第152話

〜〜 帝国ホテル内 〜〜


「はっ放せ!僕は桜たんの婚約者だそ!?」


「ウルセェよこの野郎、よくもあんな事しといて、また桜に近づこうとしやがったな…肋骨の一本は折ってもいいよなぁ母ちゃん?」


「せめて両腕両足の関節を全てを外すくらいにしな、後でキチンとはめ直せば言い訳はいくらでもできる。なんなら私がやろう、コイツには私もケジメをつけたかった所だ」


「さっすか母ちゃん」


帝国ホテルのエントランスに入ると、桜の両親がいた…のだが、お父さんの方がある男性をアイアンクローで持ち上げながら物騒な話をしていた。その男性は白のスーツを着ているのだがお腹が出過ぎていて、今にもスーツがはち切れんばかりの状態になっている。そして片腕には薔薇の花束が今もしっかりとにぎられていて、足元には指輪らしき物と航空機のチケットらしき物が落ちていた。


「…いや、何この状況?」


「んぉ?…おお!渉と雄二じゃねえか、遅かったな」


俺がめちゃくちゃな状況に唖然としていると、桜の父さんがこちらを向いてアイアンクローで持ち上げている人ごと腕を振って反応してくる…いや、それ大丈夫なの?アイアンクローをされてる男性がめちゃくちゃ悲鳴をあげてるんだが?

そんな反応をしていると父さんが2人に近づく。


「会長、もしかしてこの人は…」


「ああ、そうだ。コイツが桜にトラウマを植え付けたクソ野郎だ。

この野郎、何処から嗅ぎつけやがったかここに来ただけじゃなく、こもあろうにこの場で桜に求婚して駆け落ちするつもりだったんだよ。ご丁寧にバラの花束と指輪、それと沖縄行きの航空チケットまで用意してきやがった。マジでどう言う神経してんだよこの野郎」


そう言う桜の父さんは渋い顔しながらもアイアンクローをやめない…は別にいい。今は桜の夢を終わらせかねない事をしたのに更に馬鹿な事をしようとしているこの男をなんとかするのが先だな。


「クッソ、放せ!僕は桜たんの洗脳を解くんだ!あの狩りの事しか考えてない変人のせいで桜たんがおかしくなってしまったんだ、だから僕と一緒に沖縄に行って愛を育んでゆっくりと奴にかけられた洗脳を…


「黙れよ外道が」


…アガガガガ!?」


男は何か妄想しすぎている事を言っていたが、その言葉の途中で更にアイアンクローを強められてその言葉が悲鳴に変わった。


「洗脳を解くだぁ?…アホかテメェは。

桜は最初からああだったよ、桜は自分の考えや誓いは意地でも守る優しい子なんだよ。そんな子にトラウマを植え付けたテメェがよりにもよってあの子を救ってくれた渉が桜を洗脳しただ?…許せるわけないよなぁ!?」


「グッ…うっうるさい!僕と桜たんは運命で結ばれているんだ!だからあんな危険な奴から一刻も早く引き剥がして僕と一緒になるのが桜たんの幸せなんだよ!」


先ほどからかなりめちゃくちゃ言ってるこの男…まあ、一貫して桜と俺を引き剥がしたいと言う事は理解できた。そう、何故か嫉妬してくるが自分が決めた事を必ずやり遂げる精神を持ち仲間思いでもある桜から離れる…


『ズキッ』


(…っツ…何だ?桜から離れると考えただけで少ずつ怒りが込み上げて来たぞ…?)


