第14話 どうなんだ。

 ヨダモノケの王都には角の生えた六足のコブの無いラクダの様な輓獣の『ダクラノツ』の引く荷車で向かう事になった。今回は特産物の【モンスター肉】を積んだ積荷車3台と護衛車両1台の4台編成、ダクラノツが各2匹に護衛役6人と運転手4人と交渉役1人の中々の大所帯での遠出となった。

 俺らはもちろん運搬中の警護役となる。基本的には荷車内で待機、鼻の効く監視役がモンスターの接近を感知したらモンスターの動向次第で外に出て対処。夜の寝る時は仮眠を取りつつ交代で警護となる訳だが。


「あー暇だな!」

「そうダね」


 夜中に火の番と辺りの警戒をシンセと共に行っていた。村を出て3日目になる、今のところトラブルは起きていない。日中に襲ってくるモンスターは難なく狩られ、夜に野党に襲われる様な事も無い。至って平凡な道中だ。


「ったくよ!こっちはモンスターの肉をたらふく運んでんだぜ!エサがあるんだからバンバン襲いかかって来いっての!返り討ちにしてやんのにさぁ」

「イヤイヤ危ない事言わナイで!」

「だって昨日の大型モンスターは近づいて来ただけで襲ってこねーし!夜は静かで不気味なだけで何も起きねーしよー」


 どうやらシンセは退屈しているらしい。まぁバトルジャンキーらしい感想だと思う。実際現状拍子抜けと言える程に平和である。

 以前に隣村まで行くのについて行った際は、夜に『イレウユクツラフ』と言うモヤッとしたガス状の人型の塊に光る球が2つ3つ浮かんでるモンスターとやり合った経験がある。

 触れられると肌が爛れるし捕まると体の中に入って来ようとする厄介なモンスターで動きは遅いから対応するのは簡単なのだが、夜だったのでガス状の体は辺りと溶け込んでいて非常に見づらく、物理的な攻撃はすり抜ける。

 対応的には魔法で吹き飛ばすのが一般的らしいが肉弾戦を主にする獣人にはやや苦手とするモンスターだった。

 既に戦闘力的には大人と同等な俺とシンセだが攻撃魔法は使えない。

 俺は身体強化の魔法や戦闘には使えない生活魔法なら最低限使えるが、相手を攻撃出来る程の火を出したり水を出したりする放出型のファンタジーの代名詞的な攻撃魔法は使えない。

 シンセに至っては生活魔法すらまともに使えない。

 そう考えるとジジイが生活魔法より魔法陣の使い方を教えてくれていた事を良かったと思う、生活魔法は便利だが戦闘では使えないし汎用性は魔法陣の方が明らかに高い。

 とは言っても現状で火の出る魔法陣の火力では相手を焼き尽くせないし、風の出る魔法陣でも相手を吹き飛ばせる程の風圧は出ない。

 斬り抜ける感じでイレウユクツラフを攻撃しては離れる感じを繰り返すが倒せる気がしない、他の大人達はどうしてるのかと思って見てみるとある程度の距離から土や砂を思いっきり投げつけていた。塊をぶつける感じでは無く、散弾の様に全体にぶち当てる感じだ。

 普通に考えれば物理攻撃には変わらないから石や砂は全てすり抜けてしまう筈だがその攻撃にイレウユクツラフは怯んでガス状の体を崩していた。

 自分達に近づいて来るイレウユクツラフを避けながら大人達の対応を観察していて気付く、イレウユクツラフは攻撃を受けて形を崩す際に必ず“光る球”の部分にモヤが残っていて形を戻す時もそこから戻って行く。

 それで光る玉がイレウユクツラフの中核を担っているようだ。

 武器でピンポイントで狙ってもガス型モンスターの形状のせいか受け流されて上手く当たらない、だから土や砂などで全面的に攻撃して光る球にダメージを与えていたのだ。

 シンセも気付いたのか闇雲に斬りつけず光る球を狙う様になっていたがイマイチ上手く行っていないようだ。光る球に爪が当たってもそれなり硬いのか弾いて決定打にならない。

 虫取り網みたいなのが有れば簡単に対応できそうだなと思うが勿論そんな物は今ない。

 ならどうするか?色々考えてもみたが面倒臭くなってしまった俺は直接掴みに行った。

 イレウユクツラフは動きがとろいので光る玉に触れる事自体はさほど難しくは無かった、斬り抜けるのと同じ感覚で2つの光る玉の片方を掴んで引っこ抜く、直接ガス状の体に手を突っ込んだ部分は一気に爛れて皮膚がジュージュー音を立てていた。

 掴んだ光る玉は玉では無く光る石の様な物で1つ光る石を抜き取られたイレウユクツラフは形状を維持出来ない様で崩れて蠢いてる様だった。

 元々のゆっくりだった動きを更に遅くしながらもこちらに向かって来るイレウユクツラフの後ろからシンセが伸ばした爪で残った光る石を掴み割るとイレウユクツラフは溶ける様に霧散していった。

