第7話 ソレはソレ

 不気味な笑顔で人体実験を語る男はペラペラと聞かせてくる。


「君を発見した時はびっくりしたよ。左腕は無いし腹部は大きく抉られてるし、全身に数え切れないぐらいの打撲、骨折、裂傷だ。血液だって当然垂れ流しの状態だ、頭を逆さに木にぶら下がってる状態で『生きていた』んだから!しかも見る限り君は7〜9歳程度の普通の人間の子供だ。変だよね?不思議だよね?」


 確かに命懸けの門番やってる9歳児ですけれど。でもって自分がなんで死んで無いか不思議だわ。


「それでさ、そんな子供がNo.129をも殺してるって訳だ。普通じゃぁ考えられない」

「違う…アレは俺1人で殺したふぁけらない」

「いや?君1人だよ?確かに腹の中から爆発して重傷を負っていた様だが、あの程度ではNo.129は死ねない。再生力を強化してるからね。殺すなら君がやった様に脳か魔臓器官を潰すか、再生出来ない様に跡形もなく吹き飛ばすしか無い。でもねそんな事が単体で出来るのは勇者ぐらいだと思ってたよ」


 そんな事はどうでも良い。それよりも父さんと母さんのやった事を無意味と言われた事が許せなかった。


「ふざけるな!俺がアイツを倒せたのは父さんと母さんが致命傷を与えてくれたおかげだ!お前がなんと言おうとも!其れを否定はさせない!」

「お?急激に回復が進んだね?やはり君の『精神』は特殊だ。それと君の親を侮辱した訳では無いよ?ただ事実を言っただけだから、君の親の事はどうでもいい」

「あ?」

「くくく、君が何故?ほぼ死体の状況下で生存できたか調べてみた結果。なんと私が手を下す前に既に改造されていた事が判明した」

「既に改造…」

「そう、基本1つしか無い筈の【魔臓器官】が追加されていたんだ。解剖して確認したが水晶の様な魔具が心臓と一体化して腹部辺りにある魔臓器官とは別に魔粒子を循環させてたんだよ」


 水晶?それってジジイの…


「2つの魔臓器官が精神と肉体を繋ぎ止める奇跡的な現象が起きてた訳だね」

「奇跡…」

「くくく、君は気になった単語を呟いてしまうのはクセなのかな?まぁどうでも良いか。本当はね、追加されてる魔臓器官を摘出して調べたかったんだけど心臓と一体化してるからね、泣く泣く諦めたよ。だってほら、無理矢理に結合部位を切り離して機能を失う可能性は高いからねぇ」


