第17話 良い事、悪い事。

 ゴクリ…

 誰が鳴らしたのか唾を飲み込む音が大きく聞こえた。

 目の前に置かれた数々の料理から香る美味しそうな匂いに食欲が刺激され皆の目の色が変わっている。

 しかし俺は他の皆とは少し違う事を考えていた。

 これは「トンカツ」であれは「焼きそば」か?でもってあの鍋料理は何だ?「水炊き」か「ちゃんこ鍋」か?どれも前世で見た様な食べ物だった。コッチの世界で覚醒してから前世で言う“洋風的”な食事か主流で“和風的”な食事なんて見た事も聞いた事も無かった。

 その見た目が香りが記憶の奥底にある思い出をビンビン刺激する。気付けばよだれが口から垂れていた。


「なんだぁコレァ?うっ美味そうじゃねーか!」


 シンセが興奮してるのか、デカい声を聞いてビックリした俺はシンセの方を向いて驚愕する。よだれが滝の様に出ていた。気付けば他の皆もいい歳した大人の筈なのに涎を垂れ流してる。


「ではみんな、王都までの商品の運搬が無事に済み今回もこの食事にありつけた。感謝する。そしてこの食事にも感謝を」

「「「感謝を!!」」」


 獣人特有の食前の挨拶、「いただきます」の代わりに食事に“感謝”を捧げる。そして貪る様に食らうのが獣人の食事の仕方だった。


「うっめーーーー」


 シンセは祈りもぞんざいに目の前のカツに喰らい付いて吠えた。

 他の皆んなも取り憑かれた様に食べ漁っている。

 もちろん俺も一心不乱に食べていた。

 美味い!そこに並ぶ品々はまさしく“懐かしい思い出の中の味”を感じた。

 トンカツっぽい食べ物は周りの衣がサクサクで中の肉はジューシーに仕上がっており、この手の料理はこちらに存在していないと思っていた。

 皆んなが爪を使って上手く食事をしてる中、俺は門外市場で手に入れたカトラリーセットの中から“箸”を取り出して使い始めた。

 こちらの世界に来てからは初めて使うからか少しぎこちない感じではあるが違和感は殆ど無く使えた。

 焼きそばはソース味と言うより醤油味に近く、鍋は味噌味に近かった。他にも肉じゃがっぽいモノや生姜焼きっぽいモノまで配膳された料理は全て懐かしかった。


「トヒイ、また泣いてるのか?」


 指摘されて気が付いたが、いつの間にか涙がボロボロ流れていた。俺はどうも食事というモノに無意識に反応してしまう。ここまで来ると本能的に刷り込まれている感じだ、もしかしたら前世の事が関係しているのかもしれないが案の定思い出せる事は無い。

 

「食べ物が美味シイって事は素晴らシイ事なんだよ…」

「ほうか、しかしいつ食っても美味いな!」

「ほんとよ!んぐ、コレがなきゃ護衛何て割の合わない仕事しないって!」

「ははは、たしかに!!」

「たっくよ!大人はずりーぜ!こんな美味いもん毎回食ってたなんてよぉ」

「まぁ村の特産品の売り付けは命懸けたからな、はぐ、これは褒美なんですよ」

「確カにコレは大変ナご褒美だ…」


 ここまで和食のおかずが揃っていると“ご飯”が食べたくなる。なのに配膳された料理の中にご飯が無い。前世では主食だった筈の『米』が無かった。皆んなは気にした様子は無い元から無いのだろうか?


「イヨツ!そろそろ良いだろ?」

「ん?しかし今回は子供も居るしな…」

「えっ!?まさか無しだなんて言わないよな!」

「そーよ!無し何てあり得ない!」

「何だ?まだ美味いもんが出てくるのか?」

「俺達ガいると駄目なのか?」

「大丈夫だよ、イヨツ!問題無いって!俺も含めここにいる面子は美味い料理とアレを飲む為に来てるようなもんなんだぜ!」

「確かに」

「しかしなぁ…」

「お前が嫁さんに言い含められてんのは知ってる!だがコレは譲れん!」

「そーだ!そーだ!アレが飲めん何てあり得ないんだぞ!」

「何だ?まだ出てない美味いモンがあんのか?親父!何だよお袋に何言われたんだ?」

「お前らアレに手を出したら収集が付かなくなるだろ!子供の前で醜態を晒すわけにはいかんだろ」

「俺は構わねーよ!醜態晒したって飲みたいもんは飲みたいんだよ!」

「確かに」


 色んな人から文句が上がって騒然としてきた、どうやら『何か』を追加注文しようとしているのをイヨツは止めたいがほぼ全員が反対している様だ。場が一触即発の雰囲気まで漂い出している中で俺はご飯の事で頭がいっぱいだ。