 光る石は『魔石』と言われる魔力の籠った石だそうだ。どうやら魔石を要にガス状の「何か」が集まってイレウユクツラフと言うモンスターになるらしい。

 爛れた腕を強化細胞をフルに使って回復している間に周りのイレウユクツラフは全て討伐されており全員が状況確認の為に集まって来ていた。

 そこで網を使った効率的な討伐方法を提案しようとしてみるも、その前に俺の腕の状態を確認されこっ酷く叱られる事になってしまった。

 イレウユクツラフに触れた事で発生する【爛れ】は何故そうなるのかが解明されてないらしく『毒』なのかも知れないし『呪い』なのかも知れないし『まともに回復しない』かも知れないと怒られてしまった。

 どうやら自分は何度も何度も死にかけているせいか「この程度なら」と状況を甘く見てしまう傾向がある様だ。気を付けねば取り返しのつかない事になると言われ「ゾッ」とした。

 大人に内緒でシンセとやっている命懸けの組手もそうだが自分の能力を過信して死んでたら馬鹿そのものだ。

 そんなだから迂闊に失敗して後悔する事になるのだと、何も出来ず何も守れず死ぬ事になるのだとなんとも言えない焦燥感が湧き上がってくる。

 その後運良く腕は何の後遺症も無く元に戻ってくれたが本当に気を付けねばならないと心に刻む。

 どんな状況でも油断してはならない、襲撃が無いならそれで良い強くはなりたいが無闇に暴れても意味は無い。

 退屈してるシンセには悪いが今は無事に首都に到着してもらいたいものだ。

 それから2日は何も問題なく進んでいたが首都まであと3日程の距離になって状況が変わってきた。


「ははぁ、コレだよ!こー言うの待ってたんだ」


 シンセは笑いながらモンスターと戦っている、イヨツは首都の周りには大量にモンスターがいるとは言ってはいたがどっから湧いているのか引っ切りなしに襲いかかってくる様になった。


「今度はアッチだ!『シジラダマ』!4匹」

「分かった!トヒイ、イトフ行けるか?」

「ハイ!」


 迫ってくるのはマダラ模様のライオンの様なモンスターだった。


「トヒイ!アレはたて髪が危険だ!たて髪の中から触手が伸びてくるぞ!」


 大型のクマの様な獣人のイトフは獣人にしては珍しく槍を使って戦う。

 跳ねて噛み付いてこようするシジラダマを口の中に槍を一突きで頭を貫いて倒していた。

 俺は注意されたたて髪からの触手に注意しながら向かってくるシジラダマを串で牽制しつつ魔力を込めたショートソードで四肢を斬り裂いて行く。


「ほー、やっぱその剣の斬れ味は凄いな!」

「イトフさんコソその槍の威力凄いですヨ」

「ははは、こりゃ硬いだけの普通の槍だよ、力任せに貫いてるだけだぞ」

「ソレ普通に凄い事ですから!」


 四肢を斬られたシジラダマが苦し紛れか触手を向けてくるが冷静に対処し全部斬り落とす。

 監視役からの報告が来ない、どうやら一段落した様だ。


「各自元配置に戻れ!早急にこの場から離れるぞ!」


 イオツの号令で皆んなが慌ただしく配置に戻って行く。早く離れなければモンスターの死体の香りに誘われてモンスターが群がって来る。

 門番の時もそうだった、だから殺したモンスターは門内に入れて外に死体を残さない様にしていた。

 だが現状は死体を保管する場所なんてない、本当なら火系の魔法等で死体を消し済みにしてしまうのが良いそうだがそれ程の魔法は使える者が居ない、『魔具』と呼ばれる魔法と同等の効果を出す道具もあるがモンスターを消す済みにする程の威力のある物は高価なので持ち合わせていない。

 因みに魔法陣を刻んだ風の出る靴や串も簡易的な魔具となる。

 全員でさっさと元の配置に戻り逃げ出す様にその場から離れる、遠目に死体を確認してみると既に何体かのモンスターが群がっている様だった。

 前世の子供の頃にRPGのゲームをやって村から村へ移動する際に何度もモンスターと遭遇してイライラしてた様な事を思い出す。

 ゲームでは隣村まで数分で移動しているがドットで描かれたのフィールドマップは縮尺から考えて実際は長距離を移動していたんだなとか、実際に移動中に何度もモンスターに襲われる世界ってこんなに異常な状況だったんだなとか実感していた。


