第5話 現実は厳しい。

 ジジイが居なくなって1年は経っただろうか、俺も9歳になっていた。

 結局ジジイとの修行で少しは強くなった気もするが門番の仕事としては余り変わらなかった。

 基本的に門の周りには遮蔽物が無い、寧ろ敢えて遮蔽物を無くす事で見通しを良くしてるからだ、故に遮蔽物を利用してモンスターの死角に回る戦法は出来ない。

 と言うかそもそも現状は父が半殺しにしたモンスターにトドメの一撃を喰らわせる役割で死角をつく必要が無い、真正面から急所に一撃だ。

 串を飛ばして急所に当てても威力が弱くて致命傷にならないし、既に瀕死になってるので牽制も必要ない。

 魔法陣関係は内緒にしときたいしトドメを刺す際にはそもそも使う用途が無い。

 結局のところ修行中に筋トレの為にブンブン素振りとかしてたのが地味に効果出てて、以前より急所突きが楽になった事ぐらい。

 今日も殺したモンスターを引きずって門の内側に放り込む、割りかし大量で一時的に保管する場所に入り切らなくなっていた。


「父さん、もういっぱいで入らないよ!」

「ああ、仕方ないから外にだしておいてくれ」

「分かった」


 保管場所に入りきらない程モンスターが沸くのは初めてだった、この前の異常にモンスターが少なかった時の様に何かあるのかな?とか考えるが人生経験たらな過ぎて可能性が全く分からない。分からないなら考えない。

 村でも処理しきれないモンスターの肉がうちにも回って来た、今日は久方振りのご馳走だ。


「最近はトヒイがウソチダソとか食べられる野草を刈って来てくれるから、食卓が豪華になったよな!」

「ホント、助かるわ」

「まぁね!育ち盛りですから!」

「ウソチダソはともかく他の野草の事は良く知ってたな?父さんでも食べられるって知らなかった草もあるぞ?」

「ま…前に来た冒険者が教えてくれたから…」

「そっかぁ、冒険者達なら案外邪険にされずに話してくれるのかな?」

「そうね、冒険者から見たら私達の立場は分かんないのかも知れないしね」


 この家には知識を得れる様な媒体は無いし知識も無い、かと言って俺たちを蔑んで見てる村人が教えてくれる事なんて無い、そんな中に森から食材を持って帰って来る様になって不審に思われるのは当然だろう。

 実際はジジイの残してくれたメモに書かれていた知識の訳なのだが。

 まぁ、ジジイと修行していた時からちょくちょく食べれる野草を持ち帰る事で食べ物探索をしてる程を出して修行してる事を誤魔化したりもしてた為、あんまり怪しまれずにいるのかも知れない。

 次の日も大量のモンスターが押し寄せて来た。門の中の貯蔵場所は勿論いっぱいで保管しきれない、かと言って外に放置すればモンスターの死骸に他のモンスターが群がってくる。

 村の唯一の出入り口がモンスターに抑えられれば完全に外との交流が絶たれる、そんな事になれば国外れの貧乏村などあっという間に衰退するだろう。

 ある程度の自給自足が出来るだけの畑や家畜もあるが肥沃な場所では無いので限界は早いのだ。

 ムレーゴイカデの巨人によって街道が破壊された時もギリギリの状態になった、モンスターを殺して食料を提供し続けなきゃ危なかったと思う、その上で感謝されない理不尽を思い出すと怒りが湧いてくる。

 だから村人にバレない様に食べられる野草を採取して我が家だけで楽しむ様にしたのだ。

 正直モンスターが過剰に沸いてあぶれた肉が回って来る今が非常に良い、腹一杯物が食える事は嬉しい事なのだ。

 しかしそんな呑気な事を言っている状況は次の日には無くなってしまった。

 次の日も大量に攻めてくるモンスターの対処に明け暮れていると街道を冒険者と思われる連中が走ってくるのを父さんが発見した。


「なんだ?何があった??」

「どうしたの?」


 視力を強化してる父さんの見てるモノが強化できない俺には分からない、目を凝らして見てみても豆粒がチョロチョロしてるぐらいの大きさでサッパリ状況が分からない。


「傷だらけの冒険者がこちらに向かって走って来ているのだが…」

「何かに追われてる感じ??」

「ああぁ…多分」


 父さんはモンスターの対処をしつつ身体強化で更に瞳を強化して状況把握に努める。


「な…トヒイ!早く門の中に戻れ!『ノモマイタング』だ!クソ!何であんなのが!!」

「え?のもあ??何??」

「早く戻れ!『災害指定』のモンスターだ!俺ら程度でどうにかなるようなもんじゃない!」

「災害?何ソレ??」

「いいから早く戻れ!!」


 急かされて門の中に戻ると父さんは外でモンスターの対処を続けていた。


「父さんも早く門の中に!」

「無理だ!今門をくぐれば一緒にモンスターが押し寄せる、1匹2匹ならどうにかできるだろうがこの数は無理だ」


 現状門の外には6匹のモンスターがいる個々の力は然程強く無い為、倒すだけならいつもの手順でどうにかなるだろう。だか問題は既に7匹目や8匹目が近づいて来ている事だ。

 今までの湧き方とは訳が違う、異常な集まり方だ。

 門が閉まっている時は結界が発動する為に村は鉄壁の守りを得ているが門が開いている時は入口の結界が解除されている為に無防備になる。

 故に門番は目に見えるモンスターを全て対処してからで無いと門の中に入れない、中途半端な状態で門を開けた所にモンスターが押し寄せたら村に侵入される可能性が出るし何より門自体が破損すれば結界の効果が無くなり無防備を晒す事になりかねない。

