第3話 修行始めました。

 村の片隅で老人を囲う事になった。

 老人は、ムレーゴイカデの巨人が通り過ぎた後にひょっこり現れて村に侵入してきた不審者だ。

 何故そんな不審者を囲う事にしたのか、それはモンスターを難なくぶった斬る姿を見て異常な程に興奮したからだ。

 今までも自分より強い者は何人か見てきた。父や母は勿論、祖父や数回しか見た事のない冒険者もそうだ。

 だが老人は桁が違った。

 今まで見てきた中で圧倒的だった。

 モンスターを苦もなく一撃で葬る奴なんて見た事無かった。ただ単純にカッコいいと思ったのだ。

 だから憧れにも似た気持ちが溢れ出てきて止まらなくなった。自分も同じ様になりたいと。


「アンタ凄いな!なぁ!俺もアンタみたいになれるかな!!」

「ん?無理じゃな」


 即答だった。


「何でだよ!」

「ワシは鍛えたからのぉ」


 老人はスタスタ離れて行こうとするので無理矢理に行手を阻んで懇願する。


「なら俺が村人に見つからない場所を教えるから修行をつけてくれ!」

「うむ、その提案自体は嬉しいのじゃがなぁ、別に要らんからほっといてくれんかの?」

「そこをなんとか」

「くどいのぉ」


 老人は非常に嫌そうな顔で俺を見てくる、その目線からは先程の【威圧】は感じない。

 尚もすがり付く俺を霹靂しながらも徹底的に拒否する感じでも無い様子に「いける」と

感じ、猛プッシュで修行をごり押しした。

 老人はため息混じりに聞いてくる。


「童、何でワシみたいになりたいと思う?」

「そりゃアンタが強いからさ」

「何故、強くなりたい?」

「うーん?生きる為に?」

「童、お主の様な歳で生きる為に強さを求めるのかの?」

「あー、俺も父さんもいつ死ぬかもしれない仕事してるからな、少しでも強くなれるならなりたいと思ったんだ」


 カッコいいと思ったからってのも確かだが、このまま門番をしていても祖父を食い殺したレベルのモンスターが出れば俺も父さんも死ぬだろう、父は母より弱い、そんな母は祖父には勝てなかったそうだ。ならば祖父が食われるレベルのモンスターに勝って生き残れるとは思えない、多分2人とも食われて終わる。

 そう『不安』なのだ、なんかとても不安なのだ、何故か自分でも分からないぐらいに。

 なら強くなるしかない、でも父や母に教えを乞うてもそこまで強くなれるとも思えない。そんな中に老人は現れた。この老人に教われば強く、カッコよくなれるのではなかろうか。


「お願いします。俺を強くしてください」


 背筋を伸ばして腰から上体を深く折り曲げる最敬礼、この世界で最敬礼がどんな物なのか分からないが、今自分の出来る1番の誠意の見せ方は前世の知識から出たこの姿勢だった。


「グンパジの礼儀作法かのぉ…」


 老人が深いため息を吐き出した、同時に雰囲気が変わった気がする。恐る恐る顔を上げ見下ろされていた老人の顔には諦めの表情がありありと出ていた。


 「しゃぁないのぉ、まぁ見るだけ見てやるわい…」

「ホントか!よっしゃ!!」


 そうして老人を村外れの林の奥で囲う事になったのだ。まぁ食料も寝床も老人は勝手に用意してるので俺自身が何かをする事は無かったのだが。


「そうだ、自己紹介しなくちゃ!俺の名前は…」

「あー面倒いから名前なんぞどうでも良い、ワシの事もジジイとでも呼べ」

「師匠とかって呼ばなくて良いの?」

「かまわん、どうせすぐ居なくなるんじゃ、名前なんぞ聞くだけ無駄じゃい」


 という訳で俺は老人を「ジジイ」と呼び、ジジイは俺を「童」と呼び合う事になった。

 門番の仕事を終え体を洗いに行く際に林に寄りジジイから修行を受ける。1日の終わりに半刻分だけの修行を。


「ジジイ!先ずは何をしたらいいだ」

「そうさな。童、ワシに全力で挑んでみぃ、童の現状を知りたいからの」

「実力を知りたいって事だよな、分かった」


 普通ならモンスター以外に剣を振るう事なんて躊躇する所だろうが、目の前のジジイとは実力差がありすぎてそんな事を気にする必要は無さそうだ、なら力一杯受け止めてもらおう。

