第43話 弱体化しなんせ
普通なら声なんて届く距離でも大きさでも無かった筈だがきっちり聞こえていた様だ。
ンサヤイバリと竜が必殺の間合いのまま動きを止めてこちらを見てきた。
「聞いてたんだろ。竜さん?どうなんだ。ンサヤイバリが“無力な生物”になれば外に出ても構わないんだろ?」
「そうだな。そんなモノに成れるならば別に構わんが…」
『バカ鳥がぁ、貴様の許可などぉ』
「ンサヤイバリ!試してみる価値はあるだろ!正直、そのままのアンタが外に出ても何も得られる気がしない!全て壊して全てを敵に回すだけだ!!いろんな事を知りたいって言うなら、俺の言った事を試してくれ」
『お、あれかい。今、私は“お願い”ってヤツを言われてるのかねぇ。分かったやってみるよぉ』
唐突にンサヤイバリの機嫌が良くなった。こう言う会話をしたかったのだろう。脳味噌啜って知識だけは持っていても会話をする機会が無かったもんだから、些細な会話一つ一つが目新しい感覚があるのだとは思う。
「おお、よし!竜さん!一時休戦だ!これからンサヤイバリのやる事を見届けてから、どうするか判断して欲しい!」
普通なら声なんて届く距離でも大きさでも無かった筈だがきっちり聞こえていた様だ。
ンサヤイバリと竜が必殺の間合いのまま動きを止めてこちらを見てきた。
「聞いてたんだろ。竜さん?どうなんだ。ンサヤイバリが“無力な生物”になれば外に出ても構わないんだろ?」
「そうだな。そんなモノに成れるならば別に構わんが…」
『バカ鳥がぁ、貴様の許可などぉ』
「ンサヤイバリ!試してみる価値はあるだろ!正直、そのままのアンタが外に出ても何も得られる気がしない!いろんな事を知りたいって言うなら、俺の言った事を試してくれ」
『今、私は“お願い”ってヤツを言われてるんだよねぇ。分かったやってみるよぉ』
「おお、よし!竜さん!一時休戦だ!これからンサヤイバリのやる事を見届けてから、どうするか判断して欲しい!」
「うむ、良かろう。我としては『世界の均衡』が保たれるのであれば、この様な事をする意味は無い」
やはり竜はンサヤイバリそのものでは無く、ンサヤイバリが『世界に及ぼす影響』を問題視してる。このまま上手く“影響の少ない存在”になれば何の問題も無い。
『分かったよぉ。トヒイ、やってみよう。でも初めてだからねぇ。上手くいくかねぇ?』
「上手くいってくれなきゃ困るね」
「うむ、面白い。やってみるが良い」
『うるさいねぇ。バカ鳥は黙ってるか、どっかに行けば良いねぇ』
ンサヤイバリが初めて自ら眷属を生み出そうとしている。勝手に生まれる眷属でも災害指定レベルの脅威だ。無意識にそれらを生み出していたとしたら、意識的に意図した方向性を与えて眷属を生み出す事も出来る可能性は充分にある。
竜との戦闘を見て思ったが、ンサヤイバリは自らの身体を意図的に変化させて対応していた。身体を自由自在に変質さる事が出来るなら、意図した眷属を生み出す事だって可能な筈だ。
まさに自身と同等の力を持った眷属や何かに特化した眷属、大きさも自由に決められるだろうし逆に“何も持たない脆弱な眷属”だって創造する事も可能だろう。
生物として規格外のンサヤイバリならば何でも出来る気がする。
俺でも制する事が可能な眷属ならば一緒に外に出ても“どうとでもなる”
「大丈夫だ、ンサヤイバリ。アンタなら出来る。行くなら一緒に行こうぜ」
『ふふふ、コレはアレだね。「友情」ってヤツだねぇ。ふふ、良いねぇ』
「ああ…」
コレは“友情”では無い。出会って少々会話した程度で友情など芽生えない。
ただ、その少々の会話だけでンサヤイバリの孤独に哀れみを感じたのは確かだし、どうにか出来ないか考えたのも確かだ。
