第34話 とんで、とんで。

 トカゲ型獣人の戦闘はシンセ達とは少し違った。

 シンセ達は基本、直線的な動きで攻めてくる。獣人特有の身体能力を活かして爆発的な瞬発力で攻めるスタイルが多い。

 このトカゲ型獣人の戦闘スタイルも基本は同じなのだが、『ぬるり』とした動きで死角に滑り込む様に動いてくる。

 スピード自体はシンセ達の方が早いだろう。だが上手く視界から外れるその動きは実際のスピード以上に早く感じる。

 だが奇しくもトカゲ型獣人の“その動き”は、俺が使う戦法によく似ていた。

 故に視界から外れたトカゲ型獣人の攻撃が何処からくるのか、ある程度のカンで、どうにか捌く事で対処出来た。

 後は上手くカウンターで攻撃を合わせて反撃を試みる。

 だがトカゲ型獣人の特性と言うべき『鱗』がまるで鎧の様に強固で生半可な攻撃などびくともしない。

 咄嗟の反撃は寸止めなど出来ない。もちろん殺すつもりで斬ってる訳では無いが


「グガ…。マジかよ…。別に手を抜いてる訳じゃねーんだけどな。まさか、ここまで当たんねーし、当てられるとはよ」

「イヨツ達とモ、やり合ッテるんデ」

「グガ、英雄共と同等って事なら納得だわ」

「同等ジャ無いヨ、イヨツにハ勝った事なンテ無いシ」

「グガ、そもそも獣人の攻撃について来る人族の子供ってだけで驚くわ」

「それ、皆ニ言われル…」

「だろう!グガガ、しかもまだまだ実力は隠してるって感じだしな」


 確かにショートソードに魔力も流して無いし、魔法陣系も殆ど使って無い。そう言うのも分かるってのもベテラン味を感じる。

 ほぼ、実戦に近い模擬戦で戦闘のカンはさっくり取り戻せた気はする。

 相手も止めるつもり無さそうだし、これ以上ギアを上げて来る様なら、杭を使って魔法陣もフルで使わないと付いていけなさそうだ。

 だが次が来る前にトカゲ型獣人のライセンスに何らかの連絡が来たらしい。

 ライセンスの連絡は電話と違い。脳に直接聞こえてくる感じなので、誰かに会話内容が漏れる事は無い。そう言う点ではスマホと以上のスペックだと思う。

 通話を返す際も、頭で考えただけでも返せるのだが、見た限り大体は、口で言葉に出す事で返答している。

 「言葉」にする事で魔力を乗せて返したい内容を確実に返せるらしい。頭で考えただけだと他の思考とごっちゃになって、ちゃんと伝わらない場合が多々あるかららしい。

 故に相手が何を言っているのかは、分からないが、トカゲ型獣人がライセンス越しの相手に謝ってるから怒られてるのは想像がついた。


「グガ…。残念だけど、ここまでみてーだわ」

「はァ…」

「まぁ、何だ。グガ、縁があったらよ。続きでもやろーや」


 それだけ言うと足早に出口に向かってしまった。何だか騒がしかったトカゲ型獣人は結局、名前すら名乗らず去っていったのだった。

 時間は食ったがカンは取り戻せたし、鱗カチカチ型獣人の戦い方も経験出来たのは大きい。

 周りを見渡したみたが近くには誰もいない。ショートソードの遠隔操作の練習にはもってこいな状態になった。

 宿屋でやった事を踏まえて、どれだけ何が出来るのか、出来そうなのかを試してみる。

 結果として「上手く扱う事が難しい」という事がよく分かった。

 要は籠手が【リモコン】でショートソードが【ドローン】だ。魔力は電波同様に離れれば離れる程、弱くなる。籠手1つで操れるのはショートソード1本のみ。しかも2本同時に操ろうとすると細かい動きは難しい。その上で操作以外の行動を同時に行うと精細な動きなど不可能に近い。

 1人で右手と左手でじゃんけんをして、ポンポンポンというペースで勝ち負けを平等にする事は難しい。更に誰かと話しながらソレをやるのは不可能だと思う。

 念じて操作する性質上、同時に2つの事柄を考えなければなら無いが、普通にそれは不可能だ。だから右のショートソードに動きを念じた後に左のショートソードに動きを念じる事になる。どんなに早く念じてもそこに「ラグ」が発生する。

 しかも目標に当てるなら明確に距離感を測って操作しなくてはならない。立ち止まって操作するだけならそれでも上手く行くだろうが、敵が目の前にいる状態ならその対応をする為に脳のリソースが割かれてしまう。そうなれば細かい距離の計算や動きの指示など無理だ。

