第33話 ハッとして、スッとして。

 意識を失っていた3日間の間に俺は何をしたのだろう?

 なんだか不安になるが、目の前のギルド職員からは異端児を見るような目線を感じない。無意識に目覚ましを止めるぐらいの感覚で特に気にする必要は無いのかも知れない。

 考えれば考える程に怖いので、今は違う事を考えて不安は置いておく事にした。


「そうダ!冒険者ライセンスの再発行ヲお願イしたいのでスガ…」

「あー聞いてますよ。でもねぇ…。ちょっと今は…」

「え?」

「いや、ここ数日ルードとの接続が不安定になってまして、再発行はおろか、依頼遂行確認や支払い等も滞ってまして」

「なんデ?」

「ソレが原因不明なんですよ。まぁ、不安定になったのがエルフ達が現れてからなので、エルフ達が何かを仕掛けていたって言うのが今の見解」

「アイツらガ何かヲ?」

「ええ、ですからエルフ達が王都で潜伏していたと思われる箇所を現在総出で捜索中って感じです」

「マジっスか」

「マジっす」


 何らかのトラブルでギルドのシステムが使い物にならなくなっているらしい。原因が本当にエルフ達だとしたら程々迷惑な連中だ。


「数日前カラ異常があっテ、今も異常が直ってナイなら」

「ええ、未だエルフの潜伏場所はおろか、そもそもの異常の原因すら分かってません」

「でしョウね…。なラ俺も探しまス。数日寝てテ身体も鈍っテルみたいナンデ」

「それは願ったりですが、君は病み上がりですよ?無理はしないで下さい」

「大丈夫っス」


 手持ち無沙汰は好きじゃ無い。暇を持て余すぐらいなら少し無理をしてでも何かやってた方がましだ。

 それにやりたい事は色々ある。先ずはイソホのところにいってショートソードと籠手を受け取りに行かないと。


「コレもライセンス再発行しタラ報償金でまス?」

「ええ、出ますよ。ちゃんと出します」

「なら問題ナイです」


 聞きたい事は粗方聞けたので、そそくさとギルドを出た。これ以上考えたら思考が堂々巡りをしてパンクしそうだ。

 記憶の無い数日の事は考えない様にして、今はショートソードの取り扱いに慣れておこう。

 ショートソードの遠隔操作、境界戦妖戦時の感覚を忘れる前にモノにしときたい。

 だがその前に…。


「腹減ったなぁ」


 3日間寝てたって事は、3日間の飯を食っていないと言う事!腹が減ってはなんとやら、先ずは宿に戻って腹を満たす事にした。

 数日ぶりに、何となくモダン和風な雰囲気漂う宿に戻ると和食料理の香りが鼻を擽りを腹がなる。

 香りに釣られて颯爽と宿の食事処に飛び込んで飯を頼もうとメニューを確認するも獣人国の文字がイマイチ分からず呆然となってしまった。

 メニューを睨みあたふたしてたら女中さん的な獣人が声をかけてくれた。


「お客さん。イヨツさんとこの子よね?どうしたん。献立の文字が読めないの?」

「へ?ハイ、獣人語ハ、未ダちゃんと読めなクテ」

「そっかぁ。お客さん人族やもんねぇ。なら板前さんにおすすめ作ってもらうから、ちょっと待っててな」


 優しい女中さんに全てをまかせて物思いに耽る。

 エルフが獣人の街で潜伏するのなら、どんな場所が考えられるか?

 普通に考えれば獣人が関与する施設等に潜伏するのは難しいだろう。因縁が薄く他人種の関わる施設が濃厚か?

 例えば『ここ』もそう言う施設になるだろうか?この宿は店の作りや料理人はルバンガイセクイの出の他国人種だろうが店の主は獣人なのだろうからエルフを囲う様な事は無いだろう。

 獣人に雇われてるのでは無く、獣人の国で獣人以外の人種が店主の店が怪しいか?

 ふと王都に入る前に「カトラリーセット」を買った人族の男性を思い出した。

 エルフと関わりが有る無しは兎も角「袖触れ合うも多生の縁」とも言うし出し探して改めて買い物するのも悪く無い。今の問題が解決すれば『報奨金』がたっぷり入る予定だし。

 悶々と考えていると目の前に魚の塩焼きが運ばれてきた。正直、何の魚の塩焼きなのか、全く分からなかったが、香ばしい焼き魚の香りに食欲が耐えられる訳もなく頭から貪る様に食いついてしまった。


