第28話 頑張る子供。

 ここから逃げ出す訳には行かない。境界戦妖は俺の力だけでは倒せない。

 だが“倒せる者”はいる。イヨツが、獣人の英雄だけが境界戦妖を潰す事ができる。


「だカラ行かなイトな。助ケテくれタ事には本当ニ感謝してマス。薬ノ補填もチャンとしマスので」

「回復薬の件は是非ともお願いしたい。アレは結構、高価な品物だったから」

「ハイ!ではココらデ」


 10人近い近衛兵達が獣性強化まで使って対応しているにも関わらず片腕の境界戦妖相手に決め手を欠いていた。

 その奥ではイヨツといつの間にか参戦していたシンセが老人エルフ相手に激戦を繰り広げている。

 他の2人も心配だが、今はそこまで気を回している余裕は無い。

 老人エルフも百戦錬磨の魔法使いなのだろう。英雄とバトルジャンキーを相手に一歩も引いてない。此方も決め手に欠いている様子だ。

 『境界』程では無いが常時結界魔法で身を守りつつ攻撃魔法で翻弄している感じだ。

 獣性強化を使ってるにも関わらず老人エルフを抜き去って境界戦妖に迫る事が出来ずにいる様だった。

 その膠着した状況を変える為に老人エルフを俺が引き受ける為に、腰に残したもう2本のショートソードを抜き老人エルフに特攻を仕掛ける。

 そんな俺に気付いた老人エルフと目が合った。


「まさか!スボトスが取り逃がすなどと。レピーターアム」


 老人エルフを中心に目に見えない衝撃波が広がり俺とシンセが吹き飛ばされる。イヨツは衝撃波からは逃れたが、足に赤く光るロープの様な何かに絡みとられており上手く動けない様子だ。


「シンセ!大丈夫カ!」

「トヒイ!あぁ、あったり前だろ!」

「おお、それハ良かッタ。イヨツも大丈夫カ」

「ああ、こちらこそ境界相手に援護も出来ず。すまん」

「そんな事は良いよ。でも足のそれ」

「うむ。束縛の魔法か何かで離れられん。斬れるか?」

「やってみる」

「やらせる訳なかろう?レピーター」


 イヨツの足に絡み付く赤く光るロープ状の何かは魔具か魔法らしく、そのまま老人エルフの手元と繋がっていた。

 ロープをぶった斬ろう近づいたところに衝撃波を放たれる。衝撃波も魔法ならばと斬れるかもしれないと斬りつけようとするも衝撃として向かってくる“透明の力場”を見切る事も避ける事も出来ずに吹き飛ばされた。

 体制を立て直そうとするも二撃、三撃と追い討ちが飛んできて建物内まで押し込まれる。

 イヨツも俺の方に向かおうとしてくれたが、グイっと赤く光るロープによって引っ張られ引き離された。

 あのロープは束縛するだけでは無く、束縛者を弱体化する効果もあるようでイヨツが振り回されていた。


「ざけやがって…」

「お前等に勝ち目など無い」

「は!テメーだって勝てねーだろうがよぉ!」

「わしは勝つ必要など無い。獣の英雄を釘付けにするしておれば、後はスボト…お前等の言う境界戦妖が目的を果たす。見ろ、獣の騎士共では相手にならん」


 瓦礫を退けて出てきた俺はチラリと境界戦妖の方を見る。十数人居たはずの近衛兵は5人まで数を減らされていた。

 近衛兵が弱い訳では無いだろう。やはり境界戦妖が強すぎる。


「お前達はわしとここに居れば良い」

「ソウ言う訳ニモ行かナイんでなァ!」


 ロープを狙っても遠ざけられるなら直接老人エルフを狙った方が良いと狙いを変えて直進する。下手にフェイトをかけても全方位の衝撃波にやられるだけなので速さで真っ向勝負に出る。

 当たり前に衝撃波が飛んでくるが正面からと分かっていれば滑稽な動きではあるがガムシャラにショートソードを振り回す事で対処も出来る。

 実際に放たれた衝撃波の魔法を切り裂く事に成功する。衝撃波の威力を消し切る事は出来てないが吹き飛ばされる程の威力は無くなってくれた。

 後は老人エルフまで辿り着いて結界ごとぶった斬るだけだ。と老人エルフを見据えると嘲笑う表情が見て取れる。


「ダバデギンガラ」


 境界戦妖にも撃たれた電撃魔法を老人エルフも撃ってきた。放たれた稲妻は強化された身体の反射を軽く超える。俺は再び電撃に貫かれ更に衝撃波の魔法で追い討ちを食らわされ再び吹き飛ばされた。


「この魔法を“あやつ”に教えたのはわしじゃからの」

 吹き飛ばされた先にはシンセが待ち構えており、俺を受け止めてくれた。


「おい!トヒイ!大丈夫か!!」

「あ、アア。大丈夫ダ…」


 正直なところ電撃をまともに受けて「大丈夫」な訳が無い。しかし今回は偶然にも今までよりも軽症?で済んだ。直撃した部分の皮膚は焼け内部もかなりダメージを受けたが、意識が飛ぶ事は無かった。コレは俺の身体が電撃に慣れて耐えられる様になった訳では無いだろう。

