第18話 進んで止まって

「それでは冒険者適正の確認の為に実戦と筆記の検定を受けていただきます。希望者は若番から4名ずつ各自好きな武器を持ってこちらに来て下さい。4箇所の結界があるので各自分かれて結界に入ったら適正検定の開始です。各結界に違いは無いので手早くお願い致します」


 ギルド職員の前には直径5メートルぐらいの4つの円が並んでおり、各円の真ん中には砂の山があった。

 4人の冒険者希望者が円の中に入ると“キン”っと音が聞こえて結界が発動するのが分かった。すると円の中央の砂が人型に変わっていく。


「では各自、目の前の砂人形に攻撃を加えて下さい。砂人形は反射的に反撃してくるので対応して下さい」


 冒険者希望者がそれぞれ砂人形に攻撃を始める、砂人形もそれに対応して反撃を行う。正直動きがトロい、日夜シンセと生死ギリギリの模擬戦を繰り返している俺から見るとなんだか戯れあってるみたいにすら見える。


「なんだありゃ?遊んでんのか??」


 どうやらシンセも俺と同じような感想を持ったようだ。

 反射反撃だけ繰り返すだけの砂人形相手の戦闘は実に不毛だが戦闘能力の適正の試験だと言うなら最適なのかもしれない。


「それまで!」


 ギルド職員の声と同時に砂人形が崩れて砂の山に戻る。


「では今、実戦検定を行った冒険者希望者はコチラの通路から奥に向かって突き当たり右の部屋で筆記検定を受けて下さい。では次の希望者は変わって結界の中に入って下さい」


 次の4人も同じ様に砂人形と戦闘を行う。今度は1人、他とは違う動きをする者がいた。全く動かない、戦闘する気はゼロのようだった。

 ギルド職員はソレを確認しても特に何も言わない。一定時間の経過でまた交代になった。次も一定時間経過で交代になる。

 更に交代で俺たちの番が回ってきた。武器はギルド側で用意した物もあるが自前で用意した物でも良いらしい。シンセは元々武器を持たない、俺は自前のショートソードを持ち込む。

 目の前で砂人形が形作られる、観察していて分かったが砂人形は必ず対応する人間と同じ体格になる。そして砂人形の反射行動速度は対応する相手と同じになる様だった。

 つまり砂人形はコピー人形なわけだ。攻撃が強ければ強いだけ早ければ早いだけ、砂人形も強くなり早くなるっぽい。どんな仕組みなのかは分からないが取り敢えず全力で攻撃してみることにした。

 ドバンと隣の結界で砂人形が爆散した音が響いた。シンセが獣化して砂人形に攻撃した結果だろう。こっちは全力で攻撃しても砂の体を吹き飛ばす様な事は出来ない。

 全く身体能力の違いを思い知らされるね。

 シンセが吹き飛ばした砂人形はすぐさま元に戻りシンセに反撃を行なっているがシンセはソレを避けて一撃を食らわすと再び砂人形は爆散を繰り返していた。


「それまで!では希望者は奥の突き当たり右の部屋で筆記検定を受けて下さい。」


 目の前の砂人形が砂山に戻る。攻撃を当てる事は出来て、当てられる事は無かったが果たして“その程度”でどれ程の評価を得られたのかよく分からない。


「んだよ!もー終わりか?結構面白かったんだけどなぁ」


 シンセは余裕で戦闘を楽しんでいた様だ、自身と同じ形の“砂の塊を吹き飛ばす威力の攻撃”をそのまま反射反撃されていたのに怖くも無かったようだ。


「お互イ問題は“この後”ダロ?」

「えぁ?そうか『筆記』かぁ…。」


 正直シンセも俺も【学がない】戦闘能力はあっても勉学の様な物をやって来ていない。はっきり言って「馬鹿」な部類だ。

 俺は元々勉強なんてこの世界でやってきてない、少しだけ親やジジイから“人族の言語の基本”を学んだ程度、最低限の読み書きができる程度で異文化の他国に来てしまっている為にこの1年でやっとこ“獣人の国の言語”を聞き取り話せる様にはなったが“獣人の文字”を理解するまでには至っていない。

 シンセは元々勉強が嫌いで真面目に勉学に勤しむぐらいなら戦って戦闘の経験値を積みたいタイプだ。

 お互い筆記で評価を得られる可能性がほぼ無い事は確定的だろう。

 通路の突き当たり右の扉を開けると机が並んでおり番号が書かれたプレートが置かれていた。


「今入ってきた冒険者希望者は自分の検定者証の数字と同じ番号の席に座って伏せられてる板に書かれている事に回答して下さい。文字は板の横に置かれている専用ペンで書き込む事ができます。制限時間は現時刻から半刻分となりますので、終わったら板を伏せて退室してもらって結構です。では各自着席次第始めて下さい。」


