第30話 なんなんだ。

 境界戦妖の肌の色が燻んだ茶色に染まって行く。

 その姿は確かにファンタジー作品でよく現れる『ダークエルフ』と呼ばられる存在に見えた。

 境界戦妖の身体が染まるのに比例する様に威圧感が増していくのを肌で感じる。


「ふふふ、どうした?『堕ちる』のを見るのは初めてか?」

「おチル?」

「貴様が黒妖人ダークエルフになるとは…」

「獣人の英雄と奇怪な子供を相手にするなら此方も覚悟が必要だろう?お前達を殺した後に獣王達も相手にしなくてはならないしな」

「貴様らにとって黒妖人ダークエルフは唾棄すべき存在だったと思っていたんだかな…」

「ん?あぁ、そうだな。我らは主によって造られた完成された存在だ。根本がこの世界の生命体とは違う。それを『この世界の環境』に適応させて効率化を図った姿がコレだ。低次元なこの世界に合わせて身体構造を変える行為は、主に与えられた身体を汚す行為に変わりない。そんな事を望む者など我々にいる訳がなかろう?」

「そうか…」


 なんだかよく分からないが“き・な・臭・い・ワ・ー・ド・がポンポン飛び出してきた。あやふやながら前世の記憶にあるエルフとは印象が違う感じだ。

 それとも俺が知らないだけでエルフとは元々こう言う生き物だったのだろうか?まぁどうでも良い。


「だが、この状況下ではそんな事を言っている場合では無い。自らを貶めてでも成さねばならない事がある」

「忌み嫌っている黒妖人となってでも事を成すと言うわけか」

「そうだ英雄。この様な存在と堕ちようとも貴様を殺し、そこの小僧を殺し、あの王を殺して獣を全てを殺す。そして全てを取り戻す。その為に」

「そんな事はさせん。叶わぬ願いを抱いて死ね」


 ゾワリと背筋に冷たい汗が流れる。イヨツと境界戦妖の迫力が増していくようだ。

 一歩踏み出す境界戦妖に押される様に一歩下がってしまう。


「ほう?今度は『威圧』の効果が出ているのかな?笑顔が無いぞ。小僧?」


 流石に“怖い”と感じていた。境界戦妖やイヨツから放たれている殺気がハッキリと分かり、自分が怖気付いているのが分かる。


「はは、流石ニナ…」

「トヒイ、奴に呑まれている様なら引け!お前を守ってやれる程の余裕は無い」

「分かッタ」

「逃す訳が無かろう」


 イヨツが少しコチラに意識を向けた瞬間に境界戦妖が俺に攻撃を仕掛けてきた。ダークエルフになったからか、さっきまでとはスピードが違う。まるで獣人の様な動きでイヨツをすり抜けて迫ってくる。

 しかし反撃しようとも身体が上手く動かなかった。だがコレが「威圧」の結果なら…。

 迫り来る境界戦妖と自分の間に閃光が煌めく。


「なっ!」


 威圧で怖気付いていると気付いた段階で逃げる為に閃光弾を握り込んでいた。

 ジジイのノートによって「威圧」の対処を知った時から“いざと言う時”の為に反復練習を繰り返していたのが功を奏した。


「イヨツ!」


 閃光弾を炸裂させたのは良いが自分も閃光を見てしまい視界を失う。だが境界戦妖からの威圧が無くなり体が軽くなるのも感じた。

 早急に足に身体強化を施し後方に飛び出す。同時に前方でごたつく音だけが聞こえてきた。

 多分、イヨツの反応速度的に閃光弾を見てしまい視界がやられてる可能性が高いが、獣人は人族やエルフとは違って“鼻が効く”見えなくても匂いでどうにか出来る事を知っている。

 故に境界戦妖はイヨツによって押さえつけられのだろう。

 全力でバック走をした結果、何かに躓いて思いっきり転がって壁にぶつかって逆さまの状態で止まった。

 自分の力で転んで壁にぶつかったダメージは中々に大きかったが、境界線妖の攻撃をまともに受けていたら即死していた可能性が高い。久々にジジイの残してくれた知識に感謝した。

