第2話 運命の出会い

 うちの家族の起床は早い。

 幾ら国外れの小さい村だとしても外部からの接触がいつあるか分からない。配達物や旅商人などの受け入れに不備が無い様に常に門を気にしなくてはならない。

 結界で守られている村の唯一の弱点は「出入り口の門」である。人が通れる様にそこだけは結界のON/OFFがある為だ。

 モンスター達も長い年月で学んでるのか門を的確に狙って行動してくる。

 村の出入りの際にモンスターに強襲されるのは日常茶飯事で気付けば待ち伏せするかの様に門に近づいてくる。

 今日も日の出前の3の刻になったばかりの時間に門前を確認すると案の定モンスターが屯っている。

 今日は牙の生えたトナカイの様なモンスターが2匹程、門の前に陣取っていた。


「イカナトバキが2匹か。トヒイいつも通りやるぞ」

「分かった」


モンスターが数匹ならハルバートの様な武器を持った父が先行して攻撃し、弱った奴から俺が短剣でとどめを刺すがいつも通りの行動だ。

 父は門の横にある出る事は出来ても入る事の出来ない小門から、駆け出して1匹のイカナトバキの腹部にハルバートを突き立てる。

 もう1匹がソレに気づき父に向かって噛み付いて来た。何故?牙より立派な角で攻撃しないのか?

 それはさて置き、父は突き刺したハルバートを無理矢理に腹を切り裂きつつ噛み付いて来たイカナトバキを迎撃する。

 見た目冴えない感じの父だが魔法で身体強化してモンスターを薙ぎ倒す姿はなんだかんだでカッコいい。


「行け!トヒイ!!」


 俺も小門から飛び出して腹部を引き裂かれたイカナトバキの首に小剣を突き立てる。

 俺はまだ身体強化の魔法を使えない為、ただ体重を乗せて力ずくで突き刺すだけだ。

 バッシャっと返り血を浴びつつ、えぐり込んでトドメを刺す。

 完全に死んだ事を確認してから父の方を向いてみるともう1匹も父の攻撃で息も絶え絶えの状態だった。

 いつもなら4・5匹同時に相手にする事が多い為、2匹程度なら楽勝だ。

 他にモンスターの気配がない様で父はそのままトドメもさした、普段なら更にモンスターが近づいて来たりするので父が警戒しつつ俺がトドメをさしている。

 死んだイカナトバキは門の内側に入れて解体され村の食料や資金に還元される。

 父が見張りをしてる間に死体を引きずって門の中に向かう、7歳児の腕力で推定体重200キロのモンスターを運ぶのはキツい、しかしココは前世とは違う異世界だ、身体強化の魔法を使わなくてもズリズリと200キロを引きずって移動出来る、この世界の7歳児はこれぐらい当たり前なのか、良くある異世界RPG物の様にモンスターを殺してるからレベルが上がって基本スペックが高くなっているのかは分からない。

 同世代の友達なんて居ないからね!

