどうか…。

 魔王はそんなバケモノと戦ってあの極太の腕?、触手?をぶった斬って生き延びている。

 勇者と四天王の戦いを見た時にも思ったが、根本的な生物としての【格】の違いを痛感する。

 幾ら尋常ならざる魔力を保有しようとも、強化細胞で凄まじい生命力を発揮したとしても、目の前のバケモノに捻り潰される以外の未来が想像できなかった。

 そんなバケモノに手傷を負わせられる魔王は、やはり規格外の化け物なのだろう。

 更に「バカ鳥」とはなんだろう?魔王や勇者以外にもこんなバケモノと渡り合える存在がいるのだろうか?


『小僧っ子もバカ鳥も会話が出来る様な相手じゃぁ無かったからねぇ。トヒイ、お前さんみたいのが来てくれて嬉しいよ。この事は上の連中に感謝しないとならないねぇ』

「いやいや、こっちとしては無理矢理連れてこられて迷惑してるんで…」

『あははは。まぁ、そうだろうねぇ。でもまぁ、良いじゃないさねぇ。普通なら死んでるところさね。死なずに済んだのだからさぁ。私の話相手になっとくれよぉ』

「そりゃ光栄なんだけどさ。俺らには元々帰らにゃならない場所があってさ。出来れば…」

『そんな事言わんで此処に居たらえぇ。私のおかげで生き延びたんえぇ。もうちょっとおしゃべり付き合ってえなぁ』


 やっぱりそうだ。泡みたいな結界で包まれた段階で何となく分かっていた。

 このバケモノは俺らを“殺すつもりは無いが逃すつもりも無い”この泡の結界は鳥籠と同様だ。帰らせるつもりなんて無い。

 このままだと俺らは此処でバケモノの話し相手として飼い殺される。


「ちょっとってどれくらいで?」

『ちょっとはちょっとさねぇ。たかだか十数年ってところだからさぁ』

「なっ!!」


 思った通りか。魔王云々の時に100年単位で話してたからそうだとは思ったが、バケモノ自体が数百年以上生きてる個体。そもそもの時間感覚が俺らとは違う。

 こんなところで10年レベルで足止めされるのはゴメンだ。この場所でしか得られない経験、知識もあるのだろうが、それは今欲しいモノでは無い。

 それにウヨジィとの約束もある。


「ンサヤイバリさんだっけか…。申し訳無いけどここでそんなにのんびりしてられねーんだわ」

『そう言うな。救ってやったんぇ。私の退屈しのぎぐらいは付き合ってくれても良かろう』

「それはそうなんだけどさ。流石にうん年間も束縛される訳にやぁいかねーんだわ」

『そうか?たかだか十数年も耐えられん程にせっかちなんえぇ?』

「そりゃそうだろ?アンタと違ってこっちの寿命は五、六十年、長くて百年ってところなんだ」

『何とぉ!人族とはそんなにもか弱い生き物なんえぇ?』

「弱いって…。まぁ、俺らはエルフとかと違って長寿じゃねーからな。そう言う生き物なんだ」

『そうかぁ…。百年も生きられんとはのぉ。なら尚の事、ここでお前たちを手放す訳にはいかないよのぉ』


 まぁ、そうなるよな。子供が虫を捕まえて死ぬまで虫籠で飼うのと一緒だ。


「そこを何とか…って訳には行かないか…」

『そうだねぇ。トヒイみたいな稀子は貴重だからねぇ』

「そう言や、さっきから「マレゴ」って言ってるけど何なんだ?」

『ん?稀子は稀子よ。稀な子、希少な子供って事だろぉ?』

「まぁ。そんなところだとは思ってたけど。なら別に俺以外にも「外」に稀な奴らを探しに行った方が良いと思うが」

『そりゃ、それが出来れば良いんだけどねぇ。前に外に出た時は、まぁまぁ面倒臭い事になってねぇ。話せる相手なんぞ探せる状況にならなかったんよ』

「何で?」

『トヒイ。私が何でお前さんを稀子と呼んでるか分かってるかい?』

「俺がアンタと話せるからだろ?」

『そう、じゃあ何で他の連中は話せないと思う?』

「そりゃ、アンタの放つ魔瘴が…。あぁそうか…そう言う事か」

『分かったかい。そう言う事さ』

「でもそれなら今みたいに魔法でどうにか出来ないのか?」

『そうさねぇ。やれなくは無いかも知れないけ

どねぇ。それ以外にもね。外の生き物は小さ過ぎるだろ?私が少し動くだけで、何だか大変らしくてねぇ』


 成る程。確かに100mサイズのムレーゴイカデの巨人でさえ歩いてるだけで大災害を撒き散らせてるのに、触手の一本ですら巨人を遥かに上回る大きさのンサヤイバリが動いたら被害は遙か上をいくだろう。

 海岸沿いは津波で崩壊、陸地に上がれば質量で地震以上の災害は必至。その上に超長距離の幻惑物質の散布による人的被害の脅威。

 魔瘴が体質で無意識に出てしまう汗の様なら広がらない様に自身を結界で覆えばどうにかなるだろうが、デカい図体が動いて起きる余波を無くす事は出来ないと言う訳だ。


『前に外に出た時はさぁ、大変だったんよぉ。人族総出だったんじゃないかねぇ。四方八方攻撃されてねぇ。話す余地なんぞ全く無かったんよぉ』


 幻惑効果を振り撒く島サイズの大怪獣が海から現れたらなら、地上の生き物にとってはそれだけで死活問題だろう。話し合う云々の前に総力を挙げて撃退に動くのは分かる。

 前世の怪獣映画でも基本撃退してたしな。

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