 詳しくは載って無かったが「威圧」は魔力にのって放たれる『簡易な幻惑魔法』の様なモノらしい。

 故にソレは単なる気迫や気合いとは違う。同じく魔力をどうにかする事で対処も出来るらしいが、その方法は俺には無理だと書かれていた。

 故に対処法として提示されていたのが「確実に起こせる1つの行動を[身体]に覚えさせる」と言うモノだった。

 無意識に身体が勝手に動くレベルで覚えさせる事で、どんな状況化でも一定の動きが出来る様にしていた。

 老人エルフの稲妻魔法に対処の為に咄嗟に杭を投げられたのも、コレの恩恵だと言える。

 身体を回復させつつ体制を立て直し、回復してきた目で音が聞こえる方をみると、衝撃的な戦闘が行われていた。


「はは、まるで漫画だな」


 さっきまでは、イヨツの動きにカウンターで返していた境界戦妖がイヨツと同様の動きで互角以上の戦闘を繰り広げていた。


「元から割って入れるとは思って無かったが、こりゃいよいよ、無理か…」


 自分に残された武器はショートソード2本と投げ杭が1本だけ。実は閃光弾の他にも簡易型の炸裂弾なんかも作っていたが、境界戦妖の極爆魔法を食らった時に殆ど無くしてしまっていた。

 むしろ腰にぶら下げていた袋が残っていたのが奇跡的だったと思う。

 そして冒険者ライセンスも無くしている事に気づいた。取得して数日で無くす事になるとは…。再発行はできるだろうか?

 そんな事を考えながらも辺りを見回す。王様達は無事な様で守りを固めてる。他のエルフ達もこの場に現れそうな様子は無い。どうやら本当に境界戦妖以外は全滅したのかも知れない。

 イソホやノイタは大丈夫だろうか?潜伏していたエルフ達をバラバラに対処していたせいでヤツ達が自爆した後にどうなったのか分からない。

 全員、エルフが自爆する可能性を念頭において対処していた筈だが、何事も思った通りには行かない。

 後はもう見守るだけだけしかできそうになかった。

 だが改めてイヨツ達の戦いを見たら状況が変わっていた。さっきまで互角に見えていたが、いつの間にかイヨツが押されている様に見える。

 明らかに劣勢になっていくイヨツを見る王様達もどよめき出していた。イヨツを殺されたら境界戦妖を止められる様な人材が王様周りにはいないからだろう。近衞と言われる連中ですらパワーアップする前の境界戦妖に勝ててない。王様自体は動揺している様子は無いが周りは慌てふためいていた。

 かと言って俺も王様周りも2人の戦闘に手を出す事が出来ない。近接の場合は動きについて行く事が出来ないだろうから、何かをする前に殺されて終了。遠距離の場合は投射武器や魔法による攻撃になるだろうが「境界」による防御は越えられない、下手すればイヨツを巻き込むだけでマイナスしか産まない。


「おいおい、大丈夫かよ…。イヨツ」


 ダークエルフになる事が、どう言う事なのか分からないがイヨツの獣性強化を凌ぐ力を手に入れている。

 イヨツは獣人の中で1番強いと聞いた。それを信じるなら「個」の実力で境界戦妖を止められる存在はいないと言う事になる。

 境界戦妖なら1人でも王都の殲滅なんて極爆魔法を振り撒くだけで簡単に出来るだろう。

 止められるとしたら以前、見た事のある『勇者』ぐらいなんじゃなかろうか?

