第12話 考えてみよう。

「起キロ、飯食エ」


 久方振りにぐっすり寝てる所を他人に起こされる。

 寝起きでぼんやりしてるところにいい匂いがしてきて一気に覚醒した。

 目の前には簡素な食事が用意されていた。

 パンとスープにサラダがとても輝いて見える、元々俺の食生活は良くなかった。門番生活の時も森で生活してる時もまともな食生活ではなかった。むしろ人体実験施設の時がある意味1番良い食生活だったのが悲しい。


「美味い…」


 まともな食事に飢えていた、森では基本的に焼いて食うだけでまともな味付けなんて無かった。前世の知識でもジジイのメモでもそこら辺は無かった為、大自然の大味調理だった。

 パンが美味い、スープも美味い、野菜もシャキシャキだけでなくドレッシング的な物もかかっていて美味い。

 気付けばまた泣いていた。


「オ前、大丈夫カ?」


 そう話しかけて来た獣人は犬とは違う感じだがやはりモジャモジャでツノが生えていた、羊っぽい感じがする。やはり表情はよく分からない。


「大丈夫です。美味しくて泣いてるだけです」

「美味シイカ?」

「はい…ここ最近まともな食事をしてこなかったもので」


 何故か敬語で答えた。


「ソ、ソウカ…、後デマタ来ル、オ前ソレマデ待ッテロ」


 そう言うと羊獣人は出て行ってしまった。

 涙と戦いつつ食事を終えた俺は寝転がりながら今後どうするかを考えていた。

 正直なところ『何も思いつかなかった』村では最後は死ぬつもりで戦って、気付けば実験施設で実験動物として強制的に生かされ、施設襲撃後にはいつの間にか魔境で素っ裸で放り出され、生き残る事だけ考えてきたが“何の為に”と言う理由が無かった事に気付いてしまった。

 【やりたい事が無い。】

 ただ生きるだけなら一生この留置所でも良いか?などとも考えてしまったが、幾ら魔境での生活よりマシとは言え、こんな悲しい一生を終えるのはゴメンだ。

 そんな事をぐだぐだ考えながらも支給される晩ご飯に舌鼓、美味い。

 改めて考えてみた。

 村にいた頃はただ家族と暮らしてるだけで良かった、先の無い未来しか見えなかったがそれでも父と母を守るんだと意気込んで隠れて修行していた頃は『目標』もあって「生きてる」実感はあった気がする。

 人体実験施設の時は直前の絶望感から来る無力感に苛まれてたから取り敢えず【力】を手に入れたくて何でもしてた。

 魔境の時はただ『死にたく無い、生きていたい』しか考えられない状態だった。

 それで「今」はどうか?「これから」どうするか?

 肉体年齢10歳ぐらいなのに前世の記憶と変に詰まった人生経験のせいでより達観した精神状態に陥ってる気がする。

 「何も考えず生きる」って事の出来ない“冷めた子供”になってしまった…。

 普通10歳ぐらいの子供は生きる為の目的や目標なんて無く生きていると思う。あれ?でもそれは平和な前世の感覚で、この世界の場合は違うのかな?うーん分からない。

 分からないから寝よう。


「オイ、起キロ」


 何も考えず寝ていたら又起こされた。

 鉄格子越しに魔境から出てきた時に出会った老獣人が話しかけてくる。


「オ前ノ【オド】ヲ調ベタ。ダケドドンナ「ギルド」ニモ登録ハ無カッタ、オ前ハ『冒険者』デハ無イノカ?」

「冒険者?違うよ、俺は何でもないよ、国民の証も持ってないしね。」

「ウム、ソウカ…。ナラ、オ前ガ誰ナヨカ話シテモラエルカ?」

「良いよ、嘘っぽい話になるけど真実だからね、信じてよ?」


 俺はここに至るまでの道中を話して聞かせる、老獣人はノモマイタング戦の件辺りから頭を捻ったり、強化細胞での再生力を見せたらギョッと目を見開いたり、魔境での生活を話したらこめかみ辺りを手を添えながら唸ったり、どうにか理解しようとしてくれている様だが全く追いついていない事は良くわかった。