俺は自分の中から込み上げてくる怒りが理解できなかったが、間違いなくあの男に対して怒っている事だけは理解できた。

なら、いっそのことこの感情に身を任せるのもいいかもと思い付く。

そして俺は自分の感情に素直になり、未だ揉めている2人に近づいてからアイアンクローされている男の後ろに回る。


「フン!」


「アガ!?」


「「「!?」」」


後ろに回ってスグに男の後頭部をアイアンクローで掴む、周りの人は突然の行動にビックリしているし男も後ろ蹴りを何回もして引き剥がそうとしてくる。

しかし今着ているのは禁層の時の装備だ

。俺は父さんみたいにスーツなどの正装を持っていなかったので妥協案として着て来たのだが、お陰で後ろ蹴りのダメージどころか衝撃すら感じない。

だから俺は目を閉じる、そして思い出すのは禁層で戦った二体のモンスター。俺はそのモンスター達から向けられた殺気を思い出し、目を開けた瞬間に真似て殺気を男に当てる。


「!?」


「…コイツァ…」


上手く殺気が出せたのか、男が蹴ってくるのを止める。しかし上手くコントロールができなかったのか桜の父さんにも当ててしまったようだ。


「すみません、桜の父さん。初めて意識して殺気を出したので上手くコントロールできませんでした」


「いや、別にいい。寧ろその年でそこまでの殺気を意識して出せるのは賞賛に値するぜ」


男を挟んで桜の父さんに謝ると桜の父さんは真剣な顔をして俺を見てきた。


「…こ、この声はまさか…!?」


そして男も俺の声に気がついたのかそう言う。俺はそのまま殺気を出しつつ男に話しかける。


「おい、話を聞くにお前が桜の夢を邪魔したりトラウマを与えた張本人だな…覚悟、できてるんだな?」


「な、何ができているんだよこの奴隷兼オモチャが!俺と桜たんはな、運命で結ばれてる上に生まれた時から上流階級の『人間』なんだそ!?お前みたいな俺達に搾取されるだけに生きてる存在が俺みたいな『人間』に逆らっていいと思ってんのかよ!?」


なるほど、つまりコイツは自分達のような生まれが上流階級以外の人は人にあらずと思ってるのか…確か桜の情報だとコイツは40代で無職だったはず…だめだ、取り返しがつかないレベルで頭がイカれてる。


「黙れ、そしてよく聞け」


「!?」


俺は更に殺気を鋭くすると男は黙る、更に股間辺りが濡れている気がするが今は気にしない。


「生まれとかは関係ない、俺は1人の人間としての桜の為に怒ってるんだよ。

アイツはお前のせいで夢を失いかけた、それだけでも許せないのに更に桜にトラウマを植え付けた。お陰で桜はダンジョン内でも誰かと一緒に眠らないといけない日があったんだ…だから〈狩友〉として…いや、違うな…『俺個人』として桜の為にお前は許すべきでは無いと判断した」


「アッアッアッ」


殺気を出し続けて話しているせいか男の足元がどんどん濡れていき、航空チケットや指輪を汚していく。

しかし、俺は更に話を続けた。


「桜は亡き次兄の為に頑張ってきた、だから俺は桜を後押しするべく行動したんだ。そして桜は夢を叶えた、そんな状態の彼女にお前は無意識だったが他から見れば確実に悪意を持って彼女に近づこうとした。到底許される事じゃ無い、だが今から俺達は祝勝会があるから余り時間が取れない…だから今回はお前に忠告だけをする事にする。だから今から言う言葉を心に刻め、決して忘れる事の無いようにしろ、わかったな?」


「…」


男は俺の言葉に全身を震わせながら無言になる。

だが、俺はハッキリと男に向けて言う。


「二度と桜に近づくな、桜の生きる人生にお前は悪い存在でしかない…もし、また桜に近づいたのならば…」


俺はそこで言葉を区切り、一旦息を吸ってから全力で殺気を出して言う。


「俺はお前を害獣として絶対に狩る、何処に逃げようが確実に追いかけて狩る…ゆめゆめ忘れるな、俺の目は常に桜の後ろにある…いつでもお前を見張っているからな…」


「…」


「…あ、ヤベェ。やり過ぎた…ダブルで漏らしやがった…」


俺がそう言い終わると奴の尻が盛り上がり、白い生地のズボンが茶色くなる。俺はそれを見てヤバいと判断して手を離し、その場から数歩後ろに下がった。


「すみません、桜の父さん…少し、やり過ぎました」


「なぁに、問題ない。寧ろパーフェクトだぜ!」


俺が今だアイアンクローをしている桜の父さんにまた謝ると、何故かサムズアップしながら褒めてくれた。

その後、男は担架を持ってきたホテルのスタッフに連行されて何処かに連れて行かれた。恐らくもうあの男は桜には近づかないだろうとは思う…が、一応目は光らせておいた方がいいと思った。













「…いい、やっぱりあの子を是非桜の婿に迎えたい…今まで感じたことの無い殺気と言葉の圧…まさかこの俺が恐怖を抱いて体が震えちまうレベルとは…!?」


「ああ、あの子なら間違いなく桜の全てを受け止めてくれるし守ってもくれるね…雄二、やっぱりあの子とうちの子のお見合いをしてもいいかい?」


「命を落としてでも全力で否定させてもらいます」


しかし、俺はどう目を光らせるか考える余りに俺の後ろにいた三人の大人のかなり重要な会話を聞き逃してしまったのだった。

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