第25話 事をなすには。
「ここは獣人ノ国で首都だ。だケド獣人だけガ住んでル訳じゃ無イ」
「成る程ねぇ。確かにそれならエルフと通じてる可能性はあるわな」
「まァ。誰カに”クソッタレ“と言わレル王様らしイから同族に売ラレた可能性もナクは無いカモ?」
「ああ、数年前まで外国ともドンパチしてたからな…。国の外にも中にも王家を憎む奴が居てもおかしかなーな」
「なら、ソノ線だナ」
「だとしても今から、しらみ潰しは効率が良くねーし。直ぐに当たりを引かなきゃ、こちらの行動を感知されて先手を打たれる可能性があるな」
「国ノ兵士全面協力でモ都市全部ノ獣人以外を全テ押さエル事なんテ不可能か…」
「そうだな。時間が有ればどうにかなるが、後2日じゃなぁ」
「そもそも獣人が裏切ってる可能性も無いわけじゃない。種族間のいざこざだって根深いヤツは“わんさか”ある。だがコッチの筋はエルフが獣人を否定してるから限りなく無いとは思う…が…」
「ゼロでハ無いカ」
現状、打つ手なし。国の事情なんて知らないから、どの国と戦争してたかもよく知らない。だからどの“人種”が怪しいとかも見極められない。
ただ、イヨツその戦争で『英雄』と呼ばれる様になった事だけは知っている。
獣人間のいざこざ何て更に不明だ。この前会った。リザードマンみたいな連中と相性悪いとかって話はここに繋がるのだろうか?
「これ以上ここにいてもどうしようも無いな…。俺は帰るがトヒイはどうする?」
「俺ハ、やりタイ事あルから先に帰っテいいヨ」
「そうか。んじゃな」
さて、後2日しかないが『やりたい事』があっても先立つモノが無い。
冒険者ライセンスを早くも活用して1日で軍資金を用意しなくては!
「とイウ訳で当日カッちり現金払いノ仕事の斡旋オ願いしマス」
「…何が“と言う訳”なのか分かりませんが、今ナエサ君でも出来て当日払いが可能なクエストは…コレかな?」
ギルドカウンターの狐型獣人のおねいさんを軽く困らせつつ提示された仕事内容は『瓦礫の片付け』だった。
「上から早急に立て直す為に撤去指示が出てるんだけど、人手が足りなくて人員募集してるみたいなのね」
「撤去作業カ」
「うん。報酬の払いは良いんだけど、なにぶんこの手のクエストは冒険者がやりたがらないんだよねぇ」
確かに他の候補の「害虫駆除」「薬草育成補助」等の即日払いの地味系仕事の中では報酬が良い。なのにやりたがらない理由は何だろう?
「冒険者だけで生計立ててる人達は他人に命令されるの嫌がる人多いですから、仲間でも無い他人に指示されて動く事に抵抗感ある人多いんだよね」
「成る程ネ…」
固定職の無い『純粋な冒険者』ってのは前世で言うところの「日雇い仕事しか出来ない無職」と変わらない訳だ。
社会不適合者のチンピラ紛いが多いのかもしれん。昨日のアレもその手の冒険者だったんだろう。確かにあんな連中は誰かの下で仕事なんて出来ない。
「だが俺ハ大丈夫!しっカリ仕事ヲこなしマショう」
「はい。ありがとうございます。ではライセンスを提示して下さい。クエスト受注処理いたします。」
指定された仕事現場はなんと俺が爆撃された場所だった。なんだか運命的な何かを感じるぜ。
「お?オメーが手伝いの冒険者か?」
「ハイ。トヒイ=ナエサでス!よろしクオ願いしマス!!」
「なんだぁ?元気なボウズだなぁ!いいねぇ。これで使えれば上等だが?ボウズ、やる事は分かってるか?」
「ハイ!瓦礫の片付ケと聞いてマス」
「まぁ、その通り何だがボウズは人族だろ?あれか?魔法とか魔術が得意な感じか?」
「いヤァー!そこラ辺はアンまし…。デモ「力」にハ自信ありマス!」
「お、おお…。そうか……。言葉は結構出来るみてーだけんど、ここでの作業は力仕事だ。しかも基準は俺ら獣人だぜ?人族のましては子供に出来る内容じゃねーよ。来てくれたんは嬉しいが帰んな」
「ソウ言わズニ!」
一般的に身体が成長しきってない子供に「強化魔法」は使えない。たとえ使えたとしても子供のソレより獣人の方が上だと考えるのは当然だろう。
手っ取り早く使える事を証明するなら「強化魔法」が使える事を見せるのが良い。だが大っぴらに自分の能力を晒すのは良くない。
『情報は力』だ。ソレは他人でも同じ。どこで誰が見てるかも分からない状況。もしかしたらエルフに連なる者が見てるかもしれない。
故に能力を隠しつつも働かなければ。
「金」が必要なんだと縋りつき、何とか憐れみを受ける事に成功して仕事ができるか試してもらえる所までこぎつけた。やはりこの手の人物には泣き落としが有効なのだと、ふんわりとしてる前世の記憶をほじり出した成果がである。
