第15話 まちぼうけ。

 前方に「何者か」がいると言われ目を凝らすが全く見えなかった。


「かなり離れてるな、待ち伏せとかでは無いのでは?」

「いや、明らかに向こうも気付いてるな」

「偶然では無いと…細かい人数は?」

「そこまでは…」

「あぁと、6人だな。はっ!ウユチハ族ってんなら初めてだな!やってやんよ!!」

「逸るなシンセ、相手の目的が分からん。敵対行動をとってる訳でも無い、無闇に突っ込むなよ」

「分かってる…」

「ん?動いたな、普通に歩いて近づいて来てる」

「どうする?ルートを変えるか?」

「いや、このまま行こう。各自即戦闘に入れる様にしとけ、俺たちも進むぞ」


 どうやら俺以外は“見えて”いる様だ。

 相手は6人でウユチハ族で普通に近づいてきてるらしいがまだ俺には全く見えない。


「イトフさん、ウユチハ族ッテどんな連中ナんですか?」

「まぁ同じ獣人だよ、俺らは『ウユニホ族』で毛むくじゃら系。「ウユチハ族」は鱗カチカチ系だな」

「鱗カチカチ系?」

「あんま相性の良く無い連中なんだよな」

「はァ…」

「ほらトヒイ、そろそろお前でも見えてきてるんじゃ無いか?」

「ん?アっ確かに!」


 目を凝らすと正面から何人か歩いてきているのが見えた。

 その姿は服を着た歩くトカゲだった。

 何だっけ?あれだな、『リザードマン』って奴がしっくりくる。


「イヨツ、『腕章』を付けてる。雇われの壁外警備隊だ」

「ああ、だが気を抜くな“なりすまし”の可能性もある」


 前から来るトカゲ獣人達は全員左腕に青い腕章を付けていた、どうやらソレが壁外警備隊の証の様だ。

 トカゲ獣人達はすれ違う事なく俺らの前に立ち塞がる様に立ち止まった。

 トカゲ獣人の中で1番がたいの良い男がこちらに向けて声をかけてきた。


「ケッケ、止まれぇー」

「何だ、貿易の為に商業門に向かっているのだが?」

「アー、それはいい。それよりもイオツって野郎がいるだろぉよ」

「あぁ、俺がイオツだが?」

「やっぱオメーかぁ、ケッケ」

「俺に何か用か?」

「いや俺らは壁外警備隊の任務を請け負ってる冒険者チームに過ぎんのよ。伝言をな請負ってんのさ」

「伝言?それは良いとしてその為だけにいつ来るか分からん俺らを待っていたのか?こんな場所で?」

「ケッケ、そりゃそう思うのが普通だわな。まぁそう言っても依頼者からは“場所と日時”は指定されてたかんな」

「何だと?」

「まぁ怪しむのはごもっともだ。ケッケ、だが問答してもしゃあないコッチは言われた通りに行動しただけだからな、さっさと要件だけ伝えるぜ。イヨツさんよ『暮れに待つ』だそうだ」

「成る程な…」

「伝えたぜ、んじゃな」


 それだけ言うとトカゲ獣人達はさっさと離れていった。壁外警備隊らしいので持ち場にでも戻っていくのだろうか?


「んだよ。やらねーのか?なぁ親父、どう言う事だ?全然わっかんねーんだけど」

「首都で『仕事』が入ったって事だ」

「仕事?」

「あー“ギルド”を通さない特別な、な」


 成る程、実にキナ臭い。

 俺とシンセ以外の警護役の大人は全員『冒険者』として『冒険者ギルド』に登録してる。この国で手っ取り早く身分証明をするのにギルドの発行する【ライセンス】を利用しているからだ。

 他の大人も『商業ギルド』など、なんらかのギルドに登録されているらしい。

 ギルド登録している者は基本そのギルドを通して仕事を受ける、冒険者ギルドなら雑多な一般作業からモンスター討伐、この国なら壁外警備隊などなどだ。詳しい事は分からないが、まぁ前世で言うところのハローワーク的な仲介業みたいなものと理解してる。

 そのギルドを通さない「非公認」な仕事とは何だろうか?