「ソ、ソウカ…、ニワカニ信ジガタイナ…」

「だろうね、自分でもヘンテコだと思うよ」

「ダカ、オ前ノ異質ナ【オド】ヲ感ジレバ、アナガチ嘘デハナイト分カル」

「オド?あー、魔力の事だよね?」

「ソウダ、海外デハ魔力ヤチャクラと言ワレテイルモノダ。オ前ノオドハ、今マデノドンナオドトモ違ウ」

「違う?」

「普通ト流レガ違ウ、オ前ノ流レハ異質」

「流れ?」

「『オドノ門』ハ『普通』ナノニ『オドノ量』ハ『異常』ダ」

「モン?」

「オ前ノオドノ量ハ“底”ガ見エナイ、オオヨソ人ノ持ツ量デハナイ…」

「んな事、言われてもなぁ、やっぱ変態博士に人体改造されたのが原因なのかなぁ?」

「分カラン。マァ、門ガ普通ダカライクラ量ガアッテモ使イコナセナイダロウガナ」

「え?マジで…」

「門ハ才能ノ様ナモノ、“大キサ”デ出来ル事、出来無イ事、決マル。オ前ノ門ハ一般的ナ大キサ、オドノ量ガ多クテモ出来ル事、少ナイ」

「そうですか」


 結構ショックな内容だった、魔力の量が多くても使いこなせる才能が無いらしい。


「話ヲ聞イタ限リ、オ前ハ『悪イ者』デハ無イラシイ、ダカ直グニ信用出来ルモノデモナイ、ダカラ監視付キデ自由ニスル」

「へ?いいの?」


 子供だからか明らかに信用出来なそうな人間なのに条件付きとは言え開放される事になってしまった。


「マズハ、オ前ノ『力』ヲ知ッテオキタイ、魔境ヲ生キ抜イタ実力、見セテモラオウ」

「成る程、分かったよ、どうすればいいの?」

「コッチ二来イ、相手ハ準備済ミ」


 再び拘束魔法で身動きを封じられた上で村の広場的な場所まで連れて行かれる、そこでは大柄の犬獣人の男性が腕を組んで仁王立ちしていた。


「彼ト戦カッテ貰ウ」

「まじかぁ」

「デルバ、デマンドルー」

「何て言ってるの?」

「「子供ダカラト容赦シナイ」言ッテル」

「上等!」


 とは言うものの、現在「武器無し」「防具無し」「魔法陣無し」で『強化魔法のみ』しか使えない状態。

 相手の技量は分からないが獣人は元々身体能力に優れた種族でその上に大人と子供の体格差がある、格闘戦にて体格差、質量差は致命的な弱味になる。

 周りには障害物は見当たらないから魔境で慣れ親しんだ多角攻撃が出来無いのも痛い。

 真っ向勝負で『力』を示さなければならないのは難題だ。

 周りを見渡せば見物人で囲まれていた、その中にはあの時の子供もいる。みんな口々に何かを言っているが言葉が一切理解出来無い、完全なるアウェイ感に何か不安になる。

 多分お得意の「目潰し」は“やり過ぎ”に認定されてそれで勝ってもブーブー言われて認められ無い気もする。金的とかも一緒な気がする。

 アレ?どうしよう?大人と真正面から殴り合うしか無いの??かなりの無理ゲーじゃね??


「ゲンベレブラ?」

「「ドウシタ、来ナイノカ?」ト言ッテル」


 あれ?もう始まってたんだ、その上で待っててくれたんだ、優しい…

 てか拘束魔法もいつの間にか解除されてた。

 対策何て思いつかない…ならもう、何を考えても無駄だ、突っ込むしかない!


「なら、行くぞ!」


 脚力を強化し全力で正面突破で体当たり、身体を弾丸にして相手を打ち抜く。

 大柄の犬獣人は奇襲攻撃をまともに受けて吹っ飛ぶが倒れる事なく踏みとどまった。


「ゲルベア、ラナーラ」


 何を言ってるか分からないし表情もよく分からないが何か「ニヤッ」とした様な気がする。

 大柄の犬獣人もこちらに向かって駆け出す、その速さは身体強化の魔法を使っている様子が見られないにも関わらず尋常じゃない速度だ。そして繰り出される攻撃は一撃でも食らったら死んでしまうのでは?と思わせる程に鋭いモノだった。

 ただ“速い”だけなら樹海のモンスターにも負けないどころかもっと速い奴もいた、けれどモンスターは基本直線的で行動が読みやすい、だいたい初手では避けられず死にかける事になるが2回目からは予測して対応出来るだけマシだった。

 だが目の前の獣人は速い上に“巧み”だ、当たり前だが四肢を使って自在に攻撃を仕掛けてくる。

 正直避けるので精一杯で他に何も出来無い、どんなに強化しても此方の防御力が相手の攻撃を防げる気がしない、兎に角細かく動いて“隙”を作る瞬間を待つしか無いが、そんな消極的なやり方では現状を打開出来る気もし無い。

 なら“仕掛ける”しか無い。

 バックステップで相手と距離を取る、もちろん相手は即座に間を詰めて攻撃して来る、此方は子供で彼方は大人、攻める場合は身長差から必ず前屈み気味になり顔が下がって来るので、それに合わせてカウンターで下から上に蹴り上げた、だがそんな事は相手に読まれている為に回避される、だが蹴りの際に地面事蹴り上げる事で砂で目眩しを結構、相手が手前で「止まる」か「避けるか」は賭けだったが今回は止まる選択をしてくれたお陰で目眩しが成功する。

 ハッキリ言って卑怯で姑息な手な為、実力を見せて欲しいと言う場で使う様な手では無いが、偶然にも全力で蹴りを出したら勢い余って砂ごと蹴り上げた様にも見えるだろうからこの技での低評価は回避出来るのではなかろうか?