 正直ペラペラ話してる内容に全然ついて行けない。

 落ち着いて目を凝らして目の前の男以外に目を向けてみる。

 ソコは暗い空間で奥には他にも人が何人かいた、いや明らかに“人型”をしていない者もいる。ただ全員小さい机的な突起物の上で光る部分に手を添えて何かしている様だった。


「ーでね。君の精神波長は異常値でって君?聞いてる?」

「いや、正直全然聞いてない」

「はぁ〜。まぁ、そう言う訳で君の身体に強化細胞を注入して経過を観察してた訳さ。結果は良好だ。どうやら精神と肉体の接続も終わったみたいだね」


 確かにいつの間にか目もハッキリ開くし、口も滑らかに動く様になっていた。

 と同時に頭も回る様になってきたのか基本的な事が気になった。


「てかアンタ誰なんだ?」

「ん?あぁ、そう言えば自己紹介はまだだったね、私は【七代目魔王直属・四天王が1人『セカ=ハイルワ』】だ」

「魔王?四天王??」

「くくく、そうだよぉ、魔王軍の頭脳とは私の事なのだよ」

「いや、知らんし」


 勇者がいて魔王軍や四天王の話は聞いた事があったが本当に四天王なんてファンタジーRPGですら見なくなった様な役職に付いている人物が居るなかった。

 話を聞いている限りかなりのマッドサイエンティストだと分かる。組織のボス感も肌で感じる。そして何より笑顔が気持ち悪い。悪寒が治らない。


「ふむ、それで現状、身体に違和感はあるかい?痛みとか?」

「痛みは無いかな?違和感は…ある、全身が上手く動かせないのと左手の感覚が全く無いかな」

「ほうほう、まぁ動けないのは当然かな、拘束器具で拘束してるから。左手は指先が再生して無いから感覚が無いのだろうね。どうやら強化細胞で傷自体は塞がるが炭化した細胞全てを再生させるまでには至らないと、魔法による回復やモンスターの再生能力程の成果は出ないのは残念だ」


 そうか掌から魔法陣で火を出し続けた結果魔法陣の周りの肉はノモマイタングの頭の中の肉と一緒に焼け落ちていたらしい。


「だが君は本当に面白い。身体能力的に優れた部分は無いが精神は異質で精神構造と肉体年齢が噛み合っていない。生態魔粒子は2つの魔臓器官にて循環と貯蔵を高水準で行なっていると人間としては異常体だといって過言では無い。その癖、門は小さく一般的だ。余りにもチグハグだ」

「はぁ…」

「くくく、という訳で被験体No.126582として強化細胞の移植、順応を確認を終えた。次回から君の名称は『サンプルNo.465』とし次の段階に進もうと思う」

「次の段階?」

「そう、次の段階」


 何が「という訳」なのか分からんが人体実験は次の段階とやらに進む事になった。

 そこから始まったのは実験という名の“拷問“だった。

 強化細胞と適合した身体がどれだけの「数値」を出せるのか、あらゆる事を一つ一つ確認していく事になった。

 基本的な身体能力の確認から始まり、打撃や斬撃の耐性と回復の確認として一方的に殴られ、斬られて傷だらけにされた上で放置され観察された。それだけでも死ぬかと思ったが強化細胞の効果か数日で傷は無くなり後遺症も無い。

 次は攻撃魔法の耐性と回復の確認が始まった。火炎で燃やされ、氷で凍てつかされ、稲妻で感電して、烈風で引き裂かれ、爆裂で吹き飛ばされ、毒で蝕まれ、劇物で麻痺を起こし、怪音で混乱し、粘液で溶かされ何度も何度も放置と回復を繰り返した。

 ひたすら実験の毎日だった。

 正直何日経ってるのかも分からない。

 

 耐久性の実験にある程度の成果が出たのだろう、次は身体性能の確認実験が始まった。

 素手で多彩なモンスターと戦わされ、時には死にかけては放置され回復する様を観察された。

 セカ=ハイルワは俺が身体強化の魔法を使えない事に驚愕していた、身体強化無しでノモマイタングを殺した事にブツブツ独り言をいう姿は非常に不気味だったが「成長期前の身体強化付与は暴発する可能性が高いから危険、だが今は強化細胞に肉体改造が行われた訳だ。なら条件が変わる…」とこちらにワザと聞かせる様な大声の独り言を言い放った後に身体強化の魔法を覚える事を打診してきた。

 勿論承諾して身体強化の魔法を覚える事にした。

 この実験の先に生き残れるかも解放されるかも全く分からない。むしろ自由になる可能性など無いだろう。

 だが俺は強くなりたかった、ただ純粋に強くなりたいと願っていた、その為ならば無駄になると分かっていても自身に取り込めるモノは何でも取り込んで行きたかった。

 初めて使った強化は脚力強化だ、教わった通りに呪文を唱えると両足の周りになんだかオーラの様なモノが浮かび上がる、そのまま力一杯ジャンプすると予想以上の高さに跳ね上がり天井にぶつかる。と同時に両足の脹脛が吹き飛んで腿がズタズタになっていた。