「はぁ、取り敢えずサッサと肉を届けるぞ」


 その後は何の問題も無く王都の商業門まで行き着く。

 その門前には人や荷物の出入りによって自然に出来た道があり、その左右にはテントが立ち並んでまるで市場の様になっていた。

 首都に入れる『門』は5箇所あり貿易品の取引で出入りする場合は検閲の行われる『商業門』から出入りしなければならない。

 大都市である王都の商品運搬は多い。故に検閲にも時間がかかる。それを待つ間に同じく待ってる他の連中相手に屋台を立てて商売を始める。1組が始めると真似て2組3組と屋台を立て始める。そしてまるで屋台は市場の様相になっていき、ソレを『壁外市場』と呼ぶ様になったそうだ。

 この世界に来てから辺境の集落や謎の実験施設とかでしか人を見てこなかった俺としては、この俗に言う『壁外市場』ですら人が多くて圧倒される。

 

 でもなんだろう?なんだか懐かしい…。


「はっはっは、何だトヒイもの珍しいか?お前がキョロキョロ落ち着かない何て珍しいな!」

「え?あーこう言ウところ初めてデ…」

「おーオレも初めてだぜ!」

「ココでそんなにビクついてたら首都に入ったら息できねーぞ!」

「分かってル…」

「シンセ、トヒイはこの後“冒険者”として登録してもらう事になる。イトフはは2人に連れ添ってギルドで手続きの手伝いを頼むぞ」

「うむ、了解した」

「他は肉の運搬だからな」

「とは言っても中々時間かかりそうよね」

「そうだな、この場所で襲撃してくる様なバカはいないだろうからな、最低限の面子で警護回して他は自由ってのでどうだ?」

「ああ、俺とノタイを残して後は自由に1の刻たったらイソホとトヒイと交代だ。その後はイトフとシンセで」

「よっしゃぁ!トヒイ!アレ食おうぜ!さっきっから気になってたんだよな!」


 商業門前の検閲場に続く道には長い行列が出来ていた。獣人の国の王都に来るのは国内の獣人だけでは無い、俺同様に人族もチラホラ見受けられる。

 どちらかと言えば俺はそっちの方に興味があった。

 少し前までは他国と戦争していた事もあるらしいが今は国交も復帰して他国に行く方法もちゃんと有る、ルバンガイセクイにも行く事は可能だろう。

 今日明日で離れる訳でも無いが今後の事を考えて少しでも情報を仕入れておきたかった。

 おきたかったのだが…。


「分かっタ!食べヨう。シンセ、俺はアッチも気になってる」


 食欲に負けた…。

 精神は前世の記憶を引き継いだから大人と同じ筈だが、どうも子供の身体に精神が引っ張られてる気がする。身体に合わせて精神が幼稚になった気すらするぐらいだ。

 良い匂いがする…。昼過ぎで腹が減っているのもあるが、食事の大切さを痛感している俺には耐えがたい香りだ。あの串焼きもあのなんだか分からない麺料理も美味そうだ。


「何か飯見てはしゃいでる姿だけみるとあの2人はまだ子供なんだなと実感するな、イヨツ」

「どんなに『突出した力』を持っていたとしてもあくまで“12歳の子供”にすぎんさ」

「俺らが12歳の時はどうだったかな?」

「その頃は戦争中だったからな…」

「確かにな…あの子らには俺らの様にはなって欲しくは無いんだがなぁ」

「あぁ…だから今回の仕事は俺1人で請け負うつもりだ」

「内容次第だろうが1人で無理そうならいつでも助力は出来るからな…、俺もイソホもノイタも覚悟はしている」

「ありがたいな、そうならん事を祈るしか無いがな」


 シンセと屋台を巡りホクホクしてたら1の刻経っていた。荷車に戻りイトフと警護に戻った。

 屋台飯はどれも美味かった、この世界ひ来てからの食生活を考えたら安物のジャンクフードでもご馳走だった。