 父さんは1人で戦い続けている。父さんは強い長年門番としてモンスターを相手にして来た訳じゃない、他勢に無勢でも上手く立ち回って1匹、1匹確実に仕留めている、其れでも倒す数より集まる数が上回っている為に父さんは門の前に釘付けだ。


「トヒイ、村長にノモマイタングが出た事を伝えに行け!村長に連絡をつけて貰って討伐隊を出してもらわなければここいらの村が滅ぶぞ!」

「でも!そのままじゃ父さんが!」

「分かってる!」

「何がだよ!このままじゃ父さんジリ貧だぞ!強いモンスターが近づいて来てるんだろ!俺も力貸すからそいつら一気に倒して門の中にもどろう」

「もう無理だ、トヒイもうお前でも見れるだろう、アレが『ノモマイタング』だ」


 パッと見なんだか分からなかった。ただよくよく見てみるとソレがモンスターの集団だと分かる。

 10や20では無い100匹以上が群がっている。しかも同じ種類のモンスターでは無く多種多様な様々なモンスターが異常な程に密集して向かって来ているのが見えた。

 その集団の真ん中ぐらいに飛び抜けて大きなモンスターがいる。

 大小様々なモンスターがいるが今まではどんなに大きくても前世で言うライオンぐらいが大型に分類されていた。だが今迫って来ているモンスター群の真ん中のヤツは明らかに前世の象ぐらいの大きさがある。

 巨大なモンスターの周りを100匹を超えるモンスターがまとわりつく様に配された大群が冒険者を追う様に近づいて来ていた。


「なんだありゃ…」

「あのデカイのに周辺のモンスターが群がって1つの群体になる厄介なモンスターだ。最近モンスターが増えてたのもアイツに誘われて群がって来てたヤツらだったんだろうさ」


 話しながらもモンスターを倒していく父さんは同時に少なからず傷を負っていっている。

 其れでもモンスターは減らない。それどころか更に増えていく。

 とんでもない焦燥感が体を駆け巡る、このままでは父さんが死んでしまう。


「父さん!俺も出るよ!2人なら…」

「来るな!もう無理だ」


 気付けばこちらに向かって来ていた冒険者の連中は1人1人ノモマイタングの群体にすり潰されて行くのが見える。

 このままでは確実に父さんも巻き込まれて死ぬ、父さんも其れを分かっている。

 駄目だ、どうしたら良い?父さんを救うには、どうすれば。


「トヒイ!」


 振り向けば、血相を変えた母さんが叫びかけて来ていた。


「母さん!」

「村長の使いから連絡があって隣村がモンスターに襲撃されて壊滅したって!」

「母さん!父さんがぁ!」

「何となく分かるわ、もう外に隣村を壊滅させた何かが来てるんでしょ?」

「父さんがノモマイタングだって!」

「嘘…でしょ……」

「母さん!このままじゃ父さんが死んじゃうよ!助けないと!!」

「無理よ…もう見える所まで来ているなら、今から何をしても助からないわ」


 母さんの悲痛な言葉に焦燥感が更に掻き立てる。小窓から外を見ればモンスターの群体がまるで波の様に近づいて来ていた。

 群体の中心の一際大きい個体がノモマイタングなのだろう。今まで戦ってきたモンスターが前世の動物と似通っていたのに対しノモマイタングは前世のどんな動物とも似ていない。強いて言うなら恐竜のトリケラトプスが近いかもしれない、ただ脚は8本あるし表面が黒ずんでドロドロしている様に見えた。


「でも門の中に入れれば父さんは助かるだろ!」


 すると母さんはフルフルと首を振った。


「中に入れても無駄よ『隣村は結界があっても壊滅してる。』ノモマイタングは門の結界を破壊出来るだけの力があるモンスターだから災害指定されてるの」


 母さんの言葉は絶望そのものだった。


「じゃぁ、どうするの?このままじゃみんな死んじゃうじゃんか!」

「そうね、ソレは阻止しないとね…」

「母さん…」


 母さんが徐に剣を取り出しているのを見て焦って声が裏返る。


「何やってんだよ!母さん‼︎剣なんか取り出して、まさか戦うつもり?自分で無理って言ってただろ!」

「そう、このままじゃ村ごと全滅だから」

「そうだよ!無駄なんだろ!じゃぁ何してんのさ!」

「うん、でもね、やらないとみんな死んじゃうから」

「何言ってんだよ、母さん」

「父さんのところ行ってくるね。トヒイは絶対出てきちゃ駄目だからね。」

「母さん!」

「全部は無理でもノモマイタングだけなら何とかなるから、それで結界は守れる。残ったモンスターで村は孤立するだろうけど直ぐに討伐隊が派遣されて来るからそれまで耐えれば大丈夫だから」

