第338話

「見ろ泣顔ぴえん、あの子ら我慢できずに吹いたぞ?やはり名前は偉大だの〜」


「父さ…歩華理ポカリ様、流石に彼らは我々の3っつの伝統を全部知らないですから当然の結果だと思います」


俺達の反応を見てにやけ顔をしてこちらを見てくる当主様に呆れ顔の赤城さんのお父さんが会話を続ける。


「そうかの〜、なら宝石ジュエル坊と熱々懐炉ホッカイロ婆さんはどう思う?」


「えっと…僕はやっぱり恥ずかしかと思います」


「あたしゃ気に入っとるよ。この名前で87年も生きてんだ、今更恥ずかしいとか考えないさね。でも最近うちのせがれが改名しようとしていたからやっぱり若い世代は当たり外れのある伝統かもしれないね」


毒田篦羽ドクターペッパーの若造か…確かに言いにくいがだ、仕方がないだろうよ」


次々と周りから出てくる本当に珍妙な名前が次々と出てきて頭が混乱する。そんな中叶が話を切り出した。


「あの…自分で選んだ名前って一体なんの事ですか?」


「…おおっと、スマン。客人の前で変に盛り上がっちまったな…なら、まずは俺達一族の3つの伝統の一つ、『名選びの儀』について話すことにするか」


そう言って当主様はポツポツと話し出す。

桐城家は代々生まれた赤ん坊にはまず『坊』と仮の名前をつけて育てる。そしてその赤ん坊がハイハイをできるようになるまで育てたらこの菊の間に分家を含む一族の代表達が1つの品を持ってきてそれぞれ畳の上に置く、そしてハイハイできる赤子を中に入れて、その赤ちゃんが自分の意思で最初に触った物の名前をその子の名前にするという『名選びの儀』なる伝統があるらしい。


「ワシの時は某スポーツ飲料に触ったから名前が『歩華理ポカリ』になった。息子はスマホのスタンプを触り、そのスタンプが泣き顔のスタンプだったから『泣顔ぴえん』になった。他にも宝石を触ったから『宝石ジュエル』、某炭酸飲料の缶を触ったから『毒田篦羽ドクターペッパー』、紙タバコを触り『七星セブンスター』となった者やお米に触り『祝福米ライスシャワー』となった者もいるぞ?」


「因みに赤城はオレが用意した空母赤城のプラモデルを触り、名前が『赤城』になりました。まともな名前になり親としてほっとしています」


「なんか…とんでもないっすね、色々と」


叶は話を聞くと頭を抑え、俺もまた内心めちゃくちゃ呆れていた。いや、子供に名前を選ばせるという行為自体は100歩譲って良いとしよう。だが、流石にそれを自分達が持ってきた物の中から選ばせるのはいささかどうだろうとは思う。しかも明らかにその物の中にハズレが仕込まれているし…


「まあ、その話は別にいい。今はワシ達が無理言って呼び出した理由を話さにゃならねえからよ。今は変わった伝統もあるんだな程度に認識してくれればいい」


すると当主様は咥えていたキセルを口から離すとそのまま火の処理をしつつそう話す。そして処理が終わると叶を優しい目で見始めた。


「すまんが叶さん、まずは謝罪をさせてくれ。赤城から聞いているとは思うが既にワシら桐城家一族はアンタの全てを調べ上げた。出生から現在にいたるまで、スキルやジョブ、君の弟の件も含めてだ。必要だったとはいえ一個人にこんな事をしてしまい申し訳ねぇ…この件で何かあった場合は直ぐに言ってくれ。一族総出で事の終わりまで対処する。何なら今言った内容を念書として書こうか?」


「えっと…それは別に大丈夫です。俺配信者だからスキルとジョブは正式に開示してますし…」


当主様は叶に対して頭を下げる、叶もまたその謝罪を見て狼狽えながら苦笑いを浮かべ、俺はそのやり取りを見ただけで当主様は下手なプライドなどは一切なく善悪をキチンと理解して謝る時はキチンと謝れるちゃんとした人物であると分かった。名前以外は。


「なら、早速だが一族内での会議の結果を言おう。泣顔ぴえん、ワシの代わりに彼らに事情を説明してくれ。次期当主としての修行の一環だ、頑張りな」


「分かりました、歩華理ポカリ様」


そして、赤城さんの父さんが一歩俺達の前に出ると一回だけ手を叩く。すると襖が開き、和服の女性が折り畳まれた紙を一枚持ってきて赤城さんの父親に丁寧に渡した。そして、その女性がこの場所から退出したのを見届けると今度は俺達の方を見る。


「まず、結果だけいえば我々の一族の9割が叶さんとの婚約を推奨している。…そうだな、この9割を『婚約派』と名付けよう。

調査の結果、まず叶さんの武の実力は赤城とのハンデ戦…2vs1の構図かつ武器無しの状態で前歯が欠ける程度のみで勝利したので申し分ない。

人格、家庭環境、交流関係にダンジョン内での戦闘記録に収入、スキルやジョブについても全て完璧、更に死別した弟との約束の為に努力する姿は我々の目から見ても優しくも芯は熱い人物であるのは明白だ。赤城の婿としてこれ以上ないといえる」


そう言って赤城さんのお父さんは手元にある髪を見た。


「だが、悲しいかな私達一族も一枚岩ではない。『旧家の人間は旧家の人間と結婚し、血と伝統を紡ぐべき』という頭の硬い連中、『純血派』と名乗っている親族達もいる。今回この騒動で対立しているのがその純血派の奴らなんだ。そして奴らは一族の伝統を使い、自分達の案を通そうとしている」


「…お、お父様…まさかそれって!?」


赤城さんは自分の父さんが何を言っているのか理解したのかビックリしている、そして俺達は何の事だが分からないのでその場で固まっていると赤城さんの父さんは手元の紙を掴み、俺達に見せてきた。


「そう、純血派は我々桐城家が代々守っていた3つの伝統である『名選びの儀』、『血繋ぎの儀』、そして最後の1つである『一族が対立した場合、お互い代表者を指名してそれぞれが決めた達成可能である課題を先に達成した方の意見を何があろうが必ず採用するべし』という分家であろうが本家に意見を通せる唯一の方法、『双案血議の儀』を提案してきたのだ」


その神にはデカデカと『双案血講状』と筆で書かれていた。

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