第119話

『言葉を失う』とは正にこの事を言うのだろうと心から思う。

まさか自分達の行動でここまでの事態になるとは予想外にも程がある。

しかし、俺達にも譲れない件があるのは事実だ。

これだけハッキリと言わなければならない、俺何とか口と喉に力を入れて声を出す。


「…事情は把握しました。ですがこちらも残りの食料を考えると最大で2日と半日が限界なんです。流石に3日は無理です」


《…そこを、何とかできませんか?》


俺の言葉に渡辺さんが下げた頭を上げてそう言ってくる。

いや、流石に俺でもそれは無理な話だ。食料調達に行こうにもここは深層、浅層や中層よりも遥かに強いモンスターが山ほどいる。そして何よりこの深層の環境は雪原地帯が殆ど、視界が悪いし外に出るだけでも体力を消耗する、そして夜になるまでに帰って来れなかったら必ず大雪がふる。

こんな環境では食料調達どころの話ではない、それに装備の強化や一二三のスキルの件もある。

攻略を遅らせる事ができてもやはり最大で2日と半日が限界だ。


「…いや、やはりむ…


「渉」


…一二三?」


俺が渡辺さんにハッキリと無理だと言おうとしたその時、一二三が俺の声を遮った。


「渉。食料の件、私に考えがある」


一二三はそう言うと俺を真剣な表情で見つめてくる。

そして俺は察した、一二三が言おうとした事を。


「…だめだ、一二三。全員の食事を預かる身としてそれだけは許可できない」


「でもギルドの要望と渉が話した全員の装備の強化の件、この2つの願いを叶えるならこれが最善の策だよ?」


「いや、ダメだ。その策は一二三にだけ負担をかける事になる、やはり許可はできない」


俺は一二三が言わんとしている事を察した為、俺は一二三にその考えは辞めるように話をしだした。


「…ちょいまち、渉は一二三と何を話しているんだ?」


「そうだよ、オレ達にも教えてくれてよ。一二三が何をしようとしているのかを」


するとその会話を聞いていた叶と桜が動きだし、俺達にそう言ってくる。

そんな2人に俺は顔を渋くして振り向く。


「一二三はな…













本来食べれるはずもないモンスターを自分の食料として食べようとしているんだよ。自分の『暴食』のスキルを使ってな」


「うそ…一二三、正気かい!?」


「おいおい、そりゃ流石に無茶しすぎだぞ一二三!」


「…」


俺の言葉に桜と叶が驚いて一二三に叫ぶようにそう言う、一二三はいつもの無表情で叶達を見るだけで何も言わなかった。

一二三がしようとしている事はつまり自分は浅層にいたヴェロルや中層にいた体毛で青色のツナギを着ているように見えるゴリラみたいなモンスターなどの本来食べれないはずのモンスターを食べて普通の食料の消費を抑えようというとんでもない事だ。

一二三のスキルの『暴食』は『空腹になりやすくなる』という効果の他にも『食べられるのであれば何でも食べられる様になる』という効果がある。

つまり一二三は自分の意思で口に含んで咀嚼、そして飲み込めれば例えそれが食用に向かない物でも食べられると言う事だ。

その為一二三はその力を使い、自身が本来食べるであろう3日分の食事量を食べれないモンスターを食べて乗り切ろうと俺に提案するつもりだったのだ。


「現状を考えて、これが最善の策だよ。大丈夫、最近は渉の料理で舌が肥えたかもしれないけど本来私はモンスターを生で食べていた。それに戻るだけだから問題なし」


一二三は無表情ではあるがハッキリとした声でそう言う。

そして俺をまた見た。


「渉、教えて。私が今まで狩ってきた食べれないモンスターを私が食べる場合、後何日持つの?」


「…おそらく…5日、5日は持つ。だが俺は許可できない、冷たく味も悪い食事はそれを食べる一二三の士気や健康にも影響する。何より一二三はその日に皆で一緒に同じ物を食べる事を何より楽しみにしているのを俺は知っている。

だからこそお前だけ負担をかけてしまう事には反対なんだ」


俺は今まで武器や防具などの修理や補強の素材としか見ていなかったモンスターの分も含めて再度頭で計算した。そして大体5日が限界であると考えたが、やはり一二三にだけ負担をかけるこの方法はダメであると考えた。


「…渉…桜…そして叶、私は感謝しているんだよ」


俺がそう言うと一二三は真剣な表情になり俺達の名前を言いながら顔を見ていって、そして話を続けた。


「私だけだったらこの深層に到着できなかった、それに仮に到着できたとしてもチャイナドレスのままだから寒さで死ぬかモンスターで死んでいたと思う。

でも、渉達に出会って私は本当に助かったんだ。

渉がいたから私はここまで満足できる食事を食べれたし、乗り物にも乗せてもらえたから階層の中を移動する際の体力の消費を抑えられた。

叶がいたから私は荷台でも楽しくお話ししながら攻略できたし、私が苦手だった配信の際の合いの手や戦闘の際の補助とかもしてもらえて本当に助けられてばっかりだった。

桜がいたから女性だけにしかわからない問題や相談にも乗ってもらえたし、何より私以外の女性がいる事で気がものすごく楽になったの。

故に私は皆に助けられてばっかりだった」


そう言うと一二三はここにいる全員に覚悟が宿っている目を向ける。


「だからこそ、この状況で最善の行動が取れるのは私だけならば是非やらせて欲しい。

皆におんぶされっぱなしは私は嫌なの、私だって皆の役に立ちたい。

だから渉、お願い。私の案を許可して?」


一二三はハッキリとしで意思のこもった目で俺を見る。

そして俺は感じた、これはもはや何を言っても自分の意思を折る事はないのだろうと。


《…話はまとまりましたか?》


俺がそう考えていると、渡辺さんに声をかけられた。

そして俺はそのまま桜と叶を見る。


「…たく、ここまで覚悟を決められたらこっちが折れるしかないじゃん」ポリポリ


「…だね」


叶は片手で頭をかきながらそうぼやき、桜は叶の言葉に若干諦めの感情が乗った言葉で返した。

…どうやら、2人は一二三の案に乗るらしい。ならば、俺も覚悟を決めねばならない。


「…3日後の14時。その時間まで俺達は禁層の攻略を遅らせる…で、いいんだよな、皆」


俺がそう言うと皆が頷いた。


《…誠に申し訳ありません…ですが、こちらが無理を言って遅らせていたいただいた日までには必ずあなた方を含めた家族や親戚の身の安全の保証と各国の件は我々ダンジョンギルドを含む日本の全ての機関で解決いたします。

そして無事攻略を成功されて帰っていただけた際には我々ギルド主催の祝勝会と我々ダンジョンドギルドが認められている限りの権限を持ちいてお礼をさせてもらいます!》


その光景をドローンで確認したのか渡辺さんは声を張り上げてまた頭を下げた。

そして俺は一二三を見る。


「渉」


「一二三。お前の案は許可するが、せめてカレー味とか塩胡椒とか味付けだけはさせてくれ。

流石にそれくらいしないと皆の食事を預かる身としては納得できそうにないわ」


「…ふふ、流石私のお肉の人だね。ありがとう」


俺とそう話した一二三は少し笑顔になった。

こうして、俺達は禁層の攻略を20日に決めて各自それぞれの行動をするのだった。

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