第8話 今一歩足らず。
虫野郎がゲギャゲギャ言いながらゆっくり近づいてくる。
きっと俺の事を玩具か何かとでも考えているのだろう、決して「一緒に逃げよう」みたいな考えを持って近づいて来ている様には見えない。
俺は怯えて尻餅をついた風にへたり込んで上手く兵士の持っていた剣を握り込む、身体強化の魔法が使える様なった今は大人用の武器でも振り回せると思ったからだ。
「ゲギギ、まぁそんなに怯えるなよぉ。勇者が攻めて来たんだもうこんな施設とはオサラバ出来る。ゲギャ、小僧おまえも逃げるんだろう?」
「あわあわわ…」
「なんだぁ?動けないのかぁ?ゲギギ、んじゃまあ仕方ないなぁ」
虫野郎がシュパっと腕を伸ばして来た、其れはさっき兵士の頭を吹き飛ばした攻撃と“同じ動き”だった。
足に強化魔法と足の裏の風の魔法陣の噴出で一気に後方に引く、俺がいた場所はバコンと虫野郎の腕が突き刺さった。
「ゲギャ?」
「何が仕方ないのかなぁ?」
体勢を直し足裏からの風を逆噴射代わりにスピードを抑えて止まり、今度は虫野郎に向かって駆け出す。通路の壁と天井を飛び跳ねて一気に距離を詰める、虫野郎は俺の予想外の行動について行けず無闇に腕を振り回して、はね避けようとしてくるがコチラを捉えていない攻撃など避けるのは簡単だ。
虫野郎の攻撃を避けつつ背後に回り込み全力で剣を首に向かって突き立てた。
ガキィンと硬い物に当たる様な音とボキンと腕の骨が折れる音が同時に聞こえてくる。
どうやら虫野郎は見た目通りに硬い外殻に覆われているのか急所への攻撃が跳ね返された、同時に反動に耐えられなかった腕の骨が折れた。
「ゲギャーー!!餓鬼がぁぁぁ、ゲギギゲギャーー殺す、殺すぅぅぅーー!!」
「ヤベェ」
攻撃で傷付かなくても攻撃の衝撃には耐えられなかった虫野郎は前のめりに激しく転倒しつつも怒りに任せて叫んで来た。
折れた腕は魔力を通した強化細胞の回復力でも直ぐには治らない。痛みと痺れで剣を持っていられなくなり落としてしまう。
折れたのは右腕だけで左腕は無事だが指が無い。前の様に投擲での牽制は出来ない。
ならどうする?攻撃が出来ないならば『今は逃げの一手』だ。
「ゲギャ!死ねやぁ!!」
崩れた体勢を直すと同時にコッチに向かって飛び出して来る。刃物の攻撃にびくともしない様な体での攻撃は1発でも食らったら即死につながる。立ち止まってはいけない!無事な足に力を込めて虫野郎が開けた穴に飛び込んで回避した。
「何逃げてんダァ」
「そりゃ死にたく無いからな」
魔法で強化した脚力での逃走に虫野郎は追いついて来る。虫野郎も強化魔法を使えるのかそもそも身体能力が高いのか振り切る事が出来ない。
部屋から通路へ通路から別の部屋へ細かく虫野郎の死角になる様に逃げるが虫野郎は壁や物を無理矢理壊して迫って来る。虫野郎の攻撃を紙一重で回避しながらの逃走だ。
同時に右腕を再生させる為に魔力を流すのを止めない、案外人間ってのは2つの事を同時に行うのは難しい、だかジジイとの修行で培った経験が活かせている、左右に別々の武器を持ち正確に攻撃を命中させる事が出来る様にまでになった、ジジイの元での修行は無駄では無かった。
「ゲギャ!ちょこまか逃げんじねぇーー」
「だからってはい分かりましたで捕まるわけねーだろ!」
「ゲギャァァ!!」
足にかけている強化魔法の負荷に足が耐えられなくなって来ている、踏ん張りが効かない、このままでは捕まるのは時間の問題、捕まる=死だ。最早賭けに出るしか無い。
骨が繋がって握力が戻って来た右腕で小石を掴んで強化魔法を腕にかけて全力で投擲する。剣の攻撃が通らない体に当てるだけでは無意味に終わる。なら何処なら攻撃が通るか分かりやすい急所を狙う。
目だ。
ノモマイタングも目にはダメージが入った。虫野郎の目も複眼にも通じる可能性は高い。
全力で投擲された小石は虫野郎の反応速度を超えたのか避ける動作もなく目に食い込んて破裂させた。
「ゲギャァァァァ!!!」
更に攻撃を叩き込む、踏ん張りが効かない足で方向だけ調整して足裏魔法陣で無理矢理距離を詰めると叫び声を上げてる虫野郎の口内に大きめの尖った石を突っ込んだ。
べキュっと変な音がして虫野郎が動きを止めた。
勝った、殺したと思った。
それが油断に繋がった。
虫野郎の攻撃をもろに受けてぶっ飛ばされ壁にぶつかった。
意識が揺らぐ、焦点が上手く合わない目で虫野郎を見据えるとゆっくりと近づいて来ていた。
息が上手く出来ない。体も上手く動かない。どの様に攻撃されたのか分からないが即死しなかった事からクリーンヒットはしなかったのだろう。だがそれでも意識を保つのが精一杯の状態になってしまった。
虫野郎は顎の力で口の石を粉砕しつつ近づいて来ている、対処をしなければ何か行動を起こさなければと頭では分かっているが体が動かない。
虫野郎が目と鼻の先まで来ている、もう虫野郎の射程距離内だろう、回復させる為に魔力を全身に回しているつもりだが全く回復している感じがしない。
グッと虫野郎が一気に動いた、殺られると思い身構えたが攻撃される事は無かった、攻撃するかと思った虫野郎はその場に崩れ落ちた。
どうやら致命傷は与えられていた様だ。