 俺では到底無理だ。

 それでもどうにか出来ないか、頭をフル回転させるが根本的に戦闘力が違いすぎてどうしようも無い。

 ドカンっと側にイヨツが吹き飛ばされて来た。更に追い討ちで極爆魔法が放たれた。咄嗟に動線に入り極爆魔法の光球を斬り掻き消す。


「やはりお前は厄介だな」

「そりゃどーも…。アンタも「この言葉」で話せるのか?」

「ウツウヨキ語か?問題無いな。この世界の言語は大体使用できる」

「さすが、エルフ様は優秀でらっしゃる…」

「根本がこの世界の生物とは違うのだ、仕方があるまい。むしろ、俺から見ればお前の方が異端に見える。他の獣人や人族と比べて非常に優秀な生命体だと思うが“非常に歪”な存在だ」

「唯の人族の子供だよ」

「唯の人の子は獣人に混ざりエルフと渡り合ったりは出来んし、首を斬られて生きている事などあり得ん」

「ちょっとばかしマッドサイエンティストに改造されたんで」

「改造…か。成る程、貴様も我々同様に『造られた存在』と言うわけか」

「つくられた?」

「そうだ。我々は主により作り出された【完成された生命体】だ」

「完成された生命体だぁ?」


 老人エルフ同様に非常に胡散臭い事を言い始めた。なんだか前世からの記憶にあるエルフとは齟齬が酷い気がする。まぁ、記憶自体が曖昧だから思い違いなのかも?

やっぱりどうでも良い。


「さて。どうだ時間稼ぎは充分か?」


 やはり、バレていた。老人エルフがそうした様に会話をする事で時間を稼ごうとしたのだが、俺が分かった様に境界戦妖も分かって会話に付き合っていた様だ。

 いまだ。吹き飛ばされて来たイヨツは意識を失ってグッタリとしている。境界戦妖とまともに戦えるのはイヨツだけだ。だからどうにか時間を引き延ばしてイヨツが起きてくれるのを期待したが、そうは行かせてくれない様だ。


「イヨツ!さっさと起きてくれ!アンタじゃなきゃコイツは無理だ」


 デカい声で叫ぶがイヨツが反応している様子は無い。

 境界戦妖が短剣を構えて無造作に近づいてくる。さっき対峙した時と同じだが状況はさっきより悪い。

 身体自体は攻撃魔法をくらったりしてないし、強化細胞が活性化してるのか体調は良好ですらある。だが一度途絶えてしまった極限レベルの集中力は戻っていない。今のままではダークエルフとなりパワーアップした境界戦妖の攻撃を捉える事は出来ないだろう。

 境界戦妖が動いたが最後。多分、俺は死ぬ。


「ほう、先ほどの横槍と良い。巡りがいい様だな」

「あ?何いってんだ?」黒妖人ダークエルフ

「さっきは冒険者や兵士だったが今度は『双璧』が来るか」

「ああ、我らが英雄が“こんな事”にならなきゃ出てくるつもりは無かったがな…」


 背後から聞こえて来たのはギルド長のシウの声だった。


「トヒイ、大丈夫か?アレは境界戦妖か?」


 ザッと斜め前にイソホが俺を庇う様な形で現れた。


「アア、境界戦妖デ間違いナイ」

「そうか…だったのか…」

「おい、獣の雌。ふざけた事を言うな。この穢れた姿を本来の姿だと?屈辱にも程がある!リバスデキンカラ」

「イソホ!!」


 咄嗟にショートソードを投げ、イソホを横合いに跳ね退けさせる。

 境界戦妖の放った魔法はとんでもない閃光の稲妻だったが、老人エルフの稲妻魔法と同じ対処でどうにかする事が出来た。

 偶然にも咄嗟の反応出来たのは老人エルフとのやりとりがあったからだろう。

 更にバックステップで境界戦妖から距離を取ると横合いを「何か」が通り過ぎる。


「ごおおおう」


 シウが弾丸の様な速度で突撃していく。闘牛の様に突き出したツノが境界戦妖に突き刺さる。どんだけの質量の物体が激突したのかと困惑するぐらいの音と振動が響いたが「境界」によって阻まれていた。


「無駄な事を…デギンカラ」


 境界戦妖がシウの頭を掴んで電撃魔法を放つった。俺にもやった直接電撃を叩き込む魔法だ。

 シウには悪いがこのチャンスを逃すわけにはいかない。境界戦妖の意識がシウに向いているこの瞬間に全てを賭ける。


「イソホ!」


 手持ちの最後の鉄杭を全力投擲、鉄杭は境界戦妖の顔の前で境界によって阻まれるが横合いから獣性強化で全力疾走してきたイソホに対する反応が遅れる。

 普通なら境界に阻まれてイソホの攻撃は届かない。だが境界も完璧では無い。境界は攻撃に対して自動発動する結界でソレは名前の通り境界線の外側からの攻撃を完全に拒絶する絶対的防御だ。