 それはさて置き強化された蹴りで繰り出される砂は実は結構な威力になる、リンゴの様な果物ぐらいなら粉砕出来る程だ、成功すれば逆転の一手にもなり得る。

 相手は多分かなり戦い慣れした獣人だと思われる、対人戦も対モンスター戦もこなして来たベテランなのだろう、それでも10歳程度の子供と本気で戦う事なんて無いだろうし“基本成長しきって無い子供は強化魔法を使って攻撃など出来無い”と思っている、実際に俺が目の前で使っていたとしても案外意識は簡単には切り替えられるもんじゃ無い。だから攻撃をくらう事になる。

 相手の意図し無い間が一瞬出来た、その隙を俺は逃さ無い、俺は「全力」で拳を繰り出す。

 だが相手は手練れだ、不意を突かれて回避出来無い状態を理解し確実ダメージを減らす為に防御を選択する、だが此処でも“認識の齟齬”による判断ミスが発生する、『子供の攻撃など強化されていようとも守り切れる』と判断してしまうだろう。だけど俺は『自分の体が壊れる事を意図わず全力で攻撃する事』が出来る。

 相手は急所である顔を腕をクロスさせ防御しているのであえて防御力の1番高そうな部分に拳をぶち当てた。ドガンっと肉体に当たったとは思えない音を立てて大柄の犬獣人はそれでも踏ん張って動かない。対して俺は反動に耐えられなくて反対に吹っ飛んでしまった。

 案の定、全力で殴った利き腕は拳が砕け、腕の骨もボキボキに折れている、痛みで意識が飛びそうになるが、残念な事に痛みで意識を飛ばしつつ回復させながらどうにかする戦法に魔境で慣れた為にどうにかこの場でも意識を保ち立ち上がる事が出来た。

 さて、次はどうするか?利き腕の回復にはかなり時間がかかる、少なくともこの戦闘が終わる迄には終わらない。なら回復は一時諦めて他に魔力を回した方が良いかもしれない。

 相手は何事も無かったかの様に構えをとっている。ヤバイ、勝てる気がしない。姑息な手を使ったにもかかわらずダメージも与えられてない、全然「力」を見せられて無いじゃん!!

 相手がどう出るが分からないが取り敢えず俺も直ぐに攻撃できる体制を取る。


「ゲレベルベベラ!オ前モソコマデ、モウ大丈夫ダ、『力』認メル」

「へ?良いの?」

「アレハ、コノ村1番ノ戦士、ソレト生身デハ弱イ人族ノ子供ガ戦エタダケデ充分ダ」

「なら良かったぁぁぁ」


 俺はドサっとその場で倒れ込む、正直立っているのも限界ってぐらい疲れた、腕も痛いし。

 緊張感が途切れた途端に意識が遠のく、タダ今までの傾向からココで意識を無くすと起きた時にまた別の場所に移動している場合がある。

 もはやトラウマレベルだ。

 はぁはぁ、息を荒げながら呼吸してる俺を大柄の犬獣人が覗き込んで来た。


「デリベヘルティナルハ」

「『オ前ハ良クヤッタ』ト言ッテイル」

「はは、ありがとうって伝えてくれる?」

「分カッタ、『ベベレナ、アバヘレナ』」

「ガッハッハッ!」


 大柄の犬獣人は豪快に笑う、さすがに表情がよく分からなくても楽しそうなのは伝わって来る。周りの見物人達は先程までのざわつきが嘘の様に静まりかえっていた為、笑い声だけが妙に大きく聞こえた。

 老獣人は村人に回復アイテムの液体を持って来てもらいボロボロの右腕に振りかけてくれる、すると腕がボワっと光りつつ傷が癒えていった。

 案外回復魔法や回復アイテムは珍しい物で門番時代には見た事無かったし、実験施設や魔境では自身で回復させていた、初めて見て感じた『回復』工程は速度も感覚も強化細胞での回復とは全然違った。

 あっという間に治っていく腕を呆然と見つめていたら老獣人が話しかけて来た。


「オ前ノ面倒、『イヨツ』見ル、イヨツモ了解済ミ」

「イヨツ?」

「イヨツ、オ前ガ戦ッタ男」


 老獣人は今後の事を俺に伝えつつも拘束魔法を唱え俺の行動を制限する。上手い手法だ。

 最低限の行動しか取れなくなったが“不自由な感じ”がしないのは拘束されてるとは言え魔法ならではなんだろう。

 とは言え疲労が抜けない為に動けず倒れていたら大柄の犬獣人の男、イヨツにヒョイっと持ち上げられた。

 いきなり持ち上げられ小脇に抱えられ驚いているうちにイヨツはスタスタ歩き出してしまう、先程俺の全力パンチを受けている筈だがなんの問題も無さそうなのは、素直に感心する。

 同時にやはり自分はまだまだ弱い事を痛感した、この世界で生身で強くなるにはやはり【魔法】習得は必須だと改めて確信する事になった。

 ぐでっと抱えられてる俺に門にいた少年獣人が話しかけて来た。だがもちろん言葉が分からない、何か興奮してる感じは分かる。

 先ずは魔法の前に獣人の言葉を覚える事から始めようと思う。

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