第39話 もう戻れない。
警戒しつつ甲板まで降りる。
腕を斬り飛ばしたタコ野郎は錯乱でもしたかの様にジタバタしてたので、そのまま頭を斬って黙ってもらった。
タコ野郎みたいな奴が、あと何人、何匹?いるか分からない。と言うかタコ野郎とやり合ってる間に船内に入られてる可能性だってある。
正直、人攫いどもがどうなろうと良いが、ウヨジィや攫われた奴隷達が襲われるのは後味が悪い。警戒しつ牢屋の階でもどり、待ち伏せした方が闇雲に探すより効率も良い。
「オヤ、コノ魔瘴ノ中デ動キ回レル人ガイルナンテ」
だが船内に戻る前に向こうから現れてくれた。
声の方を向けば鱗のついたトドに足と腕が生えたような奴が立っていた。
「ウム、上ニ行カセタ者ノ反応ガ消エテイルナ、君ニ殺サレタノカナ?」
「タコ野郎だっタラ、俺ガやったゼ」
「ホウ、我ラの言葉ヲ理解デキルノカ?」
「お前ラのッテ言うより獣人語ヲな」
「ウム、獣人語トナ、ナルホド確カニ我ラノ根元二獣人ガ関ワッテイタカナ…ナルホド、ナルホド」
「テメー等は、何モンなんダ」
「ウム、あー、あー。君がコチラに合わせるより、コチラが君に合わせた方が話しやすいだろう」
「人族の言葉が話せるのか?」
「君が人族と獣人族の言葉を話せるのと同じだ。まぁ、言葉を覚える過程は君等とは違うと思うがね」
「そうかい、で?何者なんだテメー等は!」
「ん??この『海』に来て我等にソレを問うのかい?」
「あ?」
「なるほど、なるほど。我等を知らぬのか。だから不用心にも結界も張らずに航海していたのかな?」
結界は張られていた。俺がショートソードで斬った為に術式が壊れていたんだ。
「ここは、君らの言う『魔洋』ですよ?何者か?【ンサヤイバリ】様の眷属に決まってます。ああ、君は海洋を知らないのでしたね…。それならば『魔族』いや『海魔』と言った方が分かりやすいかな?」
「魔洋…。海魔ね…。へー、お前らみたいのが海魔なのね…」
俺はこんな連中と同じ存在だと思われてたの?流石にコレは酷く無いか…
「今度はコチラの質問に答えてくれないかい?君は何故、この魔瘴に満たされた場所で正気を保てているのかな?」
「いや、知らんし…ってか魔瘴って何?」
「おやおや、魔瘴も知らないと…。まぁ、魔洋すら知らぬ者ならば、自身でも理解できてないと言う事でしょうか。仕方ないですね。あなたの脳に直接聞きましょう」
トドの様な顔がぐにゃりと歪む、多分微笑んでいるのだろう。やはり、この手の顔は表情が分かりづらい。
そして醸し出す雰囲気には、ちょっとした懐かしさを感じた。
魔王軍四天王のマッドサイエンティストことセカ=ハイルワと同じタイプと感じた。
「へー、頭を解剖でもして脳味噌覗き見るつもりか?」
「そんなところだね。君の耳から脳を吸い込んで情報を吸い出すんだよ。人の言葉もそうやって得た知識だよ」
想定以上に気持ち悪い奴だった。こんな奴らと同じ存在だと思われていたのは、やはり酷い。
「知識は力、情報は糧。理解できるけどよ。だからと言ってテメーに頭チューチュー吸われる訳にもいかねーんだわ。ならさ、テメーもタコ野郎同様にぶった斬ってやるしかねーよな」
「ふむ、元気で何より。久々の人族の供物だが君だけは、私がいただこう」
トド野郎はゆらりと前に出てくる。タコ野郎と違って触手を伸ばしてくる様な攻撃を仕掛けては来ないが、脳を吸い込んで食う様な奴がマトモに攻撃を仕掛けてくるとは思えない。
トド野郎はゆらりと近づいてくる。構える事も無く、ただ歩いてくる。隙だらけでどこからでも斬れそうに思えた。
この手の奴が無防備に近づいてくる場合は何等か用意がある事が殆どだ。
もしくは防御力に絶対の自信があるか。
トド野郎の場合はマッドな雰囲気の割に体格が良いので、どちらとも取れて判断が難しい。
防御力なら問題無い。どんなに硬くても、このショートソードでぶった斬る。
それ以外なら、まぁ、何とかする。取り敢えず真正面からぶった斬る!