 いつものモンスターに対する戦闘スタイル、短剣を構えて急所に向かって全力疾走。

 ジジイは剣先が触れる瞬間まで全く動かない、避けるも守るもせずに挙動を見据える。

 短剣は簡単にジジイに受け止められた、左手で何事もない様に受け止められてしまった。


「ふむ、踏み込みは悪くないの」


 軽い仕草で「もういい」と示したジジイはおもむろに顎に手を添え考えている


「どうだ、ジジイ、強くなる為に何をすれば良い!」

「まぁ、分かってた事じゃが童、『魔力』の使い方すら知らんよな?」

「うん、身体ができる前に生半可に魔法を使える様になると魔法の負荷に体がついて来なくて、下手すると死ぬからって」

「んま、間違ってはいないの」

「そうなんだよ、早く魔法使える様になりたいのに…」

「正直な話の、魔法が使えない状態ではどんなに修行しても中途半端にしかならん、諦めて元の生活に戻る方が良いのぉ」

「んじゃ、『型』とか無いの?なんでも良いんだ、少しでも変わりたいんだ」

「んー、諦めんかぁ」

「諦めない!」

「はぁ…なら、体づくりからじゃなぁ…」


 面倒くさそうにしつつジジイは修行の指示を出してくれた。その内容は!


「毎日この草を飛び越える事」

「え?」

「この草は1日1日ぐんぐん伸びるで有名な【ウソチダソ】じゃ、身体を鍛えて必ず飛び越える様に」

「知ってる!ウソチダソは万年草で最低限の土地と水が有れば何処でも育つ汎用食用草!」

「そうじゃ!長旅の必需品!困った時のウソチソダ!この国が作り出した魔草じゃ」

 

 『ウソチダソ』この貧乏人御用達の食用草は飢饉に苦しむ事をなくす為にこの国【ルバンガイセクイ】が開発し世界に広がった魔草である、土地さえ有れば砂漠ですら根を張り、水が無くても大気の少ない魔力を吸収して育つ恐ろしい成長力を有した草である、更に繁殖も容易な様で超安値で取引されている。って言うか場所によっては雑草の様に天然化しておりただ同然だ、勿論ウチでも栽培してる。

 ソレはさて置き、修行は単純に筋トレと草跳びだった。

 ウソチダソは1日に水無しでも数センチ伸びる、水を与えたら数十センチ伸びる。最初の数日は簡単に飛び越えられたが直ぐに助走を付けても飛び越えられなくなった。


「ジジイ!無理!!この高さもう無理!!!」

「まぁ、童の身体で身体強化無しなら頑張ったと思うの」

「身体強化の魔法使うしか無いなら教えてくれよ!」

「ん?だから無理じゃて制御しきれなかったら身体がねじ切れたり破裂するぞい」

「あうぅ…んじゃどうすれば?」

「だか、魔法を使わず「魔力を外に出すだけ」なら案外誰でも出来るんじゃよ」

「魔力を外に出すだけ?」

「魔法ってのはの簡単に言うと自分の中の魔力と外側の魔力を合わせる事で奇跡を成す法則じゃ、魔法を発動させるには『呪文を唱える』事や『一定の動作を行う』事が必要になる、それ以外に『魔法陣に魔力を流す』事で成立させる事も出来る訳じゃ」

「魔法…成立……」

「童は魔法を制御出来る程に体も出来てなければ、知識も無い訳じゃ、故に今のお主に出来る事は、道具に魔法陣を書き込んで魔力を流して発動させる魔具を活用する戦い方を覚える事かの」

「魔具?」

「そうじゃ、単純な効果の魔法陣に魔力を流して発動する魔具を自ら作り活用し戦うんじゃ」

「でも魔力を流すとか魔法陣とか俺、知らないけど…」

「流石にそれはワシが教えるわい、先ずは靴底に風が出る魔法陣でも書いてやるから其れからじゃな」


 次の日からは筋トレと同時に魔力放出の訓練も始まった。正直なところ身体の中にある「魔力」ってのが理解出来ない、ジジイに聞いたら詳しい話は義務教育を受ける際に聞けと言われたが…

 上手く理解出来ずにウンウン唸っていたらジジイが自分の魔力を俺に流して来た。


「うわ!なんか流れ込んで来る!!」

「分かるか?ソレが魔力の流れじゃ、その感覚を自分だけで感じれる様になれ」


 不思議な感覚だった、1度感覚を掴んだら案外すんなり理解出来た、体中を血液みたいに「何か」が流れているのを感じるし溝内の下辺りで滞留して全身に広がって行くのが分かる。まるで前世の忍者漫画に出てきた『チャクラ』みたいだなとか思った。

 そして気付いた「草を毎日飛び越える修行」って前世の忍者なる為の修行じゃね?あれ?俺騙されてる??いや待て、ここは異世界だ前世の世界とは関係無い筈…うん、関係無い、関係無いさ、関係ないよね?