「おお!ボウズ思ってた以上に動けるじゃねーか!」
「あザース」
子供で人族だからこそ獣人には出来ない細かい作業を率先してやる事で自身をアピール!現場の指示を出している親方に好印象を持ってもらう事には成功したようだ。
休憩を挟みつつ瓦礫を撤去して移動させ専用の荷車に積む。満杯になったら何処かに運ばれカラの荷車が代わりに来る。今度はその荷車に瓦礫を積むという単純作業を繰り返していたら日も暮れた。
「ボウズも大変だな。こんな仕事に手を出さねーと生きられない環境なんか?」
「イヤ、色々ありマシて自分ノ食いぶちハ自分で稼がナイと…」
「そうか、つれーな…」
親方も何だが憐憫な瞳を向けている気がする。作業前の必死さや仕事中の態度から勝手に何かを察してくれているようだ。壁外市場のおっさんもそうだが獣人の国で人族の子供がいるって事はどうやら哀れまれる様な環境でしかあり得ないようだ。
まぁ。確かに普通の人族には過酷な環境だろうし、ましては子供のがわざわざ来る様な場所でも無い。この世界にも観光や旅行は、あるかもしれないが道中の安全性を考えればこの国に来ることは考えないだろう。
「んじゃ、今日はコレまでだな。ボウズ上がっていいぞ」
「了解デース」
「明日も来んのか?」
「イヤ、今日だけデス」
「そうか、ボウズは他の冒険者と違って使えたからな、どうだ?うちに来ないか?」
「誘っテいたダキ、ありガトございます。でもそうイウわけにも行カないのデ…」
「…なんだ。困った事があったらうちに来い」
何だが非常に優しいお言葉を聞かせて貰って何だか申し訳ない気持ちだ。
だが俺のやりたい事はここには無い!将来の為にルバンガイセクイの学校で勉学に励むのだ!!
でもその前にキッチリ借りを返しておかなければ。明日はその為の準備をしないと行けない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「国王、本当に演説を行うのですか?」
「ああ」
王城の一室で『獣王ウオノ=モケ』はテーブルの反対側に座る若い獣人に強い口調で問いただされていた。
「今からでも遅くありません!建国記念日の演説を中止して下さい!」
獣王は正直、辟易していた。ここ数日間で似たような事を何度も何度も人を変え問い続けられていたからだ。
「何度も言わせるな。演説は行う」
「今、演説などを行えばエルフ共が躍起になります!昨日の様な事がまた!起きるのですよ!」
「分かってると言っている。むしろ、その為だと何度も何度も言ってるであろう?」
「父上!!分かっていて何故にこの様な愚行を!」
「ジウオノ、他の連中ならいざ知らず。お前までそんな事を言ってくるとはなぁ」
獣人王家の引き継いできたモノを知っている筈の息子ですら理解できていないと溜息が溢れる。
「当たり前です!エルフ共が王都に侵入している可能性を示唆された段階で建国祭などやってる場合では無いと忠告された筈です」
「そうだな」
「私も何度も咎めました!このままでは無辜の民が犠牲になると!実際、今回の件で多数の犠牲を出している!その上で更に犠牲を増やす行いを認知できるとお思いか!」
「そうだな」
息子の戯言を聞き流しつつ目の前に出されていた食事に手をつける。本日の献立は異国の「カクニ」と言う料理で焼いただけの自国の肉料理と違いプルプル食感で濃厚な味わいの肉が食せると気分が好調していたのが、息子からのくだらない進言を聞く事になり高まっていた気分が悪くなる。
「「そうだな」ではありません!分かっているのなら今すぐに演説する事を止め、全勢力を上げて潜伏中のエルフを狩り出すべきです」
「そうだな…」
ドカンとジウノオが拳をテーブルに叩きつけた。激しく打ちつけられた衝撃はテーブルを揺らし食事として用意されていた酒やスープをぶち撒ける。本日のスープは「トンスープ」と呼ばれるスープでお気に入りだったのに残念だ。
「適当な言葉で誤魔化さないで頂こう!分かっているなら今すぐにエルフを狩り出す王命を下して頂きたい」
「…そんな命令は出さん。今、軍を動かしても妖人共は深く潜るだけだ。狩り出す事など出来ん。」
「それでも民は守れます」
「確かに『今』は守れるだろうな。だが次に襲撃を許せば国が滅びるかもしれん」
「そんな事は…」
「あるさ。今回は遂に王都内にまで侵入を許したのだ。今、確実に頭を落とさねばならん」
「だとしても、やり方はもっと別に有ったでしょう?何故この様なやり方を選ぶのです?」
息子からの問いに対する回答もここ数日で何度も答えている。何故、皆は一回で理解出来ないのか?何故、個別に説明する必要があるのか?