 前世のアニメで“新人類”と言われるような連中が“遠隔操作武器”を扱いながら、近接戦闘をしていたの思い出す。確かに『常人』にあんな事は不可能だと思った。

 そして俺は、残念ながら常人の範疇らしい。

 しかも遠隔操作中に更に別のショートソードを握り魔力を流すと元々のショートソードに伝えている魔力が目減りして操作性、操作範囲が低下してしまう。

 遠隔操作の2本と手持ちの2本でカッコ良く4刀流みたいなのが出来る。などと期待してたが、残念ながら無理っぽい。

 ショートソードの性質上、魔力を通していれば刃の斬れ味は速度や質量に関係しない。当たれば確実にダメージが与えられる分、投擲遠隔操作の重要性は高い。手持ちと同時に使えないのならソレを踏まえて考えれば良い。無理に4本同時に使う必要は無い。出来る事を最大限に活用出来るようにしよう。

 エルフの潜伏場所探索をそっちのけでショートソードの遠隔操作修行に明け暮れてしまった。

 あれからどれだけ経ったのか、熱中し過ぎて気がつくのが遅れたが、いつの間にか日は暮れており、八ノ刻を告げる鐘を聴いてハッと気付かされた。

 再び腹も減ったし、そろそろ帰ろう。

 カウンターに仮ライセンスを返すと「随分長かったね」と驚かれてしまった。

 ギルドを出て宿に帰ろうとした時に帰り道が分からない事に気がついた。来る時はショートソードの遠隔操作の事ばかり考えていたのでどこをどう歩いたかを覚えていなかった。

 戻ってギルド職員に道を聞こうかとも思ったが、獣人族は道の覚え方が人族と根本的に違うから上手く伝わらない事が多い。

 鼻や目の性能が人族のソレとは全然違う獣人は、目的地をそれらで覚える。道を覚えてなくても香りを追って目的地に向かえるし、感覚で向かう方向を察して向かうから道筋を覚える等をしない事が多い。

 そうなると感覚でやってる事を他人に教える事は難しい。大体は「アッチに進めば着くよ」とか「〇〇の香りの場所に向かえば良いだけ」とか返答で返って来る事が殆どだ。

 高いところから見れば俺でも方向が分かるかと思って高い所まで登ってみたが、そもそも俺は宿屋の全体像を知らなかった。

 それなら他人種と多く関わるだろうギルド職員なら人族でも分かりやすい様に教えてくれると思ったが、そもそも俺が宿屋の名前を知らなかった。

 一応、それでもルバンガイセクイの料理が食えて第2ギルドにもそこそこ近い宿屋で聞いてみたが、少なくとも3件程それに当たる宿屋があるらしい。

 木版に簡易的な地図を書いてもらい、近場から1件ずつ廻るしかなかった。

 1件目は残念ながら違った。2件目に向かう途中で知ってる道にでた。エルフ達と戦った広場に繋がる道、未だ被害が色濃く残る道。

 この世界は【魔法】と言う技術が発展した事によりインフラ整備が前世の世界より早かったりする。以前ムレーゴイカデの巨人が踏み荒らした街道を整備するのを見た際にあっという間に修復されていくのて驚いたを思い出す。

 だが人族や魔族と言われる人種より魔法が苦手とされる獣人の国だからか、魔法でポンポン直される建物の修復が進んでいる様に見えなかった。

 もしかしたら『修繕より優先せねばならない事』があるのかもしれないが。

 ここまで来たら帰り道は分かる。地図的に向かおうとしてた2件目が目的の宿で間違いなさそうだ。


「おう!ボウズ。こんなところで何やってんだい?」


 突然声をかけられ振り返ると瓦礫の片付けのバイトをした時の親方だった。


「いヤー、色々やっテ宿に戻るとコロ」

「ボウズも大変だな。こんな遅い時間まで…」


 何やら憐憫な眼差し。きっと強制労働で遅くまで働かされてるとか思われてるのだろう。

 まさかエルフの隠れ家探しをそっちのけで修行に明け暮れた結果、気づいたら夜遅くなり、その上に迷っていただけだとは思っていないのだろう。

 こんな勘違いした目線にも慣れたものだ。


「親方ハ何デここに?」

「おりゃぁ、仕事帰りよ!見てみぃ、この有り様をよぉ。この街にゃ【建築魔導術師】とか【産廃処理魔導技師】が少ねぇからよ。動ける奴が動かなねぇとならんのよ”