 頭に浮かんだモヤモヤを考えない事にして足の裏に魔力を流す様に意識する、すると足の裏に向け流した魔力が吸われる感覚発生したと同時に靴の裏から風が吹き出した。

 初めて起動に成功した時はバランスを崩して思いっきりすっ転んでジジイに大爆笑されたりもしたが何度もチャレンジしていくとタイミングにも慣れてきて自分より背が高い草でも飛び越えられる様になっていた。


「ほぉ、中々上手くなってきたのぉ」

「だろ!日々成長してるのだ」


 直ぐいなくなると言っていたジジイはなんだかんだで修行を見る為に居残ってくれている。

 そんなジジイから次に指示された修行は「的当て」だった。


「この串を狙った所に当てられる様にすれば良いのか?」

「そうじゃの普段、武器を持つ手とは逆の方で投げて当てられる様にするんじゃ」

「うん?でもそれじゃ力が入らなくて威力的なもんが出ない気が…」

「そこでコレじゃ」


 それは小さな魔法陣の書かれた棒アイスの板の先を尖らせた様な串だった。


「コレはその靴と同じで魔力を込めると風がでる」

「成る程、風で加速させて刺す訳か」

「その通り理解が早いの、串での攻撃は牽制にも遠距離の攻撃にもなる訳じゃ、攻撃の幅を広げる事に繋がる、攻撃魔法を使えればソレでどうにかなるが童にはまだ早いからのぉ」

「うーん、魔法かぁ」

「まぁ前にも言ったが、そこら辺はこの国の『学園都市』で専門的に習う方がよかろう」

「行ければね…」


 現実的では無い未来にため息を吐きつつ本日分の修行を終えて帰宅する。

 どうやら父と母にはジジイを囲って修行していること自体はバレてない様だ。まぁなんかやってる事は気がついているとは思うけど、まぁ追求は無いから内緒で修行を続けてる。

 何故、内緒なのか!それはなんかピンチの時に修行の成果を「バシッ」と出してカッコよく決めたいからだ!

 中途半端な前世の記憶だけだと精神は実年齢に引っ張られるのか、子供じみた考えが頭を支配していたりする。

 そんなこんなで、門番代わりにモンスターと戦って、草を飛び越え、串を的に当てつつ、筋トレ代わりに剣を振り回す日々を続けて30日を超えた頃に遂にムレーゴイカデの巨人に踏み荒らされた街道をインフラを整備しに役人がやってきた。


「街道の修繕作業で門の前ギリギリまで修繕が入りますので門の内側に入っていて下さい」

「では門の内側に退避しときます」

「ありがとうございます、あと村長に修繕が遅れて申し訳ないと伝えておいて下さい」

「分かりました」

「では作業に戻りますので何かあれば声をかけて下さい」


 それだけ言うと役人は作業をしている者達に指示を出していく、街道の修繕作業は記憶にある前世のものとは全然違った。

 魔法で地ならしを行い街道を修繕させていく作業は見ていて地味だが面白かった。

 冒険者っぽい戦士が護衛役を務め、役人が指示を出し魔法使いっぽい人が魔法で地ならしを行なっていく、前世の様な重機を使った機械的な物は一切無し、まさにファンタジー的だった。


「俺も魔法使える様になりたいなぁ」

「トヒイも大きくなったら学園都市で習えるさ」

「このままじゃ行けないじゃん」

「ははは…」


 父も勿論、現状では俺が村を抜けて学園都市まで行く事が出来ない事を理解している。だから俺がもうちょっと大人になったら身体強化を教えてはくれるつもりらしい。

 でもそれじゃ遅いんだよなぁ。だから


「ジジイ!草も育ちきった状態で飛び越えられる様になったし、串もほぼ狙った所に当たる様になったぞ!!」

「そうかの、でももう出来る事はないの」

「へ?」

「前から言っとるが童は体が出来てないからの一般的な戦闘方法を教える事が出来んからのぉ」

「一般的って父さんがやってる様な?」

「そうじゃな、童の親父さんの戦い方は典型的な『一点集中強化型』じゃったな」

「一点集中??」

「そうじゃ、人間よりも巨大だったり俊敏に動くモンスターは多い、しかも群れだってくる事が殆どじゃ。故に1匹1匹をどれだけ早く確実に倒せるかと言う戦い方になっていくわけじゃ」

「確かに1匹に手間取ってると他のヤツに攻撃されるからなぁ…」

「うむ、だからこそ身体強化や武器への魔法付加等、自身の力を一点集中させて最大出力で攻撃するのが主流になっておる」

「でも、俺にはそれは出来ない…」

「そうさなぁ、まだ早いのぉ、それでも戦える様になりたいと」

「ああ…」

「童よ、たまに醸す雰囲気が童っぽくないのぉ」


 そら精神年齢的には7歳じゃ無くて多分20歳超えてるからね。


「それで童は正面から戦うのは無理じゃからの、魔具を使用し機動力を利用した戦法でやってみようかのぉ」

「機動力!」

「では、腕を使わず木を登ってもらおうかの」


 と言う訳で次は木登りを行う事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る