第9話 歩き始めよう。

 腹の辺りが熱い。後頭部も何か激しく打ち付けられて痛い。

 あれ?俺どうなったんだ?確か凄い魔力で体がって思い出した所で意識が一気に鮮明になって起きた。


「おおお、何だ?」


 気付くと俺は引きずられていた。モンスターに腹部に噛み付かれ頭を地面に擦られる状態で運ばれていた。


「いてーよ!クソが!」


 咄嗟に強化魔法で腕力を強化しお得意の目潰しを決行、モンスターの左目に拳を捻り込んだ。

 突如の反撃に対応出来ず、目を潰されたモンスターがその痛みで叫んだ瞬間に口の中から逃げ出す事ができた。

 俺を咥えていた狼は毛皮が鱗になった様なモンスターで、片目を潰された怒りに唸り声を上げつつ再び獲物に喰らいつく為にジリジリ近づいて来ていた。

 此方の状態は腹に食い込んでいた牙の跡からドバドバ流れていた血を魔力で活性化した強化細胞でどうにか止め、覚束ない足取りでどうにかモンスターから距離をとっている状態だった。


「何だ?どう言う事だ!」


 状況が全く理解出来ない。確か魔王軍四天王のマッドサイエンティストの施設でぶっ倒れて体が崩壊していっていたのが最後の記憶だ。

 周りを冷静に確認する余裕は無い。ジリジリと間合いを詰めようとするモンスターを撃退しないと今の状況を理解する前に頭からガブリと行かれて死んでしまう。

 分かる事は、ここが施設の中では無いだろう森か林の中で目の前にモンスター、武器は無い、腹と頭は痛みがあるが“五体満足”と言う事だ。

 間合いを取りつつ足の裏に魔力を流すが魔法陣が起動する様子は無い、多分消えてる。

 現状モンスターと真っ向勝負で勝てる要因が無い。ならば戦う選択肢は取れない。

 ただ、まだ足にあまり力が入らない走って逃げても追いつかれる、ならどうする?

 なら上に逃げるしかない!

 足に身体強化の魔法を施し横の木にジャンプ、普段なら蹴り返しで更に上に上がるところだか踏ん張りが効かない。なので腕にも強化魔法を施して木を掴み、腕の脚を一緒に使って猿の様に木をよじ登った。

 自分が座れるぐらいの太い幹があったので座って休む事にする。

 下では置いてけぼりにしたモンスターがうろちょろしながら吠えていた。追ってよじ登って来る事は無さそうだ。

 一安心して現状を確認すると自分が素っ裸だった事に気付く、そして木をよじ登る時に当たり前の様に両腕を使っていた事を思い出して左手を見ると指が生えていた。

 左手の指はノモマイタング戦にて焼失してしまい、強化細胞を持ってしても再生しなかったのだが、今は何事も無かったかの様に五本全て元通りになっていた。

 ぐっぱぐっぱっと左手を動きを確認しているとグラッと木から落ちそうになって焦った。

 否、木から落ちそうになったのでは無く、木が傾いて倒れていたのだ。

 慌てて隣の木に飛び乗ると下からモンスターの荒々しい叫び声が聞こえて来る。

 嘘だろ、もしかしてアイツが木を倒したの?

 もしも木を倒したのがさっきのモンスターなら素っ裸の今、攻撃を受けたら即肉団子だ。

 脚に力は上手く入らないが腕には力が入る。イメージは猿、両手両足に強化魔法を施し木から木へと飛び移りその場から逃げ出した。

 なんか俺、逃げてばっかだなぁ。

 まぁ、生きる為には仕方がない。恥も外聞も素っ裸の子供には無いのだ。

 力の限り木々の間を飛び抜けて葉っぱがカスって身体中に細かい傷を作りつつ逃げた。

 だか、逃げても逃げても鱗狼のモンスターが追って来る。


「何でいつまでも追ってくんだよ!」


 体力の限界まで逃げて逃げて遂には木の上でへたり込んでしまった。

 はぁはぁと息を整えてると一直線に唸り声が近づいてくるのが分かる。

 何で?場所がすぐ分かるの?

