第26話 凸
三の刻を告げる鐘が鳴り響く。
まだ朝早い時間だというのに演説を行う広場には王都の住民が場所取り等でひしめきあっていた。
「コレだけ見れバ平和なんガなぁ」
「ま、あの人たちは、エルフ共はもう来ないと思ってるからな」
「そういえばよ。何で王様はわざわざ人集めてまで演説かますんだ?」
「クソッタレな王の考えなんざ知らんが、餌を増やしてエルフを呼び込むつもりなんだろ」
「生贄…カ」
「ん?ん。え?マジで??」
「城壁と広場を囲む結界は強力だし、出入り口の至る道筋には【魔法阻害の術式】が広範囲で展開されてる。生半可な攻撃魔法や隠蔽魔法系統はかき消される仕組みは用意されてはいるが」
「範囲外カラ極爆魔法ヲぶっ放しタラどうなる?」
「極爆魔法に込められたオド次第では弱体化出来ても消しきれずに炸裂する可能性はあるな」
「オドしダイ?」
「ああ、詳しくは知らんが前の戦争でも使われてた魔法阻害は術者のオドで相手の魔法に込められたオドに干渉して相殺する事でかき消す術式だ。当然相殺しきれない魔法の効果は消せないだろう」
「マジか!やべーじゃねーの?」
「そうだな。だからこそ魔法に頼らない防御能力に長けた兵士や冒険者が入口周りに配置されてる」
獣人サイドも出入口が危険なのは百も承知で飛び道具や魔法に対する備えは万全にしている様子、広場に入る際の身体検査も入念だ。
「んだよ。なら良いーんじゃねーか」
「どう思うトヒイ」
「俺ナラ鉄砲玉に突撃サせて門ヲ破壊しテ一気に突っ込ムね。」
「成る程、自爆特攻してくるエルフを見極めて自爆前に止めなくちゃならんか」
「この人だかりでソレが可能ならばな」
入口周りは身体確認待ちが大勢ひしめき合っている。魔法を使わなくても偽装はできる。エルフでも見た目を人族に偽装してたら射程範囲まで近付くぐらいなら簡単だろう。
「なぁ。あんな中で爆発されたらヤベーんじゃねーの?」
「そうダな。巻き込まれた民間人ハ死ヌんじゃねーカナ」
「って!そんな事になったら入口どころかここにいる連中全員ヤベーじゃんか!!」
「王族はその事を見越してる。“そうなる”だろう事を分かった上で情報操作を行い損害度返しでエルフを狩り出そうとしてるんだ」
成る程、「クソッタレな王様」なんて言われてる理由がわかった気がする。
どうやら王様は目的の為には手段を選ばないタイプの様だ。今回は仇敵である境界戦妖を確実に屠る為に舞台を整えてる。その過程でどれ程の被害が出ても構わない算段なのだろう。
エルフの目的は『獣王の首』を筆頭に獣人の殲滅。年に1回の建国記念の演説時のみ民衆の前に出てくるこの時を狙うのは最善手だからこそ獣王は自らすら「餌」としてエルフを引きずり出そうとしている。
この合理性は嫌われる原因だろう。王として国を守る為、獣人の未来を守る為の天秤のかけ方が極端過ぎる。
「あの王様らしい考えだ。先の戦争の件にしてもアイツのやり方は強引過ぎる」
「なら、あぶねーからコイツら帰せば良いんじゃね?」
「無駄ダヨ。こんダケ集マッてる状態デ「エルフが襲ってくる」何て伝エたら大混乱にナル。そうシたらソレに乗じてエルフが襲撃シテくる。多分、結果的にコノままよリ被害はデカくナル」
「クソッ!何だよそれ!王様はアイツらが死んじまっても良いってのかよ!」
「ああ、そう考えてるだろうな」
「ふざけやがって!ブン殴ってやる」
カッ!と怒りが爆発して城に向かって走り出そうとするシンセをイヨツが首根っこ掴んで引き止める。
「もう遅い。それに王都にエルフ共が侵入してきてる段階で奴らはいつでも王都を内部から襲撃出来る。今回はトヒイが「何か」をしようとしてたエルフを見つけたから良かったが、次に繋がったら今度は止められるとは限らない」
「でもよ!!」
「今、エルフの主力を潰さなければ次に繋がる。次に繋がれば今度は王都そのものが陥落する。そうすれば獣人殲滅を謳うエルフによって民衆は全員殺される事になる。それに比べればここでの被害は目を瞑るしか無い…」
「親父!それ本気で言ってんのかよ!コイツらはそんな理由で死んでも良いって事かよ!」
「そんな訳無い!だがどうしようも無い!分かれシンセ!」
「俺らが好き好んでこんな事、受け入れてる訳ないだろ」
シンセの癇癪に大人が全員での説得が始まった。正直、いつエルフ達が攻めてくるか分からない状態なのに呑気だとすら思う。
まぁ、獣王自体が姿を表すまでは何も起きないとは思うが。だかそろそろこちらも動き始めた方が良いかもしれない。
「お前は冷静だな」
ごちゃごちゃ揉めてる中から抜けてきたイソホはそんな事を問いかけてきた。