 父はモンスターがいつもより少ない事に訝しげだ。


「なんかおかしいな?」

「んー!どうしたの父さん!」

「モンスターの気配がまばら過ぎる」


 身体強化の他にも気配察知の魔法を使える父はいつもと気配が違う事で警戒を逆に強める。

 確かにいつもなら血の匂いに誘われた別のモンスターが湧いてくる事が多い。こんなにあっさり終わる事の方が少ない。


「ん⁈」


 ズリズリ2匹目を門の内側に入れた頃に父が気付いた。


「揺れてる?」


 言われてみれば確かに大地が揺れている、地震が珍しいこの地域では地震は大いなる災いになる。

 更にその地震が自然現象で無い場合もあるのが異世界だ。


「『ムレーゴイカデの巨人』か!」


 此方に向かって人型の巨人が歩いて来てるのが遠目に見えた。

 多分数キロ離れた場所に見える巨大な体格は、有に100mを超えているだろう。


「前と形が違う?」

「ああ、巨人は三体いるらしいからな!前に見た奴とは別なんだろ」


 少しずつ此方に近づいてくる巨人。

 前の時は近づいてこないで遠くを歩いてるだけだった為にどんな姿をしてるのかは良くわかっていなかった。

 だか今回は近づいてくる、前回は朧気だった全体像がハッキリ見える。

 巨人は巨大な岩によって構成されたゴーレムだった。


「ゴーレムだったのか!怪獣じゃ無かった!」

「トヒイ!アレはごーれむ?って言うのか?」

「いや?岩で構成された怪獣なのか?」


 余りにファンタジーな状況に変な方向に思考が展開していく。


「まぁどうでもいい!トヒイ。村長にムレーゴイカデの巨人が近づいて来てる事を伝えに行ってくれ!」


 軽い地揺れ程度がドンドン激しくなって行く。


「わかった」


 村長の家に向かって駆け出した。

 正直、村の中を通るのは好きでは無い、侮蔑を含んだ村人の目線になれる事は無い。

 だが今日はそんな目線は殆ど無い、まだまだ朝早いので外に出ている者は少ない、ただ地響きに気づいた者は外に出てきて無闇に辺りを見回したりもしていた。

 村長の家の扉をノックして叫ぶ。


「村長!巨人だ!ムレーゴイカデの巨人が近づいて来てる!」


 村長の家の扉がゆっくりと開いていく。

 側仕え的な人によって開けられた扉の奥から声だけが聞こえて来た。


「朝早くからうるさいわ。汚らしい体で扉を汚すな、どうせ巨人は村に直接何かをする事は無い。さっさと門に戻れ」


 それだけで扉はまたゆっくりと閉められてゆく。


「まぁ、そうだけど…」


 バタンと閉まった扉の前で呟いてしまった。

 モンスターとの戦いで返り血を浴びている身体はとても綺麗とは言い難いが咄嗟の事態だと考慮ぐらいして欲しい。

 それはさて置き、村長とっては現状はどうでも良い状況の様だ。ムレーゴイカデの巨人は何故か村や街を避けて歩いているらしい、ただし別に人間を避けてる訳では無いらしく、村や街以外では普通に踏み潰されたりしてるらしいが。

 村や街から出なければ安全だから村長は重視してないのだろう。

 それでも巨人の通った後は大地が踏み荒らされグチャグチャにされるし、近くを通れば振動はもはや大地震クラスの被害は出るだろう。


「ったく、近づいて来てる方向から考えて街道は踏み潰されてるぞ、向こうにあるらしい橋も崩されてる可能性もあるのに…」


 村長からの塩対応に今後のこの村の貧窮具合が心配になる。

 まぁ、やるべき事はやった。最低限の責任は果たしたんだ。門に戻ろう。

 揺れはどんどん激しくなっている、着実に巨人は近づいて来ている様だ。村の連中も家の中に退避したらしく閑散としていて帰る際も気持ちが楽で良い。

 門まで戻ると父が扉のかんぬき錠を閉めているところだった。


「父さん!村長に伝えてきたよー」

「あぁ、分かった。もう今日は誰も来れないだろうから一旦家に戻ろう」

「良いの?」

「仕方ないさ、そう、仕方ない!」


 いつも事なかれ主義的でヘタレ気味な父だが今日の決断は早かった。

 どうやら巨人を言い訳にサボる事にしたらしい。俺も楽したいから便乗しよう。


「んじゃ、家に避難しよう。母さんも心配だ」


 家に帰ると母は外を見ながら不安な顔をしていた。


「また巨人が出たの?」

「ああ、しかも近づいて来てる、こんな事は初めてだ」

「大丈夫よね?」

「まぁ、聞いた話通りなら村にいれば問題は無いだろう」

「でも外は駄目だろうね」

「まぁな、隣町までの道も橋も使い物にならなくなるだろうな」

「でも村長はあんま気にして無かったよ」

「はぁ、村長は長生きだからな、多分今までに何度もムレーゴイカデの巨人に出会って何をしても無駄って諦めてるんだろう」

「まぁ、そうなんだろうけど」


 不安は拭えない。

 ただでさえ国外れで貧乏な村だ、特産品なんてない生産力の無い村の生命線は外部にしか無い。なのに外部通ずる道は巨人によって潰されてしまう、街道ならまだしも「橋」が潰されるのは致命傷だろう。早期修復は期待出来ない、隣村との交流は途切れてしまうだろう。