でも、ンサヤイバリと一緒に外に出ようと思う1番の要因は『打算』だ。
こんな所でうん10年捕まるのは嫌だし、かと言って大怪獣と外に出ていくのも嫌だ。ここで殺されるのも嫌だし、船の中の連中をこのままにしとくのも何か嫌だ。
だから、“丁度良い感じの落とし所”が欲しい。俺にも世界にも最低限の迷惑で済む程度のヤツ。
希望的観測が過ぎるのは分かってる。こんな都合良い考えが上手く行くとも思えない。だが、今はこれが最善手。丸く収めて、この場を凌いで俺は先に進む。
『こんな感じかねぇ』
俺の目の前に垂らされた触手の先がボコボコと不気味に膨れ上がり、ぶちりと切れて下に落ちる。船のデッキの上に落とされた肉塊が蠢き出した。
どう表現したら良いのか分からない。歪なソレは目と思しき部位を多数開いて辺りを見回し、俺と目が合った。
どっちが前なのか後ろなのかも分からず、頭に当たる部位は見当たらないが、瞳だけはあらゆる箇所にあり、どれが腕で足なのかよく分からないンサヤイバリの新しい眷属が奇声の様な音を響かせながら襲いかかってきた。
身体全体で覆い被さる形で迫ってくる。眷属の裏側に当たる部分は口なのか何なのか牙や触手が入り乱れた異様な形状をしており覆い被されたら一溜りも無さそうだった。
急遽バックステップで距離を取るも眷属は触手を伸ばして掴みにくる。目の前の眷属からは災害指定モンスターレベルの威圧感は感じないが、それでも並のモンスターの比ではないだろう。
仕方ないから対処するしかないとショートソードに手をかけた所でンサヤイバリの触手が眷属を捕らえてすり潰した。
『ありゃぁ。ごめんねぇ。やっぱり、上手くいかんねぇ』
「ああ。でも、さっきまでいた眷属よりは明らかに弱くなってた気がする。もう一度やってみよう」
『うーん。それとねぇ。意識を眷属にっていうのがよく分からないのよねぇ。魂を分け与えた存在とは言えねぇ』
「もう1人の自分を作る感じでやってみてくれないか?その上でこう弱く、無力な感じで」
『ああ、難しいねぇ。でもそのお願いは叶えたいねぇ。“友達”だからねぇ』
【友達】か、この世界で友達なんて呼べるのは何人もいない。
少し話しただけのンサヤイバリ友達と呼べるのか?いささか疑問ではあるが、そんな事はどうでも良い。ンサヤイバリに気持ちよく事に当たってもらえるなら友達でも親友にでもなってやる。
それから数体、弱めの眷属が生み出されるものの制御出来ず襲い掛かられては、ンサヤイバリの触手ですり潰すを続けた。
「どうやら無理な様だな。諦めてこの穴でうずくまっておれ」
『黙れ。バカ鳥がぁ』
回を重ねる毎に少しずつ弱い眷属を作る事は出来てきている。だが、意識を移す事や眷属を制御する事は一向に出来ていない。
自分が言い出した事だが、自身の分身を作ってそれに意識を移す方法などアドバイス出来ない。
前世の漫画とかで忍者が簡単に分身をつくり、その分身の経験をフィードバックするなんて物もあった気がするが…そんな情報、今は何の意味も無い。
俺の持つ曖昧な前世の記憶は本当に役に立たない。
こんな時にライセンスカードがあれば誰かに相談する事も出来たのだろうか?まぁ知合いにも分身に意識を移す方法なんてわかるヤツがいるとも思えんが。
待てよ。ライセンスカードでの通信、魔力を使った長距離通話。この原理は使えるのでは?
それに俺のショートソードの遠隔操作の原理も役に立つかも知れない。
だが、その原理が使えたとして、俺がその原理を感覚的にしか理解していない為、伝えようが無い。
さてどうする?
『上手くいかないねぇ。』
眷属を生み出してはすり潰すを繰り返す。明らかに煮詰まって来ている。
思い当たった事柄をどうにか伝えたいが、上手く言葉に出来ない。どの様にすれば良いだろうか?