「うん。そうカナ?まァソウだね。個人的にシンセの気持ちハよく分カル。コレは胸糞悪イ。だケド王様の考えモなンダか分かっチャウんだヨネ」
「王の考え…」
「苦渋ノ選択だトハ思うンダ。抗争ニ下手な甘サを交えレバ、それハ結果デ返ッテくる。最悪ノ結果ってヤツで…」
「トヒイ…お前……」
「俺らは勇者ジャない。奇跡みたイナ“力”で全テを守レル様な存在じゃ無イ。王様もそれハ分かってるダと思ウ。どうしタッテ被害は出ル。その中デの最善手を打ッテ終わらセルしか無イってのガ。自らヲ餌としテ吊ルし、民衆を犠牲にシテでも国ヲ守らネバならないっテサ」
「トヒイは聡いな。シンセと同い年とは思えん」
前世の人生プラスしたら“実年齢”は結構なもんだと思う。まぁ、殆ど憶えて無いし思い出せないのだから意味が無い訳だが。
「でもだからってソレヲ“良シ”にしちゃダメなんダ。大義や合理性ヲ言い訳ニしたっテ「人」が死んデ良イ理由ニハならないワナ」
「ん?」
「ちょット行ってクルわ」
「ああ、成功すると良いな」
獣王が姿を見せていない現状、エルフのテロリスト供は潜伏して姿を現してない。
このままだと獣王が現れてからの後手の対処しか出来ない。だが後手に回れば被害がデカくなるのは確実、だが逆に隠れてる連中に先手を取れれば。
「おい、トヒイの奴はどうしたんだ?」
「アイツは俺らより“よく効く鼻”があるらしいからな先に動いてもらう事になってる」
とりあえず宥められて落ち着いたシンセが気付けばいなくなっていたトヒイについて尋ねたら返ってきた回答はよく分からないものだった。
「獣人より人の鼻が良いなんてあんのか?」
「まぁ、よく分からんがアイツは普通じゃないからな“本当に嗅ぎ分けられる”ならばそれで良い」
「あぁ?」
普通に考えればエルフ供は認識阻害の魔法を使った上で潜伏してるだろう。その上で襲撃の為に隠蔽阻害の魔法の効果範囲ギリギリ辺りにいるに違いない。
俺なら大体の場所が推測出来れば俺の「クズを嗅ぎ分ける」鼻なら認識阻害の魔法を超えてエルフを探し出す事も可能かも知れない。
この前の軒裏のエルフだって認識阻害の魔法は使っていたんだと思う。だが俺は普通に奴を認識出来た。
ならば今回だって魔法阻害の術式をすり抜けて気付ける可能性は充分ある。
コレは実際なんの根拠も無い感覚でしか無い。別に本当に臭い匂いがする訳じゃ無いが“何となく”分かるのだ。そこに何人いようが何処にいようが認識できる様だ。
こんな感覚がある事はすっかり忘れていた。王都に来て前世を思い出す様な事が多かったからだろうか?不意にこの感覚が戻って来た。
そして実際範囲外をテケテケ歩き回ってみたら鼻が反応した。それが何なのかイマイチ分かって無いが「クズの匂い」が鼻につく。
相手は多数でバラバラに配置付いている様だが、俺には潜伏してる奴が誰なのかハッキリ分かった。
だが流石に1人で相手にするには数が多い。故に元からの作戦通りに仲間に来てもらう事にする。
冒険者ライセンスには前世のスマホによく似てる。通信機能にしたって通話で声を直接相手に伝えられるし、メールの様に文章や絵を送る事も出来る。
なるべく自然に相手から気づかれぬ様にライセンスに魔力を通す。スマホと違い魔力に意識を乗せる事で直接ライセンスを見なくても機能を十全に使えるのはスマホを超えた機能だ。
ライセンスを通してイヨツ達にエルフ共の潜伏箇所を伝える。後は各自がなるべく自然にエルフに近づき対応するば良い。
認識阻害の魔法は、そこら辺に落ちてる石を認識してないのと同様に対象者に認識を向けさせない様にするジャミング効果の魔法だが、そこに石があると知っていれば対応出来てしまう。
ジジイの教えはここでも役に立つ。
広場入口周りは人だかりも出来てるが魔法阻害の術式の範囲外辺りまでくると人はまばらだ。ここで暴れる分には被害は抑えられるだろう。
イヨツ達は飽きてふらついてる子供を連れ戻す為にやってきた風を装う様には言ってるが、全員で来るのは、やはりまあまあの違和感がある。
エルフ達に動きは無い。多分気づかれてないと思う。目の前にきた中々の匂いを放つローブを纏った老人以外には。
「お前は何者じゃ?」
「お?ビッくりシタ!!え?何?イツからイタの?」
「ふん。気づかんふりなど要らん。お前はアイツの言っていた人族の子供なんじゃないか?」
「え?おじサンだれ?何ノコト?」
「まぁ、ええ。知らぬ存ぜぬを貫き通したところで我らのやる事は変わらん。お前は人族だが邪魔するのだろう?ならば消すだけだ」