 頭の中で「?」を浮かべて悩んでいても始まらない。

 撃退する方法を考えるしか無いが木の上で胡座をかいてポクポクチンしても良い案は浮かばない。

 そんな事してる間に木の下までモンスターが迫って来てしまった。

 唸り声を上げながら木に噛みつくとバリと抉った、とんでもない顎の力に驚愕する。


「あんな奴に齧られて良く上半身と下半身わかれてなかったな…」


 ってか実は何回かバラバラにされては再生してたりするのだろうか、そこまで化け物染みた回復力は無いと思うが。

 バキバキ倒れる木の上から隣の木に飛び移ろうと構えるが踏ん張りが効かずそのまま滑り落ちた。

 落ちる俺に向かってモンスターが飛び跳ねて襲いかかって来る、もう逃げる事は出来ない、撃退する為に強化魔法を唱え強化した拳でガムシャラに迎え撃った。

 噛み付いて来ようとするモンスターの鼻頭にカウンター気味に拳を叩き込む、正直余り効かないとだろうと思ったが拳は硬い皮膚にめり込んだ。

 モンスターは「ギャウン」と唸り声を上げながら噛み付く事なく頭から落ちていった。

 俺も反動で受け身も取れずに転げ落ちた。

 すかさず体勢を直そうとして気付く、モンスターに打ち込んだ右拳がグチャと潰れていた。

 硬い鱗の皮膚にめり込む程の衝撃に腕が耐えられなかったのだろう、気付くと同時に痛みがこみ上げて来る。

 痛い、痛い、とてつもなく痛い。

 強化細胞で回復力が上がっても痛みが無くなる訳じゃ無い、今までも身体強化に部位が耐えられず爆ぜる事すらあったが大体痛みで気絶して起きた時にはある程度の再生回復を終えている事が殆どで痛みに慣れる事は無かった。

 ただ今は気絶せずに済んで良かった、こんな所で気絶して意識飛ばしてたらまたモンスターに咥えられて胃の中だ。

 鱗狼のモンスターは目の前で痙攣している、今のうちにトドメをさしておこう、無事な左腕で近くにあった石を掴み腕力強化を施し頭部をガンガン殴打する、手は痺れるが直接打撃で手が潰れるより数倍増しだ。

 ピクリとも動かなくなったモンスターを確認してからその場を急いで離れた、殺したモンスターに他のモンスターが群がって来る前に逃げないとあっという間にモンスターの胃の中だ。

 身体中に魔力を行き渡らせて各所回復させながら移動する、体力は限界だが魔力は全然減った気がしない寧ろ致命傷レベルの傷を何箇所もフル回復させているのに余裕すら感じる。

 俺はこんなに魔力があっただろうか?今までは体力と魔力は同時になくなる様なイメージだったんだが…。

 ただ、そんな事より今は腹が減って仕方がない、素っ裸の子供は育ち盛りで傷も無理矢理回復させて体力も限界でお腹ペコペコなのだ。

 体を回復させながら朝を待ち、明るくなってから食べられる木の実や野草を探す、こんな時に暗記する程読み込んだジジイのメモ知識が役に立つ、ジジイマジ感謝。

 毒を持つ実や草の見分け方にモンスターを栄養にして育つ食獣植物の存在など旅する上で森に入る時の注意事項を思い出して危機を回避しながら食料を調達した。

 腹を満たした後はチクチクしたり痒くなったりしなそうな草を探して即席の腰蓑を作る、子供でも局部丸出しは恥ずかしい、気分は木の蔓を使って木々を渡り「あーああー」って言う野生児だ。

 さて、最低限の衣食は手に入れたがこのまま野生化する気は無い、取り敢えず人里を目指そうと決め、辺りを見渡せそうな高い木に登ると結構な樹海である事が分かってショックを受ける。

 見渡す限り人工物は一切なく、遠くに煙が見える等の人の気配を感じる事すら出来ない【未開の地】の様な雰囲気に滅入った。

 そもそも俺のいた施設はこの森にあったのだろうか?俺は何をどうしてこの森に行き着いたのだろうか?

