第35話 よくある展開。

 このままだと水面に衝突する。雨も酷いし風も強い。多分、海は大荒れ状態。よしんば上手く着水出来たとしても溺れる未来しか見えない。

 どうする?足の裏の魔法陣で減速したとしても果たして衝撃に耐えられるか?結局下半身が砕けて再生する前に溺れるのが関の山か?

 やばい!ドンドン水面が近づいてくる。何だか右手が熱いし、考えてる時間が無い。海面にぶつからない様にするには“空を飛ぶ”しか無いのだが『俺』にそんな能力は無い。

 確かに俺には無いが“武器”にはあった!

 迫り来る海面に焦りながら籠手を付けてショートソードを握り込んで、思念と共に魔力を注ぐ。するとショートソードを空間にビタリと固定する事に成功した。

 だが、俺自身が落下する力を打ち消せている訳では無かった。固定した筈のショートソードが物理法則に引っ張られて共に落ち始める。しかも掴んでいた手の甲に激痛が走り、握りが緩み減速の衝撃を受け止めきれずに手が離れてしまった。

 それでもかなり落下速度を殺せたと思う。直ぐにもう一本ショートソードを抜いて空間に固定する。更には足裏の魔法陣を発動させる事で更に落下速度を殺す事で海面ギリギリではあったが、まともに海面に叩きつけられる事を回避する事に成功した。

 そして新たな問題が発生する。見回す限り着地する場所が存在しない。

 落ちてくる際に広い範囲で見渡したが陸地など無かった。

 現状、空間に固定したショートソードにぶら下がっている状態で、海のど真ん中で身動きが取れない状態に陥っていた。

 先に固定したショートソードが落下してきたので海に落ちる前に回収。

 何も無ければ一定空間を自由に操作出来るショートソードも、そこに別の質量が加わると途端に動きが悪くなる。

 訓練所でもショートソードを操作して空を飛べないか試してみたが、子供の俺ですら引っ張って動かす事すら出来なかった。

 魔力で操作しているのだから魔力を込めれば込めた分、速度や操作性が強まると思ったが、そうは上手く行かなかったのだ。

 原因はショートソードの特性にあると思う。このショートソードは魔力を切れ味に変換する。この効果は勝手に発動してしまう為、操作する為に流す魔力も勝手に切れ味に変換されていく。

 結果、魔力による指向性の後押しは殆ど出来ない。途中加速するとか鍔迫り合いで踏ん張る事とかは出来ない。

 根本的に出来ないのか、操作方法が誤っていて出来ないだけなのかは検証できてないが、今はそんな事をしている余裕は無い。

 どうにか固定する事に全力を傾ければ浮く事を継続させるぐらいは出来そうで、移動も非常にゆっくりとなら出来なくも無い。だがこれでは現状を打開する事は出来ない。

 嵐と言えるぐらいの天候の下でふわふわ浮いているだけの状態でどうするか…。

 雨に打たれ続けて体がドンドン冷えていく、海に浸かっているよりかは大分マシだろうが、空腹も合間って体力がガンガン削られて行くのが分かる。

 大量の魔力によって活性化し続ける強化細胞を持ってしても、空腹による体力低下は対処できない。そして体力限界からくる意識の低下は止める事が出来ない。最悪は意識を失って海に落ち、溺れて窒息して死ぬだろう。

 窒息死そのモノは強化細胞によって回避できる事を実験施設で色々やった中で証明されてた。

 窒素によって身体に受けるダメージも細胞活性化によって回復する為、魔力が枯渇しない限りは完全な死亡は避けられるらしい。

 だが海に落ちて窒素した場合は話が変わってくる。身体は死ななくても空気がない海の中では意識が戻っても、溺れてまた意識を失ってを繰り返す無限地獄に陥ってしまう可能性がある。

 どうにかして現状を打破しなければ…。

 荒れ狂う大海原で1人。先ずは足場を確保したい。そして船か陸地を探さなければならない。

 辺りに陸地は無かった。なら船を発見するのが良さそうだが、発見したところで近づく事が出来ない現状では、向こうに発見してもらうしかないがその方法もこの嵐の中では厳しそうだ。

 そもそもショートソードにぶら下がってる状態がキツい。限界が来る前に降りられる場所を見つけるしかないが、ソレが出来るならそもそも困ってない。

 なら足場は自分で用意するしかない。もう一本のショートソードを横にして足の下で固定。更にぶら下がっていたショートソードをゆっくりと移動させて、上手くもう片方の足の下に固定する。

 2本のショートソードを固定する事でちょっとした足場を確保、小さく身動きは殆ど取れないが、座る事が出来る様になったのは行幸。

 固定に魔力を流し続けているので、刃部分に触れると何でも斬り裂いてしまう状態だが、鞘に入っている状態なのでどうにか大丈夫だ。下手すると鞘を引き裂いて飛び出てくるかも知れないが。