老人はローブから杖を外に出す。木製の大型の杖、先には拳サイズの結晶が付いている。典型的な魔法使いの杖だった。
「レピーター」
ローブの老人が呪文を唱えた瞬間に衝撃が身体を叩いて吹き飛ばされた。
岩で全身をぶっ叩かれた様な衝撃、目に見えない衝撃波の様な魔法を食らってしまった。
「成る程、並の冒険者無勢なら即死させる威力はあると思っとるんだがな。やはりお前が聞いていた人の子でよさそうだの。レピーター」
急速に魔力を全身に回し回復している途中に追い討ちが来る。咄嗟に後ろに跳んで避けようとするも見えない衝撃の力場は容赦なく追撃して来た。
「ほう、どうやったか知らんが獣共に我らの位置を知らせよったか」
俺が攻撃される直前ぐらいに仲間は散開し各自でエルフを襲撃に成功してはいた。
「だが、数が足りて無いの」
こちらの面子は5人に対しエルフは7人以上はいる様子だった。
各個撃破出来なかったエルフが入口に向かって駆け出して行く。
「くそっ!」
「それにここで獣の英雄を引きずり出せたのも僥倖よな」
駆け出したエルフにシンセが追いつき一撃で倒して止める事が出来たが、シンセが仕留めた瞬間にエルフが大爆発を起こす。同時に各所で戦闘中だったエルフ達も爆発した。
「はっ!分かっていても見過ごす事は出来んわな!境界を持たぬ身ならば至近距離での爆発はさぞ痛かろうて、なあ?レピーター」
老人エルフは間髪入れずに衝撃魔法を撃ってくる。回復が追いつかず上手く動かない身体では衝撃魔法の効果範囲から逃れる事が出来ずダメージが蓄積する。
それに爆発に巻き込まれただろう仲間達は大丈夫だろうか?気にはなるか其方に向かう余裕は無い。
だが何も出来ない訳でも無い。
「ほう、むやみやたらに逃げてた訳でも無いか…」
「そら魔法戦ハ想定内ダらな」
相手がエルフでありこちらの主力が獣人である以上、身体能力に勝る獣人相手に肉弾戦での優位を取る事は難しい。なら武器や魔法を使った遠距離戦法をとる事は想像に難く無い。しかもゲリラ戦でここは敵地のど真ん中、大量の武器を持つ事は機動力低下に繋がる。消去法で魔具や魔法による戦闘形式をとるだろうと予測していた。
故に『魔法の効かない場所』に引きずり込めれば戦況が変わる。
「魔法阻害の結界内に入ったか」
「衝撃魔法ガどんなに広範囲で威力ガ高かロウが魔法阻害二反応シテ弱体無効化さレルなら怖くはないネ」
「だろうな。故に確実に仕留められる場所で最大出力で放ったのだかな…。お前は想像以上の化け物だよ」
「そら、光栄ダワ」
「全くどういう仕組みなのだ、貴様の体は?人族の回復力では無いぞ?今まで人族とも交戦しているが貴様の様なヤツは出会った事が無い」
「そうカイ…」
魔法阻害の術式範囲内にいても体内の魔力を動かすだけなら問題無い様で強化細胞によって傷はすぐさま治って行く。
だが身体強化の魔法や魔法陣は上手く発動しなかった。故に今の俺の機動力は子供のソレと大差ない。鍛えてるから同世代に負ける事は無いだろうが老人とは言え歴戦の戦士っぽい相手に通じるとも思えない。
老人エルフも魔法阻害の術式範囲を理解してる為、近づいて来ない。
だが時間は充分稼げた。俺は攻撃出来なくとも誰かが攻撃出来ればいい。
ビュンと飛んできた弓矢を老人エルフは杖で叩き落とす。
「面倒な」
入口近くにいた兵士や冒険者も戦闘に気付いて行動する。
もちろん攻撃魔法を放ちながら近づいてきた謎の人物なら警告なしで攻撃するだろう。
ひっきりなしに弓矢や投擲武器で攻撃されるも結界魔法を使って全て防御してる。
「足ガ止まってルぜ!ジジイ!」
「そうだな、コレは参ったわ!有象無象など、どうとでもなったがコイツはそうは行かんか!」
横合いから目にも止まらぬ速さでシンセが攻撃を仕掛けるも結界に阻まれる。だが阻まれた時の音が弓矢や投擲武器の音とは違いガギンととてつもない音を響かせた。
「英雄様モ来てゼ!サテこの後はドウする?」
シンセが来た以上、攻撃する為に行動すればその瞬間に殺されるだろう。だが防御を固めていても埒はあかない。八方塞がりの状況に陥った筈だ。
「どうすると?どうもしないさ、私は」
ゾワッとやな予感がする。老人エルフの目はシンセも俺も見てはいない。咄嗟に目線の先を追う。
入口の近くむしろ内側に子供がいた。小さい子供。俺よりも小柄で悪意すら感じない程の小さい子供。
エルフの子供が。
「マジか!」
その子供は無邪気に笑ったその瞬間に入口周辺を吹き飛ばす程の大爆発を起こした。
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