 結局ホクホクしてて人族に聞き込みする事が出来なかった…なんだか屋台が並んでる風景が前世の祭の雰囲気に似てる気がして気が緩んでいるのかも知れない。


「7の刻ぐらいには検閲になりそうだな」

「そうですネ後半刻で」


 昼過ぎに門の前に着いてもう直ぐ夕方だ、この世界は1日を1の刻〜10の刻の十分割で管理され1の刻は前世で言えば2.5時間に当たる。

 現在時刻は6の刻半ぐらい前世で言えば16時ぐらいだから7の刻なら17時過ぎぐらいの感覚だろう。


「【千年獣国ヨダモノケ】ノ王都【ルマニア】であってルよね」

「そう、モノケバ大陸を収める【世界五大国】の1つ、クソッタレな『獣王』様が統治する国だよ」

「クソッタレって…。門を潜っタラその足で『冒険者ギルド』に向かウのか?」

「あー出来るならサッサとやっちまった方が良い、多分ギルドも混んでるだろうからな…」

「冒険者認定書かぁ…コレでやっと」


 結局半刻では検閲まで至らず警護もシンセとイソホと交代する事になった。

 晩飯まではまだ時間がある、今度こそ聞き込みをやろう、認定書が有れば『身分証明』が可能になる現状の“何者でも無い”状態から一歩前に進む事が出来る。

 立ち並ぶ屋台の中から金物を売っている人族を見つけたのでそのまま物色をする感じで近く事にした。


「おっ?いらっしゃい、坊主は旅人かい?」

「え?あーあー、一応違いますかね?商品運搬の護衛でって久しぶりにちゃんとした“人語”聞いた!」

「人語って今時…、まぁ、この国の言語を“獣人語“って言うんだから間違いではないがね、坊主はどこの出だい?見た感じ奴隷って訳でも無さそうだが?」

「あー多分、ルバンガイセクイ?の端の村かな?」

「ほー、あの【魔導伝統国】から来てんのかい?ならこんな木端な金物じゃぁそそられんだろ、あの国は進んでるからなぁ」

「いやぁ、俺の住んでた村も国外れだったからか貧相だったんで、この商品で充分魅力感じますよ!」


 実際は村人の生活水準がどの程度だったのかは正確には知らないが、ウチは最下層だった為に廃棄されたボロ金物を修繕して使う様な生活水準だったから綺麗な金物ってだけで価値を感じられる。

 だが今は商品の事は置いておく、先ずは“国外”へ出る方法から確認していこう。


「おじさんは何処から来たんですか?」

「ん?私かい?【ルアイパッイ】の【スリギー】から貿易でね」

「ルアイパッイって…えっと……【連合国家】でしたっけ?」

「ははは、そうだよ。まぁ連合国家って言っても今は内紛でゴタゴタしてるけどね、国じゃ商売が上手くいかなくてさ、それなら国外で一発当てようってね」

「そうなんですか…」

「ははは、渡りがつかなきゃ元も子もないのだけどね」

「ここまではどうやって来たんですか?」

「どうやってってそらぁ“船”に決まってるだろ、『空挺』や『転移門』はこの国じゃ使われてないからな」

「“くうてい”に“てんいもん”ねぇ」

「坊主も船で来たんだろ?」

「いやぁ…なんて言うか気づいた時にはこの国にいまして…運良く俺を受け入れてくれる人達がいたから助かったんですけど……」

「お…おぉ、何というか大変だったんだな」


 あやふやな回答をしたのだが屋台のおっさんは“あやふやな部分”を勝手に解釈してくれた様で憐憫を含んだ目で見てくる。

 攫われて売れなかったから捨てられて拾われたとでも思っているのかも知れない。

 実際は攫われて人体実験されて勇者の戦いに巻き込まれて気付いたら魔境でサバイバルになって魔境から出たら不審者扱いでとっつかまっての1年経過だからな、事実は小説よりも奇なりってね。