 やはり店員に直接聞いた方が早いだろう、大人達が何を騒いでいるのか、何をイヨツが止めてるのかは大体察しがつくのでちょうど良い。


「イヨツ、俺もシンセも多分全ク気にしないヨ、お酒飲みタイなら頼めば良いんジャ無いかナ?」

「ほら!魔境帰りもこう言ってるんだぞ!本人が大丈夫って言ってんだからさ!嫁さんも許してくれるって!」

「確かに」

「全く。ノタイも「確かに、確かに」って頷くだけじゃ無くて皆んなを説得してほしかったんだが…」

「ソレは無理だろ」

「親父?酒飲むぐらい村でもしてんだろ?何か問題でもあるのか?」

「ソレは…」


 ここの“料理の質”から考えて村では飲めないレベルの酒が出て来るのだろう。もしかしたら日本酒の様な物かも知れない。ソレはそれで興味がある。


「食べ物でこのレベルなんダ。相当美味シイ酒なんだロ、我慢する事ないヨ」

「だよねー、そーだよねー!!イヨツ!!」

「全く…アイツにどやされるのは俺なんだぞ…」


 村で最強の英雄イヨツも嫁さんの前では肩無しなのは有名な話、それでもここは「米」の為にどやされてもらおう、俺は“子供”だから責任は大人が勝手に取る。


「分かった、分かった。いつも通りに注文する事にしよう…」

「よっしゃーー!!そーでなくっちゃ!」


 イヨツが徐にギルドカードを取り出して操作してカードに「すまんが追加だ」と語りかけた。

 程なくして従業員がやってきて注文を受ける。「ビールナマー」に「ラリーウイスキー」に「ポンシュのミヤビ」聞いた事がある様な雑な感じの酒の名前かポンポン出てくる。そしてそれらは名前から想像する通りの酒なのだろう。

 一通り注文を受けた従業員に“ご飯”の件を聞いてみる。


「おや?珍しい。はい、お米ならご用意できますよ」

「ホントですカ?ならオ願いしまス!」

「お客様はルバンガイセクイの出ですか?私達獣人にはどうも「ご飯」ってのが合わないらしくてね、残念ながら人気が出ないんですよ。でも料理長が向こうの人だから毎日ご飯は炊いて個人的に食べてるんですよ、もらってくるんで少々お待ち下さいませ」


 やはりご飯もあった!ここまで来ると間違いない。『ルバンガイセクイ』は日本と非常に似た文化を持つ国もしくは俺同様の前世を持つ者がいる国って事だろう。

 だが俺が元々住んでいた村もルバンガイセクイにある筈だが和風な文化が存在していた様には見えなかった。ど田舎で文化が広がりきって無かったのか、それともルバンガイセクイでも和風文化は一部だけなのか。


「どうぞお客様、炊き立てとは行きませんで申し訳ございません」

「いエいエ、こちらが無理を言ってるノで」


 従業員さんの対応はいちいち丁寧だ、こんなところも前世を思い起こさせる。

 保温保管されてたのか少し冷めた感じだが、見た目は前世でお馴染みだっただろうご飯が置かれる。しかも隣には味噌汁らしき物まで置かれていた。

 それを見ただけで再び涙が流れてくるが止められない。改めて「いただきます」とご飯に口をつける。それはまごう事なき“お米を使ったご飯”であった。そしてずずっと味噌汁っぽい物を飲む、 コレも味噌汁で間違い無い。

 従業員さんが泣きながら食事をする子供を見ながら困惑しているが、そちらのフォローを出来る程こちらにも余裕が無かった。

 ご飯とおかずの組み合わせ、無限の可能性が目の前に広がっているのだ。止まれる訳が無い。

 美味い!美味すぎるぅぅぅ!!

 おかず→白米→おかず→白米たまに味噌汁の無限ループ。久しぶりに味わう“故郷の味”とも言える料理を噛みしめ至福を感じつつ腹を満たしていく。

 他の皆は届けられた酒を煽ってご満悦だ、獣人は腹を満たした後でも普通に酒を飲む。結局大宴会に発展してしまった部屋は中々にカオスな様相になってきていた。

 そんな中でシンセは食べるだけ食べて腹をパンパンにしたが寝転がって動けなくなっている。


「うぅぅ、もっと食いたいのにもー、く、食えねー」

「大丈夫か?」

「うおぉぉ…」


 大人達の宴会は非常に盛り上がっていた。いつも寡黙なノタイが酒をガバガバ煽って大笑いしてるし、大柄のイトフが縮こまって泣いているし運転手の1人は目を回して倒れている。

 なるほど「酷い」大人達のはしゃぎっぷりは見るに堪えない有様になってきていた。

 裸で踊る者、それを見て大笑いする者、大声で歌う連中、そんな中でも大の字でイビキをかいて寝てる者などなど。

 俺は、そんな宴会風景をなんだか懐かしい気持ちで見ていた。何故こんな気持ちになるのかは分からないだが決して嫌な気持ちでは無かった。

 ってか!いつまで騒いでいるのだろう?普段なら寝てる時間をだいぶ過ぎている、宴会は終わる様子が無い、シンセは既に寝てるし大人も半分ぐらいはダウンして意識は無い。

 俺もウトウトし始めたところでイソホが動いた。スッと立ち上がり何食わぬ顔で騒いでる連中の背後に回ると手刀で一閃、騒いでいた連中がばたりと倒れた。


「なっ?!」


 イソホが次々と騒いでる連中の意識を刈り取って行く。その手腕は凄腕の暗殺者を彷彿とさせる程だった。

 泡食ってイソホを見ていたら視線に気付いたイソホがニッコリと微笑んで来た。なんだか非常に怖い…。


「トヒイ、そろそろ寝る時間ですよ?他の者達も全員寝てますから」

「え?あ?エえ??」


 足音無くイソホが近づいてくる。普段は男勝りな話し方をするイソホが艶のある声色で丁寧に話しかけて来るのも違和感があったし表情が笑顔だとハッキリ分かるのもなんだか非常に怖い。