「は、やれば出来るもんじゃん」
一気に緊張が解けて気が抜けると意識が飛びそうになる。ここで意識を手放したら、また気づいたら捕まっている可能性がある。
取り敢えず動こう。息を整え落ち着いて魔力を全身に回して強化細胞を活性化させる。
「外に出ないとな…」
無理矢理に全身の怪我を細胞活性で修復しているからか体力がごっそり奪われる感じがある。
意識を保つので精一杯だが周りにも意識をむけないといけない。
今も施設は細かい揺れと破壊音が続いている。いつ自分のいる場所が崩れるかも分からないのだ。
最低限の回復を済ませヨタヨタしながら立ち上がる、虫野郎から逃げる事に集中していた為に元の場所に戻る道が分からくなっていた。
取り敢えず通路に出て外に向かいそうな方に向かって歩いてみる事にした。
あれだけ走り回っていた兵士達がいない。1人でもいれば外への道が知れるのに。
通路のつきあたりに大きな扉があった。他に道が無いので外に出れると期待を込めて開けてみた。ソコは広い空間だったが外では無かった。どうやら行く道を間違えたらしい。
大きな機械が動いているその部屋からは外に繋がる道も無さそうだったので引き返そうとしたらドカンと通路が瓦礫で埋まった。
「うそん…」
唖然としていたら急激に振動と破壊音が近づいてくる。
ドーンと壁を激しく破壊して誰かが部屋に行き良いよく転がり込んできた。土埃の先に見えるのはあのマッドサイエンティストのようだ。
更に勢いよく鎧を着た男が斬りかかっていく、ピキーンと甲高い音が響き剣撃は“何も無い空間“で止められていた。
「くくく、だからそんなんじゃ効きませんって」
「そうか?僕にはあと数回で突破出来るとおもえるんだけど!」
ピキーン、ピキーン、ビキキ、音が変わった。連続で振るわれる連撃が何も無い空間にヒビを入れるような音に。
セカ=ハイルワが苦々しい表情を露わに後ろに下がって距離を取った。
「何なんですかねぇ。アレですか?【天恵ギフト】で『直感』系でも頂いてるんですかねぇ?」
「まあな、『真・直感』ってヤツらしいぜ!」
「はぁ?直感の上位クラスってヤツですか?勇者ってヤツは魔王同様にインチキ揃いですね」
「さあな!僕には天恵ギフトとか“レベル”とか未だによく分かってねーんだよな」
目の前で繰り広げられている戦闘は異常だった。強化した目でも追いつけない程の高速戦闘、正直何をしているのか全く分からない。
風切音、打撃音、炸裂音が響く中で何故か2人の会話がバッチリ聞こえてくる。
「全くこの装置の価値を分かっているのかい?この『魔粒子変換動力炉』のお陰で無駄なく全てを活用出来ているのだよ」
「ふざけるな!その動力炉の燃料は「人間」なんだろ!」
「まさか!人間だけでは無いよ?モンスターも食物も生きとし生けるモノ全てが燃料になる優れ物だよ」
「反吐が出るな、クソ野郎」
「しかしこのままでは勇者解剖は難しいですねぇ。この施設もここまでですし何か良い案が有りますかねぇ?」
「ねーよ!逃す訳ねーだろがぁ」
「逃げる?何を言ってるんですか?私は勇者解剖の代わりになる実・験・で・何・が・で・き・る・か・?・で悩んでるんですよ?今しか出来ない実験を行わないと勿体ないじゃ無いですか?」
「本当にふざけた野郎だな」
剣撃、打撃、魔法と目紛しい攻撃の応酬の中で実に不穏な会話が聞こえてきた。
こんな場所にいたらどうなるか分からない、逃げろと本能も訴えかけてくる。
自分が来た道は塞がっている、逃げ道は勇者達が入ってきた際に開けた壁の穴しかない。
2人の戦いで嵐の様になってる空間を最短距離で突っ切れば確実に巻き込まれて大惨事、バレない様になるべく壁側を進んでこっそり逃げ出そうと覚悟を決める。
今の俺は化物同士の戦いに巻き込まれるのも御免だし、セカ=ハイルワの今から行う実験に巻き込まれるのも御免だった。
勇者と魔王軍四天王の一大決戦を背にコソコソ隠れながら壁際を移動した。
勇者もハイルワも化物だから俺に気付いてる可能性は高い。それでも逃げ切れる事を信じて進んだ。
「そうだ、この施設は廃棄確定です。それだと動力炉の燃料が無駄になってしまいます。なら残りの約100万ギルネー、7万人分の魔粒子を使って臨界実験を行いましょう」
「何だと!」
「おや?直感で私がどんな実験をするか分かっちゃいました?」
「んなもん定番だろ!動力炉を暴走させて爆発でも起こすつもりなんだろうが!」
「正解ですぅ。正直これ程のギルネーが暴発した場合にどれだけの範囲が消失されるのか推測すら出来ません…。実に面白い実験だと思うでしょう?」
「思わねーよ!」
「くくく、まぁ、そう言わずに実験に付き合って下さいよ。きっと魔王と覇王が戦った時と同様かそれ以上の結果が出ると思いますよ!」
突然ガチャンガチャンと魔粒子変換動力炉が変形し内部を露出した。それだけで内部に溜まったエネルギーが外に漏れ出しているのが分かった。
「何しやがった!」
「何をって動力炉の変換圧縮機能を解放しただけですよ、これで100万ギルネー分の魔粒子奔流が始まります。国の半分は魔粒子過多に陥るでしょう、どの様な結果になるか楽しみですね。くくく、記録を!記録を取らねばぁぁ!」
ヤバイ!
