第38話 行く道困難。

「俺の名前は、トヒイ。トヒイ=ナエサだ」

「私は【ウヨジィ=レク=ヤクア】いえ…今は、名前だけのウヨジィね」

「んじゃ。「ウヨジィ」って呼べば良いんだな」

「そうだけど、いきなり馴れ馴れしいわね」

「おう。ウヨジィもトヒイと呼んでかまわねーから」

「“アンタ”で充分でしょ」

「そうかい。でもコレで借りは返したって事で良いな」

「は?まだ『私の願い』は叶ってないけど?」

「は?ちゃんと拘束解いて自由にしただろ?」

「は?私の願いはそんな事じゃ無いけど?」

「は?んな事聞いてねーけど!」

「は?アンタが「分かってる」って言って聞かなかったんじゃない」

「な、あ…」

「私の願いは最初から『私を無事に「ウソンセ国」まで送り届ける事』よ」


 しまった…。確かにあの時「拘束を外して自由にする」と思い込んで安請け合いしてしまった。

 さっきの意趣返しも出来たと、してやったりとしたウヨジィの顔に腹が立つ。

 だが、約束は約束だ。まだ、願いを終えてないと言うのなら“スジ”は通さねばなるまい。

 どうせ元の国までは、送り届けるつもりだったからそう変わらんし。


「まぁ、良いや。取り敢えずこんな場所に長居したくねーだろ?」

「そうね。こんな臭い場所にいたくないわ」

「んー、んー」


 哀れ、漏らして呻いている男を放置して牢屋からでる。だがウヨジィが牢屋の扉の前で止まっていた。


「どうした?牢屋に愛着でも湧いてるのか?」

「違う…、コレも奴隷術式の影響。そう言えば『牢屋から出るな』ってのも言われてたわ」

「成る程ね。奴隷術式のせいで命令に従ってしまうと」

「ったく。面倒ね」


 この世界での【奴隷】は、どうやら単なる『人権を剥奪された生きた道具』では無く。魔法や魔術的なモノで意識を操作され『確実に言う事を聞く』ように調整された道具にされるらしい。

 命令違反したら電流が流れるとかでは無く、意識に刷り込まれて強制的に命令を守らせるタイプ。

 マインドコントロールでは無いか、『催眠術』に近い感じか。


「んで。他に何か命令されてんの?」


 ウヨジィは顎に手を添え、うーんと悩む。


「『自分の拘束は外さない』『牢屋から逃げ出さない』『動けるのは牢屋の中』『食事とウニュウニュの間だけは拘束を部分解除できる』『文句を騒がない』とか…」

「ウニュウニュって何だ?」

「うっさい。ソコは気にするな。だけど奴隷術式の影響で命令に逆らえない」

「成る程、だから牢屋の外に出られないと」

「そう言う事ね…」

「奴隷術式の解除か命令の上書きが必要か」

「ええ。取り敢えず、さっきの偉そうな男を連れて来なさい。アイツが私の仮主人設定になってるから」

「あー。アイツが…そうか……」

「早く行きなさいよ」

「いや、行くのは良いんだけどさ。アイツ今喋れるかなぁ?」

「は?どう言うこと?」

「いやぁ。さっき、ぶっ飛ばして顔面潰しちゃったからなぁ。生きてるだろうけど喋れるような状態じゃ無いかも…」

「はぁ、そう。ソレじゃ仕方ないわね」


 人攫いの頭の傷を回復出来る魔法使いか回復薬とかが有れば良いが、無ければどうするか?奴隷術式の「核」が分かればショートソードでどうにかなるかもしれない。

 魔法陣ならショートソードで斬る事で効力を無効化出来るし、魔法自体も結果の及ぼす影響や余波は消せないが、魔法其の物は打ち消せる。

 なら奴隷術式自体も打ち消せる可能性はあるが、何処を斬れば良いかが分からない。

 仮主人を連れて来ても無駄、奴隷術式を解く事も出来ない。だがウヨジィをこのままにするのは気が引ける。

 ならどうするか…。


「仕方ないから此処で待つわ。あの男を回復させるか、国に戻って“専門術師”に解除させるか、どちらにしろ動けない訳だし」

「ん?この船には専門術師は乗ってないのか?」

「いないわね。【奴隷術式】自体管理されてるいる。モグリの術師自体が貴重だからね。組織的に管理されてる。こんな船には乗らないわよ」

「あ、そう…ん?んん?じゃどうやって奴隷の本契約?でいいのか、ソレすんの?」

「はぁ…。そんなの【奴隷の書と印】でやるに決まってるじゃない」

「いや、知らんし」

「無知ね」

「そうだよ。だから俺は国に戻って【義務教育】を受けるのだ」

「義務教育?あー、ルバンガイセクイの学園都市に行くつもりなの?」

「そーだよ。その為に冒険者になったんだからな」

「そう。無駄な事するのね…」

「無駄じゃねーよ。知識は力、知らないより知っていた方が選択肢を選べる」

「そ、どうでもいいわ」

「そうかい」


 他愛もない会話をしながらも考える。どうすればウヨジィは牢屋から出れるのか。

 命令は再度の命令で上書きしなければ解除出来ない。だが仮の主人は喋れる状態では無い。術式の核が何処にあるのか分からないから斬って打ち消しも出来ない。では核では無く「奴隷の書と印」の方を斬るのはどうか?最悪、奴隷契約の上書きが出来なくなるだけになる可能性もあるか?

