第32話 ふらふら、ぶらり。

「死んでるか?」

「ああ、確実に死んでいる」

「そうか…」


 境界戦妖の死亡を確認していたイヨツにシウが声をかけつつ目の前で4本のショートソードが刺さった死骸に目を向けていた。


「獣人族の宿敵をまさか『英雄』では無く人族の子が殺す事になるとはな」

「英雄なんてのは唯の「人殺し」の言い換えに過ぎん。くだらぬ称号だ」

「ソレならオレの『双璧』も一緒だろ…。寧ろお前の英雄に合わせて付けられた異名なんだからな、より軽い」

「だが、それでも“象徴”は必要だったのだ」

「ガイタか、獣王は無事か?」

「ああ、王も王子も傷一つ無い」


 いつの間にか近くに来ていたガイタも境界戦妖の死骸を確認していた。


「そりゃ、良かった。コイツ等の目的の一つは獣王の抹殺だった筈だからな。コイツに気を取られてる間にひょっこり暗殺なんてされてなくて良かったぜ。まぁ、別に殺されててもなんとも思わんが」

「シウ…。今の言葉は聞かなかった事にしてやる。滅多な事を口にするな」


 以前の“戦争”に駆り出された面々が王族に悪感情を抱いているのはガイタも承知はしてるが、だからと言って王族に対する暴言を見過ごす訳にも行かなかった。


「そうかい」

「しかし、彼はトヒイと言ったか…。役に立ってもらおうとは思っていたが、まさかここまでとは…」

「トヒイは獣人の捨て駒として使えるような玉では無かった。という事だな」

「そのトヒイがコッチに向かって来てるな」


 トヒイが小走りで近づいて来ていた。

 見れば鍛えているとは言え、明らかに育ちきってはいない子供の体躯で、獣人と長年争って来たエルフ達の実質の最強格と渡り合い。遂にはトドメをさしたなど普通ならとても信じられない事実だった。


「境界戦妖ハ!どウナった?」

「死んでるぜ。お前さんが殺したんだ。誇って良いいんだぜ。今日からお前も『英雄』だな」

「ハァ?何言ってンダ。英雄はイヨツだろ?俺は唯の冒険者のガキだヨ」

「何を…境界戦妖を倒したんだぞ?勲章もんだぜ。なんだったらオレが上役に口きいたって良い」

「別ニ俺だけデ倒せタ訳じゃナイ。境界戦妖の腕を奪ったのはイヨツとイソホだ。そうなって無かっタラこうモ上手くハ行かなかッタ」

「だがコイツの自爆を止めて、更には息の根を止めたのは、お前の功績で間違いない。シウ、懸賞金を用意しておけ。今回の依頼報酬と境界戦妖の懸賞金で中々の金が動くぞ」

「そうだろうさ。まぁ、金は問題ねーよ。目の前の上方様がちゃんと用意してギルドに回すからよ」

「そうだな。今回の依頼は国から出てるし、境界戦妖に懸賞金をかけたのも国だからな問題ない」

「それってライセンスカードが無いト受け取れなカッたりする…」

「ん?そら個々人の依頼はライセンスに登録してるからな。結果も「ルード」を経由してライセンスに保存されるから、ギルドはそれを確認する事で間違いる事無く金銭の授受ができる訳だ」

「…ダヨね……。俺、今の戦闘でライセンス無くしちゃったんだけど………」

「ん?そうか。んじゃ、再発行だな」

「ライセンス無イ状態でモ任務達成ノ記録って残ルノ?ライセンス無いカラ「護衛任務」ガ未達成扱いとかニなっタラ…」

「あーそりゃ大丈夫だ。依頼達成、未達成云々は『ルード』に記録されてる情報を引き出すだけだから問題ない。ライセンスを使う事で手早く処理してるだけだからな。まぁ、決まり事として金銭授受はライセンスが無いと出来ないから再発行後になっちまうがな」

「そっカぁ。良かっタぁ。ここマデ頑張ってシノギ無シはキツい」

「しのぎ?なんだ?報酬金の事か?」

「え?ああ、ソウソウ」


 『トヒイ』は今まで出会って来たどの人族とも違う。もちろん、境界戦妖と渡り合う程の戦闘力とか、魔王軍の四天王に人体改造された事による驚異的な生命力とか、そう言うことでは無い。

 雰囲気と言うかなんと言うか、短いながらも濃厚な生き様からなのか、年齢の割に異様な程に「達観」した視野を持っている。“子供らしく無い”では言い表せない程に違和感がある。

