第31話 ああなって、こうなった。

 ぼんやり光る境界戦妖を見て嫌な予感がした。

 何と無くだが自爆したエルフ達と同じ様に見える。


「まさかテメー!自爆するつもりか!!」

「最早、それぐらいしか俺に出来る事は無いからな。目的の何も達成出来ずに死ぬぐらいなら、獣供を出来るだけ巻き込んで一矢報いる事にする」

「はっ!上位種だ何だと偉そうな事言う割にはセコイ考えだな」

「業腹だがな。結果を残さなければ散った者たちも浮かばれんだろう?」

「ざっけんなよ!テメー等が人間爆弾にして散らしてった連中は、んな事したって浮かばれやしねーんだよ‼︎」

「は、元々“アレ等”は勘定に含まれる訳がなかろう?俺が言っているのはイジトス老や過去に散っていった同胞の事で道具など含まん」


 とことん感に触る連中だ。老人エルフもそうだったが、こいつ等の選民思想は鼻につく。


「それで言うならアレ等は我々に使用してもらえたのだ。はぁ、ふふ、それだけで報われている。浮かばせる必要など元から無い」

「ああ、そうかいクソ野郎…どうでもいいから死ぬなら1人で死ねや」

「死に場所ぐらいは選ばせてもらうさ」


 奴は自爆する事で獣人を大量に巻き添えにして死ぬつもりなのは確実、だがそんな事をさせる訳には行かない。だが問題が2つある。奴がどこを狙うのか分からない事と止める方法が無い事だ。

 どこを狙うかは、初期の目的達成の為なら王様だろうが、巻き添え人数を増やしたいなら居住区を狙うだろう。

 止める方法は、ショートソードがあればどうにかなる。だが今、手元にショートソードは無い。1本やヤツの腹に他3本は紛失中だ。だからとて素手で挑んでも境界に阻まれる可能性が高い。

 ダメ元で突っ込んでみるか?もしかしたら「瀕死の状態では」とか「何だか魔力が足りない」とかで境界が発生しない可能性だってあるかもしれない。

 だがそれで自爆が止められる訳でも無い。奴の自爆にどれだけの破壊力が有るかは分からないが、至近距離で自爆されたら防ぎ様が無い俺は確実に死ぬだろう。こんな所で死ぬのは御免だ。だが奴の思う通りになって誰かが死ぬのも気に食わない。


「テメーの死に場所なんざ何処でも良いが、誰にも迷惑かけねー様に誰もいない所で1人で寂しくこっそり死んでいけ」

「ソレは拒否する。そうだな、最後は獣王ごとあの城を吹き飛ばして「扉」を晒す事にしよう」

「トヒイ…。何を話している?人語はよく分からんが奴は王と城を狙っているのか?」


 意識を取り戻したイヨツがふらつきながら近いてきた。その横でイソホもいる。


「アア。アイツは自爆しテ、獣王ごと城モ吹き飛バスつもりラシい」

「何だと?今の奴が自爆魔法など使ったら王都丸ごと吹っ飛ぶぞ!」

「丸ごと⁉︎」


 手早く現状を理解してくれたイヨツが非常に危機的状況である事を告げてくれる。

 王都丸ごと消滅出来る大爆発ならそもそも逃げ場など無い。ってか何だよ!王都丸ごと消滅出来る威力って、そもそも逃げ場なんて無い状況じゃねーか。


「くソっ!!」

「どうした英雄?貴様等の勝ちだぞ?俺が死ねば最早ここで「扉」を奪還を遂行する面子はいなくなるだろう」

「わざわざ俺が戻って来るまで待っていたのだろう?俺が寝ている間に全てを終わらせる事も出来た筈なのにだ」

「分かるか英雄?最後は貴様に見届けて欲しかったんだ。貴様等が守ろうとした全てが俺の死によって砕かれる瞬間をそして貴様も死ぬ、その時を」


 またもやぐだぐだ話をしてくれてたのは時間潰しだったようだ。


「イヨツ!王都ガ吹っ飛ブってマジか?他ノ連中ハそんな威力無かッタぞ」

「自爆魔法は練り込んだオドの総量で威力が変わる。半妖人が体内で練られるオドと妖人の練られるオドの総量は段違いだ。それも「ルード」に接続する事で黒妖人化した彼奴のオド総量は計り知れん!戦った感触からほぼ無尽蔵にマナをオドに変換している…」


 都市1つを吹き飛ばす威力。城の大事な部分はきっと結界とかで防御されてるんだろうがそれ以外は全部吹き飛ぶ。それをしたって“何になる”訳でも無いが意趣返しとしては充分過ぎるだろう。

 最早射程範囲など考える必要は無い。起爆した段階で終わる。

 だが自爆が『魔法』ならば発動前に止める事が出来る。呪文を詠唱する事が出来ない様にするか、極爆魔法が爆発前に魔力の核の部分を潰せば打ち消せる様に体内の「核」を潰せればどうにかなる。