 19と書かれたプレートの立つ席に座りると、1枚の板が置かれていた。触れると文字が浮き上がってくる、コレもどうやら魔具らしい、なんだか思っていたのと違う。この手の筆記のテストは紙をめくって書き込んでいく様なイメージだったがなんとも近代的と言うかSFチックに感じる。とは言っても俺は、この世界に来てから『紙』を見た事が殆ど無い。ジジイのメモ帳ぐらいしか紙を使った物は見た事が無かった程だ。いまいち文明レベルが分からない。

 まぁ、どうでも良い事だが…。

 板に浮かび上がって来たのは数種類の言語でそれぞれ別の文書問題だった。その中で唯一理解できる言語は人族の物、他に見た事のある言語として獣人の物があった。他は未知の言語が4種類あった。

 理解出来る文章問題は、ほぼこの世界での一般常識に関わる問題だった為、だいたい問題無く回答出来た。

 他には数字で計算式もあった。問題は簡単な足し算や引き算でこの世界で習ってはいないが、前世の記憶が曖昧でもある為に回答する事ができた。

 書き込める部分は書けたが全体の7割は無回答の状態で不安しかない。考えても答えが出るわけでもないし、突然都合良く『勉学能力覚醒』的な何かが湧き出して文字が読める様な事になる訳でも無いのでソッと板を伏せて立ち上がる。

 シンセも俺に着いてくる様な形で一緒に退室する事になった。


「シンセ、どれぐライ書けタ?」

「どっ、どれぐらいってほらあれだ、まぁまぁだな…」

「そうかマァマァかぁ…」


 シンセの目が泳いでいる、多分ほぼ白紙の状態だったのではなかろうか。

 次に案内された部屋では待機を命じられた。


「現在、各自の冒険者適正を算出してます。自身の番号を呼ばれたら奥の部屋に来て下さい。そこで【冒険者ライセンス】の受け渡しと最低限の説明を行う事になります」


 おや?また考えていたのとちょいと違う展開だな?合格・不合格とかは無いのか?そんな事をモヤモヤ考えていたら直ぐに番号が呼ばれたので奥の部屋に向かう。

 狭い部屋の真ん中にテーブルと席が1つあり、向かいにはギルド職員だと思われる男性が座っていた。


「では19番の方、そこに着席して下さい」

「ハイ」

「こちらが19番の方に受け渡す冒険者ライセンスになります」


 スッとテーブルの上に差し出された冒険者ライセンスはイヨツが持っている物と大きさは変わらないが表面には何も書かれていなかった。


「ライセンスに19番の方の【個人情報】を登録するのでこちらに“オド”を流してもらえますか?出来ない場合は補助致しますが」

「え?あっ、大丈夫デす」


 テーブルの指定された場所に触れながら魔力を流すと魔法陣特有の魔力が吸われる感覚あった。テーブルに幾何学模様の様な魔法陣のラインが浮かび上がり冒険者ライセンスと繋がる。

 目の前のテーブルが個人情報登録用の魔具だとは思ってもいなかったので驚いた。


「19番の方の『個人情報』は自身の【オド】は魔具から【マナ】を通して【ルード】に至る事で冒険者ライセンスと『繋がる』事となり貴方だけの冒険者ライセンスとなります。」


 卓上の冒険者ライセンスに文字が浮かび上がって行く。獣人の言語で書かれている為に読めないが名前や年齢が浮かび上がっていると思う。


「冒険者ライセンスに貴方の個人情報が登録されたらマナを通して常に貴方のオドを感知して貴方にしか反応しない専用の冒険者ライセンスとなります。冒険者ライセンスの機能も本人しか使えないので他者が使用する事は基本的に出来ません。故に冒険者ライセンスが貴方自身の証明書代わりとして使用出来ます。」


 コレで俺はこの世界で遂に“誰でもない人間”ではなく“トヒイ=ナエサ”として認識される。


「ライセンスカード精製と共に【ギルド】に登録される事になります。この冒険者ライセンスをギルドで提示する事で『冒険者としての貴方に合った仕事』の斡旋を行わせて頂きます。ギルドは世界各地に点在しており、このライセンスカードが有れば何処でもギルドを利用する事ができます。」


 卓上のライセンスが強く光ると取り巻いていた魔法陣が消えた。


「コレで登録が終了しました。表面には貴方の名前や年齢、種族等基本情報が裏面には身体能力を分かりやすく数値化した【ステータス】を表示してます。ご確認をって、え?なんだこのオド数値は???ソレにコレは、ん?あれ?ええ?」


 差し出されたライセンスカードの裏側にはグラフ化されて各ステータスが表示されてる、残念な事に何が何を示しているのか読めない。ただ一つステータスだけが枠外にまで伸びている。多分コレが魔力の数値なのだろう、確かにこれだけが異常だ。