 座って一息つくことで現状を整理する余裕ができた。

 老人エルフが使おうとしていた魔具が起動した結果、空間を移動してどこだか分からない海の上に放り出された。

 察するにあの魔具は転移用魔具で老人エルフは逃走の為にソレを使おうとしてたが、俺に阻止されて放置。再度、俺に発見されるまでの過程で故障して半端に起動、俺が拾った際に完全に起動した結果。このザマか。

 だが老人エルフがこんな海の上に逃げようとしたとは考えられない。故障したせいで座標がズレたのか、元々は転移先に“別の何か”があったのか…。

 正直、どちらも考えられる。分かりやすいのは故障だが、この世界なら浮遊島とか浮遊基地とか何でもありだろう。

 中世ファンタジー的世界だが魔具の効果を考えれば、決して前世より文明、科学水準が低い訳では無い。根本に【魔法】という概念がある分、発達の加減が違うだけで。しかもそれらを後押ししてるのは『転移者』や『転生者』だろうと考えられる。

 今、思えばエルフ共の口ぶりから元々はエルフも転移者とかだったのかも知れない。

 なら空飛ぶ秘密基地の一つや二つは持っているのかも知れない。森に住んで弓矢で狩りを行う狩猟民族的な考えは、前世の創作物の知識でしか無いのだから。

 などと、ココで考えても現状打破には繋がらない。そこら辺の考察は切羽詰まったこの状況から脱出して、落ち着いたら考えよう。

 当初の目的通り学園都市で教育を受けられる様になったら調べてみるのも良いかも知れない。

 それはさておき、これからどうするか?

 飲み水は手持ちの水筒に雨水を溜める事も出来るし、水の出る魔法陣で生成も出来る。

 ただ、この雨も毒性かも知れないし強酸性の可能性もある。ファンタジー世界の雨がまともで無い可能性はまぁまぁ高い。まぁ、大量に浴びてる状態で特に異常は感じられないので大丈夫だとは思うが。

 魔法陣で生成される水は生成される際に魔力が絡むからか「不味い」のが1番の問題でコレは煮沸しても無駄で、専用の溶け込んでる魔力を抜く魔具があって初めて飲食に活用できる様になる。最悪はソレでも飲んで生き延びなければならないとは思うが。

 それよりも魔力をショートソードに流し続けてる状態で他の魔法陣にリソースを割くとショートソードの操作が不安定になってしまう。故に簡単には魔法陣を使用は出来ないだろう。

 次に飯はどうするか、携帯食みたいな物は無い。普段なら最低限の非常食を持っているのだが、最低限の装備だけで外に出てしまっていたので食料は持っていなかった。

 海の中に魚のモンスターは、いるだろうが釣り上げる方法は無いし、ショートソードで狙い撃ちにするのも難しいだろう。しかも捕まえられたとしても、料理のしようがないのでどうしようも無い。串刺しにして丸焼きならやってやれない事も無いが、魔法陣を使う分その間の足場は不安定になるし、魔法陣で出す火は加減が効かないので現状の知識で用意できる魔法陣の火では丸焦げになるのが落ちだろう。

 かと言って再生を前提に自分を食うのなんてまっぴらごめんだ。

 やはり、どうにか魚モンスターを捕まえて、無理矢理にでも生で食すしか無いだろう…。その場合は寄生虫型モンスターが危ないのだが…。

 その上で生き延びる為には陸地か船を見つけ出し、辿り着かねばならない。まともに動けない状態の今、奇跡を信じて船を待ち続けてても生き延びられるとは考えられない。

 こちらから動かなければどうしようも無いだろう。ならどうするか?移動の為に海を泳ぐか?雨が上がって波が落ち着いたとしてもあり得ない選択だろう。ただでさえ体力が奪われてる状態で、武器や防具の様な重しを付けたまま海に入るなんて自殺行為にしかならない。

 ならやはり、ショートソードを動かして移動するしか無い。幸い、2本のショートソードなら上に移動する事は出来なかったが、自重を支えつつ落ちない程度の高さを保っていれば、歩行するぐらいのスピードで前に進む事は出来た。

 次は進むにしても何処に向かって進むかだ。見た限り360度島や人工物は見えない。更に空も曇っているので太陽や星を見て方角を決める事も出来ない。

 今更に気付くが光源の無い海の真ん中で周りがちゃんと見えると言う事は、この地域は朝から昼ぐらいというわけで、夜となり暗くなっていた獣人国とは全然違う場所なのだと改めて認識した。

