第11話 言うてそんなに。

 獣人の国の存在する『ノモケバ大陸』には魔王ですら近づかないと言われる『世界三大危険地域』の1つ【魔境】が広がっている。

 魔境とは生態系の狂った樹海であり人間の存在を拒絶するかの様な『地上の異界』である、遥か昔に世界を侵食する様に広がり続ける樹海を当時の獣人の一族が壁で覆い、堰き止め結界を張って封印したと言う経緯がある。

 広大なノモケバ大陸の約半分を占める魔境だが囲む結界は完全な境界と作用し続けており魔境内の凶悪なモンスターが外界に出てくる事は無い。

 そんな中に唯一魔境と外を繋ぐ場所があった。

 【魔境門】と言われる出入り口は今も獣人の一族に寄って管理され保たれていた。

 そんな魔境門の前で全身を体毛で覆われた犬獣人の少年と老人が会話をしている。


「じいちゃん、じいちゃん」

「ん、なんじゃ」

「『魔境門』ってもう何年間放置されてんの?」

「さーなぁ…冒険者も立ち寄らなくって10年以上はたってるじゃないかのぉ」

「うわーじゃあ、こんな場所綺麗に掃除する意味なんて無いじゃん!観光名所にもならないじゃんよ!」

「そんな事言わんと。前人未到の大魔境に入る“門”を守り清めるのが一族の慣しじゃから」


 子供はブーブー言いながらも魔境門の周りを掃き掃除している。

 老人はそんな子供を温かい目で見守っていた。

 長年危険地帯である魔境の唯一の出入り口を守り続ける一族の長老とその孫が日課の掃除をしていると魔境門の外角が光を放つ。


「あれ?じいちゃん!!魔境門が!!」

「どう言う事じゃぁ?魔境に誰かが入っていった何ぞ聞いとらんぞ??」


 魔境門は外からしか結界を解除する事は出来ない、魔境の凶悪なモンスターに追われた冒険者等が勝手に外に出て魔境のモンスターを外に解放させない為だ。

 かと言って中に入った者が外に出れなくなる訳にも行かないのでチャイムの様な物で外側の獣人に連絡をして確認の上で結界を解放する流れがある。

 しかし魔境門はそもそももう10年以上開いていない、それなのに中から連絡が来た。


「じいちゃん?どうすんの??開けんのか?」

「ま、待つんじゃ、確認せんと…」


 老獣人は門の隣で使用していなかった為に砂が若干積もって固まってしまている魔法陣を起動させた、すると魔法陣の上の壁に魔境門の内側を上から映した映像が現れた。


「子供じゃと???」


 そこには子供が1人映っていた、人間の子供で多分12〜13歳ぐらいだろうか、上半身裸で大きめの小手を付け、剣を4本持っている。

 明らかに怪しい。

 上級の冒険者ですら生きて帰れない様な魔境に『子供』がいる筈が無い。

 見る限りモンスターが周りにいる様子は無い、魔境門を開いてもモンスターが押し寄せてくる事も無さそうだが。

 確認する声をかける事にする、魔法陣の音声モードを起動させ声を向こう側に届ける。


「お前は誰じゃ?」

『ん?なんだ人の声か?何語だ?俺に話しかけてるのか?おーい?開けられるかー?どうだー?分からんかー?やっぱ言葉が通じないと厳しいか?』


 相手は人族の国でよく使われてる言葉を使っている。

 十数年前まで外国人相手に良く使っていた言葉なので今でもある程度は使える言語で理解出来る言葉で助かった。


「オ前、ダレ?何故ココニイル?」

『お!通じた!良し良し!俺はトヒイって言うんだ!何でここに居るかって言われても気付いたら森の中だったとしか…』


 気付いたら魔境にいたって?そんな馬鹿な!

 

「嘘ツクナ、ソンナ訳ナイ」

『いやー嘘じゃ無いんだよ!気付いたらモンスターに噛まれて運ばれてたんだよね?』

「…何言ッテル?」

『まー色々大変だったんだ!上から見たんだけどこの結界の向こうは森じゃ無いんだろ、出してくれよ!』

「オ前怪シイ奴、出ス訳イカナイ」

『えー怪しく無いよ!結界解いてくれよ!俺も前は村の門番やってた事あるから怪しい奴には門を開けないっていう気持ちは分かるんだけど、そこを何とか開けてよー、正直普通に寝たい!この森嫌い!開けてくれーー』


 映像に映る子供には年相応に見えて不自然な感じがしない、だか逆にそれが怪しさを倍増させている。

 だがココで自分が子供だった時に“言われた事”を思い出した。


「じいちゃんどうすんの?」

「分からんだがのーーー」

「あれ?じいちゃん、アイツなんか剣抜いてるよ?」

『おーい聞こえてる?こっちは限界なんだ!開けてくれないなら、無理矢理にでも開けてやる!!』


 そう言うと少年は剣で魔境門を斬りつけ始めた。

 魔境門は凶悪な魔境のモンスターを外に出さない様にする為に内側の結界はそんじょそこらの結界とは訳が違う、普通なら余裕を持って見てられる。

 だがこの少年は違った。

 剣撃と同時に“魔境門が軋んだ”、魔境内の凶悪なモンスターの攻撃にも耐えられる門が軋む。

 今までにも内側から無理矢理開けようとした者はいた、意気揚々と魔境に挑みモンスターの洗礼を受けて逃げ帰ってきた冒険者などだ、だが逃げてきたという事はモンスターに追われている事が殆どでモンスターが門の近くにいる状態で魔境門を解放する訳には行かない、「開けてくれ」と言われても開け訳には行かなかった。

