第285話

〜〜 10月21日 6時50分 阿木川ダム side月神 桜 〜〜



「ハァ!」


『グボァ!?』


自分の短槍の蛇腹を起動して四本腕の赤毛のクマである『4アームベアー』の首、つまり頸動脈部分を削いで絶命させる。

渉と別れ、このダムの防衛をし始めて2日が経過した。現在恵那山を中心に発生したスタンピードは阿木の周辺を除き全て鎮静化に成功、モンスターの狩り残しがないか確認次第阿木方面に全軍が向かってきているようだ。


「桜くん、今ので最後だ。あとは我々に任せて仮設テントで休むといい」


「…はい、ありがとうございます」


その為現在はなんとかモンスターの襲撃がおさまってきたので休憩できる余裕が生まれた。だから今も爆発する矢を装填したクロスボウを装備した隊員6名とMBに乗った3人の小隊がボクの代わりにこの場所の警備についてくれると言ってくれた。

ボクはその言葉に甘えて、自衛隊の人達が設定した仮設テントに向かって走り出す。

そして数分で警備の自衛隊員さん達に挨拶をして何個かあるテントの内の一つの中に入る。


「お、お疲れ様。桜」


「スゥ…スゥ…」


「…お疲れ」ポリポリポリ…


「お疲れ様、叶…起きているのは私と叶、後一二三だけか」


テントに入るとテントの中心に机が置かれ、その上に小さいバッテリー内蔵型のテレビが置かれている。その机を囲むように叶達がいた。

膝に寝ている望月を乗せて撫でている叶にチョコバーや大豆バーなどを大量に食べてカロリーを補助している一二三がいて、ミリアさんと夏美はいなかった。


「叶、ミリアさんと夏美は?」


「ミリアさんはコク糖達を連れて手堕助さんと一緒にヘリで恵那峡SAに食料とかを取りに行って、夏美は今のうちにMBの整備を手伝うって別のテントだ。ほら、桜の分のご飯が机の上に置いてあるから食べな…大豆バーとかだけど」


叶に事情を聞くとどうやらそれぞれ自分にできる事を優先的にしているようだ。

ボクはそう思いながら叶が机を指差すとそこにはギルドで買える携帯食料と各味の大豆バー、後ゼリー飲料と水が置かれていた。


「ありがとう、叶。一二三、隣失礼するよ」


「んっ」


ボクがそれを見た後に一二三に声をかけると一二三は少し頷く。そのままボクは一二三の隣に座るとゼリー飲料の封を開けて飲み始めた。

こういった食事は軍用レーションみたいな奴が出されてそれを食べているのが普通だと思うのだが、その手の食料は全部被災地の避難所などに回している状態の為に自衛隊員全体が基本の食事を乾パンや携帯食料などのお腹で膨れる物に各種栄養素を大豆バーやゼリー飲料などで補う食事を取っている状態だ。皆同じだから文句は言えない…だからこそ渉の拠点の凄さが身に染みて分かる。


「早く渉が帰って来てくれないかな?そうしたら私は常に絶好調なのに…」


「だな、今まで渉に装備と食料管理をしてもらっていたからな。渉の支援が無い状態がこれ程キツイとは思わなかったぜ…無意識にかなり渉に依存していたんだな、俺達ってよ」


一二三と叶もその事を痛感しているのかお互い顔が曇る。

渉のスキルは衣食住や食料生産、装備の生産及び整備、乗り物の開発や管理さえ行える。更にはミリアさんのスキルみたいにすぐに物は取り出せないけど変わりに荷物の制限なくスキル内に入れられる。

そんな便利なスキルにボクらは気づかない内に依存していたんだ、だから一二三はこの2日間に蓄えたカロリーを考えて戦闘する羽目になっているし、叶も渉が作ってくれたから市販の物よりは頑丈だけど自分の『常時全力攻撃』のスキルのせいでいつ武器が壊れるか分からない状態だ。何より渉から使い捨ての道具や回復薬などが補充できないのも痛いし、防具の点検や補強もしてもらえないから余りボロボロにはできない。つまりかなり制限のある戦闘を強いられている状態だ。


「…渉」


ボクはゼリー飲料から口を離すと思わずそう呟いて腰のポーチから赤色のポーションを取り出す。渉は現在音信不通になっており、とある屋敷の調査をする事を許可して欲しいとギルドに連絡したっきり連絡が途絶えた状態だ。だから今すぐにでも探しに行きたいけれど、場所が唯一スタンピードが収まっていない。だからおいそれと探しに行けないし、何より場所的にその屋敷よりもその手前にある現在避難所になっている老人ホームの安全確保が先だ。

渉からは何かあったら大変だからと僕に渉の赤色のポーションを2本渡されているけど、正直渉の方が危ない事になっている気しかしない。


(ああ渉、今すぐに君に抱きつきたい。君の体温を直に感じたい、君の香りで落ち着きたい。君の首筋に跡を付けて僕の物だと主張したい…今すぐに君に会いたいよ…)


ボクは思わずそう考えながら赤色のポーションをジッと見ていた…その時だ。



…ジジッ…ジジジッ…



テーブルの上にあったテレビが誰も使っていなかったのにひとりでに電源が入り、徐々に何かを映し出したのは。


「「「!?」」」


ボクたちは一斉にテレビを見る。何故なら間違いなくコレは…


「闘技放送…!?」


闘技放送、つまり誰かがダンジョンの禁層に入ったという事だ。

そしてどんどん画面が鮮明になっていき、遂にダンジョンのある場所が映し出された。


「…牢屋?」


そこは地下にあるのか薄暗い場所に木でできた格子がはめられた、つまりまるで昔の牢屋のような場所だった。その中にダンジョンの入り口である石板みたいな物があり、そしてどんどんその石板に接近。近くまでくると画面が切り替わり、今度は立派な『塔』が映った。更に…


〈…〉


「わ、渉!?」


「おいおい嘘だろ!?渉の父ちゃんと渡辺さん、それともち丸までいるぞ!?!?」


「…うっそーん」


そこにはエイセンの運転席に座った例の口面を付けた和装軍服姿の渉。

それに荷台には両腕に見たことある装備をつけたスーツ姿の渉のお義父さんに同じくスーツ姿の渡辺さん、後何故か僕達のシンボルマークの旗を持ったもち丸がいた。

そしてその後最初に渡辺さんが目を開け、開口一番に…



〈私はギルド本部所属の渡辺香織です。緊急事態につき手短に言います。

現在我々は岐阜の阿木にある佐々木邸にある無申告の帰還用ポータルが無い特殊ダンジョンに落とされました。ですから緊急事態の為今回はダンジョンを制覇して脱出を目指します。ですので我々をダンジョンに落とした犯人である佐々木翔太の確保と、脱出後の救助を要請します!〉



とんでもない事を言い出した。そこで私達はようやく渉達が緊急事態だと言う事に気がついたのだった。

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