 アワアワしながら周りの見渡すと俺以外に意識を保っている者が見つからない。更にはまとめ役のイヨツを探すも見つからない。どうやら助けは期待出来ない様だ。

 そして不意に目の前からイソホが消えたと思ったら


「トヒイも寝てください。明日は頑張って」


 と囁かれたと思うや否や俺の意識は途絶えた。







「起きろ!トヒイ!」


 起こされると朝になっていた。畳の上で意識を刈り取られた筈だが、いつの間にか布団に寝かされていたらしくスヤスヤ朝まで寝ていたらしい。

 イトフは昨日の夜のしょぼくれぶりなど無かったかの様にいつも通りに声をかけてきた。


「おら、シンセもサッサと着替えろ!」


 俺より少し前に起こされたと思われるシンセは眠気まなこで着替えをしている。

 自分が寝ていた布団は今まで当たり前だった藁の上にシーツを乗ってただけの簡易的な物では無く、ふわふわの羽毛布団だった。実験施設での寝床は硬めのベットに掛け布団無しだったのでまともな寝具は転生してから始めてかも知れない。


「布団かラ出たくナイ…」

「あぁ…気持ちは分からんでも無いぞ、この布団は気持ちいいからなぁ」

「ぐヌぅぅ」

「ほれ!トヒイも着替えろ!ギルドに向かうぞ!」


 そうだ、今日はギルドで冒険者になる日だった。ズバッと元気よく跳ね起きテキパキ用意を始めた。


「お、おぉ、そうだ。分かってるなら良いんだ、なんだ?いきなり元気になるなよ」

「ウん、冒険者になるのハ楽しみにしてたかカラ」


 「どんな世界」でも何かをする為に『身分を証明する物』があるのと無いのでは出来る行動に雲泥の差がでる。元々、俺はこの世界で“出生届”や“洗礼”を受けてない前世で言う戸籍の無い『イレギュラーチャイルド』状態だ。この世界にとって誰でも無い俺が『冒険者』と言う【何者か】になるチャンスなのだ。この機会を逃すわけには行かない。

 冒険者に成る事でやれる事が広がる。父さんは知らないが母さん元々は冒険者だったらしいが剥奪されて苦労する羽目になったそうだ。

 先ずはルバンガイセクイで【色々な知識】を手に入れる為に学園都市で教育を受けたい。その為には1人でも旅が出来る状態にならねばならない。その為の初めの一歩だ。


「まズは冒険者にナってみないとネ」

「はっ!楽勝だっての」

「ははは、やる気があって何よりだ。ならさっさと行くぞ。早く準備しろ!」

「そう言えばみんなは?」

「あぁ、別件の仕事だよ。ほら昨日のウユチハ族から聞いたヤツな」


 確かに昨日そんな話が出ていた事を思い出す。もしかしたら昨日の気を失う前にイヨツが居なかったのはその仕事に関係があったのかも知れない。

 ソレはさて置いて冒険者ギルドに向かおう。【英雄】と呼ばれる男が直々に受ける仕事だ、俺の様な半人前のお子ちゃまには出番などないだろう。先ずは一人前に近づく為にも冒険者にならなければならない。

 今は手に入れられる『力』は何でも手に入れておかなければならない。そうでなくては“また全てを失う事”に繋がりかねない。

 地味でも地道に一歩一歩確実に『強く』ならねばならない。


「んじゃ行こう」

「「おう」」


 元気よく旅館を後にし冒険者ギルドへ向かう。王都は朝から賑やかだが夕方のような人混みな無いので余裕を持ってイトフについて行けた。

 着いたギルドは昨日より混み合っていた。


「シンセ、トヒイ、んじゃ受付に試験者証を見せ適正試験受けてこい。俺はアッチで待ってっから」

「「ほーい」」


 俺とシンセは昨日と同じ受付嬢に試験者証を見せると奥の通路に行けと指示を受けたのでそのまま進んだ。

 進んだ先には体育館のみたいな広い空間が広がっていた。


「時間までまだありますので冒険者希望者の方はもう暫くお待ちください」


 試験場らしき空間には俺ら以外にも数人の冒険者希望者がぐだついていた。年齢も性別もバラバラだと思う。ただ全員獣人なのでぱっと見だけでは実際の年齢はよく分からんが…。

 少し待つとボーンと時刻を告げる鐘の音が響いた。


「はい、では四の刻半となりましたので本日の冒険者適正検査を開始致します。先ずは検定者証の数字の順番でこちらにお並び下さい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る