 しかし境界戦妖に攻撃が届かない訳では無い。

 張られた境界自体は動かせない。どの様に境界が張られているのかは不明だが壁の様に垂直に張られているのなら、現状は顔の前あたりから境界が発生している筈。つまりシウの頭を掴んでいた腕は境界の外側に突き出されてる状態になっている。

 そこに境界戦妖が腕を境界内に戻す前にイソホが間に合った。強化された強靭な爪がガシュリと生々しい音を立てて境界戦妖の腕を千切った。


「がぁぁぁぁ!!」


 境界の弱点は激しい動きの中で境界を発動すると動きに対して境界が付いて来ない為に”はみ出てしまう部分”が無防備になる事と境界が自動展開の為、張られる部分を任意で操作出来ない事。“攻撃と判断されない場合”は境界が発動しない場合があるという事だ。

 イヨツやイソホの攻撃が通った理由が前者。俺が境界戦妖の腕を掴めた理由が後者だろう。この認識が正しいかどうかは分からなかったが、はみ出た部分が弱点というのは以前から予測されていた為、イソホ達は戦闘シュミレーションも行っていた。咄嗟だったがそれがいきた。


「死ねやぁぁ!!」


 腕を千切られた境界戦妖に追い討ちを掛けるべく斬りかかるが、境界戦妖は動揺する事無く迫る俺を目で捉え、千切れかけた腕を叩きつける形で対応してきた。

 左腕で防御しつつショートソードを突き出して脇腹に突き刺す事に成功はしたが、腕をぶつけられた衝撃でショートソードを手放してしまう。

 遠心力とぶつかった衝撃で完全に腕は千切れた様だが同時に距離を取られる。その際に突き刺さったショートソード事持っていかれてしまった。


「流石に終わりだな…」

「かはっ、まさかここまで追い詰められるとは…な」


 明らかな致命傷だが何を仕込んでいるか分からない境界戦妖を相手に武器無しで真正面から攻めても上手く行くとは思えない。警戒しつつジリジリと間合いを詰める。


「小僧、やはり貴様は先に潰しておくべきだった…。貴様さえいなければこんな事にはならなかったな……」

「そうかい、そりゃ悪かったな」

「貴様は『何者』なのだ?人族でありながら獣と共にあり、大人になりきれていない小人でありながら、我らと渡り合う戦闘力を持つ…。かつ、人のソレを超えた生命力…。おおよそ人の範疇に収まらん。改造されたとか言っていたな?貴様は「人」なのか?」

「人間離れしちゃぁいるけどよ。お前らよりかは「人」だと思ってるよ」

「フフフ、自分では「人」だと思っているか…。滑稽だな。哀れな存在だ」

「あぁ?」

「トヒイ聞くな!戯言に耳を貸す必要などない!」

「獣の雌、無勢が囀るな…。かはっ、はぁはぁ。トヒイと言うのか貴様は?」

「そうだよ。トヒイ=ナエサだ」

「最後だ。俺も名も覚えておけ『スボトス=リロテ』だ…。っは、は、トヒイよ。貴様は何者でも無い。このままでは何者にもなれん。貴様は“アレ等”と変わらん。この世界にとってお前は“異物”だ」

「異物…」

「ああぁ。貴様はアレ等と同じ。この世界にとって『半端な何か』にすぎん。異物であり異端だ」

「半端者ねぇ。良いんじゃねぇの?テメーらみたいなクソ野郎供より幾分マシだろうさ」


 息も絶え絶えになっている境界戦妖がスッとバックステップをする様に離れた。


「さて、俺の終わりも近い。コレは最後の締めだ。邪魔してくれるなよ」


 すると境界戦妖の体がぼんやり光出した。

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