 奴隷専門術師が船にいないから奴隷術式の解除も出来ない。

 この制約の中でウヨジィを牢屋の外に出すならば、仮主人から『正式主人』に変更して命令を上書きするしか無い。


「なぁ、奴隷の「主従契約」って直ぐに出来るのか?」

「なに?どうしようってんの?」

「仮主人の命令で動けないなら契約更新して別の命令で上書きすれば良いんじゃね?っな」

「なる…ほど……」

「正式に奴隷契約をしても専門術師なら無効化出来るんだろ?」

「ええ、仮・正式問わず契約其の物を消去出来る筈…だけど……」

「なら、良いだろ?取り敢えず別の主人を立てて自由に行動できる様にして、国に戻ったら契約解除して分かれるっつー事で」

「…そ。そうね」

「んじゃ、奴隷の書と印っての持ってくる…使い方分かるよね…」

「ええ、まぁ」


 と言うわけで奴隷の書と印を人攫いの主人のいた部屋まで探しに来た。

 多分ここで間違いないと思う。あの牢屋やウヨジィの扱いは他の牢屋とは明らかに違う様に思えた。多分、コイツが言っていた様に「上玉」故に特別扱いだったのだろう。

 特別扱いの商品ならば、大切に保管されてる筈、ならば、保管されてるの場所は、この部屋かお宝隠し部屋のどちらかだろう。

 ま、それとは別にそもそも奴隷の書と印がどんな形をしているのか分かっていないので、ここで顔面が潰れて倒れていた人攫いの頭から聞く事にする。

 顔が潰れてまともに話せなそうだが、身振り手振りで場所を示す事ぐらいは出来るだろう。

 

「おい、ウヨジィの奴隷の書と印は何処だ?指を刺して教えろ」

「あー、あがー」


 案の定、なにを言っているのかは分からなかったが、震える指で刺した先の棚に置かれていた書類と印鑑らしき物が奴隷の書と印だろう。

 ついでに他の連中の奴隷の書や印に付いても聞いてみたが、答えられる筈もなく、仕方なく隠し部屋に保管されてた回復薬をぶっかけて喋れる様に回復させる。隠されてる程だったので高級品だったのか、あっという間に元通りに回復した。


「んじゃ、教えろ」

「な、何なんだ…お前は……」

「何だって良いよ。他の連中の奴隷の書と印は?」

「あんな連中を解放してどうするつもりだ?」

「あ?なんとなくだよ。なんとなく」

「なんでだ。お前に得なんて無いだろ?」

「うっせいな。俺の知らないところで売り買いされてりゃ、なんて事もねーが、見ちまったモンは仕方ないだろ」

「しかた…何なんだよ、お前は、いったい何なんだよ……。なんで俺がこんな目に…」


 聞いた事に答えないでグダグダ言っている人攫いの頭の前髪を掴んで強制的に俺に顔を向かせて再度聞く。


「んで。他の奴隷の書と印は?」

「くそ、これで俺は終わりだ。まだ、これからだってのに…。こんなところでこんな奴に……」


 グダグダ言うのをやめない人攫いの頭にもう一度顔面パンチを喰らわせる。今度は手加減して鼻血がドバッと出る程度に抑えた。


「お前の事なんてどうでもいいんだよ。さっさと他の奴隷の書と印の場所を言えよ」

「あが、あがが…。ちきしょう。こんなガキに…なんで…なんでだよ……」

「はぁ…めんどくせーなぁ」


 どうも自分の置かれた状況を受け止めきれずグダグダ言うのをやめない人攫いの頭にこちらも苛立ちがつのり、今度は腹に1発蹴りを入れる。


「なに。自分は不幸ですみたいなツラしてんだよ。散々ぱら人攫って儲けて来たんだろ?人の人生を手前勝手に奪って来たんだろ?分かるよ。テメーからしてくる臭いはそう言う“クズの臭い”だからよ」


 人攫いの頭は腹に一撃くらい悶絶しながらもブツブツ言うのをやめなかった。

 回復薬をかける前は素直に奴隷の書と印の在処を教えたのに回復してまともに喋れる様になったら『この様』だ。

 ブツブツ言い続けてまともに会話が出来ない。暴力処置でもソレが変わらない。面倒臭くなって来たので、他の奴らに聞いてみようとするも全員が“人攫いの頭と同じ様に”ブツブツ言ってまともな会話が出来ない状態になっていた。