「それは、それだ、俺達に何かできる訳でも無い、門を守るだけだ」

「はぁ…守っても食料貰えるか不安だなぁ」

「ふふふ、まぁトヒイは育ち盛りだからお腹減っちゃうわよね」


 母さん笑い事じゃ無いよ、ただでさえ少ない食料が更に少なくなるだろう事は分かってるのだ。

 ドガンドガンと揺れが激しくなる、窓から外を見ると巨人がかなり近づいているのが分かる。100mを超えるのではと言う巨体が地響きを鳴らしながら近づいてくる様は恐怖でしか無い。村や街に被害を与えないと聞いていてもそれが信じられる様な実感は無い。ただ目の前の恐怖が体を襲う。

 気付けば恐怖に怯えて母にしがみ付いていた。父も2人を覆う様に抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫さ」


 父の声は震えていた。


「そうね」


 母の声も震えていた。


「うん、大丈夫!」


 俺の声も震えていた。

 ビシっと窓ガラスにヒビが入る、割れた窓からは巨人の足しか見えない、まるで壁が擦り寄ってくる様に巨人が村に近づいてくる。

 巨人が一歩歩く毎に大地震のように揺れ、踏みしめられた際の轟音が響いた。

 俺たちは家の中で家族が固まって震えながら巨人が去るのを待った。

 ふと揺れが小さくなって行くのを感じる、割れた窓からは巨人は見えなくなっていた。


「行ったのか?」


 父はゆっくりと動き出した。


 まだ、揺れも轟音も続いている。

 だが、明らかに小さくなって行っている。

 俺は外に出て確認してみる事にした、母が「待って」と止めようとしたが、それより早く動いて扉を開けて外に出る。

 巨人の後ろ姿が直ぐに確認出来た、どうやら本当にムレーゴイカデの巨人は過ぎ去って行ってくれた様だ。


「助かったぁぁ」


 その場にペタンと座り込んだ。

 母が心配しながらやって来る。


「全く、危ないかも知れないのに」


 母の心配を他所によいしょと立ち上がり外の状況を確かめる為に歩き出す。

 村外れの我が家から柵の外を見ると巨人の足跡で大地がボコボコになっているのに「結界の力」で柵のこちら側まで影響が届き切っていないのも凄い。異世界ファンタジーを実感する。

 モンスターや自然災害から村を守る結界の力は絶大でコレが無ければこの世界で人間が生き残る事なんて出来ないだろう。

 地震とかの影響すら結界で守られるとは思いもよらなかった。

 でもこりゃ明日から大変だなと、ため息が出る。思った通り隣町に繋がる道は踏み潰されて荷馬車が通れる様な感じでは無い。ムレーゴイカデの巨人被害は天災扱いなので村長がこの国の偉い人に連絡すればインフラ整備に来てくれる筈だが、何せ国外れの小さな村だ。早急な対応など期待出来ない。巨人が歩いて来た方向を考えるに明らかに国内を横断して来ている、被害は甚大だろうしウチの村より重要な場所を先に整備するだろうから必然的に後回し確定だ。

 明日から更にひもじい日々が始まるのかと気分を凹ませていたら柵の外側に人影が見えた、見間違いかと思ってよく見ると年老いた男性の様だった。

 老人はヨタヨタと街道では無い草むらを横切りながら村に近づいて来ている様だった。

 しかし巨人が通って野生のモンスターが避難していたとは言え、よく1人で街道も使わず移動できたものだと感心してしまう。柵の外はモンスターだらけだ、魔王配下の四天王の1人がモンスターをワンサカ生み出してのに放ってるらしい、よい迷惑である。

 案の定、老人にモンスターが近づいて行くのが見える、巨人によって地形がボコボコにやりなっている為、こちらからは見えるが老人からは死角になっているのか気付いてる様子が無い。