 なんだか慌てているギルド職員が自らのギルドカードを取り出して見比べては頭を捻り自らのライセンスを使って誰かに連絡し始めた。

 ほったらかしにされてる俺はどうすれば良いのだろう?ってか魔境から出た時に村長にも驚かれたし王都の門番にも驚かれたが俺の『魔力』はそんなに異常なのだろうか?まぁ、ステータスの数値を信用するなら規格外なのは確かなんだろうが…。

 村長にも言われたが俺は魔法に対する“適正”が低いらしく大量に保有しめいる魔力を十二分に扱えないらしい。スタミナだけが多いから長く走れるがスピードは出せない様なもんだと解釈してる。

 実際、俺の場合。魔法の云々は『義務教育』で習うまでまともな知識が得られそうに無いので考えない様にしている。

 義務教育を受ける為の“第一段階”でなんだか雲行きが怪しい事になっているのだが…。

 というか何だよ【ステータス】っていきなりゲームみたいな単語が出てきてさ。突然前世の雰囲気出てきて参るわ。


「で、俺ハどうしたら良イのですか?」

「ああ、すまんが君のステータス表記がおかしいんだ、魔具に異常が無いか?君の身体に異常が無いか?確認させて欲しい」

「はァ…」

「直ぐに担当の者が来る、少しだけ待っていて欲しい」


 そんな事を話していたら部屋に小柄でけむくじゃらの獣人が入ってきた。小柄な獣人は直ぐに俺のライセンスに何らかの魔法を唱えて確認作業をし始める。裏表確認し異常が無かったのか今度は机の魔具に魔法をかけて確認し始めた。

 小柄な獣人が色々調べていると別の獣人が部屋に入ってくる。背が高く細身で立派な巻き角のある女性獣人だった。


「坊やがトヒイ=ナエサで間違いないね?」

「ハイ」

「私はこのギルド所属の医療担当職員のイジョ。坊やのオドを確認したいからちょっと調べさせてもらうけど良いかしら?」

「別ニ構わナいですよ」

「素直でよろしい。では“ルベラシダラカ”」


 イジョの目がぼんやり光ると全身舐め回す様に見つめられた。


「イジョ、こっちは異常無しだ。やはり何も問題も無い、正常な数値だ」

「そうかい…コッチは『異常無し』とは言えないねぇ…」

「そりゃそうだろな、この数値が正常ならおかしいのはソッチって事にならぁな」

「おかしいって…」

「いやはや、凄いよこの坊やは!確かにこのオドの保有量はステータスに表記されてる数値で間違い無さそうだ。しかも体内でのオドの循環の仕方もおかしい。おおよそ唯の人族…いや人類にはあり得ない!なんだ?心臓にオドが集中してるコレは…」

「あー確かニ心臓に水晶がくっついテルって言ワれてたっケカ?」

「ほーう、そこら辺詳しく聞きたいねぇ、それにそもそも坊やの身体の構成が人族のソレとは明らかに違う。坊や君は一体なんなんだい?」

「なんなンだい?ト言われてモ…」


 ガチャリと扉開けて更にギルド職員らしき獣人が入って来た。見た限り前世で言うところのアルパカっぽい特徴のある獣人だ。


「確認してきました。以前ギルドに問い合わせがあった『異常なオドを保有した魔境帰り』はやはりこの少年で間違い無さそうです」

「魔境帰りねぇ」

「何とこの少年は魔境帰りなのか?確かに年齢の割に戦闘能力が高い数値を出してるが…」

「それで坊や、君の身体の事。話してもらえる?」

「まァ良いですゲド、ライセンスに問題ガ無いナラ渡しては貰エルんですよネ?」

「私的には問題は無いんだけどねぇ」

「うむ、ワシ的にも問題はねーな」


 小柄でけむくじゃらの獣人はどうやらお爺ちゃんだったらしい。


「其れがギルド長からは「待った」がかかってまして…」


 最後に入って来たギルド職員は申し訳なさそうに告げてきた。


「え?冒険者ライセンス貰えないんですカ?」

「あ、いえいえ、そうでは無くですね、その状況が状況でしてそのギルド長の更に“上”からですね…」

「『統制管理局』の連中まで出張ってきた訳だ。そりゃこれだけのオドを持つ“経歴不明者”に何も考えずにライセンス渡して問題になったら『発行元』に追及が来るだろうからねぇ」

「だが出張ってくんにゃぁ早すぎねぇか?」

「んなこたぁ無いさね。坊やには“仮承認の紋”が刻まれてる。って事は正式に外から門を通って入って来てる訳だ。なら検閲を受けてる筈、検閲は統制管理局の管轄だからね。」

「あー成る程なぁ、んじゃ既に目は付けられてたって訳か。」

「はい、国もおいそれとはライセンス発行が出来ないのかと…」


 なんだか怪しい雰囲気になってきたぞ…

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