 流石にここまで来ると「おかしい」と分かる。取り敢えずウヨジィの奴隷の書と印は手に入れてるので牢屋に戻る事にした。

 その途中に確認したが見る人見る人全員がブツブツ呟きながらうずくまっていた。

 明らかにおかしな状況に困惑しつつも牢屋に戻ると案の定、ウヨジィの様子もおかしかった。


「おい、戻ったぞ?おい…大丈夫か?」

「私は悪く無い。まだ何もしてない。なんで、なんでこんな羽目に遭わなければならないの!ふざけるな!ふざけるな!!」

「お、おーい」

「私が奴隷だと!私は“公爵令嬢”なのに!こんな事になったのは、使えないアイツ等のせいだろ!私のせいじゃ無い!そもそも…」


 ウヨジィは他の連中と違って『怒り』の感情が強く出ている様でその点は他の連中とは違う様子だった。だが、話が通じなくなっているのは同じだった。

 そんな中で俺は『なんとも無い』見た限り船に乗ってる全員がおかしな状態になっている。

 そして、この【状態】には、なんだか覚えがある。ソレがなんだったか、今一ピンと来てないが覚えがあるのは確かだった。

 取り敢えず、じっとしていても仕方がないので無事な奴がいないか探してみる事にした。

 この船に乗ってから何かを探してばっかだな、などと考えながら無事な奴を探したが、やはり全員がブツブツ言いながらうずくまっていた。

 艦橋まで上がって来たが、操縦をしていただろう男が倒れていた。不審に思い近づくとなんだか斬り裂かれて死んでいるようだった。


「アレ?ナンデ無事ナンダ?」


 獣人語に近い感じの言葉が聞こえて来たので其方の方を向いてみたらヘンテコな奴が立っていた。

 二足歩行のタコみたいな奴だった。モンスターとは違う。だが人間はもちろん獣人でも無い感じだ。


「コイツやったのお前か?」

「人ノ子ダナ?子供ダカラ効カナイノカ?」

「何だ。お前?乗組員じゃねーよな。どっから湧いた?海から来たのか?」


 話しながらも武器に手を伸ばし、いつでも抜ける体制を取っておく。

 多分コイツは危険な存在だ。モンスターでは無いがまともな感じもしない。


「魔瘴ハ、船全体ニ行キ届イテル筈ダヨナ?子供ダロウト吸イ込ンダラ動ケナクナルンダガナ」


 タコみたいなタコ野郎の言ってる事は大体聞き取れるが、こっちの言葉が伝わってないのか、分かってて無視してるのか、問いに対しての返答が無い。喋ってる言葉は獣人語に近い感じだから獣人語で声をかけてみる事にした。


「コレ。ヤッたのオ前カ?」

「オヤ?我等ノ言葉ヲ使エルト、イヤ違ウカ?実ハ同族?イヤ人族ダ」

「もウ一度だけ聞クゾ。コレ、ヤッたのオ前カ?」

「タドタドシクモ我等ノ言葉ヲ使ウ、何故?人族ハ我々ヲ理解シナイ」


 あー、コイツも人の話を聞かないタイプだ。面倒だから、1発かましてから反応を見てみよう。

 ショートソードを一本抜いて構える。タコ野郎は物珍しそうに、こちらを観察している感じだった。

 軽く踏み込んで斬りかかってみる。当然避けられるが反応速度は獣人よりだいぶ遅い、人族とさほど変わらないスピードだ。


「さっさト答エロ。コレ、ヤッたのオ前カ?」

「コノ子供ハ危険ダ、ジュキニハ悪イガココデ食ッテシマオウ」


 会話が成立しないどころか、捕食宣言頂きました。

 タコ野郎がその気ならこちらもそれ相応に対処するまでだ。

 タコ野郎が腕をこちらに向けたかと思ったら腕が分かれて片腕4本ずつ計8本のタコ足触手となり伸びてきた。

 ギョッとはしたが、避けられない程では無い。8本の触手は鞭の様にしなり四方八方から襲われるも動きそのものは単調だ。ショートソードの操作で分かったが多数の動きを同時に操作するのは難しい。目の前のタコ野郎が人間と同じ脳味噌なのかは不明だが、見ている限り8本同時に動かせるだけで1本1本最善手を打ってるわけでは無さそうだ。

 指を動かす様な感覚で鞭を振るってる程度なら問題ない。後はさっくり斬り落としてやるだけだ。

 攻撃で伸び切った触手から斬っていく、伸び斬ってない触手は斬りずらいと魔境でのサバイバル生活で身に染みていた。

 8本全て斬り刻まれた触手の腕から黒ずんだ青い血を垂れ流しながらタコ野郎が叫び出す。


「ナンダ!腕ガ!ゲゲ!ゲゲゲ」

「再生はしねーのな。お前みたいな奴は無くなった部分を「ブシュ」と再生しそうな見た目だけど、そんな事もないんだな」

「何故、何故、アアア、魔瘴ガキカヌシ、腕モ斬ラレタ、何故、何故ェェェ」


 ここに来て何となく分かった。コイツが会話が成立タイプなのでは無い。多分コイツも“下の連中と同じ”状態なんだ。

 しかもコイツの攻撃で操縦をしていた男の裂かれた様な傷跡は出来なそうだ。

 つまりタコ野郎みたいな奴は他にも居る。

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