 行く当ても無く、取り敢えず歩いていたら腕が4本ある熊みたいなモンスターの群れを発見したので咄嗟に身を隠す。大型3体の中型2体で腰蓑1つで勝負するには無理がある。

 モンスターはこちらに気付いていない様なのでやり過ごそうと思って見ていたら、バチンとモンスターの1体が鞭の様な蔦に叩かれた、更にバチンバチンと多方面からモンスターの群れに鋭い蔦が振り下ろされる、凄まじい威力なのか1発叩かれる事に血が舞い上がる上に蔦による攻撃は止まらない、あっという間に5体のモンスターはボロボロの姿になり辺りに血を撒き散らして死に絶えた。

 するとモンスターの周りにあった巨大な蕾が血を吸った為かドンドン咲いていく、ジジイのメモにも書いてあった『ナハウスヲチ』と言う食獣植物で「モンスターを触媒に咲く花は神秘的」などと書かれていたが、実際見たら神秘的と言うより禍々しい。

 更に上空から巨大な鳥のモンスターが大型の熊のモンスターの死骸を掻っさらい、残った中型は小型のモンスター等によって貪られ、気付けば何事も無かったかの様に綺麗になっている、凄まじい食物連鎖を見せつけられて絶望的な気分になった。

 こんな場所で無事に寝れる自信が無い。ジジイのメモには【認識阻害の魔法や魔法陣】の情報は載せられて無かった為に使えない。何故、載せなかったのジジイ!。

 鱗狼のモンスターから逃げてる時や食料を探している時に無事だったのは運が良かっただけだと思い知り、今後どうするか思案する。

 先ずは武器が必要だ。身を守る防具も必要だが「攻撃は最大の防御」と言う格言もある、毎回拳を潰してる場合では無い、タンパク質確保の為にもモンスターに通用する武器を用意しなければ。

 この森の植物は食獣植物以外にも危険なモノが多い、剃刀の様な草や石の様に硬い木など武器代わりにするには良い物を回収していく。

 硬い木は枯れ木でも硬い、串用と刺突用に拾い、ナイフ代わりに剃刀の様な草も回収し投擲武器代わりの小石等も回収。

 倒せそうな小型のモンスターを探し目が多く牙が鋭い猪のモンスターを見つける事が出来たので、現状どの程度通用するのか試してみる事にした。

 ジジイ直伝の空間殺法で素早く背後に回り木で首辺りに木を突き立てる、刺さるには刺さったが致命傷には至っていない、串や石で牽制しつつ更に背後から一撃を加える、ソレを4回繰り返してやっと小型の猪型モンスターを仕留める事が出来た。

 さて、問題はこれからだ、仕留めた猪型モンスターの腹を剃刀草で自分を切らない様に気を付けながら裂き内臓を掻き出して放り投げ、水の出る魔法陣でモンスターを水洗いして汚れと血の匂いを出来るだけ落とす、その際に自分も血と匂いを洗い流しモンスターを担いで場所移動、投げ出した内臓は早くも他のモンスターに嗅ぎ付かれ貪られていた。

 ある程度離れたら安全そうな場合で風の出る魔法陣で猪型モンスターと自分を乾かし、更に部位で分ける、村でモンスターがあぶれた時に父さんの解体作業を見ていたのが役に立った。

 後は火の出る魔法陣で焚き火を作り猪型モンスターの肉を焼いて食った。血抜きが不十分でちょいと血生臭いが美味い。

 やはり「火」はモンスターからも警戒されるのか肉に食らいついている時に襲われる事は無かった。

 相手を選び、ジジイのメモ知識と家にいた時の知識を使う事で食料はどうにかなる事が分かったのは良かった。

 腹を満たしたら急激に眠くなる、そう言えば昨日からまともに寝ていない。しかし無防備に寝てしまえばモンスターの胃の中に入ってしまう可能性が高い。かと言って結界を張る事も出来ないし、熟練の戦士の様に気配を察知して寝てても即座に対応出来る様なスキルも無い。