 大声で「危険だ」と叫ぼうとした瞬間にはモンスターは老人に襲い掛かっていた。

 無惨にも殺されると思った瞬間、モンスターは血をばら撒きながら倒れた。

 遠目なので詳しくは分からなかったが多分、老人が一太刀でモンスターをぶった斬った様に見えた。


「嘘だろ…」


 老人は何食わぬ感じでこちらに歩いて来る。ただモンスターは1匹では無かった。

 てけてけ歩いている老人にモンスターは容赦無く襲いかかって行くが老人はいっさい歩みを止めずにモンスターをなぎ倒している。

 ぶった斬ったモンスターの血の匂いに誘われてるのか更にモンスターが押し寄せて来ているが、やはり老人は気にも止めずにひたすらぶった斬って進んでくる。

 気づけば老人は村の柵のところまで来ていた。大量のモンスターを斬ってきた筈だが返り血はいっさい浴びて無かった事は驚愕だった。

 老人は柵を気にしている、村の柵は結界の境界線でもある外部からの侵入は何人たりとも許さない、不審人物の簡単な侵入など出来ない。

 だが老人は左手で結界に触れたかと思ったらヒョイっと柵を乗り越えた。


「え!なんで!!」

「おや?見られてもうたか、坊主よ、わしゃ別に『怪しい者』じゃぁない、見逃してくれんかのぉ?なに、ちょいと2・3日休めば勝手に出て行くわい、その間に悪さもせん、外じゃゆっくり休めんからのぉ」


 老人は悪びれる様子も無くスタスタ歩いて行こうとするので咄嗟に呼び止めた。


「ちょっと待て!勝手に入られちゃ困る!俺たちは門番なんだ!バレたら大変な事になるだろ!!」

「なんじゃ?坊主みたいな童が門番なのか?あぁ父親が門番やってるって事かの?なら黙っておいてくれんかの?」

「いや!俺も門番だよ!嫌だけど働いてるよ!見ろよ!あんたと違ってモンスターの返り血で服もガピガピだよ!」

「確かに小汚いのぉ、はよ服は洗った方が良いぞい、じぁあな」

「『じゃあな』じゃねーよ!行かせねーって!何でも結界を簡単に越えて来てんだ!もしかして巨人のせいで結界弱まってる??」


 勝手に行こうとする老人に詰め寄って先ほどの疑問をぶつけた。


「別に関係無いの、寧ろこんな片田舎の寂れた村には似つかわしく無いぐらい良い結界ではないかの?」

「だよな、だったら何で?」

「坊主よ、世の中には知らない方が良い事もあるのじゃよ…」


 ぞわりと背筋に冷や汗が溢れ出てきた、老人に見られただけなのに足が震えてまともに立ってられないような感覚に襲われる。


「別に悪さはせんと言うておろう、ほれあっちの人の来なさそうな場所で数日休めれば勝手に出て行く、村人にも見つからん様にするから安心せい」

「いや、しょっぱなに俺に見つかってんじゃん、バレバレだったじゃん!ビックリするぐらい隠れてられてないだろ!すぐ見つかるわ!」


 老人は非常に面倒臭そうにこちらを見て来ると同時に更なる悪寒が全身を走った。

 「殺されるのでは無いか」と言う程の【何か】を叩きつけられている様なコレが『殺気』と言うやつなのだろうか?

 呼吸がまともに出来ない、足がガクつく、冷や汗も止まらない、目の前の老人が恐ろしい。

 だけど何だか『興奮』している自分がいた。


「ほぅ、坊主…この【威圧】を受けて笑うかの?」

「ははは、笑う?」

「うむ、坊主お主『まとも』では無いぞ…」

「よく分かんないけど『まとも』じゃないのは分かってる」


 そう、分かってる。

 まともな筈が無い、なんせこちとら『異世界転生者』だ。身体に対して精神が伴ってない『異常者』だ。


「ほぅ…」

「アンタ凄いな!なぁ!俺もアンタみたいになれるかな!!」




コレがジジイとの出会いだった。

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