 なるほど魔法の負荷に身体が耐えられないと「こうなる」のか。

 そのまま床に落ちて意識を失いそのまま状態で放置観察される。

 起きてからは身体強化魔法のトライ&エラーが始まる。

 強化しては負荷に耐えきれず損傷しては回復を繰り返す、何度も繰り返す事で色々と慣れてきて損傷しないでも強化魔法を使いこなせる様になっていった。

 不思議なのは今は吹き飛んだ部位でも時間をかければ傷痕も残らず元に戻る様になっている。だがノモマイタングを倒した時に炭化消失した左手だけは元には戻らなかった。

 強化細胞が身体に馴染む前に消失した部位は強化細胞でもどうにも出来なかったのだろうとセカ=ハイルワは言っていた。

 色々なモンスターと戦っているが勝率は芳しく無かった、武器が無いし防具もない基本裸一貫で勝負してるのもあるが、そもそも7歳の身体能力を強化魔法でブーストしてもたかが知れている、小型ならまだ戦える、中型にはほぼ勝てない、大型には勝負にすらならない。

 そこで勝率を上げる為に慣れた魔法陣を使った戦法で戦う事にする、以前の左手にした様に足の裏に風の出る魔法を刻み、左腕の先には火の出る魔法陣を刻んだ。

 魔力を通し魔法陣の起動を確認したが同時に強化細胞の効果で魔法陣の傷が修復されていく、結果魔力を通すと回復効果が上がる事が分かった。

 昔見たアニメの宇宙人や人造人間の様に無くなった部位を瞬間で完全再生する程の回復能力は無いが最早普通の人間の再生能力は超越してると思う、自分の事ながらちょっと気持ち悪い。

 魔法陣を傷痕では無く自分の血を利用して書く様に工夫すると消えやすいとは言え、傷が癒えて魔法陣が無くなる事が無くなった為に少しは長持ちする様になった。

 勝率が少しだけ上がる、中型にもボチボチ勝てる様になってきた頃にはセカ=ハイルワからもう取れる数値が無いと宣言された。

 いよいよ持って何もやる事が無くなって退屈になった、一応貴重な観察対象な様で死なない程度に放置されている。


「おーい、おーい、なんか実験しないのかぁ?」


 拷問な様な実験も慣れれば日常だ、否定的で無く受け入れていた身としては退屈するぐらいなら新しい実験でも恋しくなるので不思議だ。

 何日か叫んでいるとセカ=ハイルワ以外の人物が部屋の小窓を開けてめんどくさそうに声をかけてきてくれた。


「うるさいなぁ。コッチは別の実験体の様子も見なきゃ行けないのに、No.465の実験なんてやる暇ないよ」


 勝手に連れてきて非人道的な人体実験を繰り返した挙げ句の部下の台詞に唖然とする、正に外道の所業、魔王の部下らしさにある意味納得出来る回答である。


「他の実験って何やってんの?」

「あぇ?被験体に新型寄生型モンスターを取り付けてどうなるかとか、方向感覚すら奪う程の暗闇部屋で被験体5人で殺し合わせた結果どうなるかとか、一般で使われる物の数十倍の精力剤を被験体に飲ませてどうなるかとか、色々だよ」


 非常にドン引きの実験内容だった。そんな実験は流石に御免被りたい。

 それでも暇は暇なので次の日も叫んでいると別の人物が対応してくれる。昨日の人より声が太い印象と語尾に「ヨ」と付けてくる。

 昨日同様別の実験の事を聞くとやはりドン引きの実験を担当してるらしい。

 次の日も次の日も同じ様に叫んではセカ=ハイルワの部下と実験の話をして時間潰しを行なっていった、どうやらセカ=ハイルワの部下の内の6体がローテーションで相手をしてくれている様でなんだかんだで仲良くなってしまった。

 それで分かったが「被験体No.」の数字はそのまま今までの被験体の数らしい、俺のNo.から少なくても10万人以上の被害者がいる、まぁ人間以外にも被験体No.は、使われてるらしいし、No.すら付かない者もごまんといるらしいので正確な人数は分からないが、ちなみに俺と話している部下の数体も元被験体でありサンプル体だったそうだ。