 電撃魔法が唱えられた際はちょうど左手に握られたショートソードで斬りかかろうしていた時であり。右手のショートソードがその前に振り切って地面に刺さっている様な状態だった。

 多分、左手に持ったショートソードが避雷針の効果を発揮し右手のショートソードがアースの効果を発揮した為。ダメージを最低限で防げたのかもしれない。

 老人エルフに直接攻撃に行っても電撃魔法で返り討ち、光のロープを狙っても上手く横ばいから衝撃波を打ち込まれて上手く気がしない。

 さて、どうするか。


「トヒイ、オレが盾になる。だから親父のロープを斬ってくんねーか?」

「盾に?」

「あー、あのビリビリ魔法は近づかねーと撃ってこねー。それに威力の高けー魔法は、なんか見えねー壁をぶつけてくる魔法だけみてーだ。アレは貫通しねーみてーだからよ。オレが盾になれば!トヒイにゃ当たんねーだろ」


 実に単純で男らしい作戦を提示された。

 確かに衝撃波は放出型の魔法に思える。老人エルフと俺の間に障害物が有れば直撃は避けられそうだとは思っていたが。


「そンナ事させラレる訳ないダロ!」

「うっせぇ!それしかねーだろ!親父しかあっちのバケモンは止められねーよ!こんなヤツに関わってる場合じゃねーんだ!」

「分かっテル!でもアレをマトもに受ケ続ケルなんテ!」

「だー!うっせぇ!うっせぇ!!んなもん考えたってどうしようもねーんだ!オレはやる!だからトヒイはさっさと親父のロープを斬れってんだぁぁ!」


 正直、ぐうの音も出ない。咄嗟にもっと良い手も浮かばない。しかし、だからと言ってシンセを生贄に捧げる様なやり方は…


「グダグダ考えてんじゃねぇ!やるしかねーんだ!」


 ちくしょう。カッコいいじゃねーかよ。


「分かっタ。やっテヤる」

「おお、任せたぜ」

「おや?作戦会議は終了かい?」

「ソウだよ!」


 俺は光るロープに向かって猛ダッシュ、老人エルフは当然ロープを遠ざけるがロープの動きより強化されてる俺の足の方が圧倒的に早い。そしてそれは老人エルフも分かっている。故に狙いを絞って魔法を放てる。


「させっかよぉぉぉ」


 放たれた衝撃波の魔法の前にシンセが飛び込み衝撃波を受け止める。更に吹き飛ばされて俺に当たらない様に踏ん張っている。


「くだらん」


 ロープに斬りかかるも後一歩のところで遠ざけられる。更に追撃の衝撃波放つもシンセが割り込む、獣性強化を使用して無理矢理に耐える。

 グチャとシンセの身体から普通なら鳴らない鳴ってはいけない音が聞こえてくる。


「シンセ!」

「ゔっせぇぇ…気に…してんなっ!」


 シンセは既に限界だ。だがロープに追いつけない。ロープの先のイヨツも俺に斬らせようと行動を起こしているが、老人エルフはソレごと去なす様にロープを巧みに操作して近づかせない。

 その中で分かった事は赤く光るロープは動かす時に普通のロープの様に手に握って腕を振って操る事。反対の腕は結界を維持する為か全く動かない事。そして指向性のある攻撃魔法を放つ時は、ロープを離して放つ方向に腕を向ける為に同時にロープは操れない。

 だがそれが分かったといえどうするか…。シンセは限界だ。後一撃ですら受けられるか分からない。チャンスは1回、失敗は許されない。

 老人エルフが衝撃波を放つ瞬間、ロープから手を離すその瞬間の隙をつくしかない。でもどうやって隙をつく、どうやって隙を…。

 

「隙が無いなら“作れば良い”…」


 昨日作った『コレ』ならどうにか出来るかもしれない。

 腰で爆発に耐えた小袋の中からソレを取り出して握りしめ、ショートソードを1本だけ握り、光るロープを目掛け一直線に駆け出す。


「まだやるか、ならば」


 老人エルフが光るロープを高い位置に上げた。

 理由は分かる。あの位置のロープを斬るには高くジャンプする必要がある。必然的に空中では身動きが取れないから衝撃波を避ける事が出来ないと考えたからだろう。まぁ、俺は靴の裏の魔法陣を発動させれば動けるが…

 だが盾になってくれるシンセは別だ。空中に放たれる衝撃波から俺を守る為に跳ぶ、だが踏ん張れる地上が無いから吹き飛ばされて衝撃波と共に俺にまで来る。

 そこまでは分かる。アイツの考えは読める。ここで靴の魔法陣を発動させてもロープを斬れるかどうかは老人エルフ反応次第、下手したら届かない。だから確実に手を止めさせる必要がある。