 そうなれば生き残りたい冒険者などは魔境門をこじ開けて逃げ出そうと足掻く、ある者は剣を振るい、ある者は魔法を放つ、叩き壊そうとしたり、溶かそうとした者もいた。

 だが誰1人として魔境門に傷一つ付けられる者はいなかった。

 しかし少年が振り下ろす剣撃で魔境門の結界撓み軋んだ。

 長年生きてきて初めての現象であった為、老獣人は何事か理解が追いつかなかった。


「じっじいちゃん!!」

「あっあかん!こりゃあかんぞ!」


 老獣人は焦って少年を止める為に声をかけた。


「トマレ、門コワスナ!」

『なら開けてくれんのか?』


 老獣人は悩む、明らかな不審者を外に出して良い物なのか?もしかしたらモンスターを解き放つよりも厄介な事が起きるかも知れない。

 けれど門を開けねば結界ごと破壊されて魔境のモンスターが外に解き放される可能性がある。

 結局のところ不審者の少年を解放するしかない。

 それに思い出した事を確認する必要もあるだろう。


「分カッタ、開ケル…」

『良し!ありがとう!コレでこの森から出られるぅぅ』

「じいちゃん、大丈夫か?」

「仕方ないじゃろ…、魔境門を破壊される訳にもいかん、多分あのまま放置したら門が破壊されとったと思うしの…」


 老獣人は門の内側を映す魔法陣の隣にある門を開ける魔法陣を発動させる。

 十数年ぶりに魔境門はゆっくりと土煙を出しながら開いていった。


「やっと出れたぁぁ!!」


 魔境から出てきた少年は吠えた。

 泣きながら吠えていた。

 老獣人と少年獣人はその姿をなんとも言えない感情で見ていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 時間は少し戻る。


 見えない壁にぶつかり真っ逆さまに落ちて首が曲がってはいけない角度に曲がり意識飛び飛びになりながらも魔力を流して再生している間にも軽く百足型モンスターに齧られながら思った。

 今ぶつかったのは【結界】だ。

 森と草原を隔てる壁は永遠に続いている様で区切りが見えない、ただコレが村を守る結界と同様なら何処かに出入り口がある筈…

 もしかしたらこの森が危険過ぎて封印されてる可能性もありそうだから出入り口なんて無いのかも知れない。

 そう考えるとゾッとする、地獄の様なこの森で死ぬまで生き続けるなんて考えただけで絶望しか無い。

 だがこのまま百足型モンスターに齧られて死に絶える事に納得できる訳もなく、動く様になった腕でショートソードを握りスパッと斬り殺して出入り口探しを始める。

 もう一度木を登って壁の上から結界外を眺めると村から森の方向に向けて道が続いてる様だった。もうソコにかけるしか無い。

 道が壁に突き当たる辺りには、やはり“扉”があった。

 もうコレは森から出れたも同然!と意気揚々扉を開けようとしたが取手部分が無い、仕方ないから押したり横にずらそうとしたがうんともすんともいかない。

 コレは壊すしか無いか?と考えた時に扉の横に魔法陣がある事に気づいた。


「コレが鍵なら楽チンなんだけどなぁ」


 まぁ、そんな簡単な事はなく魔力を通して発動させた魔法陣はどうやら門の枠をピカピカ光らせるだけの様だった。

 何だろコレ?と途方に暮れていると突然、声が聞こえて来た。


『レバオレンバラ?』

「ん?なんだ人の声か?何語だ?俺に話しかけてるのか?おーい?開けられるかー?どうだー?分からんかー?やっぱ言葉が通じないと厳しいか?」


 聞いた事の無い言語だった。前世で聞いた事のあるどんな言語とも違った。


『オ前、ダレ?何故ココニイル?』


 カタコトだが自分が今使っている言語で反応が返って来た。


「お!通じた!良し良し!俺はトヒイって言うんだ!何でここに居るかって言われても気付いたら森の中だったとしか…」

『嘘ツクナ、ソンナ訳ナイ』

「いやー嘘じゃ無いんだよ!気付いたらモンスターに噛まれて運ばれてたんだよね?」

『…何言ッテル?』


 まぁ、確かに自分で言ってても「何言っての?」って感じはする。でも自分ですらどうやってこの森に来たのか分からないのだから仕方ない。


「まー色々大変だったんだ!上から見たんだけどこの結界の向こうは森じゃ無いんだろ、出してくれよ!」

『オ前怪シイ奴、出ス訳イカナイ』

「えー怪しく無いよ!結界解いてくれよ!俺も前は村の門番やってた事あるから怪しい奴には門を開けないっていう気持ちは分かるんだけど、そこを何とか開けてよー、正直普通に寝たい!この森嫌い!開けてくれーー」