「うま〜い!!」


 魚の丸焼きの様な食べ方は、今までも食べてきた。だが『塩焼き』と言う単純だが奥深い料理は、ここでしか食べた事が無い。

 前世を思い出させる料理に手が止まらない。


「いい食いっぷりだねぇ」

「数日食ベテなかったンデ」


 塩焼きに引き続き、なんかの肉の牛丼の様な食べ物が出てきたのでがっつく。


「うま〜い!!」


 前世を思い出す事もそうだが、素直に「料理らしい料理」を食べられる事が素直に嬉しい。

 この宿に来るまで、この世界で“まともな料理”を食べた事が無かった事を思い知らされた。

 それに今回は獣人が苦手で人気がないと言う「米」が普通に出されて来ており食が進んで仕方がない。

 考えねばならない事が沢山ある筈なのに何も考えられない。


「うま〜い!!」


 無心で運ばれてくる料理をバクバク平らげていたら、女中さん的獣人とは“別の人”が奥から出てきた。

 金髪にゴツい腕の板前なのかコックなのか曖昧な格好をした、獣人では無い人族の男だった。


「あんちゃんが俺の飯食って泣いたって子かい?」

「ほぅうい。たぶゅんほうへふ」


 口の中にパンパンに食べ物を含んだ状態で返答すると料理人だと思われる男が豪快に笑う。


「ちゃんと食ってから話しな。あんちゃん、俺と同じルバンガイセクイの出なんだろ?箸をそんなに上手く使えるヤツは他の国にゃ、見ねぇ。この国では特にな!」

「はい、まぁ実は自分でも良くは分かって無いんですけどね。片田舎の村から出た事なんて無かったし」

「そうか…。まぁ、何があったのかは分からんが、人族が獣人族の中で生きるってのは大変だろう?子供ながらに苦労してんだろうなぁ。俺の料理で故郷の事でも思い出させちまったかな?」

「いえ、まぁ」


 確かに“思い出して”泣いてしまったのは確かだが。故郷は故郷でも「前世」の思い出だからなぁ。しかもうろ覚え…。

 まぁ、このおっさんも何か勘違いしてそうだけど、わざわざ否定する必要もないし勘違いしておいてもらおう。

 と言うかこんな美味い日本食を作ってるのは黒髪、黒目の日本人顔なのかと思い込んでいたが、普通にこの世界で一般的な容姿だった事に少し驚いていたりする。普通に考えれば、同じ国の俺の容姿も日本人とはかけ離れているのだから当然なのだが。


「ごちそうさまでした」

「おう、いつでもまた来な。同郷のよしみだ。とびきりの飯をだしてやるよ」


 食堂を出て前にイソホが武器の手入れをしていた部屋に向かう。入った部屋にはイソホはいなかったが、俺のショートソードと籠手が手入れされて部屋の端っこに置かれていた。

 未だにサイズの合わない籠手を装着しショートソードに魔力を通してみた。籠手を通して流す魔力の感覚は、ショートソードに素手で直接に魔力を流すとは感覚が違った。意識がショートソードに乗るのが分かる。

 あの時は、念じれば手元に飛んできたし、飛ばしたショートソードが目的に向かって曲がって当たった。

 部屋の中でショートソードを飛ばす訳にも行かないので『浮かす』イメージを魔力に乗せて剣を手放す。普通なら床に落ちるショートソードは空中で止まっていた。

 それに薄っすらと籠手からショートソードに繋がる魔力の線を意識出来る。コレを通してショートソードを『操る事』が出来ている様だ。

 向きを変える様に念じれば、思った通りにショートソードが動いた。

 更に同時に両手で2本のショートソードに魔力を流して浮かせる事も出来た。だが両方同時に別々の動きをさせようとすると上手く動かせなかった。

 ショートソードどうしがぶつかり弾かれたショートソードが床に刺さる。

 何故、上手く操る事ができなかったのか考える前に宿屋の床を傷つけてしまった事に冷や汗をかく。

 魔力を通しているショートソードは異次元の切れ味を発揮する。サックリとつかの部分まで刺さってしまったショートソードを引っこ抜き何事も無かったかの様にそっと部屋を出た。

 まだ日が暮れるには時間があったのでそのまま外でショートソードの訓練ができそうな場所を探す事にした。

 ついでにエルフ達の潜伏先を探そうとも思ったが、俺が寝ていた3日間でどこらへんを捜索したのかも分からない状態ではどうしようも無い。状況を確認するにも“冒険者ライセンス”が無いので離れた仲間に連絡をつける事も出来ない。