 その為に、この瞬間を逃しはしない。

 シンセを受け止めると同時に老人エルフに機能作った物を投擲の要領で顔面に向けて投げつける。

 今の老人エルフは何が来てもそれ自体は気にしない。境界戦妖と一緒だ、結界が異物を防ぐ事が分かっているからそれ自体には反応しない。

 無意味と分かっていても一瞬でも目で追うだろう。流石にその程度では隙にならない。だがそれで充分、その一瞬が隙に繋がる。

 俺が投げたのは【閃光爆弾】昨日作ったもしかしたら使える可能性がある道具の1つ。そして無防備に目の前で炸裂する閃光を直視した老人エルフはショック症状で身がすくむ。それで隙が出来る。

 目潰しされ身がすくみ、光るロープの操作が一瞬でも遅れれば届く。足裏の魔法陣を起動させ空中で再加速、ショートソードに魔力を通して赤く光るロープを斬る。バビョンとなんとも間抜けな音を響かせてロープは斬れた。


「やってくれるわ!こんな小細工まで用意しとるとわな」

「お前ラ相手ニ実力だケデ対抗出来ルって思ウほど自惚れチャいなイサ。出来る事ハ全てヤッたってだケだ!」

「小賢しい小僧めが」

「シンセ!大丈夫か?生きてるか?」


 グッタリしているシンセに声をかけるも一切反応が返ってこない。一撃でモンスターを吹き飛ばして殺す威力の衝撃波を“まとも”に3発も受け止めたのだ。いくら身体能力の高い獣人でも耐えられる訳が無い。しかもシンセはまだ子供だ。

 老人エルフから目を離さない様にしつつシンセを引きずって離れようとしてたらフワッとシンセごと抱えられとんでもないスピードで建物の影まで運ばれた。


「イヨツ!回復薬トカ持ってないカ?シンセがやバイ!!」

「分かってる。だが、シンセも覚悟の上だ。お前が必要以上に気にする必要は無い」


 光るロープの束縛から自由になったイヨツが俺たちを抱えて安全そうな場所に運んでくれた。

 イヨツはグッタリしているシンセの口の中に回復薬と思われる物を捩じ込む。かけたり飲むタイプの回復薬は無かった様だ。


「他ノ2人ハ?」

「分からん。そっちも気にしなくていい」


 状況はあまり芳しくなさそうだ。一般人の被害は極力防げたとは思うが、こちらの被害は大きい。


「イヨツは、境界戦妖ノ方に向かってクレ!」

「ああ、あのエルフを対処したら向かう」

「アイツは俺がヤル。イヨツは直グニ境界戦妖んトコ向かってクレ!」

「トヒイ、お前に出来るのか?」

「ヤるさ」

「……分かった。境界戦妖は俺がやる。あのエルフはお前がやれ」

「任せとイテ」


 シンセが獣性強化を発動し、目にも止まらぬ速さで駆け出して行った。

 俺も警戒しながら老人エルフの元に戻る。老人エルフは先程の場所から殆ど動かずにいた。


「じーさん、まだココに居たノカ、てっキリ境界戦妖のトコろに加勢に行クカ王様殺ス為に動き出してルと思ってタヨ」

「獣の英雄とまともにやり合えるとは思えんでな。愚かな獣とて“縛の罠”が通用するのは1回が限度だろうしの」


 どうやらイヨツは罠に掛かって赤く光るロープを取り付けられたらしい。


「さて、獣の子は死んだか?」

「うるセェよ!テメー等みたイな、クズにシンセはヤラレねーヨ」

「そうか、そうか。まぁ結果は変わらん。最終的には獣は皆殺す」

「ハッ!?ワッかんねーナ!テメー等は何でそンナに獣人ヲ憎ム?1000年ノ因縁なんテ、今ノ連中には関係ねーダロ!」

「下賤な者が知った様な事を…」

「下賤ダァ?」

「そうだ、獣だけでは無い。この地上立つ我等以外の全ては下賤よ」

「成ル程ね。俺等ガ下賤ならテメーは高貴な存在ッテか…くだらねー。高貴ナ者ってーノハ仲間を爆弾にシテ使い捨てる様ナ連中って訳ダ!」

「ん?何か勘違いしとるようだの?アレ等は“下賤の血の入った混ざり物”よ。道具として我らに使われる事ぐらいしか価値の無い連中じゃ」


 反吐が出る。言ってる事の半分も理解出来ないが「混ざり物」と言うのが俗に言う『ハーフエルフ』と言う事は何となく分かる。

 自分達が見下す存在の血が入ってるだけで同族ですら「物扱い」だから年端も行かない子供だろうと何の感慨も無く命を使い捨てられる。


「成ル程、くせー訳ダ。自分達以外ヲ見下して何様ノつもりナンだ?」

「くだらぬ事をぬかすな。この地の全ては我らの【主】が治める為にある。それは1000年前から変わってはおらん」

「出タヨ1000年…。んな大昔ノ事なんザ誰モ覚えてねーツゥノ!」

「いや、覚えておる。“初期ロット”の私や“初期型の記憶”を引き継ぐスボトスは、明確に1000年前の事を覚えておる。あの屈辱を忘れる訳が無い!」

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