「トヒイ!オレは今ので6体だぜ!合計28体だ!お前は!」

「あーさっきノハ3体で…合計ハ…多分20体ぐらい?」

「ふっふーん。オレのが勝ってんな!」

「ったくよ、オメーはホント元気だな…」

「子供は元気なのが良いとは言うがシンセこは元気過ぎて付き合うコッチが疲れちまうな」


 シンセの元気いっぱいバトルジャンキー宣言に護衛役の大人の2人はげんなりしている。

 俺は慣れてるので聞き流してる。


「しかし今回はシンセとトヒイのお陰でだいぶ楽で助かってはいるけどね」

「だな、“英雄イヨツの息子”と“魔境から来た子供”は規格外過ぎて大人顔負けだよ、正直お前は俺らより強いだろ…」

「イヤ!そんな事無いデスよ?」


 クマ型男性獣人のイトフと猫型女性獣人のミソホの2人とシンセと共に待機中に他愛もない話をしながら休んでいる。警護役の残り2人は外で警戒中である。

 謙遜して子供組を持ち上げる2人だか実力は非常に高い、危険なモノケバ大陸で村に引きこもる事なく生き続けてる段階でそこいらの冒険者や衛兵なんか相手にならないだろう。

 多分俺の父さんにも勝てると思う…。


「問題なければ後2日程度で「首都安全圏内」に入って約1日分で首都だから村から約8日で着く事になるな、被害無しでこの速さは中々なもんだな!」

「前々回なんて積荷車1台廃棄の死者2人で帰りに冒険者に護衛依頼する羽目になったりと散々で利益出なくて大変だったからねぇ」

「タレラヤ、ニデスのおっちゃん達か…」


 王都への売買は年に2回程度の頻度で行なっている、魔境に隣接する村の周りはモノケバ大陸全体から見ても強靭かつ希少なモンスターが出現する為に、その肉や外皮などが『特産物』扱いで取引される。

 但し村の特産物とは言えあくまで個々人の取引レベルで、物品を持ち込んで買い取って貰う関係であり取引先からの援助等は無い。運搬にかかるリスクは全て村持ちになっている。

 この村も俺が前に住んでいた村同様の辺境にあたり、常駐する冒険者など居ない為に村人が全てを行う必要がある、いくら強いとは言え冒険者代わりを一般人が行う行為に被害無しなど有り得ない。

 元々『魔境門の守護の為』に作られた集落が村になってる為、物の流通など考慮されて作られた訳もなく生活必需品を手に入れる為には危険を冒してでも売買を行って行くしか無かった。

 そんな中で何人も命を散らせている、タレラヤ、ニデスもそんな中の2人だ。前々回は俺が村に来てすぐのタイミングだったので面識は無い訳だが。


「ここいらのモンスターなら俺らが幾らでもぶっ殺してやるさ!」

「頼むぜ、行きはもう直ぐ終わるけどまだ帰りがあるからな。」

「アア、出来る限リ頑張ルよ。」


 それから2日間で数度のモンスター襲撃を受けるも問題無く対処してシンセは計41体のモンスターを撃退し俺は29体撃退していた。シンセは「俺の勝ちだな!」と中々にご満悦である。

 村を出て7日目にして遠くに首都の外壁が見える位置まで来た。パッと見る端がよく分からない。成る程、王都とは相当デカい様だ。

 そして目の前には草原が広がっているのだが所々に建造物跡が見られ、手前には一定のラインで区切る様に延々と壁が有ったのだろう跡も見受けられる。

 その全てがほぼほぼ風化して大地と一体化している遺跡レベルの古さを感じさせた。


「よし!首都安全圏に入るぞ!こっからはモンスターじゃ無くて人間が相手になるからな!」


 護衛役頭のイヨツの号令がかける。

 王都安全圏内にモンスターが入ってくる事は殆ど無いらしい、多分大昔はあの壁跡が外壁でソコを区切りに結界が張られているのだろう。

 建造物跡は街の名残なのだろうか?

 それはともかくココからはイヨツが言っていた様に人間が相手になる、野盗が積荷を狙って来る事が度々あるらしいので気を付けねばならない。

 正直、魔法や魔具を使う分モンスターよりたちが悪いらしい。


「まずは商業門に向かうぞ!『壁外警備隊』の巡回も多めのルートを使うから若干時間かかるが日が暮れる前には着く筈だ」

「壁外警備隊?」

「あぁ、王都の外側を守る連中だ、基本は憲兵だが冒険者も雇われてる。だけど王都安全圏は広いからな完全に監視する事なんざ不可能だし、国はそこまでやろうとも考えて無い」

「でもね、そんなでもクズ共にとっちゃ厄介者さ、良い牽制になる“貴族門”や“商業門”周辺は警備も他の門より良いからね、安全性をとるなら其方に向かった方がいいって事ね。」

「はっ!野盗でもなんでも来りゃいい!オレがぶちのめしてるぜ!」


 シンセのバトルジャンキー宣言でその場は解散、各自持ち場に着く。モンスター相手の時は監視役が2人でその他は待機だったが今は全員で警戒監視しながら目的地に向かっていた。

 獣人は普通の人族に比べ身体能力が高い、五感も優れているので監視範囲や精度は非常に高い、残念ながら俺は他の獣人と比べると身体能力も五感も弱い為、監視役としては役立たずの部類になってしまう。こんな時に人族は魔法を使う事で補うのだが俺には使えない。

 五感の強化魔法はまだ覚えて無いんだよね。


「イヨツ!正面、誰かいるぞ!」


 全員が進行方向の正面に意識を向ける。

 俺も目を凝らすもよく見えない。


「『ウユチハ族』か?」


 護衛役で目立たなかった犬型獣人“ノタイ”がそう呟いた。

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