強化魔法で爆発的加速を付けて避ける間を与えずに斬りかかる。その瞬間、「ぞわり」と背筋に悪寒感じ、足裏の魔法陣で急ブレーキをかける。
同時に目の前に何かがピュンと高速で通り過ぎた。
「ほう、今のを避けるか」
「あぶねー、あぶねー。罠張りの方だったか…」
更にバックステップで後方にひく。ピュンと空間を何かがひき裂く音だけが聞こえてくる。
ピュン、ピュンと連続で何かが飛んでくる。横に上にと細かく動く事で避ける事には成功しているが、何で攻撃されてるのかはサッパリ分からない。
避けた場所に着弾しただろう攻撃によって床が引き裂かれる。損傷具合から一撃でも食らえば生身なら致命傷になると分かる。
やはり、艦橋の男はトド野郎にやられたとみて間違いないだろう。
トド野郎は、ゆらりゆらりと近づいてくるだけで、何をどんな風に攻撃してきてるのか、全く分からない。
流石にここまで攻撃方法が不透明な状態では直線的に斬りに行くのは危うい。なら飛び道具で牽制してみる。船内から掻っ払ってきたフォークやナイフを杭の代わりに相手に飛ばす。
ピュン、ピュン、ピュンと全てトド野郎に届く前に迎撃されて撃ち落とされてしまった。
だが、その時のトド野郎を俯瞰して見れたので大体の攻撃方法が分かってきた。
少なくともトド野郎は目で目標を定めなければ攻撃を繰り出せない。一度に多数を相手どれなさそうと言う事。目線は流れず一つ一つを撃ち落としてから移動している様だった。
多分、移動先を予測して放つ事も出来そうだが、俺の移動速度がトド野郎の予測や反射神経を上回っているのだろう。だから当たらない。
ならばいつも通り、死角に回り込んで一撃を食らわす戦法が効く。足裏の魔法陣と強化されて足を使った多角的な動きでトド野郎の裏に回り、即座にフォークとナイフを投げつける。何もなければ、そのまま刺さる筈。
だが、こちらを向いていない筈なのにフォークとナイフが撃ち落とされた。
再度バックステップで距離をとってトド野郎を見て驚いた。後頭部にも顔がある。
気持ち悪い奴等だと思ってはいたが、ここまで来ると妖怪の類に思てくる。
「気持ち悪い奴だな」
「機能的だろう?我らは地上の生物とは違う【生存圏】でンサヤイバリ様の元、独自の進化を遂げたのです」
「そーかい。俺はそんなバケモノみたいな姿に進化するのは、ごめんだけどな…」
「この姿は醜いですか?まぁ、我々は『この海』で生き続ける為の生存戦略として機能的に進化したのです。陸地でのうのうと生きている人類などとは、根本から身体に対する意識は違うのでしょう」
「だろうな。この魔瘴ってのもテメー等と関係あるのか?」
「魔瘴はンサヤイバリ様の吐息ですよ。魔洋に満ちる魔瘴はンサヤイバリ様の支配領域の証、我らですら気を抜けば意識を持って行かれてしまう。だが魔瘴に馴染んでしまえば、魔瘴無しでは耐えられない」
「耐えられない?」
「ええ、私も含めンサヤイバリ様の血族は魔瘴無しでは、もはや生きられない」
「なるほどね…」
トド野郎の言ってる事を聞いて何となく分かった。他の連中の状態を見て何に引っ掛かっていたか。
『麻薬』だ。船の連中は中毒者のソレに近い反応が既視感となって引っ掛かっていたのだ。
魔瘴が麻薬の様な性質を持つのなら強化細胞の実験でノモマイタングの“モンスターを誘惑する分泌物”にどの様な反応を示すかの実験を行った際に免疫を獲得してた筈。
その時も強化細胞が免疫を獲得するまでは、自我を失ってモンスターの様になっていたと笑われたのを覚えている。
魔性が吐息だと言うのならノモマイタング同様に海魔のボスが生成した分泌物である可能性が高い。
同じ様な劇薬に耐性があったから魔瘴の毒気に耐えられたのだろう。
魔瘴が麻薬と同様なら下の連中が吸い続ける事で取り返しのつかない事になる。人攫いの連中はどうでもいいが牢屋に捕まってる奴等は助けてやりたい。「毒消しの魔法」とかでどうにかなるのだろうか?