 そんな気の良い屋台のおっさんと他愛もない話を続けた。金さえ払えば国外に出る事自体は難しく無い事が分かったし数カ所港町の場所も教わる事が出来た。まぁ上等な結果だろう。

 最後にここで話したのも何かの縁と最低限のカトラリーセットを買った、オマケにルバンガイセクイの一部の地域などで使われいる『箸』もつけてくれた上に格安提供してくれた。


「じゃあな、坊主。『セミオ商会』の『スダ』だ、縁があったらまた買いに来てくれや」

「はい、俺はトヒイです。その時はよろしくお願いします」


 検閲の列を見ればもう直ぐ自分達の番になりそうだったので戻ることにした。


「何買ったんだ、トヒイ?」

「スプーンとかフォーク」

「へー、んなもんいるかぁ?」


 獣人はその特性からなのか食事の仕方が豪快だ、主食がパンな事もあり大体素手で食べる。熱々の肉ですら爪を伸ばして食べるし、肉とかナイフで切り分けるぐらいなら食いちぎるのが普通だ。


「俺ハお前達ホド野生じゃ無いノ」

「はっ言うじゃねーか」

「シンセ、トヒイ順番が回ってきたから無駄話止めてこっちに来い」


 やっと自分達の検閲の順番が来た。門が開き王都壁の中に入ると馬車が何台も入る程の大きめの部屋に繋がっていた。中では数人の検閲官が待ち受けており3台の荷台の中のチェックと入都する人間のチェックが始まる、まぁ荷物の内容的にはモンスターの肉と骨で何の問題も無い。

 むしろ問題なのは…。


「でこの人族の子供には身分を証明出来るものが無い様だが?『奴隷紋』も見当たらないしどう言う事だイヨツ?」

「訳あって俺が面倒を見ている。息子とこの子の保証人には俺がなるから問題は無いだろ?」

「英雄の保障があるならまぁ、コッチとしては文句は無いが…」


 何年か前まで他国の人族と戦争をしていた事もあり人族と交流には何かと厳しい目が向けられる事は事前に言われていた。

 そもそも“身分を証明出来ない人”が国を跨ぐ事すら難しい世界らしいので『同族で無い、誰だかも分からない子供』など不穏因子でしか無いのだろう。

 王都に入る際は誰であろうと“身元”を保障出来なければ入る事は出来ない、まぁ当然だろう。なので自身で保障が出来ないなら保証人を立て何かあったら強制的に代償を払ってもらう為の楔を設けるのがここのルールらしい。

 イヨツと顔見知りだと思われる検閲官はかなり渋々と言った感じで現在身分証明の出来ない俺と身元は保障されてるが初の王都のシンセにその2人の保証人としてのイヨツを奥の部屋に案内する。その部屋で身体検査と保証人の手続きを行うようだ。

 入った部屋の真ん中にはファンタジー作品でよく見る様な六芒星の魔法陣が描かれ、更に周りにそれと繋がる魔法陣が数個あった。


「君、この“検査陣”の真ん中に立って、身体確認とイヨツと“保障パス”を繋げる事で入都仮登録を行う」

「ハい…」

「イヨツはそっちに」


 魔法陣の真ん中に立つとイヨツはその魔法陣から繋がる別の魔法陣の上に立つ。こちらの準備が終わったので確認した検閲官は“何かの板”を確認してそこに何かを書き加えると壁に空いた細長い隙間に差し込んだ。

 ビカッと魔法陣が光出すと淡い光があるれ出して俺の体を擦り抜けていくのが分かる。


「うん、身体的には『普通の人族』だな……ん?何だこのオド量は?」


 おや?何だかチェックに引っかかってしまったか?

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