「小僧、汝の持つその剣【クカンエの七剣】ではないか?」
「え?」
突然、竜に話しかけられた。俺の持ってるショートソードの事を知っているらしく確認の為に聞いて来た様だ。
「あーえっと…。さぁ……。コレは“魔境”で拾っただけだから…」
「ほう、魔境とな。やはり、あそこで死んでいたか…。それはそうと、普通の人族の子供だろう汝が、あの『異界の森』に踏み入ったのも驚きなのだが、生きて外に戻ってこれたと言うのも中々に驚きだ」
「まぁ、踏み入りたくて踏み入った訳じゃねーけれども…。ってか、竜さんはこのショートソードの事、知ってんの?」
「ああ、ソレは「クカンエ」が使っていた「魔剣」に相違ない」
「クカンエ…」
「ああ、7本の剣をまるで生き物の様に操って戦う姿は中々に雅であったな」
「7本か…」
確かにあの建物の中で壁に突き刺さっていたショートソードは7本だった気がする。あの時は、使い勝手だけを考えて、持てる数だけ持って外に出たから3本は置いて来たんだよなぁ。
何故だろう…。実際に7本あったとしても現状、2本を操作するのが限界の俺では、宝の持ち腐れになって無駄になるだけだと分かってはいるのに、何だか損した気分になる。
「クカンエさんってのは、竜さんの知り合いか何かで」
「ああ、賢者と出会う数百年前の事ではあるがな。珍しい人族であったからな、覚えてはいた」
数百年ねぇ。エルフといい、ここのバケモノ達といい、年月の感覚が超越し過ぎてて付いていけない。
「クカンエさんの装備を勝手に拝借してしまってすいません…」
「別に我に許可を得る必要など無い。“物”は巡り巡るものだ。今、汝の所にその魔剣が有るのなら、そうなる様に巡って来ただけであろう」
「はぁ…」
過去にクカンエなる人物はコレを7本同時に動かせたのか。前世でもラジコンとかドローン扱うヤツでも、7機同時運用なんて曲芸じみた事できる奴なんていないんじゃねーかなぁ。
まぁ、魔具を使った魔力でパスを繋いだ操作と純粋な機械での操作が同じとは言えないが。情報処理に使う脳は一緒の筈、生きていればコツとか聞けたのだろうか。
ん?コツ…ドローン…遠隔操作…魔力…パス…。
「なぁ。ンサヤイバリ。ちょっと聞きたいんだが」
『おや、何えぇ?』
「生み出す眷属は“魂の繋がり”が有るんだよな」
『そうぞなぁ。私の魂の欠片を持ってるんは確かやねぇ』
「そうか!なら、俺と同じ様に魂を同調させて話しかける事も出来るか?」
『出来ると言うか、やってるよぉ。でもねぇ、そもそもの眷属達の意識が曖昧なのか反応が無いんよねぇ』
眷属の意識が曖昧ねぇ…。魂の意識の関係とかよく分からんが、眷属の魂がンサヤイバリの欠片なら同調した段階で一緒くたになって魂が溶け込んで同化しちゃってる可能性とかもあるのか?
むしろ、意識が曖昧なのは好都合かも知れない。
「魂を同調させた会話は、魔力でできたパスを通す事で読み取れる様に自動変換される。もしかしたら“言葉”以外に“感覚”なんかも“伝わる”可能性はあると思うんだ。なら、籠手の魔具を通してショーソードを操る感覚なんかも伝える事が出来るかも知れない。ソレが伝わるならば、そこから眷属を操作する方法に繋がるかも知れない」
「ほう。小僧は、なかなかに面白い発想をするものだな」
「どうだ?ンサヤイバリ、出来そうか?」
『うーん。やってみるさねぇ』
「先ずは、俺の感覚を感じ取ってくれ」
籠手を通してショーソードを操作する。この感覚だけでもンサヤイバリに伝われば良い。
ふと目の前の景色が乱れる。まるで“同時に2つの映像を重ねて見ている様”な感じに混乱して頭が軋む様に痛む。
「魂の同調は一方通行では無い。深く行えば双方の魂そのものが重なる。個別の感覚まで共有するとなれば、ソレは魂の同一化に近い所業になろう。唯の人族の子供がどうしてンサヤイバリとの同調に耐えられていたのかは分からぬが、ここまで来ては、流石に意識が溶けて混ざり戻れなくなろう」
竜が何かを言ってる様だが頭痛が激しくハッキリ聞き取る余裕が無く、反応出来ない。
だが、分かる。俺は今、ンサヤイバリの見ているものが見えている。その為、自身の見ている光景と他者の見ている光景を同時に見るという不可解な現状に脳味噌の処理が追いつかなくなって悲鳴を上げている。
そして、俺と同様にンサヤイバリも2つの光景を同時に見ている筈。
「ンサヤイバリ!お前も俺の見てる光景が見えてるか?」
『ああ、見えてるよぉ。不思議な感覚だねぇ。自分を自分で正面から見るなんてねぇ』
「ならこの感覚も忘れないでくれ。この感覚と遠隔操作の感覚を使えば、きっと眷属を自身の分身として操れる」
『成る程ねぇ』
俺がンサヤイバリと魂の共感の末に取り込まれてないのは、多分魔力の総量が関係しているのだろう。魔力と魂の関係はいまいち理解してないが、魔力が多いからンサヤイバリの魔力と反発して魂が取り込まれるのを阻止出来ているのだと思う。
なら、元々が同じ魂から生まれている眷属なら、魂を一体化した上で、まるで自分自身の身体の様に遠隔操作する事を可能にする事が出来るだろう、多分。
ンサヤイバリの巨大な触手の先からポタンと雫が落ちる様に眷属が生み出された。
生み出された眷属は今までの眷属とは明らかに違い。小さくひ弱な存在に感じた。
「クリオネか?」
ソレは全長30センチぐらいの前世のクリオネの様な見た目だった。
ハーフアス 〜半端野郎の異世界転生録〜 もみあげ @ponnkotu4
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