「村の事なんてどうでもいいよ!母さんと父さんはどうなるの?生きて帰って来れるの?ねぇ母さん!」


 母さんは困ったように笑うと「ごめんね」謝ってきた。

 聞かなくても分かっている、母さんは生きて帰ってくる事なんて出来ない。上手くノモマイタングを倒せたとしても残り100匹を超えるモンスターの波にすり潰される。きっと父さんと共に死んで戻って来ない。


「母さん!逃げよう!こんな村どうなったっていいじゃないか!父さんと一緒ならどうにか逃げる事ぐらい出来るかも知れないよ!」


 だか俺の声は母さんには届かない。

 ノモマイタングを道連れに死んででも村を守ろうと考えている、村ごと息子を守ろうとしてるのが伝わって来る。

 『父さんと母さんが死んでしまう』その不安などでは無い事実が叩きつけられる。

 追い縋ってでも母さんを止めようとするが軽くいなされて身動きが取れない様に押さえ付けられ更に直ぐには動けない様に縛られた。


「ありがとうね」


 母さんはそれだけ言うと迷いなく小窓から外に飛び出して行く。その後ろ姿が見えなくと同時に喉から声にならない声が叫びとなって出てくる。

 このままでは父も母も死ぬ、それが実感を伴った瞬間に自分の中から溢れる様な感情が訴えてくる。

 『また、自分は大切な人達が死ぬのを助けられない』と。

 無理矢理に縄をほどき小窓から外の様子を見た時には何もかも遅かった。

 父さんと母さんは既にノモマイタングの目の前まで肉薄していた、モンスター群の中を無理矢理突破したのだろう2人とも遠目でも分かる致命傷を負っている、むしろ立っているのでさえ奇跡的だとさえ思える姿だった。


「とおさーん!かあさーん!」


 叫んでも声は2人には届いていないだろう、有象無象のモンスターの呻き声や動いて出る音でかき消されていく。

 母さんの忠告を無視して飛び出そうとした時にノモマイタングの巨大な口が母さんに食らいついた。

 頭から噛みつき簡単に上半身を喰いちぎる。残った下半身に他のモンスターが群がるのと同時に母さんの後ろで背中合わせに立っていた父さんもモンスターに呑まれて見えなくなってしまった。

 声にならない声が口から出た。門から飛び出す事も出来ず体から力が抜ける。

 自分には何も出来なかった。

 父さんは強く母さんはもっと強いでも更に強いモンスターは確実に存在してる、だから強くなりたかった、強くなって守りたかった、『今度こそ後悔したく無かった』、その為に修行もした、少しは強くなってるつもりだった、でも結局は何も出来なかった。

 焦点が合わない目でぼんやり見ていたノモマイタングが突然爆発した。

 中から弾ける様に爆発して倒れ込む。

 直ぐに分かった、きっと母さんの最後の一手だ。

 以前も祖父を食い殺したモンスターと戦った時も母さんは片腕を無くして勝利している。きっと片腕に爆発魔法か魔法陣を仕込んでわざと喰わせて内部から爆殺したのだろう。今回も一緒だ。普通に外から攻撃しても倒せないのだから、内部から攻撃する為に致命傷を負ってでも喰われる為に目の前までいったのだ。修行して得た知識で咄嗟に理解出来る事が非常に虚しかった。

 父さんと母さんが喰われていく、こんな村と俺を守る為に死んだ。

 災害指定のノモマイタング以外の有象無象のモンスターは結界を超えられない。父さんと母さんは自分達が死ぬ事を前提に俺たちを救ってくれたのだ。

 それなのに…。

 ノモマイタングがゆっくりと立ち上がり出した。


「な、なんで…」


 腹から爆発してる筈だ、見た目にも致命傷だがノモマイタングはノソノソ此方に向かってくる、もしかしたら死ぬ前の最後の足掻きで結界を破壊ぐらいしようとしてるのかも知れない。

 正直こんな村は結界が壊れて滅びてしまえとも思ってはいるが…。

 しかしそれでは父さんと母さんの【死】が無駄になってしまう。

 だから結界を壊させる訳には行かない。

 俺は父さんも母さんも守れなかったのだ、だけどその尊厳ぐらいは守りたかった。


ーーあの時は何も出来なかったのだからーー


 父さんと母さんが守った物を俺も守ろう。それが例え自分にとって無価値な物であっても、本当に守りたかった物が家族である【俺】だったのだとしても…。

 もう何も出来ないのは御免だ。

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