 確実性を考えるなら先に喉を潰して詠唱を拒ぐ事だろう。体内の核は何処にあるのかよく分からないから狙う事が難しい。

 と言うか、どちらにしろ「武器」が無いとどうしようも無い。境界を破る為にはショートソードが絶対欲しい。

 悟られない様に意識しながら落としたショートソードを探すが見当たらなかった。

 無い物ねだりをしても仕方がない。ならば有る物で対応する他ない。所在が明確なのは境界戦妖の腹に突き刺さってるショートソードだ。


「イヨツ、イソホ、アイツを止メルには腹に刺さっテるショートソードで爆発前ニぶっタ斬ルしか無イ。アイツの足止メ出来ルカ?」

「ああ」

「やるしかないね…」


 言うや否や3人で飛び掛かる。獣性強化したイヨツとイソホの攻撃は当然、境界に阻まれる。だが境界面はショートソード持ち手の内側に張られている様なので掴めればどうにかなりそうだ。

 獣人2人の怒涛の攻撃で足止めされてる隙にショートソードを手を伸ばす。


「ダバデギンガラ」


 バヂンと目の前で稲妻が閃く。

 しくじったっと思った瞬間にはイヨツに首根っこ掴まれて高速離脱をしていた。


「何だ?今度はデギンガラ対策は無しか?貴様の事だ何らかの手口があるのかと思ったが?」


 稲妻を撃たれる事は全く頭に無かった。

 ついさっきまで当たり前に使われてたのに別の事で頭がいっぱいで視野が狭くなっていたようだ。

 近づいたら老人エルフも使っていた広範囲無差別放出型の稲妻魔法が放たれる。少ない経験上、魔法に指向性を付けるのには単純に腕や武器を発射方向や着弾点に向ける傾向が有る。

 だが無差別広範囲放出型は指向性など無いのだから呪文を唱えるだけで良い。腕が有ろうと無かろうと使える訳だ。

 だがコレでうつ手が無くなった。近づけは稲妻魔法を撃たれ、近づかなければ自爆魔法で詰みだ。

 衝撃波の魔法を防いだ様に人で壁を作れば稲妻は突破出来るか?出来るかも知れないが電気の性質上範囲内貫通して感電しそうだ。しかも今の境界戦妖はどうやら無尽蔵に魔力を扱えるっぽい。威力も持続時間も老人エルフと同じと考えるのは良くないのかもしれない。


「トヒイ、最早、手段は1つしかない」

「何カ手ガあるのノカ?」

「奴の自爆が魔法なら呪文の詠唱がある筈だ。その詠唱が始まって終わる迄の瞬間にアイツを殺すしか無い」

「マジか…」


 確かに「魔法」だったら呪文の詠唱がある。1つの魔法詠唱中に同時に別魔法の詠唱は物理的に無理だから道理は通る。コンマ数秒の戦いになるだろうが可能性は有る。

 問題は「魔法」では無かった時だ。魔法を呪文詠唱以外の方法で再現した『魔術』だった場合は発動方法は呪文詠唱では無い可能性が高い。発動迄の隙をつく事すら出来ずに自爆されてしまう。

 実際、俺が見たエルフ達は別に呪文を唱えてる感じは無かった。アレが魔術だったのか、それとも第三者が魔法で強制的に自爆させてたのかは分からない。

 ただ、クズなコイツらなら魔法で自爆させてたってのは充分考えられる。


「かはっはぁ、はぁ。これ以上、邪魔されるのも面倒だな」


 境界戦妖がふわりと浮かぶ。スーと垂直に上がって行く。


「飛べんのかよ!」

「まさか、飛翔魔法まで使えるとは…」

「ん?勘違いするな。この機能は元々付いている身体能力の一種だ。この世界では力の巡回が上手くいかず使えなかったが、この世界に適応した今なら問題なく使える」


 境界戦妖の背中からジェット噴射の様に「何か」が吹き出して空を飛んでいる。

 高さ的に俺じゃ強化した足でも届かない距離まで上がってしまった。

 しかもアレは魔法では無く身体機能だと言う。つまりあの状況で自爆魔法を使うのに問題は無いのだろう。

 俺ではもう届かない。イヨツやイソホに手伝ってもらって高くジャンプしたとしてもその後が続かないし詠唱中に間に合わないだろう。

 せめて武器が有れば、ショートソードを元から持っていれば、まだ可能性はある。

 腹に刺さっているショートソードを掴んでから斬るという工程を飛ばして攻撃出来る分だけ可能性は上がる筈だ。

 武器さえ、武器さえ有れば!