 境界戦妖やそれに連なる強さのエルフ達と連戦した後で特に何の感慨も無い様子だ。こんな精神性を持つ者は稀だろう。


「トヒイ大丈夫か?ふらついてるぞ」


 後ろから追って来ていたイソホがトヒイの異変に気づいた。

 流石に体力的に限界が来ていた様で安心して緊張の糸が切れたのだろう。

 急激にふらつき始めたトヒイは、それでも境界戦妖に突き刺さったショートソードを回収し始めた。


「トヒイ、後は俺達で回収しておく。お前は安め」

「あア、でもコレは回収しないト…無くす訳には…いか……ない…か………ら……」


 抜いた4本のショートソードを抱き抱える様に膝を付いた状態でトヒイは気絶した。


「ったく、凄まじいガキだな…」

「私が見ていた時には首を斬られて死にかけていたんだがな、回復薬で傷口塞いでまた挑みに向かった時は目を疑ったが」

「ここまで来ると根性据わってるとかの度合いじゃねーな」


 トヒイの覚悟の持ち方が常人のソレとは違う。

 年齢にそぐわない精神性。同年代の子供の親として「どうしてそうなった」のか気になるところだ。


「イソホ、すまないがトヒイの剣を頼めるか?」

「ああ、問題ない」

「俺はトヒイを運ぶ。シウ、ガイタ、後は任せる」

「おう、オメーだって限界だろう?今日はさっさと宿に戻って休んどけ」

「うむ、後始末の方は任せておけ。お前達のおかげで被害が想定より遥かに少なく済んだ。感謝している」

「ソレもトヒイの発案あってこそだ。俺たちはそれに乗っかっただけに過ぎん」

「そうか、なら彼への報奨金を更に上げる必要性があるか」

「ああ、頼む」


 気絶したトヒイを抱えようとしたら予想以上にガッチリと剣を保持しており驚いた。意識を失っている筈なのに握りしめられた剣が離れそうに無い。

 重さ的には何の問題もないが流石にそのまま運ぶと危ない。

 これ以上、トヒイを傷つけない様に剣を引き剥がしイソホに渡していく。


「しかしさっきの「アレ」は何だったんだろうな」

「境界戦妖を突き刺した攻撃か?」

「ああ、トヒイが投擲武器を得意にしてるのは知っていたが、“あんなの”は初めて見たよ」

「良くは見えてなかったが、明らかに投げた後に曲がった様に見えたな」

「それに剣が勝手に手元に飛んで戻って来たように見えた」

「それがトヒイの自身の力なのか、その魔剣の力なのかは分からんが、投げた剣を操作出来るなら中々効果的な魔技だ」

「いや、まぁ、そうだが…、いやそうじゃなくてだな」

「その事は今は考えてもしょうがない。それはそうとシンセやノタイは?」

「今頃はギルドの医療場でイトフと一緒に寝てる筈だよ」

「そうか…」

「ノタイはともかくシンセは重症だぞ。トヒイと一緒にいるから忘れがちだが、あの子もまだまだ子供だ。後遺症など残らなければ良いが」

「だが子供とて戦士として戦場に立ったのだ。アイツも覚悟は出来ている」

「そうだな…。“私達とは違い”自分で戦場に立つ事を選んだんだものな…」


 エルフの自爆や戦闘で瓦礫となった居住区域を進みギルドを目指す。過去に幾度となく戦場を渡り歩き街や都市を戦場にした事もある。

 その時は敵、味方共に多数の負傷者、戦死者を出して戦場は混沌を極めたモノだが、瓦礫は有れど負傷者、死者が辺りに転がっている様な凄惨な状態では無かった。

 確かに被害は最小限にできたのだろうと実感出来た。出来うるのなら息子やトヒイにはこんな風になってもらいたくは無いな。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 意識を回復したら以前にも見た事のある天井が見えた。