と言うか基本的な説明は妖人が潜伏してる可能性を示唆された段階で国の重要人物が集まる会議で伝えている筈なのにだ。
「我の意見は変わらぬ。演説に釣られた妖人を根絶やしにして今後の憂いを断つ」
「それで何百もの民が犠牲になったとしてもですか…」
「ああ、王都の人口が半分以下になろうともだ」
「馬鹿げている!民あっての国のはずだ!それを軽んじて何たる王か!」
「何度も言わせるな…。軽んじてなどおらん。むしろ獣人の今後を考えての決断であると申しておろう?」
「違う。父上は国の事は考えても民の事を考えてるとは思えませぬ」
「堂々巡りだな。もう良い。誰が何と言おうと明後日の演説を中止する事は無い」
「止める事は出来ないのですか…。ならせめて投影の魔具で声明だけ届けるのでは駄目なのですか?」
「くどい。我は民にただ演説を聞かせたい訳では無い。民の前で演説を行う事で誘い出される妖人を潰す事に意味があるのだ」
「何故です?何故そこまでエルフ共を「今」潰さねばならないのです?」
息子は本気で理解出来てない様子。正直こぼれたスープと酒を取り替えテーブルを清掃してほしいので、室外に出ている使用人を呼びたいのだが息子はソレを許してくれないだろうし、この話を他に聞かせるわけにもいかない。
「今だからでは無い。既に遅いのだ」
「遅い?」
「この1000年で獣人の質は下がり切ってしまった。『英雄』と呼ばれる男ですら1000年前に比べれば哀れな性能でしかない」
「そんな…そんな事は…」
「事実だ。お前も“成人の儀”で受け継いだ『王家の記憶』でその事は理解できるであろう?」
「しかし!ソレはエルフ共も同様の筈!」
「お互い劣化しているから大丈夫だと?このままグダグダ現状維持を続けられると?そうはいかんだろう。妖人共もソレは理解している。だからこその行動だ」
「…王都の封印ですか…」
「そうだな。アレが解放されれば妖人がどうなるか…分かろう?」
息子が押し黙る。ここまで言ってやっと理解できたらしい。
「分かったのならもう行け…。我はちゃんと食事をしたい」
「しかし、民は…」
「諦めろ。ここで妖人の主力を叩かねば次は無い。たとえ千の民が犠牲になったとしても」
息子が己の口惜しさに食いしばった歯の音がここまで聞こえて来る。獣人にしては優しく聡い奴だ。分かっていても理解したくないのだろう。
だが。それでもやらねばならん。自身を餌として脆弱な民を犠牲にしてでも事を無し。他国を攻めてでも劣化した獣人を戻さねばならん。
「お前が我に黙ってコソコソ動いている事は知っておる。その件はついては言及はせん。犠牲無く収められるならそれで良い。だが妖人撃滅は必至だ、それだけは譲れん」
「分かっております…」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギルドから受け取った賃金を手に必要な物を集める為に王都をかけずり回った。
案外、必要な品目は簡単に集める事ができたので自室に運び込んで黙々と準備をする事にした。
「ん?トヒイ何してんだぁ?」
「明日ノ準備」
「ま、よく分かんねーけど。オレは親父達とやり合ってくるわ」
「やり合ウっテ…ま、訓練頑張レ。お前ナラ今日ダケでも成長できソウだから羨マシいぜ」
「おう!遠目でしか見れんかったがトヒイをやった野郎をぶちのめすには、まだまだ力が足んねーって分かっからよ!」
「オウ。行ってコイ!」
「おう!行ってくら」
シンセと拳を突き合わせ、お互いやるべき事に向き合う。
残された時間は限られてる。出来る準備は万全に。明日の襲撃への備えは幾らあっても足らない。
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