 ジジイメモにもこの点には触れてい為に情報が無い、こんな時こそ今まで役に立つ事の無かった転生前の“現代知識“で解決策を…思いつかんなぁ、テレビでジャングルの現地民が体に泥塗って狩りをしてたとか思いだしたが…まぁ良い案がある訳でも無し試してみるか。

 という訳で身体中に泥を塗りたくりデカい葉っぱで身を隠すように眠りに付いた。

 遠くで「ぱんぎゃぁぁぉぁぁぁ」と変な遠吠えが聞こえてきたが気にする事は無かった。

 突然ドダンと衝撃を受けて跳ね起きる、ビックリして辺りを見渡すと近くをマイクロバスサイズの象亀型モンスターの群れがピョンピョン飛び跳ねながら移動していた。

 踏み潰されたら大惨事なので群れを刺激しない様に離れる。

 どれぐらい寝ていたのか分からないが取り敢えず泥塗り作戦は成功したらしく、寝ている間に襲われる事は無かった様だ。まぁ通りすがりの亀に踏み潰されてた可能性はあったから今後は寝る場所をもっと考えなくてはならない。

 さて今後の方針をどうするか、人里を探すにしても見える限り森が広がっていて文明の香りすらしない、何処に向かえば良いだろうか?

 そう言えば全然の歴史か地理か忘れたが人は川沿いに住むって話があった気がする。

 よし、先ずは川を探そう。そして川下に向かえば人里か海に当たるはず!

 さて、では川は何処にあるだろう?

 高い位置から辺りを見渡してもイマイチ何処に川があるか分からない。そもそも川があるかどうかも分からない。

 振り出しに戻り思考が堂々巡りを始めそうになって、もしかしたら象亀型モンスターは『水を求めて移動してたのでは?』などと無理矢理こじ付けて行動方針を決めてみた。

 という訳で象亀型モンスターの後を追う事にしたが見えてくる風景は中々の地獄絵図だった。

 予想通り踏み潰されて生き絶えたと思われるモンスターの死骸はそこかしこに現れた。と思っていると多分象亀型モンスターの甲羅がバキバキに割れている死骸などもあったりする。中には恐ろしい程滑らかに真っ二つになってる象亀型の死骸などまであった。

 途中紫色のアルマジロみたいなモンスターや尻尾?部分が2手に分かれた大蛇みたいなモンスターと遭遇して逃げたり、玉子みたいな実を付けた木を発見しその実を食べた鳥型モンスターが身体中から血を吹き出して死んで行くのを見たり、死んでると安心してたらゾンビになって襲ってきたりと改めてこの森の恐ろしさを感じずにはいられない。

 何日も決死のサバイバルを続けながら象亀型モンスターの作り出した獣道を進む、その後も踏み潰されたモンスターの毛皮を剥ぎ取ったり、白骨化したモンスターに襲われ何とか対処した白骨のカケラを武器代わりに頂いたり、雨が降ったから雨宿りしてたら草木が異常な速度で一気に成長して獣道が分からなくなったり、様々な事を経験しつつ遂に行き着いた。


「おー、遂に川発見!」


 川幅10メートル以上の川に行き着いた、結局途中で象亀型モンスターの足取りが分からなくなり、勘に任せて進む事になったが森で目覚めて7日目にして遂に第1目的地にたどり着いのだ。

 ただ、たどり着いたは良いがとても不穏な気持ちになっている。

 何故なら目の前の川縁のぬかるんでいる部分に様々なモンスターがハマって動けなくなった状態で死んでいる。

 本当にこの世界の森は恐ろしい。

 だが、後は川を下るだけだと意気揚々歩みだすが1歩目でぬかるみにハマって抜けなくなり焦った。

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