 ギルドに戻れば捜索範囲は聞く事が出来るだろうが、今はショートソードの遠隔操作訓練の方が先だ。

 当てもなくふらつきながら、武器を振り回しても大丈夫そうな場所を探していると何だか開けた場所を見つけた。

 近づけば明らかに鍛錬をする為の場所と分かる。しかも柵には固有の結界が張られていて被害が外に広がらない様になってる本格的な物だ。

 出入口が無いか探してみると外から繋がる出入口は無く、1つの建物から出入りする仕様だと分かる。その建物には『ルマニア第3ギルド』と看板が掲げられていた。


「ギルドの鍛錬場か何かかな?」


 入口の見た目は第2ギルドと同じだったので普通に中に入る。

 受付のカウンターに向かい忙しなくしてるヤギっぽい獣人に訓練所が使えないか確認してみる事にした。


「ん?何だ人族の子供か…珍しいな。訓練所か?冒険者ライセンスがあれば誰でも使えるよ。あっでも順番は守ってもらう」

「え…。ライセンスは……そノォ…。再発行手続キ中なんでスケどぉ……」

「え?君、冒険者なの?あっとあーでも今は再発行は難しいんだよねぇ」

「ハイ、それハ聞いてまス」

「ん、まぁ。確認だけならルートに直接繋がなくても」


 受付の獣人が確認用だと思われる魔具を取り出して、俺の額部分に添えてきた。


「ん、確かに登録されてるね。って4日前に冒険者になったんだ」

「えぇ」

「えっと、んじゃコレ。訓練所の入口はあそこの扉だから、扉の前の魔具に、この仮ライセンスを翳せは入れるから」

「オオ、ありがとうゴザいまス」

「数字が出るからその数字の場所使ってね」

「ハイ」


 受け取った仮ライセンスは真っ白なカードだった。

 言われた通り扉の前の魔具に翳すと仮ライセンスの表面に獣人語の数字の5が浮かび上がる。

 5番目という事なのだろうか?エルフの隠れ家探しに結構駆り出されてる筈だが、案外そちらに回ってる面子は少ないのか?

 扉の先には武器を振り回すには充分な空間が広がっていた。

 数字の場所はどこだろうとキョロキョロしていたら、前から『鱗カチカチ系』のトカゲ?獣人が歩いてきた。


「グガ、何だ?人族の子供か?」


 人族の子供が物珍しいか覗き込む様に屈んで話しかけてきた。


「グガ?ってか英雄と一緒にいたガキか?」


 どうやら何処かで会っていた様だ。トカゲ型獣人だと「壁外警備隊」の1人だろうか?正直、獣人の見分けが付かない。赤みがかった鱗の色と口癖が、あの時話したトカゲ型獣人とは違うという事ぐらいしか分からない。


「ちょっト、やりたい事ガありまシテ」

「ほー。オメーみたいなガキがねぇ。グガ、“エルフくんだり”より余程、興味わくな。何すんのよ」

「ちょット、鍛錬しニ…キタだけ」

「へー、グガグガガ。そりゃいいや。ちょいと見せてくれや」


 うーん面倒な事になったな。見られて困るもんでも無いが、無闇に“情報”を振りまきたい訳でも無いんだがな。


「ご遠慮シマ…」

「グガ、何番でやるんよ?」

「5番デスけど」

「ならあっちだな!グガガ、ほら行くぞ」


 勝手な奴だが、イマイチ分からなかった『5番』が場所の数字だったと理解させてもらえたのは良かった。

 着いた場所には5と書かれた旗が立っていた。

 正直、何処までが5番の範囲なのか分からなかったが、見まわした限り他の数字の旗は見つからないので気兼ねせずにショートソードは振えそうだ。


「グガ、んで何すんだ?」


 ショートソードの遠隔操作は、まだ他人に見せられる程の品物では無い。なら寝たまま3日で鈍ってる身体の“カン”を取り戻すところから始めよう。でもって、ついでに手伝って貰おう。


「ちょット、1戦付き合っテもらエマせん?」

「グガ…。俺とやろぉってのか?」

「ハイ、いい退屈シノぎになりますヨ」

「うーん、そうだな。英雄が連れてるガキが『どんなもん』なのか、グガガ。興味はある」

「模擬戦用の武器なンテ持ってナイんだけド」

「別に構わねーよ。グガ、それ使いな。別に怪我する事になったってどうこうする様な事はねーよ」

「なラ」

「グガ、やってみようや」


 ゾワリと背中に汗をかく。軽く構えたトカゲ型獣人から威圧が飛んできてるのが分かる。

 大人で獣人の冒険者なら、この程度は当たり前だろう。だけど強者なら『イヨツ』達を知っている、他の人族ならまだしも俺には何の事も無い。


「行きマス」


 ショートソードを抜いて構えようとした瞬間にトカゲ型獣人が姿勢を極端に下げたかと思ったら、凄まじいスピードで突っ込んでくる。

 しかも今までに見たことの無い直線的で無い動きに虚をつかれて一気に胸元まで接近されそうになる。

 魔力を足に流して靴の魔法陣を発動させつつバックステップで間合いを開ける。

 と同時にショートソードを振り上げるがスラリと避けられた。


「グガ…。今のを避けた上で攻撃までしてくるたぁーなぁー。こりゃ、噂は本当って事だな」

「噂…」

「あぁ、境界戦妖と人の子が渡り合ってたとか、グガ、ぶちのめしたとかよ」


 噂とかたってんの…

 まぁ、別に隠してる訳でも無いけど、目立っても別に良い事なんて無さそうなんだよな。


「グガ、こりゃ「模擬戦」だったとしても気は抜けんわな」


 トカゲ型獣人の声からは楽しそうな声色が聞き取れるが、表情がイマイチ分からない。

 ってか獣人全般的に表情が分からない。イヨツ達と一年近く一緒に過ごしたが、今だによく分かって無いのが現状だ。

 更に初めましての爬虫類系獣人なんて表情が分かりやすそうなのに、全然そんな事は無かった。

 それはさておき、さてどうするか。

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