「さて、君は海魔や魔瘴の知識を得れたのだから、今度は私が知識を得よう」
「どうやら俺は魔王軍四天王に植え付けられた強化細胞のおかげで魔瘴に耐性が出来てるみたいだ」
「強化細胞とな…なんだかよく分からんな。やはり脳味噌を吸い出して直接確認する方が良い」
「やっぱり、会話は成立しねーのな」
「元より会話する必要など無いからな」
「あ、そう。んじゃ、死ねや」
未だトド野郎がどんな攻撃をしてるのかはよく分からない。だが奴の攻撃は障害物を超えてこない。投げたフォークやナイフの直線上に俺がいても俺まで攻撃が届かなかった。
つまり、トド野郎の攻撃は“着弾式”だと思う。ならコレで終わる。
今度はショートソードを二本、トド野郎に投擲した。当然、トド野郎はショートソードを見えない何かで迎撃する。
だが、ショートソードは魔力を帯びている状態で飛んでいるので、トド野郎の攻撃を逆に斬り裂いて突き進む。
どんな攻撃だろうと関係ない。『何でも斬れる』ならどんな攻撃だったとしても斬れる。
よしんば斬れなかったとしても遠隔操作で無理矢理当てる。少しでも隙が出来れば充分に勝算はあると考えた。
投げた二本がトド野郎に直撃する。胸と首にザックリ食い込んだ。更に目線に入らない様に側面から回り込む形で急接近して首に刺さったショートソードを掴み、そのまま首を斬り飛ばした。
少し離れた場所で様子を見る。タコ野郎もトド野郎も海魔と呼ばるバケモノだ。生態が人族とは違いすぎて首を斬られても死なずに反撃してくる可能性もあり得る。
案の定、生首状態ですぐには死なずに「あり得ない」とか「申し訳ない」的な事をぶつぶつ呟いていた。
首から下はバタンと倒れてピクリともしない様子なので一応、目線に気を付けながら頭に近づく。
「何故ダ、何故ェェェ」
「よウ、元気カ?」
「貴様ァァァ!ヨクモヨクモォォォ!!」
「うわぁ…頭だけなのに元気だ…」
「私ガ、コンナ事デ、クソ、ンサヤイバリ様、クソ、アリテナイ、アア、ク、アアァァァ」
「流石にもう死ぬか?「なンかアレだけど最後に言っトク事あるカ?」」
「…ワ、私ガ…死ンデモ……供物ハァァァ…ハ、ハァ、届ク………」
「供物?」
そう言えば、久々の“人族の供物”とか言ってた気がする。
どうやら俺は供物として捧げられる予定だったらしい。果たして誰に捧げるつもりだったのか?やはり『ンサヤ何とか』か、それとも『奴らの信仰する神様』とかか?
どちらにしろ、供物になんざ、されるつもりは無い。
だが、後何体の海魔が入り込んでるかも分からないし。結界が壊れている以上、再度、海から乗り込んでくる可能性は高い。
こんな時に“感知魔法“とか“索敵魔法”が有れば良いのだろうが、そんな都合のいい魔法は無い。
もしかしたら人攫い共の中にその手の魔法や魔具を使える奴もいるかもしれないが、魔瘴にやられてる状態ではどうにもならなそうだ。
やはり一旦、牢屋階まで降りて罠でも貼りつつ立て篭もっていた方が良いのか?
この後どうするかを考えていたらガクンと船が揺れた。
「ちゃんと船を操縦しろ」と文句を付けようと考えたところで気がつく。操縦席にあたる艦橋にいた男は殺されていた。今、船はどこに向かっている?そもそも海魔の連中はどうやって供物を運ぶつもりだったのか?
船が加速して行くのが分かる。急いで艦橋に戻るも死体が転がってるだけで誰かが操作している様子は無かった。
外に出れば、更に船が加速していた。船自体は動いていない。だが、船は勝手に動いて何処かに向かっている。
つまり、外側から操作されている。
船縁から海を覗くと何かが多数、ビチャビチャ纏わり付いていた。
「直接、船押してやがるのか」
ビチャビチャしてる何らかは多分、他の海魔だろう。それが30メートルクラスの船をまるでモーターボートの様なスピードで走らせている。
船を動かしてる海魔共を止めなきゃ何処かに連れて行かれる。ソコは確実にウソンセ国では無いだろう。
止めるにはどうすれば良いか?
海に飛び込んでも海魔に勝てるとは思えない。ショートソードを飛ばしても、海中で自在に動く海魔を捉えられるとは思えない。
そもそもコレだけ加速してる船なら海魔共を止めたとしても慣性で進み続けるだろう。
なら進んだ先でどうにかするしか無い。
船が向かう先を確認しようと先端まで行って前方を確認した。
「嘘だろ…」
向かってる先には島など無かった。
『海』すらも無かった。
突然“何も無い空間”が広がっていた。世界の果ての様にでも来てしまったかもしれない。
このまま突き進めば落ちる。いや、海魔共はあそこに船を落とそうとしている。
落ちたらどうなる?分からない?混乱している内に船は何も無い空間に飛び出していた。
ぽーんと投げ出される船は勢いで少しだけ空中を進んだと思ったら重力に引かれて下に落ちて行く。吹き飛ばされない様に船にしがみつ来つつ下を見ると底が見えない。とんでもない深さだ。
落ちてから気づいたが遠くに壁がある。いや遠すぎて分かりづらいが、多分壁では無くて「滝」だ。ここは世界の果てなんかでは無く、大陸レベルの穴なのかも知れない。
『おや?不思議な魂を持つ子がいるねぇ』
頭に突然、声が聞こえてきた。
するとふわっと浮遊感がして落下していた船が何かに包まれるれ、落下が止まった。
『何だろねぇ?人の子かいねぇ?』
突然、目の前に現れた「ソレ」が何なのか理解出来なかった。船よりも巨大な何か。
『なんだかねぇ、小さな器に似合わない【魂魄】の総量だねぇ』
ギョロっとしたソレが「目」だと気づいてやっと理解が追いついた。
目の前に有るのは『巨大な顔』だ。顔自体が船と同サイズもしくは、それより大きい。
大きすぎて全体像が掴めない程の何かが、目の前に現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます