第20話 夢を見たり。

 ザックリ袈裟斬りにしたがフードの人物は死ななかった。明らかな重症の筈だが俺に向かって手を伸ばし、ガッと喉輪を掴まれた。


「デギンガラ」


 喉輪を掴まれ俺が反応する前に魔法による反撃が来た。

 瞬間身体が内側から沸騰する様な感覚、意識が曖昧になり身体の自由が効かない。この感覚も身体が覚えている【感電】だ。

 スタンガンの様な魔法をくらってしまった。しかもとんでもない電圧の攻撃魔法だ。

 感電は危険だ。身体のあらゆる部分が痺れて使い物にならなくなる。更に身体の内側から破壊されて動けなくなる。普通なら即死のレベルだ。

 俺の場合は強化細胞のお陰で黙っていても少しずつ回復して長時間かけてどうにかなるが、実戦の場ではそんな悠長な時間はない。

 頭がぼんやりしてまとまらない。魔力も上手く回せない。身体は勿論動かない。

 だがフードの人物からの追撃も来なかった。

 片目の視界だけが少し回復してくる。見えたのは屈んだフードの人物が自身のフードを剥ぎ取って自身に何かを振りかけているところだった。

 露わになったフードの下はやはりエルフだった。屈強な顔つきでおよそアニメやゲームなどでみる整った綺麗な顔つきでは無かった。

 屈強なエルフは俺が袈裟斬りにした傷口を確認している。やはり回復アイテムあたりを振りかけて傷を超速回復させたようだ。


「ここで『還回の秘薬』を使わされるとはな」


 ヤバい。相手は動き出してるのにこっちは全く動けねぇ!

 ムクリと立ち上がりゆっくりと此方に近づいて来るエルフを見据える事しか出来ない。


「なんと、アレをまともに受けてまだ生きているな…。お前が何者なのかは分からんが危険すぎる。ここで確実に息の根を止めておくとしよう」


 わざわざ獣人語で俺に分かる様に呟いてきたようだが、今の俺は耳鳴りが酷く何を言ってるのか分からなかった。

 殺しに来てるのが分かっているのに動けない。正直、致命傷程度ならどうにかなるのは経験済みなのだが、完全に息の根が止まってから回復できるかは未経験の未知数だった。

 息もまともに出来ず、頭もぼんやりしていて思考がまとまらない。死に際なのに走馬灯の様な物も見る事なく殺しにくるエルフを見据え続ける事しか出来ない。どうやらこれまでの様だ。

 だが、屈強なエルフの男が俺を殺す為に何かをしようとしたが実行される前に邪魔が入り一瞬で目の前から消えた。


「おい、トヒイ生きてるか?トヒイ!」


 耳鳴りが酷く何となくしか聞こえないが担ぎ上げられたのだけは分かった。


「あ…」

「生きてるな!流石だ!」


 どうやら担ぎ上げたのはイソホの様だ。気付けば目まぐるしく景色が変わっていく、運ばれてるのが分かる。


「すまん、回復薬も回復魔法も使えん!ギルドの医療所まで直ぐに連れて行く」

「イト…フは…」

「イトフはもう医療所にいる筈だ…生きていればな…」


 イトフも医療所にいるらしい、ちゃんと聞こえなかったがニュアンスで伝わった。

 なんか安心したら意識が遠のいて行く、意識を失うのは好きじゃ無い。次に気が付いた時に見知らぬ場所にいる様な事が無いと祈るばかりだ。


 そして俺は意識を失った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「この子は生きているのか?」

「ああ、『こんな状態』だがちゃんと生きている」

「そ、そうか…」


 ギルドの医療所にまた1人重傷患者が運び込まれてきた。先程からひっきりなしに運び込まれて来ており治療が追いつかない状態になってきている。

 そんな中に連れてこられた人族の重傷患者はとても酷い状態だった。全身火傷と言うレベルでは無い、所々が炭化しているし身体の至る所が不自然に歪んでいるのが見て取れた。普通なら既に死んでるか、直ぐ死んでしまう様な状態なのが一眼で分かる。


「先程のイトフさんも酷かったが、この子はそんなもんじゃ無いな…」

「安い回復薬を振り撒いて置けば大丈夫だ。この子は特別だから」

「特別ねぇ…え?」


 少し見て気が付いた。じわじわとだが肌の表面が回復していた。人族の再生力ではあり得ない自然回復力だ。


「凄い…なんだコレは?あり得んぞ?」

「そうだ、あり得ない子なんだよ。『境界戦妖』とまともにやり合うなんて」

「え?いや、そう言う事では…。って境界戦妖ってのは、えっと…。特別指名手配の反獣人過激派のエルフの凶悪犯だったか?」

「そうだ。」

「じゃあ、このどんどん運び込まれてる都民達はエルフの破壊活動に巻き込まれた者達なのか」

「だろうな、都内で【極爆魔法】を使ったんだとんでもない被害がでてる。」

「何だと?さっきの爆音はそれか!」


 どんどん重傷の患者が運び込まれてくる。普段でも重症の冒険者が運び込まれてくる事はあるが一般都民が運ばれてくる事など無い。相当な緊急事態が起きているとは思っていたが、まさか王都内でそんな危険な魔法が使われているとは思いもしなかった。


「後はお願いします。私はまた行きますので」

「あぁ、だがこちらも魔法師、回復薬共にギリギリだ。職長のイジョさんも駆けずり回ってる状態でね、最善は尽くすが…」

「はい、よろしくお願いします」


 人族と思われる子供を連れてきた女獣人は再び外へと駆け出していった。

 足元に寝かされた人族の少年に軽度回復薬を振り撒く。普段擦り傷等の軽傷を手早く回復させる薬で重度の裂傷や火傷や骨折などには殆ど効果の無い薬だ。

 だがそんな薬の筈だが効果は絶大に現れた。バシュゥと音を鳴らして回復薬を振りかけた部分の回復が一気に進む。驚くべき効果に目玉が飛び出すのではないかと思うぐらい驚いた。炭化した部分はバキバキ音を鳴らしながら新しい皮膚が炭化した皮膚の下に構成されはぎ落ちていく。


「おい、止まってないでアッチの患者の回復に回れ!まだまだ来るぞ」


 その異常な回復に研究心に火がつき目が離せなくなっていた私に他の職員が怒鳴りつけて来てハッとする。そうだ、現状はぼんやりと1人にかまけてる場合では無かった。エルフの破壊活動に巻き込まれた都民がどんどん運び込まれている緊急事態なのだ。

 バシッとと両手頬を叩き他の患者を見る為に動き出した。

 外では未だ爆発音が聞こえてくる。この感じはまだまだ患者が増えるだろう。


◇◇◇◇◇◇◇◇



「で?お前は『この場所で何やったか』分かってんの?」


 とあるビルの一室に無数に倒れた男達の真ん中で椅子に括り付けられた男とその周りに数人の男達が取り囲んでいた。


「で?お前は此処が『どの組のシマ』か分かってるんか?」


 括り付けられた男は腫れ上がった顔を目の前の男に向ける。


「で?テメーは『何処の組』の回し者なんだ?」


 目の前の男が括り付けられた男を覗き込む様に睨みつける。その眼光に括り付けられた男のが縮み上がり震えていた。


「なぁ?ダンマリ決め込んでねーでよ、何とか言ってくれねーかな」

「おっ、俺は知らなかったんだよ。ただ言われた通りに…」

「だぁかぁらぁ、其れは誰に言われたんだ。あぁ?」

「先輩に…」

「名前は?」

「あ、え、いや、あの…えあ、その」


 しどろみどろになった男の腹を蹴り上げ苦しんでる男の髪を掴んで無理矢理顔を向けさせた。


「そーいうの要らねーんだわ。さっさと吐けやコラ。こんだけの事しくさってんだ。あぁ?分かってんのか」

「あ、ぁ、す、すんませんした」

「あ?謝んぐれぇならよ。最初からこんな“しのぎ”に手ぇ出してんじゃねーよ!!」


 更に括り付けられた男を殴り蹴る。


「アニキ、もうその辺で…それ以上はホントに死んじまいますよ」

「あ?あー。すまん、すまん」


 力無く項垂れた括り付けられた男の髪を握り込みグイッと持ち上げで再び問う。


「んで?誰に言われたんだ。あ〜」

「ひっ…。ゆどしでぐだだい…」


 括り付けられた男がガクガク震えてまともに会話が出来ない状態になってしまった。


「ほらぁ、アニキがやり過ぎっからビビり過ぎて逆に何も言えなくなっちゃったじゃねーすか」

「あっ?俺が悪りーのか?」

「アニキはこの手の輩は嫌いっすからねぇ」

「あー、こう言う『クズ』は感に触んだよ」

「確かに女を薬漬けにした上で体売らせて、そっから更に集まった連中に薬ばら撒いて売上だけ掻っ攫おうとかクズの所業っすね」

「クズは匂いで分かるんだよ。コイツはクセ〜よ、鼻が曲がる」

「たしかーに」


 ガチャと扉が開いて1人の男が入ってきた。


「アニキ、女どもは式の爺さんとこ回しておきました」

「おう、ご苦労さん」

「あと、そこの半グレですが、京慶會と繋がってるみてーですわ」

「あーやっぱり、まぁそうだよな。今ウチと事構えるってなら京慶か支那野郎共だろうからな」


 括り付けられた男は自身の上役の事がバレた事でこの後自分に起こる事を想像したのか、絶望して震えが激しくなっていく。


「んで、オヤジには?」

「もう伝えてあります」

「わーた、後ぁ頼むわ」

「へい」

「あと、そこら辺に転がってるそいつの仲間の処理も忘れんなよ」

「分かってますよ。しっかりカタ嵌めときます」


 そして男は部屋の外に出て行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 起きたら知らない天井が見えた。


「ここ何処だ?」


 酷く気分が悪い。嫌な夢を見た気がする。実にリアルでまるで前世の記憶の様な…。

 周りを見渡すと広い部屋に何人も獣人が寝かされていた。中には包帯の様な物を巻いてる者もチラホラ見受けられた。


「何だ?ここ?」


 気絶したり意識飛ばしたりした後は大体事態が急展開してて訳わからない状態に陥ってる事が多い。まさか今回も…。


「おや?起きたかい」


 振り向くと白衣をきた鳥型の獣人に声をかけられていた。


「はイ」

「ん、どれどれちょっと確認させてもらうよ」


 そう言うと鳥獣人は俺の周りをグルグル回りながらポフポフ体を触ってくる。熊型や犬型とは違う羽根の延長線上の手の感触はこそばゆい。


「よし。問題無さそうだね。しかしあんな状態から回復薬一振りで全開か…、ホント凄い回復力だなぁ」

「あノ?もう良イですカ?」

「ああ、すまんね。もう大丈夫みたいだから良いよ」

「すいません。ここ何処ですか?」

「ん?あー、君ここ来た時は昏倒してたっけか。うん、ここはギルドの医療所だよ」

「医療所…」

「そう、ルマニア第2ギルド備え付けの医療所ね。王都内で襲撃事件が発生して大量に重症者が運び込まれてきた内の1人が君だよ」

「はぁ…アッ!そうダ、アイツは!あのエルフは!!」

「すまないね。君が起きたら連絡が欲しいって言われてね。ちょっと先に連絡付けちゃうから待っててね」


 鳥獣人は懐にからライセンスカードを取り出して呪文を唱えて電話の様な機能を使って俺が起きた事を繋いだ相手に伝えた。


「これで良し。ごめんね。えっと何だっけ?」

「エルフでス!」

「エルフねぇ…境界戦妖の事を言ってるなら結局は逃げられたらしいけど?」

「境界戦妖?」

「反獣人過激派筆頭のエルフだよ。君が対したエルフはね。ここ数十年は魔王軍より厄介な奴として有名だよ。ウチのギルドで懸賞金1番だ」


 どうやら俺は凶悪テロリスト集団のテロ行為に足を突っ込んでいたらしい。でもって俺を襲撃した爆発魔法野郎はその中で1番厄介な奴だったそうだ。

 更に俺が意識を失った後には軍や冒険者が総出でエルフのテロリスト集団の対処を行い大立ち回りがあり、王都では近年稀に見る被害が出たらしい。


「患者がドンドン運び込まれてきてね、見ての通りオドや魔具も許容超えで追いついていない状態だよ。さて、そろそろかな?」

「おぉ!やっと起きてくれたか!」


 扉をバンっと勢い良く開いてイジョが入って来た。


「成る程!既に全快か。2刻前はまだ表層の傷が目立っていたのだが…いやはや。「強化細胞」だったか?オドを通す事で超活性される事で回復を速める体組織か…。ん〜実に興味深い!」

「イジョさん?」

「ふむ。さてと、気になる部分はさりあれど、今はギルド長の所に向かおうか」

「ギルド長?」

「そう、“今回の件”で確認したい事があるそうでね。起きたら連れてきてくれと言われてたのよね」

「ハぁ」


 そうして連れて行かれた部屋では3人の男が待ち構えていた。

 1人はよく知るイヨツ。他は、なんだか偉そうな制服らしき物を着た虎型の獣人と多分ギルド長だと思われる大柄の牛型獣人だった。


「来たか。」

「ふむ。聞いてはいたが、本当にこんな人族の子供が境界戦妖と…」

「魔境帰りなのだろう?なら戦闘力は推して知るべしだろう?」


 牛獣人が座るソファーの左手側に虎獣人が右手側にイヨツが座って全員が此方を見ていた。


「何スか?事情聴取か何カで?」

「ああ、君が何故?あのエルフと戦闘行為を行なっていたのか詳しく聞きたくてね」

「ッテ言われてモなァ、襲われたカラ反撃しタとしか…」

「襲われた?何故襲われる?」

「何故?っテ、多分、俺がアイツの仲間ヲこの国ニ引き渡しソウとした際ニ証拠隠滅でもシヨうと俺らもろとも爆破してきたッテ感じ?だと思ウ…」

「成る程…ああ、すまんな。立ったまんまだとアレだな、そこに座ってくれ」


 指定された席はちょうど牛獣人の前の椅子だった。


「ふむ、自己紹介すらまだだったな。俺はルマニアのギルド長をやってる『シウ』だ。でもってこっちが」

「ヨダモノケ国の国防省の『ガイタ』だ」


 思った通り牛獣人がギルド長で虎獣人が国のお偉いさんのようだ。


「今回の襲撃の件は判明してない事が多くてな。エルフが王都内に侵攻して来るなど前代未聞だ」

「三日後の建国記念日の王の演説時に何か仕掛けてくるとは予測はしていたが…」

「アレ?ここラ辺の事情はイトフが知っテルと思うケど」

「トヒイ。イトフはまだ意識が戻っていない」

「えっ?」

「至近距離で極爆魔法を食らったんだ。むしろ死んでない事は奇跡に近い」

「だ、大丈夫なノカ?」

「正直分からん。だがイトフは村1番の屈強さを誇る戦士だ。回復を信じるしか無い」

「問題は君とイトフ君以外“その場にいた者全員“爆殺されている。証拠隠滅の為に関わる者全てを纏めて殺しにいったという訳だな…」

「マジか…」

「それで君が捕らえたと言うエルフが何をしようとしてたか分かるか?」

「さぁ、分かりマせん。一応、口が固くて俺には何モ吐かなかっタし、まァ諸々は衛兵ニでも引き渡セバ良いと思っテタし」

「成る程な道理か」

「トヒイ。俺からも聞きたい事がある。お前はどうやってイトフが瀕死に成る程の極爆魔法を掻い潜って境界戦妖まで追い縋った?」

「え?別ニ掻い潜ッテ無いヨ?食らってカラ動ける分ダケ回復させて突っ込んダだけだから」


 そう言うとイヨツは嘆息し、他の2名は理解出来ないと驚愕の表情をしている様に見える。

 慣れた反応だ。俺の対応は基本的に“一般的”とは程遠い対応をしてしまう。自分の経験的に『どうにかなる』範囲が他人と違い過ぎるからだ。

 そのせいで自分を蔑ろにする癖がつき始めて、たしなめられた訳だが。

 不意に質問の流れが途切れたので今度はコッチの聞きたい事を聞いてみる事にした。


「アの?俺も聞きたい事が有るンダけど良いっスカ?」

「あ、ああ、何かな?」

「結局アイツっテどうなっタンです?」

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