 モンスターに人間の脳を移植して適合できるのか実験した際の成功体やゴースト系のモンスターを精巧に作られた人形に入れる事で人となれるのかと言う実験の末の個体など様々だ。

 それぞれ実験の際にネジが吹っ飛んだのか元々吹っ飛んでいたのか皆「まとも」じゃ無い。

 そんな連中と嫌悪感も無く普通に話せてる段階で俺も9歳児にして大分危険人物になってしまったなと思う。

 それと「魔粒子」とはやはり「魔力」の事だった、世界中の国々で言い方が違うらしい、「オド」「チャクラ」「気」「グランド」「ギルネー」と様々らしいが頭の良い連中はその性質から【魔粒子】が1番正しい表現なのだと言っていた。

 そんな雑学を増やしつつたまに新作の毒物劇物の性能と対する強化細胞の耐性の人体実験を手伝いつつ日々は過ぎていった。

 最早1年ぐらい居るのでは無かろうか?

 そんな事を考えながらウトウトしていたらドカンと爆音と同時に激しい揺れが襲ってきた。


「なんだ?なんだ?」


 パープーパープーとヘンテコな音が鳴り響き警告が響く。


『ハイルワ様!襲撃です!!勇者が軍を引き連れて襲撃してきました!』


 バコンドコン、ぎゃーきゃー。

 激しい戦闘音と阿鼻叫喚がどんどん近づいてくる。

 どうしたら良いのか分からず「うーん」と唸っていたら部屋の扉がゆっくり開いて知らない人が入ってきた。


「大丈夫か?助けに来たぞ!」

「あぁ」

「こんな子供まで…シイヘこの子を保護して外部まで護衛しろ」


 どうやら勇者がこの研究施設に襲撃をかけて被験体やサンプル体達を解放してくれてるらしい。


「もう大丈夫だ、君は“勇者連合軍“が保護する、彼と一緒に外に向かってくれ」

「は、はぁい」


 なんだか全く実感が湧かない。

 厳つい兵士の男が「シイヘだ、私の後について来てくれ」と閉じ込められいた部屋から護衛しつつ一緒に外に向かってくれる事になった。

 いつも当てがわれた部屋と実験場の往復しかしてこなかった為、外に出る為の道のりは初めてになる。

 多分、俺以外にも助けられた者をいたのだろう。外に向かう道すがらの扉は全部開いておりもぬけの殻だった。


「他の被験体も無事だったの?」

「被験体…あぁ、他の被害者の事だな…助けられる者は全て助けている……」


 兵士は苦虫をすりつぶした様な表情で歯切れの悪い言い方したので何となく、殆どまともな状態じゃ無かったんだなと理解できてしまった。

 慌ただしく兵士達が通路を走り回っている横を護衛の兵士と外に向かって走っていたら突然目の前の通路が爆散した。

 護衛の兵士が庇う様に前にでると強張った表情で唸る。

 兵士の横から覗き見ると人型の虫の様な存在がこちらを見ていた。


「君は下がってるんだ!必ずまも…」


 グシャと嫌な音を立てて兵士の首が吹っ飛んだ。


「ゲギギゲギャ、なんだよ弱いなぁ、楽しめなかったギャ」


 表情はよく分からないが多分愉快に笑っている。

 目の前で俺を庇う様に死んだ人物に思い入れなど無い。人型の虫もこの施設で話した誰とも違う為に思い入れなどない。

 だが思い入れが無かろうと【守ろう】としてくれた兵士の死には報いなければ。


「ゲギギゲギャ、おまえも俺と同じ実験体ギャ?」

「ああ、そうだよ」

「ゲギャ、お互い自由の身だぁな、ゲギギ、楽しくやろうぜぇ」

「ああ」


 人型の虫。こんな奴は「虫野郎」で充分だ。コイツは俺が子供だからか油断している様に思う。嗜虐性を表面化した様な悪意をビシビシ感じさせながら近づいて来た。

 虫野郎の言う通り、俺はもう自由だ。なら目の前の障害を悪意のあるゴミをぶちのめしてやろう。

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