「人手不足っスカ」

「まぁな。手助けしてくれる冒険者はエルフ狩りに駆り出されてるからよぉ。オレみたいな専門だけが動いてる訳よ」

「世知辛イっスね」

「がはは。そうさな、でもやれる者がやるしかねーからよ」

「手伝えタラ良いんデスけど…」

「はっは、確かに“猫獣の手も借りたい”ってヤツだけどよ。冒険者には、この街為に頑張って貰わなきゃならねーからよ」


 何だか気まずい。

 皆んなが頑張って働いてる中で俺は実に私事で時間を使いまくっていた。


「だけどよボウズ。エルフの騒ぎが落ち着いてよ、まだ何か仕事が入り用だったらよ。またぁ手伝ってくれや」

「ウッス」


 親方と他愛も無い話をしながら歩いていたら不意に何かが心に引っかかる様な感覚があった。

 ソレは目の前の瓦礫の下から感じた。

 なんだろう。この妙に胸に引っかかる感覚は、ソレが何なのかは分からないが、この瓦礫の下に“何か”ある。それだけが妙な確信と共に『思考を支配』する様だった。


「何だ?」

「ん?どうした?ボウズ」

「ココに“あるハズ”なんだダけど」

「あるって何がだ?」


 瓦礫に埋もれたソレを取る為に瓦礫をどけていく。


「何ガって…」


 『何なのか』は自分でも分からない。ただそこにあると分かって、ソレが妙に気にかかるというだけだ。

 瓦礫を掻き分け手を伸ばした先には、掌に収まる程度の「スイッチ式の魔具」があった。

 手にとってからソレが、老人エルフが最後に使おうとしていた魔具で、俺がポイっと放り投げた物だったと分かる。


「コレが…」

「お?そりゃ何だ?ボウズ」


 『何だ』と言われても困る。老人エルフが何に使おうとしてた事ぐらいしか情報がないアイテムだ。

 見た目的には前世の映画とかでよく見る自爆装置のスイッチみたいな形状だが、老人エルフがあの状況下で使おうとしたなら自爆では無いだろう。それなら魔具なんぞ使わずに魔法でどうにでもなる。

 使用するのに警戒されていた事を考えるに多分、あの状況を打開できる何かが起こる装置なのだろう。

 よく見ると放り投げる前と今では状態が少し違っていた。放り投げた際にそうなったのか、後に瓦礫に挟まれてそうなったのかは分からないが、本体部分に大きくヒビが入っており『スイッチが中途半端に押されている』様な状態になっていた。


「そんなんが、この下にあるってよく分かったなボウズ…」

「ああ。何デだろう。俺ガ投げたかラかな?」


 自分でも何でコレに気付けたのか分からない。

 何となくとしか言いようが無い。不思議な感覚だった。

 スイッチが入ってるという事はコレは起動しているのだろうか?それとも見た目的に故障でもしているのだろうか?

 グリグリ観察していたらパキンと音がして更にヒビが広がって中途半端に押し込まれていたスイッチが元に戻った。同時に魔具が妙な音を立てて光出す。


「ナ!」

「何だ?何したんだボウズ??」


 ブープーと若干ノイズ混じりの音が辺りに響き渡る。更に光が溢れて帯状の魔法陣が球体を形成して包まれた。

 だが球体魔法陣が“歪んでいる”故障している魔具で発動したから正常に展開している様に見えない。

 嫌な予感がする。この魔具は危ない、手にしていてはいけない。

 だが判断が遅かった。

 魔具を手放そうとした瞬間に当たりの景色が変わる。

 立っていた筈の場所が無くなり、浮遊感と共に今度は落下し始めた。晴れていた筈なのに体を雨が打ちつける。

 咄嗟に辺りを見渡すも『陸地が見えない』雨で視界が悪いのもあるが明らかに【海】の上だった。


「嘘だろぉぉぉぉ!!」


 今まで意識を失って気がついたら別の場所という事はあったが、一瞬で別の場所に飛ばされるのは初めてだった。

 どれぐらいの高さから落ちているのか分からないが、見た感じ100や200メートル程度の高さでは無いだろう。例え水でも10メートルも離れれば着水した際の感覚は、コンクリートと同様の硬度になるらしい、みたいな事だけ思いだす。

 つまり今の俺がこのまま着水したら、多分全身木っ端微塵で海の藻屑だろう。そんな風になったら、流石に強化細胞で異常な回復力を発揮する身体でも耐えられないと思う。

 やばい!どうする!!!どうする!!!!

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