 何処に向かうかの方針は決めかねるが、立ち止まっていてもしょうがない。今は取り敢えず動いてみる事にする。

 ジリジリ高度を落とさない様に進む。体感では、徒歩で進んでいる程度のスピードだ。

 周りの景色が変わらない。見えるのは曇天と雨に荒れる海だけ。自分が進んでるのかどうかすら分からなくなる程に。

 進める限り真っ直ぐ進む、だが進んでも進んでも何も見えない。体感で数時間は進んだと思うが、状況が何も進展しない。腹がへったし非常に眠たい。集中力がどんどん落ちていくのが分かる。

 何も考えずにいると意識を保てそうに無い。故にどうにかスピードを出せないか考えてみる。

 ショートソードを操るだけではスピードは出せない。別に「推進力」が必要となる。イメージとしては『飛行機』や『ロケット』だろうか?

 ショートソード自体に魔力を放出するギミックは無いし、操作時に加速させる方法も分からない。

 なら、それ以外で推進力を確保するしか無い。イメージ的には後方に何かを噴射してその勢いで進むのが一般的だろうか?

 現状で後方に噴出できるモノは何か?それなら魔法陣を使用した火や風ならば噴出可能だろう。

 だが、火や水の魔法陣は推進力に成る程の放出力は無い。使えるのは、機動力の要として使っている『風』の出る魔法陣しかない。

 それに「火」や「水」は現状、手で持って使う形でしか用意が無いが、風の出る魔法陣は靴の裏に描かれている。放出力も充分確保できるだろう。

 進行方向に対して反対方向を向き、脚を突き出して座り、風の魔法陣を起動させる。加速や空中での方向転換などに使用している風の魔法陣は発動すると身体をグッと身体が押される。

 同時にショートソードから滑り落ちない様に身体を支える。

 すると先ほど迄のノロノロ飛行が嘘の様に進み始めた。だが進めるのは良いが前が見えないのは問題だ。

 どうすれば前を向きつつ後ろに風を出せるか考える。1番単純なのは、魔女が箒に跨る様にショートソードを跨いで座り足裏を後方に向けて魔法陣を発動させる。

 上手く前を見ながら進める様になったが、ブラブラしてる脚を風圧に負けない様に固定するのは案外疲れる。普段ならコレでも構わないだろうが、常に体力が削られ続けている現状では、あまりよろしく無い。

 楽に足の裏だけ後方に向けつつ意識せずに固定できる座り方は、風圧でぶれる脚を自重で押さえつける事の出来る『正座』だった。

 効率良く進める様になり、ぐんぐん前に進むも新たな問題に直面した。

 あれ?高度が落ちてる?

 前に進めば進むほどに水面が近づいてくる。脚を水面側に向けて噴射する事で高度を上げる事を試みるも、前に進むのと違い全然上に上がっていかない。

 もう一度、前に進んでみるもやはり少しずつ高度が下がる感じがする。魔法陣に魔力を割くとショートソードの維持に使っている魔力が減衰して高度が維持できない様だ。

 やはり、魔力を使う際の『門』が小さい事が原因だろうか?

 さて、こうなると八方塞がりだ。速く進もうと思えば海に落ちていく。高度を保とうと思えば鈍足進行を余儀なくされ足場発見が遠のく。

 水を出すにも火を出すにも他の魔法陣を使えば落下してしまう事は変わらないだろう。

 敢えて海に落ちて風の魔法陣の噴出力頼りに泳いでみるか?だが装備一式保持した状態でちゃんと進めるかどうかは未知数だし。寒さで削られる体力も無視出来ない。

 こうなると、いくら「100万」を超える魔力を保有してたとしても一度に使える魔力が少量では『宝の持ち腐れ』なのだと改めて実感する。

 しょぼくれながらも魔法陣を使わず、更に半日ぐらい進み精神的にも肉体的にも限界を感じてた頃に嵐の空間を抜けた。

 抜けたのは良いが、嵐が収まり静まりかえった海の上をジリジリ進んでいると、刺激が無さすぎて集中力が無くなっていくのが分かる。極度の眠気と空腹が如実に表面化し倦怠感で意識を失い海に落ちない様にするのにも限界が近づいているのが自分で分かる。

 周りを見渡しても何も見えない。嵐が収まり静寂化した結果、今まで以上に周りを見渡せる様になったにも関わらず何も発見出来ない現状は“精神に来る”。

 夜が来て、いよいよもって辺り一面真っ暗で何も見えない。見上げた夜空はとんでもなく美しくて見惚れてしまう程の星空が広がっていた。

 デカデカと月も3つ輝いている。そんな夜空を見えいると改めてじっくり夜空を見た事が無かった事に気がついた。

 どれぐらい夜空を眺めていただろうか。突然、左前方の方面が発光したので目を向ける。

 そこには『光の柱』が聳え立っていた。

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