 ギルドの医療施設で目を覚まし、ぼんやりと辺りを見回すと隣のベットでノイタが寝転んでいた。無事だったんだなと安心した。


「お?起きたな」

「おはヨウ…。無事デ良かっタ」

「おう、他の連中も全員無事だぜ」

「そっか」


 窓から見える空はとても良い天気だった。そんな事を思っているうちに意識がはっきりとして来て思い出す。ハッとショートソードが手元にない事に焦った。


「ノタイ!俺のショートソードは?」

「ん?知らんがイソホ辺りが持ち帰ってんじゃねーか?」

「そっカ…。んじゃ行かネーと」


 ベットから降りて宿に戻ろうとするもふらついて倒れた。


「おいおい!境界戦妖と殺し合いしてぶっ倒れたんだぜ?流石にまだ体力と気力が回復しきってねーんだろ。ベットに戻れ」


「だっダケど…」

「だけどじゃねーよ。寝てろ」


 ショートソードの事は心配だったが立つのもやっとな程の体調ではどうしようも無い。渋々ベットに戻る事にした。

 ベットに戻る為に手を付いた事で籠手が付いていない事にも気づく。


「アレ?籠手ハ?俺ノ籠手は!」

「え?知らねーよ…。ソレもイソホ辺りが持ち帰ってんだろ」

「そ、そうカ…」


 境界戦妖との戦いの終盤に気がついた『ショートソードと籠手の使い方』籠手を通して魔力をショートソードに流す事でショートソードを操作する事が出来る。

 魔境では籠手とショートソードを装備してたけど武器を手放すと言う選択肢を選べなかったから気付かなかった。

 魔境を出た後はショートソードは取り上げられてた期間が長かったし、籠手自体はサイズが合わないから普段は装備しなかったから気付けなかった。

 籠手は防御だけじゃ無く、ショートソードに思念を飛ばして操作する為の「リモコン」の役目もあったらしい。

 だが気付いたからには、しっかり使いこなせる様になりたい。出来る事は多い方が良い。

 今回のエルフ戦だって、初めからショートソードと籠手の関係や操作の仕方を知っていれば戦況は全く変わっていたと思う。

 【知識】は力だ。知ってると知らないとで全てが変わる。情報の精査や判断次第で状況を選べる。知恵の有る無しで生死を分ける事だって有る。

 今回の件でショートソードと籠手の新しい価値に気付く事が出来た。だから早く使いこなせる様になりたい。


「アレ?シンセとかイトフは?」

「あー。その2人なら外だぜ。魔法と薬で治したとは言え、あんだけボロボロだったのに起きた途端イトフを引っ張って飛び出して行きやがったよ」

「イトフも動ケル様になったんダナ」

「ああ、アイツが1番重症だったんだけどな。ギルド様々よ」


 前世の記憶を引きずっている俺からすると、この世界の回復魔法や回復薬は性能が良すぎる。

 原理はイマイチ理解出来ないが、高位回復魔法や回復アイテムは人体破損すら即座に回復させる。しかも怪我の場合は出血して無くなった血液もちゃんと補充される。

 故に俺は境界戦妖に首を掻っ捌かれて大量出血したにも関わらず、高級回復薬で回復した後に貧血になる様な事は無かった。

 そんな奇跡を起こせる魔法や薬でも失われた『体力』までは元には戻せないらしい。

 怪我は無い身体の状態は万全なのに疲労感が半端なく、動けない状態になっている様だ。

 もしくは『精神的』な事が原因かもしれないが、考えても答えが出るわけでも無いのに、子供の頃からの癖でやる事も無く寝てるだけの様な状態だと無駄に色々考えてしまう。

 そういえば冒険者ライセンスを無くしたら、そのライセンスを使って受けた依頼が無かった事になる。なんて事は無いらしい。

 依頼関係が無駄骨にならないと分かって安心してたからか、何故かあの時は自然に「シノギ」なんて言葉が出て来た。

 あまりにも一般的でない単語で、こちらの世界に来てからも使った事の無い単語だと思うが。

 前世の俺はそんな言葉を良く使う存在だったのだろうか?前世の記憶は曖昧だからよく分からない。まぁ、どうでも良い。

 そんな事をグダグダ考えてるうちに意識を手放して寝てしまった。

 次、起きた時には隣には誰も居なかった。

 また気付いたら別の場所に移動してしまったのでは?と焦ったが窓の外に見える風景は寝る前に見たモノと同じで移動などしていないと確認出来て胸を撫で下ろした。

 身体は問題無く動く、節々の痛みや気怠さも無い感じだ。

 寝かされていた部屋から出て騒がしい方に向かうと以前に依頼を受けたギルドのホームに繋がっていた。


「あれ?トヒイ君、起きられましたか」


 声をかけて来たのは前に冒険者ライセンスを受け取った時に対応してくれた獣人だった。


「ハイ、一緒の部屋にいたノタイはどうしました」

「彼は昨日復帰されて出ていかれたじゃないですか?」

「昨日…」

「ええ、貴方も部屋を出るノタイさんに挨拶したんでしょ?」

「え?そンナ記憶無いンですけド?」

「ん??君が運び込まれて3日間経ちましたけど、ちょくちょく起きては寝てを繰り返してるって聞いてましたが…」

「3日間!」


 おかしい。確かにノタイとは話した記憶があるけど、部屋から出ていく時って感じでは無かった。

 それにちょくちょく「起きていた記憶」なんて無い。前に起きて気が付いたら3日経ってた感じなのに、その間に目を覚ましていた?


「寝ボケてたのカナ?よく覚えテ無いんデスが何カ変な事ヲ言っテませんデシたか?」

「いや特に聞いてませんよ。あ、でも“いつもと違う感じ”だったとか聞いたかな」


 あれ?コレって「夢遊病」ってやつか…。

 え?え?どゆこと??どう言う事だ???

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