 俺が怪しいのは分かってる。こんな危険な森からいきなり「出してくれ」と言いだしてるガキが来たら怪しむのは同然だとは思う。

 だが。

 ここで諦めて森で暮らすなんてあり得ない!諦めるぐらいなら無理矢理にでも開けるしか無い。

 俺はジジイみたいに“謎の結界通し”は使えない、だが今はこのショートソードがある。魔力を吸わせる事で異常な斬れ味をだす魔剣?なら結界だって斬れる気がする。

 そして壁の部分の結界より門の部分の結界の方がON/OFFが有る分、強力だが不安定な事も知っている。

 実際村の結界とココの結界の仕様が同じとは限らないが、ショートソードで力一杯斬りつけた。ガギンと不思議な音をたてて結界が揺らいだ手応えを感じる。

 更に斬りつけてみると明らかに結界が揺らぐ。行けるかな?と思った時に静止の声がかかる。


『トマレ、門コワスナ!』

「なら開けてくれんのか?」


 即座に返答は無い、まぁ悩んでいるのだろう。だがもう返答を待つ気は無い。ショートソードに魔力を有りったけ流して振りかぶる。


『分カッタ、開ケル…』


 開けてくれる判断に苦渋の選択をしたのだと声だけでもわかる。ありがたい。


「良し!ありがとう!コレでこの森から出られるぅぅ」


 門はゆっくりと開いていく、木の上から見た限り壁の厚さは少なくても10メートル位あった筈だが開いた先にはトンネルの様な通路は無くそのまま外に繋がっていた。

 魔法で通路をすっ飛ばしているのか、実は壁が薄いのかは分からないがそんな事より『森から離れられる事実』が嬉しくて仕方がない。

 何日間森を彷徨ったか覚えて無いが軽く50日以上は森で暮していたと思う。その中でも安心して寝れたのは謎の廃虚の中だけだった。森の外の治安がどんな感じなのかは分からないが“この森”よりマシだろう。

 そう考えただけで涙が溢れて来た、一歩で出れる距離を駆け出す様に跳び出ると意識しないまま叫んでた。


「やっと出れたぁぁ!!」


 目の前に広がった高原と村の牧歌的様相を目にして森から抜け出したのだとこみ上げてくるものを抑えられず涙と声を直ぐに止める事が出来なかった。

 そんな俺をモジャモジャした2人がジッと見ている、何だか呆れている様にも見えるが顔が犬っぽいって言うか、犬そのもので表情が分からない。

 初めて見るがこの2人は【獣人】ってヤツだろう、ジジイのメモに書いてあった人種・種族なの1つだ、俺は一般的な【人】であり、他にもレアな【魔人】【魚人】などもいるらしい。

 実にファンタジーだ。

 俺と同じぐらいの身長の獣人がコッチを指差して何かを言っているが言語が分からない為に理解出来ない。

 おずおずした感じで大人の獣人っぽい方が声をかけてくる。

 

「オ前ダレ?ドウシテ魔境カラ出テキタ?」

「ん?誰ってさっきも言ったけどトヒイ、トヒイ=ナエサって言います。あと魔境?この森って魔境って所なの?」

「はぁ…分カッタ、トヒイ、コッチ来イ、詳シク話聞ク」

「お?何か人と話するの久しぶりで嬉しいわぁ、付いていけば良いんだよね、良いよ!あの村に行くのかな?」

「ソウダ、ダガソノ前二『クソウコ』」

「糞?ウンコ?あっコレかぁ」


 老獣人が唱えた魔法で光輪の手枷が嵌められる、久しぶりに身動きを制限された、セカ=ハイルワの人体実験施設内を移動する時に良く掛けられていた魔法で掛けた相手の行動を制御する魔法だ。


「こんな事されなくても別について行くんだけどなぁ」

「信用出来ナイ」

「まぁ、そうだよね」


 少年獣人が老獣人に何かを言っているが分からないが指差されてる感じから良い事を言われてはいないだろう。

 村に連れてこられた俺はそのまま留置所的な所に入れられた。

 武器も籠手も没収されたが腰蓑の代わりにみすぼらしい服を貰った。囚人用の服なのかも知れないが“人の服”を再び着れたのが嬉しかった。

 鉄格子で区切られたこの場所は、ある意味で最高の安全地帯だろう、ゆっくり眠れそうで良かった。


「トヒイ、オ前が安全ナ者カ分カルマデ、ココ二イテモラウ」

「まぁ良いよ、今は寝たいし、別になんかしようって訳でも無いしね」


 老獣人は多分怪訝な表情で俺を見て拘束の魔法を解除した。


「大人シクシテイロ」

「ほーい」


 やっと森から脱出出来た、今は捕まってるけどまぁ、やろうと思えばどうとでもなるだろう。

 さてこれからどうするか…

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