100万ギルネーがどの程度か知らないが少なくともこの部屋は跡形もなく吹き飛ぶ。そんな気がする。
コソコソするのをやめて全力で逃げようとした時に丁度この部屋に何人か走り込んで来た。
「コトオ!」
「コトオ様!」
「勇者殿!」
「コトー!」
勇者の仲間だと思う連中が一斉に勇者に声をかける。
赤毛の軽装の剣士っぽい女性
眼鏡をかけた魔法使いっぽい女性
黒髪三つ編みの格闘家っぽい女性
金髪碧眼猫耳の少女
全員綺麗で可愛い女の子だ!
「何だこれ⁈異常なマナいやオドで溢れてる」
「『魔界』レベルの魔力だぞ!こんな事って!」
「勇者殿。此処は危険だ一旦引きましょう」
「あの機械…コトーなら止められるか?」
何かわちゃわちゃ言ってる。この状況で余裕あるなアイツ等。だがコッチには余裕は無い。この際だ、あの勇者の仲間に保護してもらおう。
「すいません助け…」
突然視界がグニャリと歪む、息が出来なくなって体も動かなくなりその場に倒れ込んだ。
何だか訳が分からない。虫野郎に吹っ飛ばされた時も動けなくなったが今回は攻撃を受けた様子は無い。
逃げ口は目の前だと言うのに体は全く動かなくなってしまった。
何故だかすぐそばにいるのに勇者の仲間達は俺に気付く様子が無い。
気付いてもらう為に声をかけようとしても口は動かない。
動かなくては無理矢理にでも立ち上がらなければと強化魔法を使いたくても呪文を唱えられない、なら魔力を足に送って足裏の魔法陣を発動させようと思った時に気付いた。
魔力が体の中でぐちゃぐちゃに渦巻いていて操作出来ない。全身に魔力が行き渡り過ぎて強化細胞が異常な程に活性化して強張り過ぎて動かないのだ。
無理矢理動かせば張り詰めた風船が破裂する様に全身が大爆発を起こしてバラバラになりそうだ。
ビキッと音が左腕から聞こえて来る、見てみると末端に向かうにつれ皮膚が黒ずんで来ており、更に指の無い掌の方からヒビが入りまるで砂の様に崩れ始めていた。
このままでは死んでしまうと改めて助けを求めようと辺りを見渡すと勇者の仲間はいなくなっていた、それどころか勇者やセカ=ハイルワもいない。
俺は結局何にも出来ずに死んでいくしか無いらしい。
こんな時なのに意識だけはハッキリしている上に冷静に死を受け入れている、不思議な気分だった。
動力炉から溢れる魔力の濃度がどんどん高くなり、遂には目視で確認出来るほどのドロドロとした感じの魔力が押し寄せてくる、まるで津波の様に押し寄せる魔力に溺れて全身で魔力を受け止めた結果、左腕の崩壊が一気に進み上半身も崩れ始めた。
高濃度の魔力の中で体が崩壊していくのを感じていると崩壊した部分から“人の意識の様なモノ”が入り込んでくる様な違和感を感じる。
頭の中で止めどなく様々な人の声が響き渡り脳が処理しきれなくなったかと思うと同時に俺の意識は又もやプツリと切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『なんだ?コイツは?“落ちてきた”のか?』
『こ・ん・な・所・に人間が来たらすぐ死ぬぞ?利用も出来ない死体なら邪魔なだげだ。直ぐに放り出してこい』
『了解っておい!…ちょい待てコイツに触れると吸・わ・れ・る・ぞ?』
『はぁ?どう言う事だ?ん?コ・レ・が原因かぁ?こんなもん仕込みやがって厄介な!、身体だけ元に戻してやってさっさと流してきちまえ!』
『分かったわ、全く何なんだコイツ… 』
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