 境界戦妖を見上げて少し動いた足にカツンと何かが当たる。何だと思って確認したら“落としたショートソードがそこにあった。”

 まさかの『奇跡』的に首根っこ掴まれて避難した先に落としたショートソードがあった。


「イヨツ!俺ヲアイツにぶツけてクレ!ソレしか無イ」


 ショートソードを拾って魔力を流す。後はただ境界戦妖に突っ込んでブッ刺すしか無い。

 一か八かの勝負!失敗したら全てが終わる。何もしなくても全てが終わる。ならばやれる事は全てやる。

 偶然湧いて出たチャンスをモノにするしか生きる道は無い。


「イヨツ!」

「行け!トヒイ!!」


 獣性強化されたイヨツの全力で放り投げられる。息も出来ないスピードで境界戦妖に迫る。

 だが奴はスラリと体を射線からずらして避けた。

 すれ違う俺と境界戦妖の目が合う。奴は俺を嘲笑っていた。

 動かせるだけ動いてすれ違い様にショートソードを振り抜くがソレも簡単に避けられる。


「どうした?表情が堅いな。笑えてないぞ?」

「ぐっ…!!」


 イヨツ達もどうにかしようと動いている様だが高さが足りない。いくら獣性強化されたイヨツの全開ジャンプでも届かない高さまで達していた。


「さて終わりにしようか…」


 境界戦妖がふわりと城方面に方向転換して飛び去る体制に入った。

 このままでは何も出来ないままに全てが終わる。空中で靴裏の魔法陣で体の向きを変えても奴まで届かないだろう。今できる精一杯の抵抗として、手持ちのショートソードを投げつける事しかできなかった。

 手元を離れたショートソードが境界を越えられるのか?そもそも届くのか?そんな事すら考えずただ、がむしゃらに武器を放った。

 だがそんなヤケクソな攻撃が通じるわけもなく境界戦妖はショートソードの射線から体をずらす事で避けようとしている。

 分かってはいたが悔しい。当たらないと分かっていても「当たれ」と願わずにはいられなかった。


 ちきしょう!当たれ、当たれよ…。


 突然、身体からショートソードを放った腕に魔力が急激に流れるのを感じる。

 何が起きたのか理解出来なかったが徹甲を通して魔力がショートソードに伝わって行くのが分かった。

 そして魔力で繋がったショートソードが“向きを変える”。明らかに外れた方向に飛んでいく筈だったショートソードは境界戦妖の方に向きを変え、更には加速して突っ込んでいくった。

 ショートソードの突然の方向転換に対応出来なかった境界戦妖は胸を背中から貫かれた。


「ぐぁっ!!なん…だと!」


 境界戦妖は吐血しながらも自らの胸元を確認する。避けた筈のショートソードが何故か自分の胸から突き出ていた。

 状況を理解出来ず困惑してショートソードを飛ばして来ただろう人の子の方を向いた。

 人の子は笑っていた。


 俺は直感的に徹甲を通す事でショートソードを遠隔操作出来た事を理解する。同時に落として無くしたもう2本のショートソードを呼び寄せる。

 ボフンと若干間抜けな音がしたと思ったら埋もれてたショートソード2本が手元まで飛んで戻ってきた。

 落下中の俺はショートソードを掴むとソレを更に境界戦妖に向けて射出、今度は「狙い」を定める。当てるだけじゃ無くどの部位に当てるかを明確に意識した。

 【頭】と【腹】

 人型生命体の頭なら、ほぼ確定的に最重要器官である「脳味噌」ある。コレを潰されて生きていられるとは思えない。

 腹の下腹部辺りには体内での魔力循環の要になる「魔蔵器官」がある。エルフが人と同じかは分からないが、そこに魔力の根幹を司る器官あるなら潰しておくべきだ。

 境界戦妖は胸にショートソードが刺さって吐血した結果、喉が詰まって声が出ていない。今なら自爆魔法を唱えられる前に確実にトドメをさせる。

 手元に戻って来たショートソード2本を全力投擲、その時点では境界戦妖に向けて投げただけ、その後に魔力に思考を乗せるイメージで狙いを定める。するとショートソードが空中で絶妙に方向を変えて境界戦妖に迫っていった。


「刺されぇぇぇ!!!」


 操作されたショートソードは境界戦妖の守る為に貼られた「境界」を貫通し頭と腹に鋭く突き刺さった。


「あ、がぁ、あ」


 4本のショートソードが刺さった境界戦妖は呆気なく落下していった。どうやら死ぬと同時に大爆発の様な事には、ならなかったので安心する。


「ざまぁみろ、クソ野郎」


 さて、落下してるのは境界戦妖だけでは無い。推定100メートル以上の高さから落下してる俺は、強化細胞のおかげで多分死なないだろうが、大地に叩きつけられる事なるのでめっちゃくちゃ痛そうだ。きっと受け身なんて意味をなさないだろう。寧ろ落ち方次第では死ぬかも知れない。

 だがその考えは杞憂だった。


「トヒイ!」


 イソホが落下地点まで来てくれていた。

 落ちて来た俺を軽く受け止めて下ろしてくれた。


「ありガト、イソホ」

「ああ、問題ない。奴は死んだのか?」

「多分死んダ。アレで生きてタラ…ダークエルフってアレぐらいやっタラ死ぬよナ?死んでクレてるよネ?」

「分からん。まぁ、イヨツが確認しにいった」


 イヨツが境界戦妖を見下ろす。両腕を失い、急所を4箇所貫かれた状態で大地に叩きつけられたは黒妖人ダークエルフは人としての形を成していない。見るも無惨な状態になっていた。

 一応、本当に死んでいるかキッチリ調べ、確実に死亡している事を確認する。


「これまで獣人を苦しめた男も、こうにもなれば流石に死ぬのだな…」


 獣人の国の存亡を賭けた戦いは境界戦妖の死亡で終結となった。

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